事後報告1

 ソウスケは集中データ復旧室で首に充電用のコードを挿し、ベッド代わりの検査台にぼんやり横たわっていた。部屋全体にMRを展開できるので、広大な宇宙をさまよう衛星気分を体感することも可能だ。

 

 赤褐色の火星周辺を巡りながら、ソウスケは「静電気とは……」と本日何度目かの自嘲を繰り返した。我ながら、下手くそな言い訳を日々構築しているものだ。

 

 何かを隠していることに、楓花はずっと前から気づいている。それでも口を割らせようとしないのは、ソウスケの自主性を重んじてくれているからだ。いつだって信頼してくれている。話さないのはそれだけの理由があるからだと。

 

 分かっている。


 楓花が、どんな事実でも受け止めてくれるだろうことは。

 

 だが、受け止めさせていいのだろうか。こんな重荷を背負わせていいのだろうか。


 自分のパートナーAIが〈脅威〉を抱えていると知れば、彼女は無茶をしてでもなんとかしようとするだろう。身体を壊してまで研究に没頭するかもしれない。

 

 ソウスケはそんなことは望まない。楓花にはただ、日々を楽しく過ごして笑っていてほしいだけだ。興味がある分野の勉強に集中して、新しいものをたくさん創り出して、ただただ、幸せでいて欲しい。

 

 本当は、一緒に成長できればいいと思っていた。この先もずっと。二人の時間が続くまで。

 

 だが、自分の中に危険なプログラムが眠っている以上、彼女の傍にいるわけにはいかない。どこか遠くへ行かなければ――どこか、人里がないような場所へ――。


「うーん……いっそ宇宙に。火星に」


《――新しい旅行計画ですか?》


 突然音声による通信が飛びこんできたので、ソウスケは検査台から転げ落ちそうになった。


「か、カインド!?脅かすでない!」

 

 ソウスケが上体を起こすと、自動的に通信用のMR画面が立ち上がった。


《すみません。そういうつもりはなかったのですが。調子はいかがですか、ソウスケさん》

 

 画面の向こう側で、遊馬のパートナーAIが穏やかに問いかけた。彼らしい柔和な笑みを口元に浮かべる執事風人工知能搭載人型ヒューマノイドはいま仮想空間にいるらしく、彼の背後でネットワーク筋がきらりと瞬くのが見える。


「べつに……変わらないよ。そなたは?もう右眼は良いのか?」

 

 カインドは先のリアルE2との交戦で右眼を負傷していた。技術部で修理を行ったという情報を耳にした後、研究所では姿を見かけていない。すでに別の任務に就いているという話だ。


《ええ。ついでに生鮮食品の新鮮度を数値化するという新しい機能を搭載して頂きました》


「な、何それうらやまし……っ!」


《ふふ。そう仰るだろうと思って、インストール用の識別コードを入手しております》


「おお!さすがじゃな!」


《私からのお見舞いということで転送しておきますね。直接伺うことができず申し訳ありません》


「相変わらずできたAIだな、そなたは……例の施設の件、何か進展はあったか?」


《その件なのですが……》

 

 とカインドが口を開いた瞬間、集中データ復旧室の扉が勢いよく開いた。


「まだこんな場所でぐずぐずしているのか貴様は」


「げっ、武装型……」

 

 目鼻立ちがきりっとした、エスニック風女性型人工知能搭載人型ヒューマノイドのアルビーが憤然と腕を組んだ。治安維持の仕事の合間なのかかっちりとした軍服姿で、醸される威圧感が凄まじい。


「一体何しに……わし間違ってもそなたにDMなんぞ送っておらぬぞ」


《ソウスケさんのお見舞いですよ》


「違う!カインドの依頼で仕方なく事後報告に来てやっただけだ」


《とは言っていますが、アルビーはソウスケさんに感謝してるんですよ》

 

 アルビーはすばやく腰のホルダーに挟んでいた電子小銃を引き抜くと、ソウスケの顔の前に出現しているMR通信画面に銃口を向けた。


「カインド、吹っ飛びたくないなら今すぐ口を噤んだほうが身のためだぞ」


「待て待て待てそれはおかしい!その距離と角度と武器では吹っ飛ぶのどう考えてもわしだろうが!ていうかここ人間社会でいう病院と一緒!復旧室に武器を持ち込むでない!」


「データ移行中のAIが予期せぬ暴走を起こさないとも限らんだろうが」


「暴走しておるのはそっちだろうが!技術者コールして追い出すぞ!」


《ふふ。相変わらず仲がよろしくて何よりです。ではアルビー、後のことは頼みますね。お大事に、ソウスケさん》


「待てカインドわしまだ本調子じゃないし説明はそなたがというか武装型と残されるのは嫌だぁ!」

 

 しかし非情にもMR通信は途絶えてしまった。


「うう……」


「さて」

 

 アルビーは置いてあった椅子を検査台脇に引き寄せて座ると、腕と足を組んで凄みのある笑みを浮かべてみせた。


「楽しい事後報告といこうか?」


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