月に誓う


エンディラから大山鷹の翼で3日間、50数人の山渡り達は鬱蒼と茂る森に降り立った。


「ナウラさんには悪いが、くだらん奴らだったなぁ。」


ぼやいたリンブの頭をアレタが叩く。


「気を使いなさいよあんたは!お義姉様がどんな気持ちか考えたの?!」


「お前がお義姉様とか違和感しかない。」


リンブの軽口に怒ったアレタは子供を背負ったまましなやかな蹴りをリンブの尻に放った。


その様子をみたユタが自分の尻をシンカに向けて来たが、無視して歩き始める。


浮ついた様子のヴィダードが先頭に立ち深いが木漏れ日の多く射す森を歩いて行った。

樹々は太く苔生しているが、枝は所々落とされて管理されていることがわかる。


春の日差しが差し込んで地を温め、そこから小さな草花が芽吹いていた。

穏やかな森だ。


途中奇妙な形の木が佇立している場所に差し掛かった。ヴィダードとシンカは両手を握り合わせて片膝を半分ほど折り首を垂れた。


背後に続く50人もそれに続いた。


奇妙な形の木の枝が動き震えた。

シャハラの民だ。


彼等は肥沃な土壌であるこの近隣の森林に棲む。

この様に敬意を払えば襲われる事はないが、怠り森を踏み荒らせばその強靭でしなやかな多数の手足で叩き潰される事になる。


シャハラの民は並大抵の事では死傷する事がなく、森の守護霊としてイーヴァルンの民に信奉されている。

だが残念な事に彼等と意思疎通を図ることは難しい。


シャハラの民を殺すには剣も弓も火も力不足だが、毒を大地に撒けば事足りる。

イーヴァルンの民は魍魎から守ってもらう代わりに土地の状態を良く保つ努力をしていた。


「あなた様?この木の矢傷はヴィーが15の時に忍び込んだサルカフの犬男を仕留めた時の傷なの。」


「そんな自慢されても困るのだが。」


「じゃあこの枝は近所の悪餓鬼のカダールに悪口を言われて、仕返しに一晩吊るした枝なのよぉ?」


「何歳の時に何歳の子供を吊るしたのだ?」


「ええとぉ、32の時に10歳くらいの子供だったかしらぁ?」


「鬼か。」


ヴィダードははしゃぎながら進んでいく。


「みてみてリンファ。シンカのあの顔。」


ユタがこそこそとシンカを指差す。


「ええ。」


「なんかちっちゃい子を見守るお父さんみたいな顔だよね。」


「あいつ、ヴィダードをあの表情で見られるなんてどんだけ懐が広いのよわ。」


「ヴィーはいい子だよ?懐に入ればだけど。」


そんな会話をヴィダードは歯牙にもかけない。

聞こえていないのか、聞こえていても雑音としか捉えていないのか、無視しているだけなのかはシンカにも分からない。


「何も考えて居ないのは分かっていますが、私の後のあのはしゃぎ様。嫌がらせと捉えられてもおかしくは無いと思いますが如何でしょう?」


「うむ。言わんといていることは分かるが、言う通り何も考えていないだろうな。」


ナウラとカヤテが話す。


「いつになっても成長しないのも如何なものかと思いますが。」


「もう45歳になったと言うのにな。」


カヤテの言葉にヴィダードは狂気の睨みを効かせた。

やはり聞こえてはいるらしい。


「えっ、ヴィダードちゃんて同い年なの?!」


「なんですってっ?!」


話を聞いていたセンコウとクウルが驚愕に凍り付いた。

センコウとクウルと同い年という事はカイナとシャラよりも歳上という事だ。


「えっ、じゃあナウラさんは一体・・」


クウルが慄きながらナウラを見る。


「私は20です。秋に21に。」


「えっ、なんで?訳分かんない。」


答えにカイナが頭を掻いた。

ヴィダードより大人びているナウラの歳は7、80に達するのではと考えたのだろう。


母と同い年の女を抱く事についてシンカは考えないようにしていた。考えては負けだ。


明るく穏やかな森を進む。周囲の至る所に人の気配を感じたが触れずにいた。


彼等も事前の打診があり、先頭がヴィダードである事から警戒を緩めているのだ。

周囲の木々に荊が増え始めた。進めば進むほど荊は多く、太くなっていく。軈て周囲は荊の迷宮へと変貌した。


イーヴァルンの里はこの荊の中心にある。

絡み合う自然の迷宮に迷う不届き者や魍魎をイーヴァルンの戦士達は樹上から射殺して里を守っている。

しかし風の流れを辿ればその中心である里に辿り着くことが出来るだろう。

森渡り達にとっては容易い事だ。

進めば進むほど樹上から見守る精霊の民の姿が増えていく。


ヴィダードに続いて進む内に到頭視界は開け、美しい里が目の前に広がった。


シンカの来訪は4度目となるが、訪れる季節が異なるせいか目前の景色に感動を覚える。

後ろに続く弟妹達も感嘆の声を上げた。


イーヴァルンの里は結晶質の石灰岩を切り出した白い石造りの家屋が主体となっているが、それ以外には樹木を尊ぶ彼ららしく様々な樹々を一面に植え育てていた。


多種多様な樹々は春になり葉を揃わせ、所々で赤や白の花を咲かせていた。


景観を意識しているのだろう。高木、低木が美しい配置で里の至る所に伸びる細道を彩っていた。

大都市の夜景も好きだが、春や秋のこの里の景色もシンカは好きだ。


花を見ながら酒を飲みたくなる。


手近に咲く米躑躅の可憐な花を指先で撫でる。

其々の樹々が花を付ける季節も全て計算されているのだろう。


本当に美しい。


数度目の感想を心中で反芻した。


燥ぐヴィダードの頭を撫でてあやす。

彼女は嬉しそうに微笑した。


イーヴァルンの民が見守る中暫し待っていると、緩やかな坂を数人が降ってくるのが見えた。

男3人、女3人。内2人には見覚えがある。


ヴィダードの父ダールと兄カシムだ。

女の内2人にはヴィダードの面影が垣間見える。

人で言う50程の女と20程の女だ。

母と妹なのだろう。


残る男女はカシムと妹の伴侶に違いない。

近寄った彼等にシンカは一例した。


「無沙汰で申し訳ない。ヴィダードと婚儀を挙げたく伺った。」


ダールとカリムに一礼する。

ダールは仏頂面で口を開かなかったがカシムは微笑した。

続けて初対面の者に顔を向ける。


「シンカと言う。ヴィダードと導かれる事となった。結びの儀を終えてから3年も経ち挨拶が遅れて申し訳ない。」


「フスニヤです。娘がお世話になります。この子は誰とも導かれないと思っていたからぁ。夫は色々言いますが、私はとても良い事だと思っているの。」


フスニヤは間延びした穏やかな口調で話した。

口調自体はヴィダードに通ずる所があるが、その声音は全く異なる。


「あれがヴィダードの伴侶・・・」


「人間とは聞いていたが・・凄い経だ・・・」


「あの位の経の持ち主で無ければヴィダードの伴侶は務まらないと言うことか?」


周囲の者達がシンカを見てひそひそと会話している。


「イスラットです。何時も姉がお世話になっております。・・・本当に。」


一体里でヴィダードはどの様な生活を送って来たのだろうと考えた。

当の本人は母や妹の挨拶など気にもとめずはしゃいでいる。


「あなた様ぁ?見てください!あの岩はヴィーが幼い頃転んで膝を擦りむいた岩なのですよぉ!」


何の変哲も無い岩を指差してそう紹介した。


「見たか!?ヴィダードが男に媚びを売っているぞ!?」


「奴が笑っているところを始めて見た・・・」


「何者なのだあの男は!?慈愛の精霊か?!」


色めき立つ周囲に嫌気が差すがが、当のヴィダードは微塵も気にした風がない。

流石としか言いようが無い。


残る2人の男女はカシムの伴侶のジャミーラとイスラットの伴侶のカダールと名乗った。

2人もヴィダードの伴侶となったシンカに興味深々という様子だ。


イーヴァルンの里に宿は無い。

総勢50人の親族は寄り合い所で寝泊まりする事となった。


シンカだけはヴィダードの生家に滞在する。


村を案内すると言うヴィダードに連れ出され、シンカはイーヴァルンの里を歩いた。

ヴィダードはこれでもかとシンカに体を寄せながらも里を案内した。


道を歩いていると多くの者に祝福される事となった。

見かけるイーヴァルンの民は皆薄い髪色で肌も抜ける様に白く、顔立ちも顎や頬骨の張りが無く美しい顔立ちをしていた。

しかしその中でもヴィダードの美しさは頭一つ抜け出ていた。


柔らかそうに揺れる麦穂色の髪に同じ色の長い睫毛。

僅かに垂れた眦に大きな眼。可憐な唇は化粧もしていないのに薄桃色で、名匠が身命を賭して作り上げた精霊像と言われても信じそうな程だ。


そんな彼女が懸命にシンカに構っている。

少し煩わしく感じる所もあるが、自分に懐き必死に袖を引くヴィダードをシンカは柔らかく笑いながら見遣っていた。


人によっては彼女の態度を煩わしく思う者もいるかもしれない。

しかしシンカにとっては自分の事を知ってもらいたいとばかりに生まれ育った地を案内する姿は微笑ましいものであった。


日が傾く頃里の案内が漸く終わり、ダールの家に戻った。

そこで改めてシンカは挨拶をする。


「ヴィダードと結婚させて頂く。彼女は婚儀について良く知らなかったので結納品として此方を用意させて貰った。」


冬の間に自ら作った数張りの弓と幾らかの楽器を差し出す。


「・・・」


「あらぁ。ご丁寧に。駄目ねぇヴィダード。イスラットの時の事を覚えてないのぉ?結納は男性が女性の家に娘の代わりとなる木の苗木を贈るのよぉ?」


「失礼した。それは用意していなかった。」


「気にしなくていいわぁ。立派な笛と弦、ありがとうねぇ。弓も素晴らしいわぁ。苗木の鉢だけ後でもいいからくださいねぇ?」


「分かりました。」


会話をしているとイスラットとジャミーラが夕餉を運び始めた。

鮎と野菜の鉄板焼きに白鰱の窯焼きである。

イーヴァルンでは魚は高級食材である。


「凄いですね。」


卓を囲むシンカ、ヴィダード、ダール、カリム、フスニヤ、カダールの5人を見てイスラットが呟いた。


「何がだ?」


すかさずカリムが返す。


「・・姉様がこんなに・・」


楽しそうな表情のヴィダードに視線を向けて言いにくそうに口に出した。


「うむ。わかるぞその気持ち。肉切り短剣クファンジャルのヴィダードと呼ばれていた妹が・・」


「ふん。」


遠い目をして口に出したカリムにダールは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「あなた様ぁ?娘の門出に良くないわぁ?」


不貞腐れる夫をフスニヤがやんわりと窘める。

一方のシンカはヴィダードとその母の口調の類似に妙な感動を覚えていた。


食事は油分を嫌い薄味を好むイーヴァルンの民らしい味付けだったが、とても美味かった。


ダール達は食事の前に日々の生活の安全と豊かな食事の供給をシャハラの民に祈り晩餐を終えた。

シンカは個室を充てがわれ翌日の儀式に備えて早めに就寝した。


翌朝シンカはカリムに連れられて里の北の緩やかな丘に向かった。

荊を抜けて木漏れ日の射し込む森を歩く。


「ヴァルドの民について調べたぞ!」


カリムは全く関係の無い話を始めた。


「古の唯一の大国ヴァルド。アガド人とシメーリア人で構成された国家で3000年程前に滅びた様だな?」


「何故イーヴァルンでその情報を得られるのだ?」


疑問に思ったシンカは尋ねた。


「古来の我が一族は岩の壁面に文字を彫り出来事を記録していた。その昔我等は白山脈の麓からアルアウラーダ川流域に点在していた。だがある時を境に各地の壁文字は途切れ、代わりにこのイーヴァルンでの歴史が始まった。その当時、我等の祖先は長大な山脈を北の海を小舟で迂回してその先の大国と細々と貿易を行っていた様なのだ。その国の名がヴァルドと呼ばれていたと。この記録はダゴタの里北の遺跡で発見した。」


「1人でか?」


「うむ。」


「余りにも危険。我等の里に様々な記録や研究、調査に関する書籍を保管する書館がある。今度来ると良い。」


「何と!?誠か!?」


カリムは妹の結婚よりも喜んだ。


話をしていると儀式を行う丘の手前にたどり着いた。木漏れ日の丘と呼ばれるなだらかな丘の周りには既に式や宴の支度をするべくイーヴァルンの民が集っていた。


婚礼用の萌葱色の長衣を纏ったシンカを見て集っていた者達が騒ついた。


「あれが・・確かに凄い経だ。」


「ヴィダードの・・・まさかあの子が結ばれるなんて・・」


「でもヴィダードの祈りの歌を聴けるのは運が良いわ。凄く歌が上手いもの。」


「そうか。ヴィダードの歌が聴けるのか。それは祝いがいがある。」


ヴィダードの歌の才は矢張り飛び抜けているのか式を楽しみにする声が多い。

木漏れ日の丘の外周は木の柱が立てられており、それを支えに藤が伸び、丘全体を覆う様に育ち、満開の花を垂らしていた。


まさに藤の花の天蓋である。


シンカが辿り着くと丘の登り口、柱の合間に立った。

少し動けば汗ばんでしまいそうな暖かな朝だった。


そのまま立って控えていると1人の男が美しい声音で歌を唄い出した。

少し掠れた太い声で、森の中によく響いた。

朗々と、長々と歌い上げられたその歌は木々の合間に広がり響いて吸い込まれていく。


四半刻、数人の男が代わる代わる歌い続けていると木々の合間から地響きが聞こえて来た。

木々の合間から木が複数の根を動かし歩いて現れたのだ。

何体もである。


イーヴァルンの民はこの歌でシャハラの民を呼び寄せていたのだ。50程の様々な姿形をした歩く木々は藤の支柱手前に佇むと本物の木の様に動きを止めた。


シンカは前日にカリムに聞いた作法で近くのシャハラの民に頭を下げる。

するとシンカの見える範囲にいたシャハラの民が枝を小刻みに震わせて葉擦れの音を立て始めた。

それに続き他のシャハラの民達も枝を震わせ始めた。


婚礼の儀の開始である。


葉擦れの涼やかな音に導かれ、薄布で顔を隠した花嫁が母親に手を引かれて現れる。

カイナが織り拵えた萌葱色と純白の組み合わせ美しい羽衣が歩く度に揺蕩う。


布で隠された顔はシンカの方を向いている。

見えはしないが強烈な視線を感じた。

いつも通り瞬きすらしていないのだろう。


ヴィダードを恐れる者は多い。

不気味さや空恐ろしさを感じるのだろう。

だがそれでもシンカは彼女を愛している。


自分に全てを捧げるヴィダードが可愛いくて仕方がない。


ヴィダードはシンカから少し離れた位置に立ち、近くの4体のシャハラの民に祈りを捧げる。

4度同じ礼拝を捧げると彼等は一斉に葉擦れの音を大きくさせた。


様子を伺っていたイーヴァルンの民達が一斉に藤棚の支柱を抜けて丘を登り始めた。

暫ししてか細い笛の音が響く。


ゆったりとした曲調の音と共にシンカとヴィダードは藤棚の下に入り丘を登った。

咲き誇る藤の隙間から木漏れ日が差し込んでいた。


黒い踏み締められた腐葉土の地面に細い光が当たり星空の様に見えた。

森渡りもナウラ達も儀式の様子を食い入る様に見つめている。


イーヴァルンの民皆が水行法でも行うかの如く両手を握り丘を登る2人を見つめていた。

イーヴァルンの民はシャハラの民を信奉する。

それは己らを守るシャハラの民を精霊の化身と考えているからだ。


そして人間は精霊が宿るとされる事物に祈りを捧げる。


その仕草は殆ど変わり無く水行法を行う時の仕草を取る。

不思議な一致だ。


精霊と水に関わりが有るのだろうかとシンカはぼんやり考えた。

水は全ての恵みの元。水と精霊を繋げる事に違和感は無い。


笛を吹いているのは未婚の女である。


2人がなだらかな丘の頂上に辿り着くと演奏を辞めた。葉擦れの音の中ヴィダードの被る薄衣をシンカは捲る。

そして跪き両手を握り合わせた。


未婚の女達が葉のついたままの白樺の枝を手にシンカとヴィダードを囲む。

そしてヴィダードが口を開いた。

透き通った涼やかな声音が辺りに響いた。


枝は日差し、根は月明り。

正しさで道を照らし夜を越える。

清らかに喜び、強かに歩く。導かれよ。

穏やかに営み、確かに支える。導かれよ。

御心のままに。


手を取り歩け、道の終わりまで。

純潔であれ。清かな流れで芽を育てよ。

己を導け。

英明であれ。豊かな大地で実を育てよ。

互いを導け。


精強であれ。強く結び付け。導かれよ。


ヴィダードは囁くように歌い始め、時には力強く時には穏やかに緩急をつけて歌った。

透き通った伸びやかな歌いに細く震える歌い。

歌唱の技巧は多彩であった。


シンカは歌うヴィダードと共に白樺の枝で緩く叩かれながらその歌の凄まじさに震えた。

肌が泡立ち心中から熱い物が込み上げた。


ヴィダードが歌い終わるとシャハラの民の葉擦れの音がまるで拍手をする様に更に強くなり、一斉に止まった。


穏やかな風が南から吹き、甘やかな香りが漂った。


「永らく共にあらん事を。」


2人を囲んでいたイーヴァルンの民達が一同に声を同じくして告げた。

儀式はそこで終わった。


周囲を囲んでいた参列者達が丘を下るのを待ち、リンレイ、ダールと共に2人も丘を去った。

藤棚の下から出ると丘を囲むように白い花びらが大量に落ちていた。


甘い花の香りが一面に漂っている。


「これは?」


来る時は無かった物に疑問を表す。


「シャハラの民が歌を聴きながら花を咲かせて、歌い終わると花を散らすの。」


「これ程の花びらが落とされた式を私は見たことがない。彼等がヴィダードの歌を嘗て無い程に気に入ったという事だ。」


ダールが顔を顰めつつも鼻の穴を膨らませて告げた。


花びらの多さで歌の良し悪しが分かるというのもシンカにはよく分からなかった。そもそもシャハラの民はどうやって音を認識しているのだろうかと疑問に思った。


しかしヴィダードの歌が素晴らしい事に変わりはない。


「ヴィー。綺麗だよ。歌もすっごく上手だった。」


寄って来たユタが褒める。


「うむ。素晴らしかったぞ!見ろ!まだ肌が粟立っている!」


「何気に多才よね、ヴィダードって。」


集まって来たカヤテとリンファもヴィダードを褒める。

しかしヴィダードはどうでも良いのか返事すらしない。


若いイーヴァルンの女が男の演奏する笛の音に合わせて踊り始めた。

歳をとった者もそこに想い想いに参加する。

供される料理を立食しながら祝いの言葉を述べに来る。


森渡り達も楽器を演奏し、踊り、喉が乾けば酒を飲んで腹が減れば食事を摘んだ。

昼から始まった宴は日が暮れても続き、夜になっても続けられた。


「久し振りね。」


声を掛けられてシンカは眉を上げる。

メルソリアのエシナで対峙したファラとシラーだった。


シラーはリンブの妻であるアレタに挨拶をしている。


「・・お前か。人の世ではしゃぎ回るのは辞めたのか?」


ファラの顔を見るとユタが惨たらしく傷付けられた光景が脳裏に浮かんでしまう。口は自ずと悪くなった。


「酷い言い方ね。ま、まだまだ遊び足りないってところかしら。結局勧め通りグレンデーラに行ってね。内乱が起こりそうだから同胞でも誘って見ようかと思ってね。」


「人の世の争いに関わるのか?」


「ええ。私達は排他的だけど外に興味がないわけじゃ無いし、人と関われば里をより良くできるとも思う。そう思う同胞は私だけじゃ無い筈よ。」


「うむ。俺も同じ考えだ。」


話を聞いていたカリムが同意した。


「グレンデーラは良いところだった。私もシラーも蔑まれる事はなかったし、腕を示せば歓待された。私達が人の世に出る為の拠点には良いと思うのよね。だから賛同する同胞を集めて内乱に助力してみても良いかなって。」


「本当かっ!?」


カヤテが身を乗り出し唾を撒き散らしながら尋ねた。


「ええ。・・あれ、貴女、グレンデーラの軍人と同じ髪と肌ね。もしかして?」


「ああ。私はグレンデーラ出身だ。其方の気持ち、痛み入るぞ!」


「辞めてよ。自分達の為だから気持ちなんて無いわよ。・・感謝するならグレンデーラにイーヴァルンの民の為の施設でも作ってよね。」


「ああ!ミト様に頼んでみよう!」


カヤテは拳を握り、ファラは首を傾げた。


「今の所50人くらいかしら。もう少し当たれば200までは行きそうかしらね?」


「うん。お前達がファブニルやフレスヴェルに着かなくて良かった。妻の同胞と敵対しなくて済んだ。」


「えっ!?あんた達、まさか!?」


ファラは口を半開きにして怯えた。


「何っ!?どういう事だアレタ!」


アレタと話していたシラーが大きな声を上げる。


「だから私も参戦するのよ。最近頭を潰して無いからね。あの感触を味わえると思うと。」


普段は恐妻賢母として生活しているアレタが不気味な言葉を発した。


「この後ダゴタに寄ってうちの里からも希望者を募る予定よ。」


「馬鹿!そんなことしたら人間の頭潰せると思って沢山来るでしょ!」


ダゴタの民は不穏な一族だ。弱きを蔑み強きを尊ぶ。

彼らにとって大概の人間は蔑みの対象であるし、それらに数や知の利で貶められる現状を憎み、人を強く憎んでいる。


リンブがアレタの心を射止められたのはアレタに襲われて返り討ちにした為である。


呆れた表情で見詰めているシンカに気付きアレタは頭を掻いた。


「じょ、冗談だよ義兄さん。」


「・・何が?」


隣でヴィダードがシラーに犬歯を剥いて威嚇している。


「お前達の同胞が敵味方問わず暴れるのであれば我等森渡りで処する。」


「わ、分かってるよ。人の話を聞かない奴は連れて行かないからさ。」


脂汗をかきながらシラーは答えた。

この反応は何も考えていなかったに違いない。


宴はその後も続いた。イーヴァルンの民もリン家の人々も一緒くたになって歌を歌い、踊り、日が沈んでもそれは続けられた。


イーヴァルンの民は排他的だが、今はすっかり酒に酔い、出身関係なく騒いでいた。

皆がこのように親しければと考えてしまう。


だがそれは叶わないことだ。

シンカ自身酒を飲みすぎて頭が痛くなってきた頃、漸く宴は終わった。


ふらつく体を笑みを湛えたヴィダードに支えられて帰路に着く。

樹々の合間から窺える美しい半月を見上げ、酒臭い息を吐く。


何も失いたくない。

あの半月のように欠けていたくないのだ。

それならば戦わなければならない。失わぬ為に。



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