0x0109 ローリングストーンズはいいけど
もう、色々と悪魔共に言われて疲れた気分。
ホモ・サピエンスの限界とか超どうでもいい。今の問題はジネヴラとの関係だ。
意識高い系とかどうでもいいんですけど。
早く屋敷に帰って、ベッドの上で頭を整理したい。
もう、何が何やらわかりません。
悪魔共は好き勝手いいやがったものだから、僕の脳みそはサンドバック状態。
たちの悪い
DOGの執務室を出ようとすると、ドラカンが付いてきた。
この悪魔、本当に何を考えてんだろう。妙に人懐こい。微笑み絶やさないからかな。何を考えてるのか知らないけど。
「ユウヤ君、だいぶ疲れてるようだね」
そうだね。君達と話したせいで、僕は
それでなくてもジネヴラと上手くいってない。
帰ってから、どう今日の言い訳をしたらいいのかサッパリだ。
「はい、かなり色々ありましたので。もうクタクタですよ」
もう、正しいが何かとか、そういうのはどうでもいい。
今は屋敷に帰って休みたい。
でも、帰ったら大惨事になりそうな気がしてる。煉獄の業火で済まない気がしてる。
もう、アレだよね。破壊衝動を叩き起こして、もう大魔王とかなっちゃったらいいかもな。
でも、大魔王の生活ってどんな感じなんだろう?
朝、ベッドで起きる。一人で。
ここの気候は日本より寒いから。ベッドから出るのって面倒そう。
大魔王だけにメタリックな部屋になるんだろうと思う。
照明とかギラギラしてて、家具もメタリック調で尖ったものばかり。
うわっ、何か痛そう。
この路線は止めておこう。僕の趣味じゃない。
壁には鉄格子を貼り付けたりして、そこにハンガーぶら下げて、スーツを掛けたりするんだ。
壁紙はどうしよう。大魔王というイメージからすると、黒く塗った方がいいかもしれない。
真っ黒な壁紙眺めて、ローリングストーンズのPaint it blackとか大音量で流してりするんだよ。きっと。でも原盤だと音が古くて悪いから、rimixされた曲の方がいいな。
そんな部屋に居たら心も荒んだ気分になるんだろうな。
靴とか放り投げたりだとか日常茶飯事になりそう。
理由は簡単、靴履きっぱなしだと、足が蒸れてしまうから。
靴とか放り投げたりしてもストレスは解消しない。
何故なら、整理衝動に駆られて、結局、片付けすると思うから。
ついでに靴を放り投げたら革に傷が付いちゃうよ。きっと気になって、傷跡を消さなくちゃってしまうから、壁にスポンジ敷き詰めたりするんだろうな。
……大魔王の生活って、ひょっとして寂しくね?
僕は嫌だ。僕が欲しかったものは、こうじゃない。
こんな生活、絶対ハッピーじゃない。大魔王の仕事はどうだか知らないが、少なくとも大魔王の日常生活は楽しくない。
「ユウヤ君、気分転換に仕立屋さん紹介するよ」
僕の影みたいに付いてきたドラカンがそう言った。いつの間にかステッキを持っている。
ああ、そうか。僕以外だと盲人の振りをしなきゃならないもんね。
「そうですねえ。仕立屋さん紹介してもらえますか? 今は屋敷に帰れないって感じです。いや、ドラカンさん、そこは笑わないで下さいよ。僕にとっては深刻な問題なんですよ」
「でも、ジネヴラさんに追いつけなかったって、ユウヤ君らしいね」
「ジネヴラ、足、早すぎなんですよ。こっちに来て一ヶ月も経ってないし、魔法開発とか屋内での作業が多いですし」
「話を聞いている限り、セルジアさんが問題なんだよね。いっそ、この前みたいにセルジアさんのPC乗っ取って、偽装メールでも送ったら。全部解決じゃない」
「あのね。ハッカーって、何でもハッキングで解決したりしませんよ。何ですか、そのステレオタイプみたいな発想。ハッカーは自分のプライバシーに非常に敏感ですから、みだりに人のPCを盗み見ませんって。他人のプライベートは尊重してますって」
でも、サイバーストーカーはいたけどね。
彼の場合、ハッカーチームの中でも、
「そうなの? 僕の場合はハッカーってどういうイメージなのかわからないからね」
「だから、ハッカーって、普通の人なんですってば。夢壊しちゃって悪いですけど、映画みたいな激しいタイピングとかしませんからね」
ドラカンが連れて行ってくれた仕立屋は行政区画近くにある、古びた家の二階にあった。豪奢な行政庁舎が並んでいる中にポツンと普通の家屋があるものだから、そこだけ時代に取り残された感じがする。
これはちょっと期待できそう。階段の手すりは磨かれて輝いてる。趣味のいい絨毯は歴史を感じさせる古さで、毛の奥まで掃除されているのか、靴底から感じるのは豊かな弾力。壁にかけられている絵画も風景画が多く、写実的な絵画が並べられていた。
二階のドアを開くと、そこは天国だった。壁一面に並べられてる生地の種類は多く、ダグザ通りにあった仕立屋とは違って、どれも生地が輝いている。
「おお。これは」
「ね、いい生地。そろってるでしょ? 夏物はここであつらえたら?」
「そうですね。でも、予算的にいけるのかな?」
壁に吸い寄せれるように歩んでゆくと、店の奥から声がした。
ん? 何か聞き覚えがある。
「ドラカン、お前か?」
「やあ、アステア。今日は仮縫いなのかい?」
「そうだよ。この爺さんに呼び出されてさ。この通り採寸してるところだ」
声がする方向を見ると、実技試験の時に会ったアステアが居た。カールした黒毛はラルカンと同じだが、艶やかさに気品を感じる。実戦で鍛えられた筋肉は、搾られているのか、見た目は細身。
丁度、胸元の調整をしているらしく、両肘をあげていた。
「隣にいるのは確か……。誰だっけ、ドラカン?」
「ユウヤ君だよ。ほらEmmaのメンバーの」
「ああ、思い出した。そういや男が一人居たな。実技試験の時、『骨折』で変な悲鳴をあげてたヤツだ。ジネヴラとマルティナは覚えてるんだが、言われてみれば、もう一人いたな」
おい、僕だってEmmaの一員で、魔法開発頑張ってたんだぞ。
何だよ、その扱い。
「ユウヤ君、覚えてるかい? 陸軍省のアステアだよ」
「こんにちは、アステアさん」
「よお、お前も仕立てに来たのか?」
「ええ、まあ、そんな所です」
「というかさ、ジネヴラとマルティナ、どっちがお前の女なんだ?」
「ええっ!」
アステアの気さくな態度は僕的には好印象だ。だけども、いきなり彼から発せられた質問に、僕は戸惑ってしまって、何も答えられなくなった。
僕が黙っているのを見て、アステアは軽く笑う。
「まっ、何だ、手を付けるなら早目にしとけよ。いい女は直ぐに
「ユウヤ君だよ」
「ユエア?」
こいつも変な名前の呼び方で固定化されそう。てゆうか、それ完全に別人じゃん。
そんなに言いにくいのか、僕の名前?
どうしたものか考えていると、ドラカンが会話に割って入ってきた。
「アステア、いい覚え方があるよ」
「何だよ?」
「僕のジェスチャー見ててくれないかな。こういう感じで彼を指さして、両手の親指をあげる。You, Yeah。って覚えたら良いらしいよ」
「You, Yeah。こうして、こうして。ユウヤってか。ははは、これは笑える」
「……」
You, yeahがツボだったらしく、アステアとドラカンの二人から、散々You, yeahされた。
股下を調整をしてて、マチ針が刺さるまでやるなよ。アステア。
どんだけツボにハマッてんだよ、お前。ちょっとノリ良すぎだろ。
正直に言うと、店内で繰り返しYou,yeahする、ドラカンとアステアがウザかった。
僕のジェスチャーが変な方向で拡散しつつある。
女子からだと問題ないけど、コイツらみたいな主人公系にやられると何かムカつく。
「もう、いい加減にして下さいよ、ちょっと。はしゃぎすぎでしょうよ」
「悪い、悪い、ちょっと面白かったからさ。だからよ、怒んなよ」
採寸が終わったらしく、アステアが肩を組んできた。
さりげなく香るレザー系の匂い。
どうやら、コロンを付けているらしい、サンダルウッドの落ち着きと、アンバーのセクシーさが、さり気なく鼻腔をくすぐる。
これだから主役系は!
何しても許されると思うなよ、
お前の場合、嫉妬を買って嘘つかれて、絶望の中で死ぬからな。注意しておけ。
「アステアさん。後半、明らかに笑いものにしてたでしょ?」
「いや、個人的にツボったからな。ドラカン、こいつ面白えな。イジりがいがあるつうか。なんだっけ、ガシュヌアと同じ国の出身だって?」
「そうそう、ビックリだよね」
「へえ、珍しいこともあるもんだな。てか、今日はガシュヌアはどうした? また仕事してんのか、アイツ」
「相変わらずだよ。あれは一種の中毒だね」
「あいつも息抜きすりゃいいのにな。ユウヤはどうなんだ? 仕事中毒だったりするのかよ?」
アステアはラテン系らしく、割と平然と会話してくる。
明らかに貴族なんだろうけど、身分の差を感じさせない懐の深さがある。
「何かしてないと落ち着かないっていうのか。そんな感じですね」
「やっぱ、文化の違いなのか? 俺の国は割と緩かったからよ。しっかしよ。そんなだと、人生楽しめねえって思うんだがな」
アステアがバンバン背中を叩く。
スキンシップ多いよな、このアステアって人。直感だけど、この人は悪魔ではない気がする。
それにしても、陸軍省の要と言われた人だけど、壁を感じないんだよな。普通に話ししてくれるから、付き合い易い。
「アステア、実はユウヤ君は、今恋愛で悩んでるんだよ」
「ちょっ! 待てよ! それ言っちゃうのかよ!」
「えっ、マジで。相手は誰よ、ジネヴラ、マルティナ。まさかのデアドラ?」
ということで、話されました。
つうか、その後はパブに連れて行かれた。フィモール街からちょっと離れた所に盛り場があるんだけど、そこへと連れて行かれた。
会員制らしく、ドラカンとアステアは常連らしく顔パスで通過。
どういう冗談かわからないが、僕をガシュヌア名乗ってパスできるか、アステアとドラカンで賭けていたらしい。
「ちっ、東洋人で見分けつかねえと思ったんだがな」
「いやあ、さすがにわかるでしょ」
「あんたら本当に何やらせるんの! ガシュヌアさんの真似させられた僕の気持ち考えたことある? ねえ、マスター、完全にアホを見る目だったんだけど」
「いいって、いいって、そんな細かいことはよ。マスター、俺いつもの」
「僕もいつもの。ユウヤ君、何にする?」
「何がお勧めなんですか?」
アステアがニヤリと笑った。
「まっ、ここは迷わずラガヴーリンだろ、ユウヤはこういう場所は初めてなのかよ?」
「初めてですね。この国に来てからは。それじゃ、ラガヴーリンで」
棚には瓶が並べられていて、ビールもあるらしい。冷えているかどうかはしらないけど。
内装は木組みでシッカリしている。照明はロウソクで灯され、薄暗くはあったが、雰囲気は悪くない。カウンターもあるが、それだと会話しにくいってことで、テーブル席に着いた。
出された飲み物は琥珀色をしたいて香りがいい。飲むと口の中に、ほろ苦いが仄かに渋みの混ざった甘さと、スモークの香りが広がる。飲み下すと鼻の後ろの残った煙臭が心地良い。
「何コレ、本気で美味しい」
「でよ。実際の所どーなん。ジネヴラなのか、マルティナなのか? 男だったらハッキリさせろや」
「ジネヴラですね。そこはブレません」
「へえ、この前に言った時、ユウヤ君、マルティナさんを必死に持ち上げてたから、本命はマルティナさんかと思ってたよ」
「マルティナって黒髪の娘だろ? スタイルいいよな。嫁さんいなかったら、絶対いってたわ。ジネヴラかあ。確かに可愛いよな。気が強そうだから、ユウヤだったら尻に敷かれちまうと思うがな」
「いや、試験の時はハキハキしてますが、ジネヴラは優しいですよ」
「うっわ、こいつ惚気始めたぞ。
グイグイくるアステア。迫ってくる彼に僕が押されている。
酒が入っているからか、口調が乱れてきている。
この人、本当に陸軍省の代表なの?
「どうなんですかね? こっちの国では壁ドンとか、アリなんです?」
「何だそりゃ?」
「女の子が壁際に立っていて、覆い被さるように、こう片手で壁をドンとするような」
アステアはそれを聞いて、しばらく考えてる。
ドラカンも一緒に想像しているらしく、グラスを置いて中空を眺めている。
二人は腕を組み、黙想している。
さて、判定はどうだろう。返事は二人そろって同じだった。
「いいねえ」
「そうなんですか、アリなんですね。でも、二人揃って、You, yeahはいりませんから。何なんです。気にいっちゃったんですか?」
「ははっ、まあな」
「割と癖になるよね。会話のアクセントに丁度いいかもね」
変な盛り上がり方をしていると、後ろから声がかかった。
「何だ、お前ら、来てたのか?」
見ればガシュヌア、手には薄めのブリーフケース。
黒のコードバンらしい。ロウソクに照らされても、鞄の表面には上品な光沢を浮かべていた。かなり入念に手入れしている。
こいつB型だと思ってけど、A型かもしれない。
「よお、ガシュヌア。仕事が終わったか」
「OMGのドナヒューと法務大臣シベリウスがつるんでいるのを掴んだ。ドナヒューは元検察官、いわゆるヤメ検だ。こいつが裏で暗躍してるみたいだな。マスター、俺はシーバスで」
「なるほどな。そうしてセル民族絡みの刑事告訴した告訴人を、小さな刑事事件に無理矢理起こして、潰してたって訳か」
アステアが急にマジ顔に変わった。飲んでるのにスゴいな。
僕はいい感じにアルコールに振り回されていて、頭の中がホヤーっとしている所だ。
「告訴人を細かく調べ上げて、適当な問題を拾い上げて、告訴人を刑事告訴している。最終的に司法取引という形で告訴を潰している場合もあれば、相手の弁護士に弁護士資格剥奪をちらつかせて告訴の取り下げをさせていたりしているみたいだな」
「OMGのダナシーの裁判はどうなりそうだ?」
「明確な所はわからん。ただ、現役検察官にドナヒュ-から落としどころを提示するはずだ。罪状は付くだろうが、執行猶予付判決に持っていくつもりだろう」
「ふん、あいつらのやりそうなことだ。酒の席で仕事の話も無粋だ。明日、改めて聞こう」
「明日はセル民族自治連盟のメンバーの現状把握、及び、関係者の洗い出し。それにアングル王国の発行物からの現状把握、密偵からの状況報告の整理。宮廷魔法ギルド就任式のリハーサル。Emmaの審査会の事前準備、Emmaとの食事会の手配と時間が手一杯だ。会談できるとしても三十分ほどしかない。アステアも多忙だろうが、時刻的にはいつが都合がいい?」
「親ヴィオラ派が優勢になったことにより軍の緊急総会、併せて医局長との会合。魔法ギルド連との会談。親ヴィオラ派議員との食事会。と、こちらも手一杯だな。昼食で話をしよう」
やっぱ、アレだよね。こういう人達って仕事できるんだよな。
そういや、ガシュヌアは軍用パッケージとして登録する為の、被魔法者の候補者や、パラメーターの指定まで済ませている。事務力が相当に高いのがわかる。
主役級って、やっぱこれぐらい仕事するんだ。中世の貴族って仕事とかいい加減にしてるってイメージだったけど、実際は忙しいんだね。
こんだけ仕事してりゃ、そりゃ要職まで上がるわ。
「じゃあ、仕事の話はこれまでだね。さて、ユウヤ君の恋愛相談をしようか」
場の空気がこっちに集中した。
ガシュヌアまでが口角を上げてる。酒が入ったら、人が変わるみたい。
妙にニヤニヤしていた。
「ユウヤ、お前は危機感を持て。ジネヴラはいい女だ。ギルドが認可されると、必然的にギルド連に加入することになり、社交場にも出席することになる。つまり、人と接触する機会が増える。今のうちに何とかしておかないと、他の男に持って行かれるぞ」
「えっ、なんですかソレ。なんですかソレ。どうなるって言うんですか?」
「なあ、ドラカン。お前もこいつに女の口説き方教えてやれよ。つか、使用人がお前がいつ訪れるのか、しきりに尋ねてくるんだがよ、一体何をしてんだよ」
「それをユウヤ君に教えようかなと。アステアも今の奥さんと引っ付く前は、色々と浮名を流していたそうじゃない?」
「それ、絶対に嫁さんに言うなよ」
「じゃ、アステアもユウヤ君に色々と教えてあげなきゃね」
こうして、僕は夜の十一時まで付き合わされることになった。
ハッキリ言って、いいオモチャにされた。
ちくしょう!
つか、お前ら三人揃って、You,yeahとかやってんじゃねえよ!
パブから出る時、マスターまでやってたじゃねえかよ!
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