リアル戦2-MR同調-

 A.M.10:10


 第一リアル戦ME遂行者MA補佐は、標的をエリアC地点に誘導し、片腕を被弾させてアンドロイドの武器操作機能を低下させること。


 第一リアル戦への参加メンバーはソウスケとカインド。ソウスケのメインスキルは電導士エレクタラー、サブスキルは電子光剣使いレイバー。カインドのメインスキルは狙撃手スナイパー、サブスキルは解析士アナリシスト。ソウスケがE2誘導役のMA、カインドが攻撃役のMEを務める。

 

 その間、仮想空間のシステム構築にはアルビーとサナが当たっている。第一バーチャル戦、アルビーはメインスキルに電子光剣使いレイバー、サブには小銃使いガンナーを。サナはメインスキルに解析士アナリシストを、サブに長槍使いランサーを搭載している。アルビーがバーチャル側ME、サナがMAだ。


 システム構築の関係でバーチャル側の二人とは現在コンタクトがとれないが、各々が持つ電子時計だけは完全に同調させている。

 

 E2がどう動くか、あらゆるパターンと状況は演算済だ。作戦メンバーはこれからA.M.10:19までにどう行動するか、精密にプログラムされている。


《ソウスケさん、E2を牽制しておきます。いまのうちに〈充電チャージ〉を》


《了解!》

 

 カインドとMR経由の通話を行いながら、ソウスケは楓花が立っている地点に戻り、電磁結界のすぐ右横の地面を踏んだ。充電装置が起動し電力が充填される。


 本作戦では、こうした隠れ充電スポットを地底窟中に点在させている。ピンポイントで踏まなければ作動せず、事前に居場所をインプットしていなければ発見は困難だ。

 

《カインド、E2の〈解析スキャン〉は進んだか?》


《対象はいまも高速で地底窟環境を解析中です。アンドロイドを被弾したことで、バーチャルE2がリアルE2への指示を変更する可能性があります。システムを利用した間接攻撃が増えると推測。十分注意してください》


《――分かった。こっちは引き続きリアルE2の電力を削っていく》


《了解です》

 

 通話を終えると、カインドの警告通りE2に新しい動きがみられた。指で宙をなぞりだし、何か新しいプログラムを実行しているような動作に見える。

 

 妙な処理を実行される前に、ソウスケはE2の足もとに〈漏電リーク〉を仕掛けた。E2は緑電光渦を察知するなりその場から飛び退いた。

 

 絶妙なタイミングで、カインドが電子ライフルを発砲させる――が、E2の背後に突如出現した小規模な電光渦が銃弾を弾いた。


「なんだいまの……」


 一瞬、空間が波打ったように見えた。音波を利用した即席シールドかもしれないと推測し、カインドに〈解析スキャン〉を促しておく。


「ソウスケ!」

 

 楓花の声に振り向くと、彼女が立っている地点に無数の赤い電光渦が出現していた。MRの電力を利用しているらしいそれらが帯電を始め、地面を抉る勢いで電流の雨を降らせる。楓花を囲っていた電磁結界が耐久値を失って消失した。


「楓花っ!」

 

 マスターの元に駆け寄ろうとしたソウスケの足元に、複数の緑電光渦が出現する。〈漏電リーク〉を避けるために跳躍するが、着地点はE2に先読みされ、正面と背後を〈強制麻痺パラライズ〉を引き起こす電光渦に挟まれた。


「くっ……」

 

 電子光剣だけでは防げない――。

 

 電光渦がバチっと音を立て、中から尖鋭な稲妻が飛び出してくる。電流の衝撃に備えてソウスケはボディを硬くした。電流同士がぶつかる衝撃音が響く――が、ソウスケはダメージを受けていない。

 

 地下水路を越えて着地し顔を上げると、E2が発生させた電光渦は謎の青い球体に包まれていた。その中で何度か〈強制麻痺パラライズ〉を起こそうと暴れていたが、やがて電光球体と共に消失した。


「E2の〈強制麻痺パラライズ〉だけ無効化した!」

 

 防護服の中からマスターが叫んだ。


「他の攻撃も止めれないか試してみる!」

 

 自作の防御システムで、楓花が守ろうとしてくれている。マスターはすぐそばにいる。


 ソウスケは強く頷き、E2に目を向けた。楓花に接近しようと地面を蹴ったE2の右側から飛びかかり、電子光剣で水平に斬りつける。


 右腕を被弾したE2は左手で電子光剣を握っている。ソウスケの攻撃を感知して防御へ移行するが、右側からの斬撃を左手の武器で防ごうとすると無理な体勢になる――読み通り、ソウスケの斬撃が勝り、リアルE2を弾き飛ばした。敵人工知能搭載人型ヒューマノイドは背中を地面に打ちつけたが、すぐさま身を反転させて起き上がる。

 

 楓花の周辺に再び赤い電光渦が発生した。温度上昇させる熱源を感知――電流ではなく〈強制過熱オーバーヒート〉によるシステムの発火を引き起こそうとしているのが分かった。

 

 カインドも気づいたらしく、地底窟上層から電子ライフルで赤電光渦を狙撃した。被弾した複数の電光渦は起動解除されたが、まだ四つ残っている。ソウスケも青電光渦で対抗しようとシステムを操作した。

 

 そのときリアルE2が動いた。今度はソウスケに向かって。敵AIは壊れたはずの右手で剣を握っている。ARによる幻覚作用でもない――右腕が修復されている――?

 

 E2が叩きつけてきた斬撃を、ソウスケは真向から受け止めた。光剣同士の衝突により閃光が弾ける。視覚領域の感知センサーが補正された瞬間、ソウスケは競り合いながら対象の右腕を一瞥した。


 穴が開いて曲げられないはずのE2の右内肘の関節に、光源を帯びた細いコードが繋がっていた。ボディ内部の電力を電子光として変換し切断された神経コードの接続を補っている。

 

 そのリカバリを行っているのは、おそらくバーチャルE2だ。MRシステムを即座にスキャンし、改造して赤電光渦を創り出したのもそうだろう。リアル戦の勝敗は、バーチャルE2をいかに抑えるかに左右されそうだ。

 

 E2の電子光剣の負荷がじょじょに増してくる。事前把握済みだが、警備型アンドロイドのネオメタル総量はソウスケよりやや上だ。拮抗していた力のバランスが傾いていく。競り合いが長引くのは不利だ。


 そう判断し、ソウスケは電子光剣の起動をオフにし刀身部分を消失させた。降りかかってくる斬撃をかろうじて半身になって回避し、踏みこむと同時に光剣を再起動――剣先を対象の右肩めがけて突き上げる。


 電子光剣使いが使用する剣技は、基本動作プログラムをインストールし、各AIたちがオリジナルのスキルを自分で構築するのがセオリーである。ソウスケの剣技も、インストールしたプログラムの改造技で、E2にとっては未知の攻撃パターンになる。


 それでも、対象は脅威の反応速度で切り返しを編み出してくる。

 

 E2は右肩を引いてソウスケの突きをかわすと、左足を軸に反転し、ソウスケの背後から電子光剣を叩きつけた。背中に〈強制麻痺パラライズ〉を喰らったような衝撃を感じ、ソウスケは地面に倒れこんだ。


 視野が二重にぶれて、ノイズが聞こえる。


 誰かが、遠くから名前を呼んでいる。


――楓花!

 

 ソウスケは回路麻痺に抗って地面の上を転がった。先ほどまでソウスケが倒れていた場所に、E2が剣を突き立てていた。背後から受けた斬撃の余波で、アンドロイドと回路の動きがまだ鈍いが、ソウスケは立ち上がる。


 楓花に近づけさせはしない。絶対に。

 

 ソウスケの背後に赤い電光渦が出現したが、カインドの銃撃で相殺された。味方のAL4も敵の攻撃プログラムを〈解析スキャン〉し、電流弾の威力を上げている。

 

 時刻は、A.M.10:18。

 

 ソウスケは電子光剣を降り上げ、攻撃に特化した上段の構えでE2を挑発した。対象人工知能搭載人型ヒューマノイドは電子の眼にソウスケを映す。

 

 ソウスケに向かって疾駆するE2めがけて、カインドが電子ライフルを連射した。が、対象には当たらず――代わりにソウスケが握っていた電子光剣に銃弾の一つがヒットする。

 

 ぽかんとしたソウスケの手から、電子光剣が勢いよく後ろに飛んだ。


「か、か、カインド――――っ!」


《あ、すみません。E2が激しく動くもので……予備の電子光剣を使用してください》


「じゃなくてちゃんとE2を狙えぇぇ――っ!」

 

 予備の電子光剣を引き抜く前に、当然ながらE2が間合いを詰めてくる。繰り出された電子光剣の切っ先が、目前に迫る―――。

 

 瞬間、もう一振りの剣がソウスケの背後から突き上げられ、E2の剣を弾いた。

 

 振り向いたソウスケの視界に、にやりと笑みを見せたアルビーが映る。地底の隠し扉から飛び出した武装型が握っているのは、ソウスケの手から飛んでいった電子光剣だ。


「交代の時間だ安上り。とっとと失せるがいい」

 

 ソウスケは顔を引きつらせた。


「武装型ぁ……そこはフツー労いの言葉であろうが!」


「いいから引っ込め。だいたいお前、私の剣で貫かれてるのにフツーに直立してるのはおかしいだろうが。リアクションが悪いぞ。想像力の欠如か?」


「ぐ、ぐああああそうだったああああ裏切り者めぇぇ……って、するか!剣を貫通させるっていうシナリオはなかったぞ!」


「演出だ。どうせもうコアプログラム移行済みで、貴様はただの映像。ダメージはないんだろ」


「そういう問題じゃない!」

 

 ソウスケはアルビーを睨みつけた。


「で、すべて完了したのか?」


「でなければ、ここに来たりしない」

 

 ソウスケは剣で貫かれたままにやっとした。


「よし。では第二リアル戦は任せたぞ。楓花、ログアウトだ!」

 

 防護服姿の楓花が頷き、その場から消失した。


 MRエリアに投影されていたソウスケの仮想体も、接続を切った瞬間地底窟から姿を消した。

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