アンドロイド

 選択肢は、三つ―――。


「金髪碧眼、生意気王子風ルシアン。茶髪隻眼、天真爛漫牛飼い風ジョージ。銀髪赤眼、ミステリアスな寡黙淑女風メアリ」


 研究室の一室で、スポットライトを浴びながら居並ぶ三体のアンドロイド。


「さあソウスケ!すべてはきみの意志に委ねられた……この中から一体、好きなボディを選びたまえ!」

 

 楓花は充血気味の瞳をかっと見開いた。口調はどこか、オンラインゲーム序盤に登場し主人公の選択を促すガイドNPC風。


 時刻はすでに夜十時を回っていた。マスターの疲労は蓄積している。同時に、深夜のテンションに突入しつつある。


 マスターのテンションに合わせて、「くっ……この中から、たった一体だと――!」というような悩める主人公風口調で応答しようかとも思ったが、ソウスケのプログラムはいたって冷静だった。


「――選ぶ前に、ちょっと質問が」


「ん!なんだね?」


「そのボディ三体とも子供型では?しかも一体は少女型だし」

 

 もっとも、大人型だろうが子供型だろうが、男性型だろうが女性型だろうが、コアと回路がうまく接続できるなら問題ない。それに研究所のアンドロイドを借りるのは一時的なこと。両腕が損壊したソウスケの現ボディを修理する間だけだ。


 しかし。


 贅沢を言えば、いまのボディと似たような形が望ましい。修理期間はまだ不明だが、少し長引いた場合も考慮しておかねばならない。子供型だと何かあったときにひどく頼りないばかりか、両腕の細さからして最大積載重量は青年型をかなり下回るだろう――買い物のときに困る。


 それに、目下男性型の思考能力を形成中なのに、ひらひらスカート姿の少女型アンドロイドを操作するというのも――なんか――なんだか――人間社会のモラルに挑戦しているというか――謎の抵抗感が湧かないでもないというか――。


「もしや名前のこと気にしてる?」

 

 気遣うように楓花が訊ねた。


「名前はソウスケをそのまま使えるから大丈夫だよ。なんなら留志安とか、譲二とか、芽愛里とか和名変換も可能だから違和感帳消し」


「そこじゃないよ楓花。わしが気にしているのは」

 

 一応、マスターの軌道修正を試みる。


「悩ましいのは理解してる。だってめちゃくちゃ可愛いアンドロイドたちだもんねえ!この子たち全員ネオヒューマンボディでマーズレイ式充電完全対応型!」

 

 明かりをきらりと反射した眼鏡の位置を整える楓花は聞いちゃいない。少女型のアンドロイドに愛しそうに手を触れて、うっとりしている。


「見てほら繊細なんだよぉ~指先とかが。でね、ソウスケの仮アンドロイドの譲れない条件が〈問題なく料理可能〉な関節機能を持つボディだったでしょ。それに唯一ヒットしたのがこの子たちで……もう運命の出会いだよこれは~」


「……スイッチ入ったのう楓花……あー、カインド。他にアンドロイドはないのか?」


 隣に立っていた執事風人工知能搭載人型ヒューマノイドに訊ねると、彼は静かに首を振った。


「申し訳ありません。他は定期メンテ中なんです。すぐに移行できるLAラーのボディとなると、この人型の三体か、全長二メートルの機械型、または小型の獣型しか」


「ききき機械型と獣型!」


 と顔をきらっきら輝かせたのは楓花だ。


「あのそれも見せてもらうことって可能です?」


「もちろんです。ただその二体にプログラム移行するとなると、料理は難しいかと……」


「いいよねソウスケ。料理のほうはしばらくいいよね。それよりもせっかくだからボディの選択肢を増やしたいよね?」


「……楓花。すべてはわしの意志に委ねてくれるのだったな?」


「も、もちろんそうだよ当然だよ!私はソウスケさえ望むなら、ガチムチの武骨なゴーレム型でも、小型のネコ型イヌ型キツネ型なんならネズミ型でも……できれば尻尾はふわっふわのもっふもふがいいけどソウスケが望むなら。そうだいっそ少女型にメイド服で猫耳実装すれば一石二鳥で美味しいんだけどソウスケはどう思う!?」


「ジョージで」


     *


「……バックアップ、八十%完了。本日蓄積したデータだが、あと十分でそなたの端末に移行できそうじゃ。……楓花聞いてる?」


「ミステリアス猫耳メイド型メアリ……」


「両腕損壊ノーマルボディ型ソウスケで大変申し訳ございませんね」


「あっ、違っ……比べてるんじゃないよ!」


「ふーん。そうかのう」

 

 アンドロイドの首にケーブルを繋げたまま、ソウスケはソファーの上で唇を尖らせた。

 

 今夜寝泊まりすることになった研究開発部施設の宿直室は、なかなかに快適な造りをしていた。ベッドやテーブル、ソファーやテレビ、冷蔵庫に充電器など、生活に必要な調度品は一通りそろっているし、部屋をすぐ出たオープンスペースには調理器具がそろっている食堂もある。


 ようするに、泊まりで仕事をする研究員が多いということだ。男性職員率九十パーセント、というAIRDIアイルディの人員構成を思い出し、ソウスケの思考はすでに警戒モードに切り替わっている。


 そんなソウスケのプログラムを理解しているのかどうかは定かではないが、楓花はあわあわと取り繕った。


「い、色々な組み合わせがあるんだなあって……精神世界を広げてただけ。でねでね、さっき遊馬さんとも相談してたんだけど、新型人工島でやってくならやっぱりマーズレイで充電できるようにカスタマイズしたほうが良いと思うんだ。貯金のほうもまあ、なくもないし、この際だからソウスケのコアと骨格とボディ、アップグレードしちゃおうかなって」


 猫耳が頭についていたら、ピンと立ったことだろう。ソウスケは電子の瞳を輝かせてマスターを見つめた。


「あ、アップグレード……本当に?」


「うん。ネオメタルコア、ネオメタルフレーム、ネオヒューマンボディ。どう?」


「い、いい……それすごく……だ、だが費用が……そんな急激なアップグレードはコストが法外なのでは?」


「予算の範囲内で調整するから心配ないよ。詳しくは明日、AIRDIを見学しながら詰めようってことになってるし。今日はバックアップとって、無事に仮ボディ移行までが任務だよ」


「う、うむ。アップグレード……わしアップグレードするんだ……」


「ふふ。喜んでもらえて良かった。いまのソウスケのボディについてるオプション機能は基本継続で良いよね?」


「もちろん!新機能もつけてもらえるのかのう……うわ……コアが発熱しそうじゃ……ああどうしよう楓花……待ちきれぬ……」


「お、落ち着いてソウスケ。ホントに端末まで熱くなってるから……クールダウン。まずはクールダウンだよ。ところで、仮アンドロイドの件だけど、なんでジョージを選んだの?」


「ん……ジョージ……ああジョージか。他の二体に比べて、ジョージが身に着けていたオーバーオールが一番動きやすそうだったから」


「な、なるほど相変わらずな合理的思考で」


「そなたはメアリかルシアンが良かったのか?」


「い、いやいやそんな……私はソウスケが選ぶのなら何でも……ていうかあの三体のアンドロイドだったら本当にどれでも……」


 と思い出してはうっとりしているので、やはりアンドロイドの外見にはこだわらないらしい。


「わしの〈顔〉はどうする?」


「うーん」

 

 言いながら楓花はソファーに近づき、ソウスケが座っているすぐ隣にゆっくりと腰かけた。手を伸ばしてそっとソウスケの頬に触れると、にっこりと微笑む。


「ソウスケの〈顔〉はそのままがいいなあ。特別だから。二人でこだわって考えて、職人さんに作ってもらったじゃない?」


 マスターの特別扱いが嬉しくて、ソウスケもにっこりせずにはいられなかった。


「そう言ってもらえると嬉しいよ」


「私も、ソウスケがその〈顔〉を気に入ってくれてるなら嬉しいよ。最高のカスタマイズを考えていこうね。ソウスケらしさが十分に発揮できるような」


「うむ!」


 ソウスケは期待にコアを発熱させながら、バックアップを滞りなく進めていった。

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