隠し事

「……絶対に行かぬ。絶対に行かぬぞ。そなたと別れてAIアカデミーなど……」

 

 AIのカインドが運転する遊馬の車の後部座席で、ソウスケは呪いのようなつぶやきを繰り返した。隣に座っていた楓花が苦笑する。


「AI好きな人は、どうしてもああなっちゃうんだよ」


「そなただってAI好きだろう。だがカインドの服を脱がせたりしたか?」


「ええとだからそれは……あと、ちょっと声量をですね……」

 

 と言いながら楓花はまだちらちらとカインド盗み見ている。もしかすると彼女も、本当はあの場でカインドに触りまくり、プログラム解析を行ったりしたかったのかもしれない。


 何にせよ、マスターが自分以外のAIに惹かれている姿を目の当たりにするのは、やっぱり非常におもしろくない。


 ソウスケが憮然として腕を組むと、車の助手席から好奇心旺盛な輝く視線を感じ――遊馬に向かって再び猫の威嚇声をあげた。


「うーん、すっかり警戒されてしまったなあ。どうしよう、カインド?」

 

 遊馬は困ったように頭を掻きながら、運転席のAIを見やる。カインドは微笑を浮かべているだけだ。


 ソウスケはデータの更新を繰り返した。自分と同じAIでもやはり個性がある――それに向こうはひどく落ち着いている。自分のマスターが別のAIに興味を持つことに、何の抵抗も覚えないのだろうか。


「ご自分でお考えください」


「ですよね。ソウスケくん、悪かったって。次はもうちょっと紳士的にセクハラするとしよう」


「こんのぉ……!」


「だ、ダメだって!フライ返しをしまってー!」


 振り上げたフライ返しの右手を楓花が止めようとするので、ソウスケは仕方なく手を下ろした。


 一方で遊馬は、興奮気味に頷いている。


「本当に人間みたいに反応するんだなあ彼は!人間の言語もすべて完全に理解してるんだね?だからその発言を吟味して、相手の性質を分析、それに伴うであろう今後の行動を推測し、俺を危険人物とみなして先に手を討とうとするわけだ。それも比較的衝撃の少ないゴム製のフライ返しで!人間相手だから力もちゃんと制御しようとするなんてすごい配慮だよ。それもすべてマスターを守るためとは。いやあすごい。見事だ。早く思考プログラムを解析したい……!」


「マスター。本日は楯井様に島をご案内して差し上げるべく、お迎えにあがったのでは?」


「おお。その通りだカインド。今日の俺はフレッシュでピュアな可能性に出会って久々に我を忘れそうだ……気にせずガンガン俺の暴走を止めにかかってくれよ」


「承知いたしました」

 

 ソウスケは憮然としていたが、その視界にふと、前の座席二人のやりとりを見て微笑む楓花が映る。


「……そなたは楽しそうだのう」


 指摘すると、マスターはぎくりと肩をすくめた。


「まさかこの変態中年研究者が気に入ったわけではあるまいな?」


「い、言い方!」


「あっはっは!俺をそんな風に呼んだAIはきみが初めてだぞ!楯井くん、ソウスケくんはあれか?ユーモアプログラムか何かを実装しているのかい?」


「ユーモアプログラム?」


「違ったか。なら即興で言語形成してるってことかな?彼の口調は?やけに古風なのはどうしてだい?」


「ええと、ソウスケの言葉遣いはその……私の趣味です。この古風な感じが好きでして……」


「へえ、なかなか渋いなあ!だが心から共感せざるを得ない……自分のAIを自分好みにカスタマイズするとより愛情が深まるというのは周知の事実だ。俺も本当はカインドをもっとロックな感じにしたかったんだけど……妻に反対されてね」


「それは初耳ですね」

 

 とおかしそうにカインドが笑う。


「子供たちの情操教育に大いに影響すると言われてしまってね。しかしロックの何が悪い?スタッズがついたチョーカーや衣装、最高にカッコいいと思わないか?」


「好みは人それぞれですから」


「うまくまとめられてしまった……どうだい、楯井くん。俺のAIもなかなかだろう?」


「素敵です!」


 楓花は心から賞賛していた。


「物腰柔らかな紳士系執事AIも最高に良い……!」


「ならわしも執事になる!」

 

 とソウスケは口を挟まずにはいられない。


「ものすごく物腰柔らかで紳士な万能執事になるぞ、楓花。ベランダで優雅に紅茶を淹れて焼き立てスコーンにクロテッドクリームをつけてやるぞ」


「なにそれいい!イギリス風……ソウスケ天才なんじゃ……!?」


「おお……マスターの趣向を完璧に把握している凄腕のAIが後部座席に……カインド、俺たちはいま新時代の幕開けに立ち会ってるのかもしれんな」


「マスター、冷静に。あと、先ほどからメッセージが届いておりますよ」


「ん?気づかなかった……妻だ。生クリームを買ってこいってさ。はりきってケーキでも作るつもりかな。そうだ楯井くん、今日はぜひ我が家の夕食会に招待したくて……おっとそれから、大事なことを確認するのを忘れていた。新型人工島に着いてからネットは繋がっているかい?」


「あ、ちょうどお訊ねしようと思っていて……いまも圏外です。ソウスケのほうもどのネットにもアクセスできないと……」


「きみは旅行者とは違う扱いだからね、専用のソフトをインストールしてもらわなければならないんだ。俺のパソコンからダウンロードできるんだけど……観光より先に研究所でネット接続を進めたほうがいいと思うか、カインド?」


「接続を優先すべきかと思います。島の案内だけであればネットが使用できなくても問題ありませんが、何が起こるかは分かりませんので」


「何が起こるか分からない、とはどういう意味だ?」


 カインドの言葉に引っかかりを覚え、ソウスケは鋭く訊ねた。


「そういう意味です」

 

 と遊馬のAIはあくまでも柔らかく応対する。


「新天地で情報収集が行えないのは、AIにとってはひどく落ち着かない状況であると認識しております。これまでのソウスケ様の反応を見る限り、マスターのためなら規則も破りかねない傾向があると判断いたしました。ですがアクセス権限がないままネット接続を無理に行えばペナルティーを受ける恐れがあります。そのような事態を招かないために、先に接続を優先すべきだという結論を導きました」


「違う違う。いや、そなたの推測が間違ってるという意味ではなく……むしろほぼ九割的中しておるのだが、わしが訊きたいのはこの島でどんなリスクが想定されているのかということだ。ネットに接続できないことで、いまこちらは既存データから推測可能な範囲での脅威対策しかとれぬ。だがそなたの発言を聞く限り、それだけでは不十分だと感じた。それならいまここで、潜在的なリスクとやらをあらかじめ教えておいて欲しい」


 カインドがちらりと遊馬に目を向ける。遊馬は腕組みをしたまま短く頷いた。


「ソウスケくん、ここからはかなり真面目な話になる。だから……」

 

 遊馬が真剣な声を発するので、ソウスケも思わず身を乗り出した。


「第五新興区で生クリームを買ってからでもいいかな?そのほうが時間的にも効率が良い」


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