大陸で最も美しい街

ガジュマから脱出した一同は20日かけてクサビナ第4の都市エリンドゥイラに到達した。


ぞろぞろと薬師が数十人訪れるのは目立つ。

途中で別れてクサビナ国内の街や村に森渡りは散っていった。

何れ冬籠りの為に里へ戻るだろう。


クウハンとスイセンは同胞の死を知らせる為に一足先に里へと戻っていった。

エリンドゥイラへ向かうシンカにはリンファとシャサが着いてきた。


シャサはテンキ隊で奮戦した25歳の女だが、彼女はシンカの5番目の義母の従姉妹にあたり、シンカを見つけた場合片時も離れず必ず里に連れ帰る様指示が出されていたとの事で、目付役として同道していた。


エリンドゥイラは大きな街だが他のクサビナ都市よりも幾分か簡素な作りをしている。

近隣で採石出来る蜂蜜色の石で作られた街で、素朴で美しい景色を堪能する事ができる。


この地方はエリンドゥイル家が治めるが、この領主は代々税収を街の拡張、森の伐採、畑地の増加に当てており、代わりに贅沢を不要とし街の機能は今ひとつ発展していないという風変わりな地域で有った。


長閑な風情の街並みは美しく、広い街中にほつりぽつりと建つ家々は何処にも庭があり草花で其々彩られていた。


カヤテなどは他家の領地が気になるのか繁々と辺りを見渡している。


「領都なのに人が少ないのだな。」


「森の伐採が進み日暮れ近くまで農耕に励む事が出来るからだろうな。ただ、それを除いてもこの街の者は賑やかさ、煌びやかさを求めてケツァルやファブニーラに出てしまう事が多いそうだ。」


シンカが疑問に答えるとカヤテはふんふんと頷いた。


「グレンデーラの方が良いな。」


矢張り自分の故郷を誇りたいのだろう。そんな事を顎を反らして言った。


薬師組合に訪れると作り貯めていた薬を卸してしまう。

当分の金銭をそこで手に入れると宿屋に向かう。

宿の数は他の街と比べ多くはない。

だが清潔そうな宿を見つけるのは簡単だった。


宿はシンカが1人部屋、ヴィダードとユタ、ナウラとカヤテが2人部屋、リンファとシャサがそれぞれ1人部屋となった。


金を支払い大きな湯桶を用意させ、そこに湯を注がせて身体を清めた。

食事を近くの食事処で取るとこの日は酒は飲まずに宿へ帰った。


ガジュマでの戦闘以来碌に休まずここまで来ていた。

気が張り神経がすり減っていたのだ。


自室で取り留めもなく考え事をしていると合図もなく扉が開かれた。


妖しげな息遣いのユダが無言でシンカの部屋に入り戸を閉めて閂を掛けた。


「・・・。」


ユタの顔を見る。

息が荒いどころか頬に赤みもさし、淫靡な雰囲気を醸し出していた。


「・・・ねえ。シンカは鼻がいいもんね。ずっと気付いてたんでしょ?」


気付いていた。

ガジュマを出てからずっと気付いていた。


「皆んなには断ったんだ。今日は僕に譲って欲しいって。」


「・・・。俺の意思は?」


「シンカだってもう大分ご無沙汰でしょ?最後にゆっくりしたのだって一月以上前だよ?それとも僕は魅力ないの?」


上目遣いで目を潤ませ、頬を染めているユタに思わずくらりとしてしまう。

それに女に恥をかかせるべきでは無い。

シンカは寝台から立ち上がりユタの腰に手を回し尻を撫でる。


「・・ごめん、シンカ。そうじゃ無いんだ・・。」


「うん?」


怪訝な顔でユタの顔を覗き込む。

ユタは恥じらってか顔を俯かせた。


「・・僕、あの闘いの後、ずっと興奮してて・・。だってあんなにすごい闘い!凄く強い人達と僕も一緒に闘って!どんなに犠牲を払ってでも仲間を助けるっていう皆んなの気持ちに当てられちゃったのかな・・?」


「それで?」


「・・・うん。それでね、僕のこと乱暴にして欲しいんだ。」


「・・・。」


何と言葉にして良いか分からず口籠っているとユタは慌てた様子で口を開く。


「あ、あのねっ、誰でもいいわけじゃ無いんだよっ!シンカやっぱり凄く強くて格好良かったから!そんな君に組み敷かれて乱暴に犯されながら首とか締められたいなって・・」


言い訳をしたつもりなのだろうが、どうしようもないどろどろとした欲望がユタの口から流れ出ていた。


「・・そう言えばお前にはそんな性癖があったな。」


弟子入りをするしないの話をした時、そんな事を口にしていたし、稽古で模擬戦を行なっても負けると興奮していたのは知っていた。


「えっとね、出来れば僕とシンカが戦場で出会って一騎討ちするんだけど、僕が負けてシンカの厠女にされる感じで行きたいんだけど・・その・・・成り切って。」


自分で口にして興奮しているのかユタの体臭が濃くなっていく。

困った性癖の妻に頬が引き攣るのを自制心で抑えた。


「仕方ないな。」


その翌日、朝食の席でシンカはナウラに無言で凝視されていた。


「シンカ。昨日は随分とお楽しみでしたね。」


シンカは恥ずかしくなり頭を掻いた。


「何を照れているのですか。馬鹿ですか?仕方ないとか何とか言っていましたが、随分な成り切りっぷりでしたね。」


「隣室の会話を盗み聞くなど感心せんな。」


「聞き取れるように鍛えたのは貴方でしょう!」


どん、と卓が拳で叩かれ牛の乳が杯の中で波打った。

他の客の視線がこちらに向く。


「悪い事はしていない。ちょっとやってみたら思いの外のめり込んだだけだ。」


「開き直るのは辞めてください。大体何ですか。厠女とか雌奴隷とか。物事には節度というものがあります。」


無表情でナウラがねちねちと説教を始めた。


「これを見てください。ユタの首筋に歯型が付いています。女の肌に傷を付けるなどと・・」


黙々と焼き直した麺麭を橄欖の絞り油に付けて頬張っており話を聞いていない。

今のユタの肌は赤い腫れや歯型でとても人に見せられるものでは無いだろう。


「それはユタにせがまれたからそうしたまでだ。」


シンカの言葉にナウラが怒りの階段を一段登ったことが分かった。


「・・ユタ。貴女はどうなのですか?折角の美しい肌に傷を付けられて。」


「・・・ん?・・シンカの物にされた気がして嬉しいかな・・?えへへ。」


ナウラの瞼が怒りに見開かれた。珍しい事もあるものだ。


「話になりませんね。私は節度を持てと言っているだけなのですが?カヤテ。貴女からも何か無いのですか?」


ナウラは凄まじい勢いで顔をカヤテに向ける。


「いや、その、なんだ?」


「ああ、貴女に聞いても無駄でしたね。カヤの王子様ですからね。」


「や、やめろおおおっ!?全方位に毒を撒き散らすな!」


カヤテが瞬時に顔を赤らめて吠えた。


「あの、お客様・・店内では・・」


愛らしい容貌の給仕が怯えた様子でシンカたちを注意しに来た。

カヤテが謝罪をする横でナウラはちらとヴィダードを見てすぐに視線を逸らした。


ヴィダードに何を言っても意味は無いだろう。

等のヴィダードは生野菜を粘性調味料につけて小さく栗鼠の様に食べている。

その視線は茫洋としており相変わらず何を見ているのか、何を考えているのか判然としない。

シンカの見立てでは恐らく何も考えていない。


「・・・ナウラ、ごめんね?ナウラもそう言う事したかったのに言い出せなかったんだよね?」


「・・・・。」


そんな朝食となった。


朝食を終え部屋に戻ろうとすると丁度リンファが扉を開けて現れる所だった。

その顔色は明らかに悪く両目も腫れている。


「どうした。毒・・では無いな。病でもなさそうだ。」


「・・やめて。診察しないで。」


そう言うとふらふら階下へ降りていった。


「其方の姉君は大丈夫か?」


カヤテが階段を覗き込む様に見送る。


「夜更かしでもしたのだろう。・・後で話でもする。」


そう言って自室へ戻った。

昼前になるとナウラが部屋にやってきた。


「シンカ。早速ですがこの街を見て回りましょう。美しい街です。」


「そう言うが酒場を探したいだけだろう?」


「何を仰いますか。酒?それは何ですか?」


無表情で首を傾げる。

相変わらず苛つく表情と仕草だ。


「お前、気付いていないのか?酒精の中毒でいつも手が震えているぞ?まるで呑んだくれの中年男だ。」


ナウラは自分の手をはっと見つめ、特に問題が無い事を確認してシンカを軽くど突いた。


「しかし、酒が身体に良く無い事は事実だ。辞められんがな。」


その言葉を聞きナウラは勢い良くシンカの顔を見つめた。


「私とした事が、不覚でした。」


「その台詞が出る程何時も完璧では無いがな。」


「喧しいですね。シンカ。貴方はこれから生涯禁酒です。」


シンカはナウラの顔を凝視して口を開く。


「なんでえ?」




それから10日、優雅に長閑なエリンドゥイルでの生活を楽しんでいるとヨウロがロランとリンメイを連れて街に現れた。


「ファ姉ちゃん!」


夕食時に現れリンメイはリンファに抱き着いた。


「メイ!元気だった?」


戯れ合う2人の横でシンカはヨウロとロランに手を挙げる。


「どうした?ヨウロはファブニル地方ではなかったか?」


「馬鹿。お前を今年こそ絶対に里に連れ帰る為に迎えに来たに決まってるだろうが。」


眉を顰めるヨウロにカヤテが不思議そうに視線を向けた。


「何故そこまでして皆シンカを里へ連れ帰ろうとするのだ?」


カヤテは尋ねた。


「こいつに自分の事を弟子入りさせたいと思っている親が多すぎてな。このままでは長老供の寿命が縮む。後は・・その、あんたらに言うのもなんなんだが、婚姻問題だな。」


「どう言う事だ!?」


途端にヨウロに食って掛かった。


「私はシンカと結婚できないのか!?」


襟を掴んで激しく揺すった。


「ま、待て・・俺にき、聞かれても!」


揺すられるヨウロを尻目にシンカは脚と腕を組む。


「誰がなんと言おうが結婚は俺が俺の意思で決める。弟子ももう取らん。この阿保、ユタで一杯一杯だ。」


シンカの言葉にユタがえへ、と嬉しそうに笑った。


「その辺は自分で長老と話してくれよ。俺は知らん!」


解放されて襟を正しながらヨウロはぼやく様に答えた。


「リンメイ。元気だったか?」


シンカは一年ぶりの再従兄弟に声を掛けた。


「シンカ兄ちゃんまた女の人増えてる!」


天真爛漫な再従兄弟はシンカの肩を殴った。

カヤテが自己紹介する傍らでヨウロに声を掛ける。


「ヨウロ。ヨウキは今年里に帰るのか?」


ヨウキは里でシンカが1番仲が良かった同い年の男だ。


「甥っ子か?分からんな。お前程ではないが最近帰って来んな。」


シンカは立ち上がる。


「よし、飲みに行くか。」


「何がよしなんだ?脈絡のかけらも無いが。」


酒場へ向かうのを阻止しようとするナウラを引きずりながら一行は街に2つしか無い酒場のうちの1つに向かった。


穏やかで澄んだ川の向かいに構えた酒場で、店の表の露台にも卓が並べられ、川面を眺めながら酒を楽しむ事が出来る。


ぽつりぽつりと水面に写る家々の灯りが美しい。

因みにエリンドゥイラ地方の殆どは酔っ払いの未払いを防ぐ為に注文時に金銭を支払う方式である。


「シンカ。貴方に長生きをして欲しいのです。お酒は控えて下さい。」


「ナウラは大麦酒か?」


「はい。1番大きい物を。」


全員分の注文をすると早速飲み始めた。


「シンカ。お酒は麦酒3杯までと約束して下さい。」


「ナウラと同じ量にする。お前が3杯ならそうしよう。」


「では7杯にしましょう。」


「ナウラ・・意志が弱いな!」


ナウラの素早い決断にカヤテが驚愕した。


「あらぁこのお酒は少し飲み易いわぁ。」


「微発泡で甘みがあるからな。」


静かな夜の街に喧騒が伝わっていく。

しかし店の中はもっと酷い。

郊外で農作業を営んでいた農夫達が喉の渇きを癒すべく騒ぎ立てながら飲み比べをしていた。


騒ぎのせいで声は聞き取れなかったがリンファが暗い表情でシャサとリンメイで固まって酒を飲んでいる。


3杯目を一気に飲み干し心地良い酩酊感を味わいながらリンファの元に向かった。


「体調は良いのか?あまり眠れていないようだが。」


「ちょっと悩みがあってね。あんた、今年は本当に里に帰るんでしょうね?私だって心配くらいはするのよ?」


髪を描き上げ、溢れた房を耳に掛けながら呆れたように口にした。


「良い経験にはなった。戦争にも幾度か参戦したしな。」


「せ、戦争!?あんた、そんな危ない事してたの?!」


リンファは目を向いて叫ぶように口にした。


「お前を助けにガジュマ城を襲撃したのと似たような物だ。お前とて俺が囚われれば助けに来てくれるだろう?」


微笑しながら問うとリンファは深く溜息を吐いた。


「まあ、そうね。こ、おと、・・・あんただから・・ね。」


何かを言い澱みながら顔を逸らすリンファの顔を見た。


好きだった顔だ。

表情豊かで同じ様に感情も豊かだった。

正直で隠し事など何も無いと思っていた。


昔の事を思い出しシンカは1人自嘲した。

我ながら女々しい。


「俺は結婚の報告の為に今年は必ず帰る。心配するな。お前ももう29だろう?どうするのだ?旅をしていて思ったが、1人は寂しい。お前も早く相手を見つけろ。」


「余計なお世話よ。本当に、余計よ・・」


暫く2人無言で水面を眺めていた。

唐突にヴィダードが虚ろな表情でシンカの前に現れた。


「貴方様ぁ?この蚰蜒眉女とどんなお話ししていたのぉ?」


ヴィダードの白目が血走っていた。


「げ、蚰蜒!?あたしの事、蚰蜒!?」


リンファは里でも美人で定評がある。半ば容姿を貶す様な事は言われた事が無かったのだろう。

シンカは思わず笑った。


「あんたっ!」


「痛っ」


頭を叩かれてに持っていた麦酒を零した。


「ヴィダードだっけ?!ちょっと私より綺麗だからって調子に乗るのは辞めなさいよね!この乳無し!」


「ほほほ。もうその悪口は言われ慣れたわぁ。私のシンカ様に色目を使わないでくれるかしらぁ?」


「い、色目、なんて・・・」


リンファは言い淀んだ。

まさか口達者なリンファがぽんこつヴィダードに言い負けるとは思っても見ず、シンカは口喧嘩の行く末を黙って見守る事にした。


「私、イーヴァルンから砂漠まで鼻だけでシンカ様の事追いかけたのよねぇ。蚰蜒眉女から雌の匂いがしているの、分からないわけないでしょぉ?」


「ぐ、あんた、ちょっと頭可笑しいんじゃないの?目が逝ってるわよ?」


「ほほほほっ。私の目をシンカ様は好きだと仰ってるのぉ。羨ましいでしょぉ?」


リンファは驚愕の眼差しをシンカに送った。


「シンカあんた、本当に大丈夫なの?!絶対可笑しいわよ!こんなに怖い目の人普通選ぶ?!ちょっと矢ッ張り問題よ。逝ってる目の女に万年鉄面皮、白目の剣狂いにふんふん煩い糞漏らしよ!?」


「く、糞漏らし!?流石に言い過ぎだぞ!漏れてはいない!」


カヤテが騒ぐが黙殺される。


「まあ変わった女の方が共にいて飽きないとは思っているが・・・お前が言うな。」


「なんでよ!?」


「お前、良く森から帰ったばかりの俺の下着をっ」


「待って。それは言っちゃ駄目なやつだわ。」


「後は俺の脚に」


「あ、それも駄目なやつ。」


「・・なんか、シンカとリンファって、すっごく仲良いね。仲良い姉弟、羨ましいな。」


ユタの言葉にシンカとリンファは絶句した。

そんな結論が導き出されるとは考えていなかったのだ。


「そうだ、折角だしあんたの恥ずかしい話ししてあげようか?ねえ、聞きたい?」


酔い始めたリンファは廃退的な色気を漂わせながら微笑する。


「聞きます。」


7杯目の麦酒を飲み干したナウラが新しい酒を頼みながらどかりとリンファの正面に座った。

ナウラの隣に座っていたロランがふらふらと川に向かって消えていった。

ナウラにやられたのだろう。


「あれは14歳の秋の事ね。あたしとシンカは2人で森に果実を取りに行ったのよ。そしたらね、途中で豚鬼の群れに出会ったのよ。シンカったら怯えてその場でお漏らししちゃったのよ。」


「おい。記憶を捻じ曲げるな。俺が始めて豚鬼を倒したのは12の時だ。14の時漏らしたのはお前だ。それも大小両方な。」


「嘘よっ!」


「巫山戯るなよ。リクファ母さんに怒られると泣き噦るお前の下着を川で洗ったのは誰だ。匂いが残って暫く赤目蝿に集られたのを忘れたか。」


「・・・」


リンファは一瞬で返り討ちに遭い押し黙った。


「ふむ。つまらんな。シンカの弱い所が見てみたいのだがなぁ。」


カヤテがぼやくと思いの外真剣な表情をリンファは向けた。


「もしこいつと添い遂げたいと思ってるならその考えは捨てた方が良いわよ。」


リンファの言葉には何処か妙な説得力があった。



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