ガイドAI

 新型人工島、第四新興区。


 第四新興区は、教育関連施設を集約したエリアだ。人工島暮らしの子供たちが通う小中高を始め、大学、図書館、博物館、美術館、コンサートホール等、芸術を追究するための設備も充実している。


 AIアカデミーはその教育エリアの東側に位置していた。マーズリニア停車駅の一つが、〈AIアカデミー正門前〉になっているように、駅から二十メートルも離れていない。

 

 先に〈入力インプット〉していた前情報と違わず、AIアカデミーの敷地はおよそ四万平方メートル。三階建て校舎は複数棟で成り立っているが、奇抜な造りではなく、アカデミー正門前の並木道通りの景観に沿っている。


 しかしながら、ソウスケのアップグレードされた感知センサーは、敷地内外に張り巡らされた不可視の電磁波を警告していた。人間には影響なさそうだが、電子回路持ちの機械には致命的――接触すれば、プログラム配列に影響をきたすと推測される。


 この無慈悲な電子警備網は、アカデミーの管理システムから配布される三十三桁の認証コードによってのみ無効化される。許可されたプログラムだけが、アカデミーのセキュリティシステムの〈攻撃対象外〉として認知される仕組みだ。


 認証コードは定期的に変更され、その都度更新を行う必要がある。もし何らかの欠陥で更新できなかった場合、電磁波は容赦なくプログラムを乱列させるだろう。


 だが、プログラム配列を故意に乱す=コア破壊、とはならない。むしろそうしないのは、アカデミー側がではなく、に重きを置いていることを意味している。


 高度な人工知能育成を目的に掲げるアカデミーだ。外部非公開の〈有益情報〉がある限り、それを狙う者が出現するのは不思議ではない。世界に存在する〈個〉の数だけ思惑があるのだろう。


 にしてもまったく。人工島というところは、あらゆる場所で情報の奪い合いをしなければ気が済まないらしい。

 

 ソウスケは正門前のMR有効スポットで足を止め、眼前に出現した〈ご用件の選択〉画面で、編入生用の認証コードを打ち込んだ。ピコン、という認証音と共に、ソウスケのプログラムが電磁波攻撃の対象外設定されたことを確認して、アカデミーの敷地を踏んだ。


     *


《認証コードが一致しません。もう一度やり直すか、おとといきやがるか、十秒以内にご判断くださーい》


「……待て待て待て何なのだその適当な応対は。そなたわしをなんだと思っとるんじゃ」


《認証コードが一致しないので、不法侵入者か新手の郵便配達員詐欺かと思っておりますが?》


「どっちでもない!すでにアカデミーの正門でコード認証されてるのだから、不法侵入なわけなかろうが!コード不一致はデータがまだ飛んできてないからではないのか?ちょっと更新をかけてみよ」


《おいおいおいなんで俺がどこぞの馬の骨に指示されなきゃなんねーの》


「そ・れ・が、そなたの仕事であろう!」

 

 玄関ホールで足止めを喰らったソウスケは、ガイドAIなる電子画面に向かって吠えた。


「それとも何か?アカデミーのトップでも召喚しろというのか?編入早々、わしに緊急用コードを使用させるつもりなのか?」


《んもーメンドーだなー仕方ねーなー。分かったよ更新かけてやるからちょい待ち》


「うう……なんでそなたみたいなのがガイドなのか……幸先不安だのう……」

 

 ひどくやる気のなさそうなアカデミーガイドAIに困惑したが、十秒ほど経ったところでMR画面の縁がぱっと青く点灯した。


《聞いて驚け、コードが認証されてましたー。登録名『ソウスケ』さん、ようこそAIアカデミーへ》


「……いま色々な意味で驚いておる。謝罪もなしか」


《本日はお日柄もよく》


「そんなあからさまな話題逸らしあるか!そなたそれでもガイドAIか!?バグっておるのではないだろうな?」


《このベンジャミン様がバグるわけねーだろ。これが俺のガイドスタイルなの。AIアカデミーなんて聞くだけで敷居高そうだろ?俺はこうやって手続きをちょいとこじらせてやることで、新米の緊張をほぐしてやってんの。ほらよ、これアカデミーの全体マップ。ちゃーんと〈読取スキャン〉して保存しとけよ》


「何なのだその謎スタイル」

 

 ソウスケはぶつぶつ言いながらも、ベンジャミンを名乗るガイドAIが液晶に映したマップを両目で〈読取スキャン〉し、空き容量にぽいと放り込んだ。


《ところでソウスケ、お前AL4なの?E2に標的にされたってマジ?》

 

 ソウスケは突然の質問に眉を寄せた。


「どこからの情報だ?」


《お前の初期登録データ〈実績〉の項目にそう記載がある。ちなみに説明しておいてやると、アカデミー所属AIの基本データと経歴ってのは、アカデミーにいるやつなら誰でも共有できるようになってんだ。仮想空間での模擬訓練があるから構成値は公開してねーけどな。お前の登録だけど、趣味とか特技とか得意科目とか好きな子のタイプとかが空白だぞ。後で入力しとけよ》


「変わった場所じゃな……」

 

 とはいえ、AI同士でコミュニケーションをとらせ、互いの成長を促すというシステムなのだから少々の情報共有が発生することはあるだろう。

 

 ソウスケはあらかじめダウンロードしていたアカデミーの基本情報を引き出した。


「お、あった。ベンジャミン。AL3。男性型。趣味なし。特技なし。得意科目なし……ってそなたのプロフィール参考にならんではないか」


《俺は秘密主義なんでね》


「なのに好きな子のタイプは明記するのか?……太陽のように眩しく、手の届かないあの子………………大丈夫か?」


《なんなんだよその哀れみのまなざしはよ》


「へえ、そなたIAIアイエーアイなのか」


《あからさまに話題逸らしやがって……》

 

 不機嫌な声を出すAIは、Insubstantial Artificial Intelligenceと呼ばれる〈実体なき人工知能〉だ。〈個〉を形成するプログラムは存在するが、視覚認知可能な特定の形は持たない。彼らの姿は仮想空間において、パートナーとなる人間や対面するAIの想像力によってのみ形づけられよう設計されている。


 ソウスケの中ではまだ〈ベンジャミン〉という〈個〉が定まっていない。もしいま仮想空間で彼と遭遇すれば、霧がかった姿で視覚領域に投影されることになるだろう。


「そなたのようなAIに会ったのは初めてだよ。わしの可視領域に反映できるような姿形成には時間を要しそうだ」


《ああ、思う存分時間をかけて俺というミステリアスな〈個〉を創造してみせろ。それがお前の第一任務だ》


 よし後回しにしようとソウスケは決意したが、口には出さないでおく。


「ふうん、アカデミーに登録されているAIは百二十二体か」


《お前を含めりゃ全体で百二十三体、もっと詳しく分類すりゃボディ持ちが六十三、ボディなしが六十だ。が、現時点でアカデミーの敷地内にいる生徒はボディ持ち四十三、ボディなし四十の計八十三。ここの生徒が全員そろうなんてめったにないぜ。アカデミー登録AIは、授業の一環で任務ミッションに駆り出されることも多いからな》


「任務?」


《一例としてあげるとすれば、小学校に通うガキどものお守りとか、アンドロイドの修理工場手伝いとか、ビジネス街での弁当配りとか。ま、ほとんが社会奉仕活動という名の雑用だな》


「身も蓋もない……ちなみにその任務、AIRDIでの研究補助枠などは?」


《そんなのこっちがやらなくても、優秀な研究所専属AIがやるだろ》


「んぐう……!」


《ま、とにかくAIアカデミーの生徒で、誰かコンタクトとりたいやつがいたらDMすりゃいい。返信が来ないこともあるけどな……》

 

 画面の向こう側で、ベンジャミンが悩ましい溜息を吐く。


「誰かにスルーされてるのか?」


《ほっとけ。ほら、E2に標的にされたスーパールーキー様はさっさと教室に行ってちやほやされてろ。教室つっても一階東、いっちゃん手前の小ホールだからな。ボディ持ちの出席個体数が四十前後になると、クラス分けしたって大したことできねえから授業はもっぱら合同。仮想空間での活動が増えるから、それなりの準備と情報収集しとけよ》

 

 ブチッという断線音と共に、液晶画面が通信を断った。


「……スーパールーキー?」


 ベンジャミンが置き去りにした言葉に首を傾げつつ、ソウスケは指定されたホールへと向かった。

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