紫音と忘れたい過去

11年前の出来事。それは僕にとって今でも覚えている大事件だった。


『ほら、紫音。こっちにおいで』


『イヤッ!?』


お父さんが手を差し伸べてそう言うが、僕は首を振って嫌がる。


『早くしないと、周りの人達困っちゃうよ』


『イヤァーーーッ!?』


近づけば逃げられての追い掛けっこを繰り返していたら、とうとう捕まってしまった。


『離してぇ〜っ!』


『ダメ、離さないよ』


『これイヤッ!? 他のにして!』


『これしかなかったんだから、我慢して』


お父さんはそう言って、撮影スタジオの真ん中に立った。


『こっちを向いて向いて下さぁ〜い!』


『ムゥ〜・・・・・・』


『ほら紫音、むこうに顔を向けて』


カメラに顔を向けた瞬間、視界が眩い光に包まれた。


「・・・・・・それが、その時に撮影された写真ですぅ〜」


「カ〜ワ〜イ〜イ〜ッ!?」


「プッ!? た、確かに・・・・・・こ、これは、可愛いね。フフッ」


「・・・・・・ブッ!?」


リトアさんは写真にメロメロで、リュークさんは話しながら笑い堪えてる。天野さんに至っては口元を押さえて僕を見つめている。


「笑わないで下さいよぉ!」


「いやぁ、ゴメン! 話が本当に面白かったからさぁ。耐えきれなくって・・・・・・アハハッ!?」


「それに、お前がこれに着替えさせられた理由がしょうもなくてな。女の子と間違えられて、そのまま撮影したって。面白過ぎるだろ」


そう、天野さん達が見て笑っているのは僕がメイド服を着て、お父さんと共に写っている写真なのだ。


「リトアさん、何でこんなのを見つけるんですかぁ!?」


「見つけちゃったものは仕方ないじゃない。あ〜、可愛い」


「て言うか、何で僕の部屋に入ったんですか?」


「掃除していたら、偶然アルバムを見つけちゃってねぇ〜。中を覗いて見たらこれが目に飛び込んで来ちゃったのよねぇ〜!」


僕が帰って来たら速攻でリトアさんが玄関までやって来て、 この子は一体誰なの? と写真を見せながら尋問して来たので、 写真に写っている子は僕です。 と白状したら今の状態になった。


「この姿は私の中で永久保存しておこう」


リトアさんはそう言うと、スマホで写真撮り始めた。


「撮らないで下さいよぉ!」


「ダ〜メッ! 可愛い姿を覚えておきたいの」


リトアさんは撮り終えたのか、スマホを見つめてうっとりしている。


「それはそうと紫音。お前に把握しておいて貰いたい事がある」


「何ですか、いきなり?」


僕が不機嫌そうに答えると、天野さんは1枚の紙を手渡して来た。


「えっとぉ。何ですかこれ?」


「強化骨格で全身を固めた人間、つまりサイボーグを羽田空港に持って来るらしいんだ」


「サイボーグ? 持ってくるって、実在しているのですか?」


「実在しているから、書面になってるんだろ」


確かに天野さんの言う通り、書類には日付と配備場所が書かれていた。


「天野さん。何の為にサイボーグをここまで持って来るんですか?」


「さぁな。気になるのなら工藤のヤツに聞いてみたらどうだ?」


「わかりました。そうします」


そう返事をしてから書類を天野さんに返した。


「でも気になるよね、サイボーグ」


「そうねぇ。明日来るみたいだから、行って見てみましょうよ」


「お前ら、用がないのに羽田に行こうとするなよ。経費が掛かるからな」


そう言う天野さんだって、僕の稼いだお金でUMP用のマガジンを勝手に買ったじゃないですか。


「あら、用ならあるわよ」


「何だ?」


「私のAKMをメンテナンスに出しに行くから」


「・・・・・・そうか。なら行って来い。俺はちょっと出掛けて来る」


天野さんはそう言って立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。


「天野さん、何処に行くんですかね?」


「アマノくんの事だから、気晴らしに行ったんだと思うよ。さて、僕も家事に戻ろうか」


続けてリュークさんも僕の部屋から出て行ってしまった。


「ねぇシオンくん。この写真貰っていいかしら?」


「ダメです!」


リトアさんが持っている写真を奪うように取り、アルバムに戻すとそのまま棚に戻した。


「いけずぅ〜!」


「僕もう真理亜さんところに行きますね!」


「あらそう。行ってらっしゃい」


足早に自分の部屋を出て行くのだが、リトアさんはニヤニヤした顔をさせながらスマホを操作していた。


「ハァ〜・・・・・・憂うつだぁ〜」


見られたくない物を見られてしまった為か、足取りが重い。


「ふぉぉぉおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおっ!!?」


ん? この声は。


そう思いながら声が聞こえた方向に顔を向けて見ると、何とそこには車に抱き付いているおじさんがいるではないか。


「よく来たね。ボクの・・・・・・エクストレイル(20XI)ちゃぁぁぁああああああああああああんっ!!?」


そう言ってボンネットに貼り付くと頬擦りをする。


「社長、元気になってくれてよかったッス」


「キミだけは・・・・・・キミだけあの子達と同じ思いをさせない! この俺が絶対に守ってあげるからねっ!」


おじさんはそう言ってから車のボンネットに長いキスをするので、ドン引きしてしまった。


「チュゥ〜〜〜〜〜〜・・・・・・ん?」


キスをしている途中で僕と目が合った。


あ、こっち見た。


怒られそう。と思った瞬間、おじさんがこっちに身体を向けて歯を剥き出しに見つめて来た。


「フシャァァァアアアアアアアアアアアアッッッ!!?」


い、威嚇ッ!? 何見てんだよ? って怒って来るんじゃなくて、威嚇して来たぁ!!


そう、まるで我が子を守ろうとする母猫が如く、おじさんがエクストレイルの前に立ち僕を威嚇して来るのだ。


「ガルルルルルッ!? ワンッ!? ワンッ!? ガオォォォオオオオオオオオオオオオッッッ!!? ミャアアアアアアアアアアアアッッッ!!?」


「しゃ、社長?」


「ヒヒィィィイイイイイインッッッ!!? パォォォオオオオオオンッッッ!!? クエェェェエエエエエエエエエエエエエッッッ!!?」


しかも色んなのが混じっているし、何で荒ぶる鷹のポーズをしているの? もう訳がわからない!


僕が困惑していると道路の向こう側から親子連れがやって来て、子供がおじさんに指をさした。


「ねぇママ! またあのおじさんが変な事をしているよ! おもしろぉ〜〜〜い!!」


「コラッ、見ちゃいけませんよ!」


母親は息子に向かってそう言うと、子供の手を取って足早に去って行った。多分、子供の教育上見せてはいけないと思ったんだろうなぁ。っていうか、またってこのおじさん・・・・・・。


紫音は子供が言っていたまたとは、フェアレディZがここにあった時の事とは気付いていなかった。


「社長、冷静になるッス! あの子は何もして来ないッスよ!」


「ウキィィィイイイイイイイイイイイイッッッ!!?」


今度はサルっ!?


「そ、そうだ! 社長、ドライブに行かないんスか?」


「ドライブッ!?」


社長と呼ばれたおじさんは、手早く運転席に乗り込んだ。


「ドライブ! ドライブ! ドライブ!」


「社長、今乗るから待つッスよ!」


〜〜〜ッス口調の男性は、軽く 迷惑を掛けてゴメンね。 と言った後にエクストレイルに乗り込んだ。その人が乗り込んだのを確認したおじさんは、エクストレイルを発進させた。


「一体何だったんだろう?」


いや、深く考えない方がいいかもしれない。


そう思った後、歩き出してスナック マザー・ラブに向かう。


「すみませぇ〜ん、遅くなりましたぁ〜」


そう言いながらお店に入ると、真理亜さんがカウンターの下からヒョッコリと顔を出した。


「あら、いらっしゃぁ〜い! シオンちゃぁん!」


「・・・・・・シオン?」


カウンターの奥で酔い潰れていたお客さんらしき人が顔を上げてこっちを見て来たが、すぐに顔を伏せてしまった。


お父さんと同じ黒狼族。何で僕を見つめて来たんだろう?


「紫音ちゃぁん、今日も荷物整理の仕事よろしくねぇ〜」


「あ! はぁ〜い!」


そう返事をした後、お店の奥に積まれているダンボールを下ろそうと、酔い潰れているおじさん後ろを通った時だった。

おじさんが何かを感じ取ったのか、いきなり顔を上げてこっちを見つめて来たのだ。


「ヒューリーッ!?」


「え?」


何でこの人は僕のお父さんの名前を知っているの?


そう思って戸惑っていると、おじさんが僕に近づいて臭いを嗅いで来たのだ。


「ヒューリーの臭いが・・・・・・キミからする」


おじさんはそう言うと、ポケットから1枚の写真を取り出して見せて来た。


「この子を、知らないか」


「え? ええっ!?」


僕が驚くのも無理がなかった。だっておじさんが持っていたのは、天野さん達に見られた写真と同じ物を見せられていたのだから。

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