0x0104 ノックノックジョークの元ネタ

 前回のDHA訪問時、僕は絶句した。

 

 僕の中では軽度のトラウマになっている。

 ラルカンとファンバーが上半身裸になっていたこともあるし、立ちこめた異様な雰囲気。扉を開けば、そこは未知の世界が広がっていた。


 その事件はダーナ街ディアン・ケヒト通りにある魔法ギルドDHAで発生した。時刻はカヴァン王国標準時CST12:30頃(時計がないのでわかりません)。まだ、通りは賑やかで、ギルドの屋根上で白鳩がクックーcooと鳴いていたのを覚えている。

 加害者はDHA構成員ファンバー、ラルカン。被害者は僕。

 グリーン・ヒルに居る誰もが予想していないサプライズド・アタックは、僕に致命的な精神的ダメージを与えるのに成功した。


 口が開いて塞がらないって、本当に的確な表現だと思う。

 あの時、僕の開いた口から魂が射出された。

 僕の魂はロケットに搭乗し、宇宙へと一直線。そして、衛星軌道上に乗った僕の魂は宇宙遊泳をエンジョイしていた。


 それほど、眼前で進行中の現実を受け入れたくなかった。

 そりゃ、トラウマにもなるさ。


 今度は間違えないようにしなくちゃな。

 DHAの玄関前に立って、慎重にノックしようと心を決めた。


 話変わるけど、米欧で流行したノックノック・ジョークってマクベスが元ネタみたい。

 地獄の門番がいて、ノックした後にやりとりがある。

 ドンKnockドンknockドンknock誰だWho's thereベルゼバブの名において問わんi’ the name of Beelzebub

 ドンKnockドンknock誰だWho's thereとにかく悪魔の名において問うin the other devil's name

 これが元ネタらしい。

  

 ノックノック・ジョークってのは、こんな感じ。

 訪問者:ドンKnockドンknock!

 門番:お前誰Who's there

 訪問者:ユウヤですYouyeah

 門番:やったね!You yeah!、Wooo who?

 訪問者:はしゃぎスギToo much crazyとにかくドア開けてopen a door, anyway

(本当は最終行にオチが付きます。様式に乗っ取った駄洒落です。)


 DHAって看板だけは立派。けど、それに金をつぎ込み過ぎたのか、玄関にはドアノッカーがない。蹄鉄ていてつでも、ぶら下げればいいのに。

 このドア、木材が無駄に硬くってノックする方も手が痛くなる。そして、ノックした所で、音が室内まで届いているのかどうか不明。

 仕方ないので、ドアを蹴る。


 ドン、ドン。


 あれ? 何かストレス発散できてるかも。

 セルジアの件があるし、デアドラ屋敷では居場所はない。

 ここへの来る道すがら、色々と深刻に考えちゃったし、かなりストレスも溜まっている。

 なので、必然的にドアを蹴るリズムが上がってくる。

 何これ、ちょっと気持ちいいんですけど。


 ドン、ドン、ドン。


 僕さあ、ホントさあ、異世界に来てさあ。

 いい思いができるかもとか期待してたんだよね。マジな話。

 出会い頭に女の子三人もいるわけじゃない。期待するなっていう方が無理だよ。

 グリーン・ヒルに到着して、いきなり監獄ぶち込まれて、こうじゃないって思った。

 で、DOGが登場。この後、ブレークダンス並みに踊らされる。この過程でようやく気付いた。

 あっ、僕は主人公じゃないんだ、って。

 中世とか舐めて考えちゃ駄目。

 生活してる人は、必死に生きているわけ。権謀術数、何でもアリな状態。

 そんな中に入っていって、ホイホイ、問題解決できるわけがない。


 ドン、ドン、ドン、ドン。


 で、結果的に、この現状。

 考えてみてよ。舞台の上で立ってる樫の木。

 どういう気持ちか、わかる?

 目の前でさ。アーサー王、ランスロット、トリスタンとか出てきて、わあわあ熱演してるわけだよ。剣とか持っちゃってさ。それはもう楽しそうに、殺したり、殺されたりするの。

 寝取り、寝取られ、したりしてるのよ。

 そして、愉快に物語は進行してるわけさ。目の前で。

 それをジッと黙って見てる。

 樫の木ジッと見てる。


 ドン、ドン、ドン、ドン、ドン。

 

 セルジア・ルートとか誰得なの?

 ねえ、ちょっと!

 しかも、ジネヴラなんか口聞いてくんないしさ。

 ジネヴラがさ。「じゃ、これからは違ってくるね。今できる精一杯を頑張ろう」って言ってくれた時なんかさ。感動しましたよ。

 心臓ドキンって感じだよ。余りの鼓動の激しさに、肋骨突き破って心臓が露出するレベルだよ。

 胸の内にある澱みも浄化されたさ。浄化の激しさに僕の境界線が無くなって、世界と融合しちゃうレベルだよ。

 で、その数時間後に、「ユウヤ、最低! もう、顔も見たくない!」でしょ?

 やってらんねえ。

 ふざけるなと言いたい。僕はオモチャじぇねえ。

 理不尽スギだろ?

 あああ、何かムカつく、超ムカつく!


 ドカッ!


 おお、ドアを蹴破ってしまった。

 ポッカリ開いた扉の向こう側。照明の部屋には誰もいない。

 でも、机の向こう側で、何やら物音がする。

 どういう理由かわからないけど、机の下に隠れたラルカンが出てきた。


 ラルカン居たんだ、とは思った。

 でも、普通にノックすれば良かったのに、僕じゃない僕が出てきて、ドアを蹴破ってしまった。今の状況を理解したくない。


 床の上にDHAの玄関ドア、僕の影が落ちている。取っ手が暴力反対と言わんばかりに輝いている。今回は僕が加害者だ。言い訳することも出来ない。

 やらかした感で冷や汗が出ててきて、僕は直立したまま手を振って挨拶をした。

「ハイ、ラルカン。元気にしてる?」

「ユウヤ? 何、言ってんだ、お前。さっきドア蹴ってたのってお前なの?」

「……そうです」

 ゴソゴソとラルカンは机の下から這い出てくる。

 一体、こいつ何やってたんだろ?


 ラルカンは立ち上がり、僕の姿を確認した後に、床に横たわったドアを見た。

 彼の視線はそこから離れない。僕は逃げ出したい気持ちで一杯になった。

「お、お前、何してくれてんの?」

「そだね。何してるんだろうね」


 足下に転がっているドアには、僕の足跡が幾つも刻まれ、その身体を横たえていた。

 その残骸を見ていると、不条理カーストの最底辺は僕じゃなかったことを理解した。


 サーセンsoz、マジサーセンsoz


*******


「考えられねえよ、ユウヤ。普通に生活しててさ、ドアとか蹴破ったりするか? ねえよ。普通にねえよ」

「ちょっと調子にのりすぎました。今では反省しています。ごめんなさい」

「ごめんなさいで済む問題じゃねえ! お前は何か? ドアに恨みでもあるのかよ。親をドアに殺されでもしたのかよ? あっ、蝶番ちょうつがいがズレた。もうちょっと、こっち側にドアを動かしてくんね?」

「こんなもんでいいか? てか、マジごめん。今回だけは謝っても謝りきれねえわ。どうかしてた。もののついでだけど、DOGがお前の進捗を確認しろって言われてさ。それで来たんだけど。どう、ネジは締まったかな?」

「まあ、こんなもんでいいか。つか、蹴られて壊れるドアってのもアレだよな。もっとシッカリしたものにしとくべきだった」


 今日はファンバーは居ない。彼が居ると、雰囲気が悪くなる。

 ファンバーの独占欲からなんだろうけど。妙にトゲトゲしくなる。だから、僕としてはファンバーが居ない方が助かる。

「てか、どうして机に下に隠れたりしてたんだよ。それじゃ、ノックしても意味ねえじゃん」

「まあ、ちょっと。椅子に座れよ。汚えけど」

「じゃ、遠慮無く」

 椅子に積み上げられた書類を手にして、置き場所を探していたら、ラルカンはここに置けとばかりに、机を指さした。

 散らかった机の上。乱雑に積み上げられた書類を見ていると、片付け衝動に駆られる。

 こういうの見ると精神的に落ち着かなくなるんだよな。

 話をしてても上の空になっちゃたりする。


 椅子に座ったら、地味に筋肉が悲鳴を上げた。

 蹴破ったドアを固定する為に、支えてたからだろう。微妙に身体がダルい。

 首とか肩とかの潤滑油に重油を入れときましたって感じ。


 運動してないもんな、ここ最近。

「つか、ラルカン、どうして机の下に隠れてりしてたんだよ?」

 筋肉をほぐしながら、ラルカンと喋っていると意外にリラックスしてきた。

 Emmaは真面目な女子ばかりだから、下品な言葉使えない。

 やっぱり同性で話せる奴って貴重だよな、と改めて思う。


「いや、暗殺者でも来たかたと思ってよ」

「何、それ?」

「セル民族自治連盟ヤバいわ。侵入するのは成功したんだけどよ。出てくる資料がとんでもなくてよ。ちょっとちょっとちょっとって感じ」

 そういうことか。

 ハーフエルフの脳を使った実験だなんて、正気じゃ考えられないわ、確かに。

 そりゃ、あんな勢いでドア蹴ってたら、勘違いもするかもしれない。

 実際にドアを蹴っていた僕は正常な精神状態じゃなかった。


「僕も最初見たとき、血の気が引いたわ。もうな。マジかって感じだったよ」

「だろ? そりゃ、セル民族もキレるわ」

「あっ、やっぱラルカンもそう思った?」

「そりゃ、そうだろ。ハーフエルフっつても、生きてるわけだからな。無理にとっ捕まえて、実験所送りとか、有り得ねえよ」

「だよな。セル民族ってどんな連中か知らないけどさ」

「俺はセル民族と接触ないから何も知らねえけど。イングランド人よりマシだろ? てか、DOGって何か言ってた?」

「いや、進捗を聞いてこいって言われた。ラルカンが手こずっていたら、変われって。それと何だったかな? ええと、人員把握、施設の早期撤収、プロジェクト隠蔽化だったっけ? そんなこと言ってた」

「ああ、人員把握と施設の場所はわかった。でも、これ激ヤバ案件だぜ」(※2)

 顔色を失っているラルカン。両手を上げたり下げたり忙しいこと、この上ない。

「だよな。てか、人員と施設の拠点はDOGに送ったのかよ?」

「あっ、まだだった」

「えー、昨日DOGの執務室行ったんだけど、ガシュヌアの雰囲気も相当ヤバかった。こっちはこっちで、激ヤバだよ。悪いこと言わないから早めにメールを送信しとけって。アイツ、キレたらちょっとヤバそう」

 まあ、ガシュヌアがキレそうだったのは、主に僕が原因なんだけど。

 早く帰れオーラ全開だったし。


「マジで? ガシュヌア、俺にキレてんの? いやさ、拾ったファイル見て、ついビビッちまって、本気で忘れてたわ。ちょっと待ってくれ」

 そういって、ラルカンは目を閉じて、自分の魔法領域へと意識を移した。


 この意識を移した時の行動への現れ方は、人によって異なる。

 ラルカンは目をつぶって意識を集中させてる。

 けど、ジネヴラやマルティナは、目を開けたままでも操作できるし、会話してることもある。

 僕はどうかと言われると、目は開いたままでも操作はできる。

 慣れた手順やツールを使用したり、簡単に設定を読み上げる分には、ある程度の会話はできる。けど、濃密な会話となると、意識を現実に戻さないとできない。

 人や作業によって差が出てくるみたい。


 この魔法領域というのはとても不思議で、メールなども蓄積されてゆく。

 エルフがどういう技術を使っているのか不明だけど、映像記憶photographic memoryで使用される領域が関係してると、勝手に思ってる。

 映像記憶保持者は一瞬だけしか見ていなくとも、詳細に覚えることができる。

 洗礼を受けた時点で、これが使用できるようになっているとしか考えられない。でなければ記憶を保持することはできないはずだ。


「ふう、送り終わったぜ、ユウヤ」

「そうか。残ってるのは、施設の早期撤収、プロジェクト隠蔽化か。ってどうすんだろ? ラルカン、お前何か言われてる?」

「いーや。言われてねえ」


 僕は自分の意識を魔法領域に移した。メールを確認しても何もない。

「ラルカン。僕にメールが届いてねえ。CCで僕にも入れろよな」

「えっ、いいのか? 機密事項なんだろ?」

「いや、手こずってたらラルカンと代われって言われてたし問題ねえだろ」

「だったら、メールアドレス教えろよ。そもそも、お前のアドレス知らねえから」

「あっ、そうか。悪い、悪い。そういや教えてなかったわ」


 僕はラルカンにメールアドレスを教え、しばらくしてからラルカンからメールが送られてきた。

 目をつぶってる間、イタズラしたい衝動に駆られたが我慢した。

 今日は玄関を壊してしまってるし、これ以上、彼に理不尽なことを押しつけることなんて出来ない。


 不条理カーストのせいで、僕から理不尽な仕打ちを受けているラルカン。

 そう考えたら、何かこみ上げてくるものがある。

 何だろう。この優しい気持ち。


 決めた。ラルカンは杉の木だ。

 春先になると花粉散らして、周りは迷惑するけど、基本的に悪い奴じゃない。

 今日からラルカンを杉の木として接することにしよう。

 樫の木と杉の木は仲良く共存できるはず。


「で、ユウヤ。マルティナのメールアドレスってあるんだろ? 俺に教えてくれ」

 そう来たか。

 マズい。これは別の意味で劇ヤバ案件だ。

 どうしよう。昨晩、ドラカンから変な情報ぶっ込まれたから、自分がどう動けばいいのかわからない。

 ドラカンの話だと、ガシュヌアの元恋人がマルティナに似てるとか言われてる。

 僕はそれに乗っかって、いい雰囲気作ろうとしていた。そうなれば、全員がハッピーエンドになるかと思ってた。

 ぶっちゃけ、ラルカンのこと忘れてた。

 ファンバーといい関係になるんだと、勝手に決めつけ、傍観を決め込んでいた。


 そうか、そういう事なのか。

 ここに来て僕は宇宙の真理を発見した。


 何故なぜ今まで気付かなかったのだろう。自分の迂闊うかつさを呪うばかりだ。 


 僕達、は、自分が知らない所で、勝手に事態が進行していることがある。


 草食系ではない。。ココがポイント。

 肉食系、草食系とはカテゴリーが根本的に異なる。植物系は周りから存在すら忘れられ、結果的に理不尽な思いをする羽目になる。


 ラルカンは決して悪い奴じゃない。

 それは理解しているつもりだ。

 同じ植物系の立場から言わせてもらうと、植物系はやらかす可能性が非常に高い。

 僕の今までの実績を振り返って見る。

 疑いようがない。


 さて、そういった前提に立って、ラルカンにマルティナのメールアドレスを教えたら、どうなるかシミュレートしてみよう。


 絶対に、ラルカンはマルティナにメールを送る。

 一通だけならいいけど、こいつスパムレベルでメールを送りつけることだろう。なまじ技術力あるだけに、一日千通ぐらいとか、平気でやらかしそう。


 杉の木は春先になると、花粉をまき散らし、人々に花粉症などの被害を及ぼすことも少なくない。

 ラルカンにマルティナのメールアドレスを教えると、事態は悪化するはずだ。

 そして、現在の僕とマルティナの関係は、かなり悪い状態。

 ここでラルカンからスパムメールが送られると、状況は更に悪化する。


 やっぱ、今の状況を教えてやろう。

「いや、実は昨日、ドラカンから、ガシュヌアの話を聞いてさ」

「えっ、お前、何言ってんの?」


 ……これが後の悲劇というか、喜劇というか、とんでも事案を生むことになろうとは、思いつきもしなかった。


<Addtional Message>

※2 以下はコンテスト用に短縮されており、後に追記します。

  0x001C:変更後:ユウヤはDHAを訪問し、ラルカンにハッキングのノウハウを教えます。

  文字数制限でカットしました。

</Addtional Message>

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