遭遇ーエンカウントー

 銃声は、すぐ近くの六階建てビルの屋上から聞こえてきた。

 複数回の発砲音が鳴り響くと同時に、上空に青白い電流が走る。


 屋上から人影が乗り出したとき、武装型が両手に拳銃を構えて叫んだ。


「ここから離れろ!E2イーツーが来るぞ!」

 

 イーツー。


 反射的に検索をかけるが、ネットワーク上に該当するデータはない。

 が、判断を迷ったりはしなかった。


 ソウスケは楓花の手を引いてその場から離れた。


 先ほどから探っていた第五新興区の仕掛けがようやく判明し、ソウスケの認知領域に地図データが飛び込んでくる。地下道だ。それも迷路のようにいくつもの分岐を持った広大な地下通路。


 第五新興区では、あらゆる場所からこの安全な地下道にアクセスできるようになっていた。周辺にいた人々はそこから〈交戦エリア〉外に避難したようだ。


 中央道にも仕掛けがあり、新興区の強制退避システムが作動すると地下へのトンネル道が開く。そこからすべての走行中車両が地上道から地下道へと移動する仕組みなっているらしい。


 とにかく、地下通路への最短の入り口が歩道橋前のマンホールにあることを見つけ出したソウスケは、楓花をそこへ誘った。マンホールの取っ手を掴み、両足を踏ん張って思いっきり引き上げる。


「むっ……んんんぐぅぅ……!」


 食いしばった歯の隙間から気合の声を発しても、鋼鉄製なのか入り口の扉はびくともしない。


「腕がもげそ……!」


「ソウスケ、さっきE2って……」


「後だ楓花。気にはなるが……まずはそなたの避難が先……」


 ピリっとした静電気のようなものを感知し、ソウスケは背後を振り向いた。何か小型の鋭利な物体が迫ってくる。とっさに向かい側のマスターを歩道に押しやった。


 傾いたソウスケの首筋をチリと焼いて、高熱を放つナイフが歩道橋の手すりに突き刺ささった。

 

 ソウスケはバランスを崩しながらもすぐに起き上がり、尻餅をついている楓花を助けようと手を伸ばす。


「ダメですソウスケさん!離れて!」


 歩道橋の上から飛んできたのは、間違いなく遊馬のAI、カインドの声だった。


 ソウスケがその声に反応しようとしたとき――鋭い一閃が目の前を貫いた。


 一瞬、楓花が視界から消える。


 ソウスケの視界を遮ったのは、宙を舞う右腕――切断部分から複数の接続コードと、仕込んでいた調理器具が飛び出している。


 自分の右腕が切断されたのだと理解すると同時に、真横に迫っていた人影を認知する。


 屈んだ姿勢のまま仰いだ先に、紺色の兵隊服を身に着けた青年型の人工知能搭載人型ヒューマノイドが立っていた。目元を覆う黒いサングラスの向こう側で、赤い光が明滅している。


 遊馬の車を〈乗っ取り〉、不正を行っていたプログラム。


 そのAIは、黒い手袋をはめた右手で細身の剣を握っていた。刀身が光と熱を帯びているのは、中に電子回路が仕込まれているからだろうか。その剣がゆっくりと振り上げられる。


 相手の標的は――楓花ではない。


 このAIは、同じAIを標的にしている。


「ソウスケ!」


 楓花の叫び声と同時に、ソウスケは素早く身をよじった。E2なるAIが振り下ろした剣がコンクリートの表面を粉砕した。


 ソウスケは立ち上がりながら左手で歩道橋に突き刺さっていたナイフを引き抜くと、E2に向かって投げつけた。至近距離だったにも関わらず、相手は最低限の動きだけでナイフを地面に叩き落とす。


「楓花!そこを動くでないぞ!」


 ソウスケは言い放ち、道路へ飛び出した。E2の標的が自分なら、いま楓花とはできるだけ離れるべきだ。


 来た道を駆け戻ると、先ほどの武装型アンドロイドが二丁拳銃を構えて立ちはだかっていた。人工知能搭載人型ヒューマノイドが表現するにしてはあまりにも恐ろしい形相なので、思わず引き返そうかと迷ったほどだ。


「屈め!安上り!」

 

 警告後一秒と経たない内に、容赦ない連弾が放たれた。ソウスケは道路に飛びこむ形で体を伏せる。


 背後に迫っていたE2はしかし、遠目で武装型のモーションを予測していたようだ。素早く横っ飛びに跳んで複数の光弾をかわしている。


 今度は反対車線側から別の銃声が響いた。建物の陰に移動していたカインドが、E2の不意を狙ったのだ。


「仕留めたか!?」


 ソウスケが体勢を立て直しながら武装型に問う。彼女は舌打ちした。


「剣で防がれた」


「ば、化け物か……てかそなた、さっきわしごと撃とうとしたろ!」


「うるさいぞ足手まとい。戦えもしないくせにちょろちょろと目障りだ!引っこんでろ!」


「慎ましく引っこんでおっただろうが!そなたこそご立派に武装しておるなら、とっととあれをなんとかしろ!楓花に何かあったら許さぬぞ!」


「お二人とも、すっかり打ち解けたようですね」


 カインドが右手の小銃でE2を牽制しながら合流した。ソウスケは遊馬のAIを睨みつける。


「カインド!そなたにも言いたいことがある!いったいこれは……だいたいなんでそなたが……!」


「少しお待ちを。アルビー、弾はまだありますか?」


「あと二十発は撃てる。お前は?」


「そろそろ充填が必要です。まったく、我々は翻弄されてばかりですね」


「おいおいのんびり話してるヒマはなさそうだぞ……」


 E2の接近モーションを視認して、ソウスケはたじろいだ。


「狙いはソウスケさんのようですね」


 とカインドが断言した。


「何でわし!?」

「何でこんな安上りを?」

 

 ソウスケは目を剥き、アルビーという名の武装型AIは口をひん曲げた。


「こいつしょっぱなから腕を切り落とされてるんだぞ」


「ああそうだわしの腕……後で回収せねば……ではなく!いや回収はするが、誰が安上りだ!一体何がどうなっておる!なんでそなたらしか動いておらんのだ?事件だぞ!AIがAIに武力で襲いかかるなど、本土だったら機動隊が出現するほどの大事件だぞ!」


「E2相手だと、人間の機動隊では歯が立たないでしょう」


 カインドが淡々と説明した。


「個々のモーションに対する反応速度が違いすぎる。それに、半端なAIが介入すると〈乗っ取り〉を喰らってしまう可能性があります。高性能装備の人工知能搭載人型を操られて戦況を不利にしたくはありません。……ソウスケさん、E2に関する情報はすでに検索したかと思いますが、何か見つかりましたか?」


「ない!だから聞いておる!何なのだあの化け物AIは?」


「……アルビー、五分任せても?」


「ああ。その間に、あいつの標的を私にすり代えてやるさ」


 アルビーの小銃が火を噴くと同時に、カインドはソウスケの腕を引いて建物の中に飛びこんだ。

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