0x0104 ノックノックジョークの元ネタ
前回のDHA訪問時、僕は絶句した。
僕の中では軽度のトラウマになっている。
ラルカンとファンバーが上半身裸になっていたこともあるし、立ちこめた異様な雰囲気。扉を開けば、そこは未知の世界が広がっていた。
その事件はダーナ街ディアン・ケヒト通りにある魔法ギルドDHAで発生した。
加害者はDHA構成員ファンバー、ラルカン。被害者は僕。
グリーン・ヒルに居る誰もが予想していないサプライズド・アタックは、僕に致命的な精神的ダメージを与えるのに成功した。
口が開いて塞がらないって、本当に的確な表現だと思う。
あの時、僕の開いた口から魂が射出された。
僕の魂はロケットに搭乗し、宇宙へと一直線。そして、衛星軌道上に乗った僕の魂は宇宙遊泳をエンジョイしていた。
それほど、眼前で進行中の現実を受け入れたくなかった。
そりゃ、トラウマにもなるさ。
今度は間違えないようにしなくちゃな。
DHAの玄関前に立って、慎重にノックしようと心を決めた。
話変わるけど、米欧で流行したノックノック・ジョークってマクベスが元ネタみたい。
地獄の門番がいて、ノックした後にやりとりがある。
これが元ネタらしい。
ノックノック・ジョークってのは、こんな感じ。
訪問者:
門番:
訪問者:
門番:
訪問者:
(本当は最終行にオチが付きます。様式に乗っ取った駄洒落です。)
DHAって看板だけは立派。けど、それに金をつぎ込み過ぎたのか、玄関にはドアノッカーがない。
このドア、木材が無駄に硬くってノックする方も手が痛くなる。そして、ノックした所で、音が室内まで届いているのかどうか不明。
仕方ないので、ドアを蹴る。
ドン、ドン。
あれ? 何かストレス発散できてるかも。
セルジアの件があるし、デアドラ屋敷では居場所はない。
ここへの来る道すがら、色々と深刻に考えちゃったし、かなりストレスも溜まっている。
なので、必然的にドアを蹴るリズムが上がってくる。
何これ、ちょっと気持ちいいんですけど。
ドン、ドン、ドン。
僕さあ、ホントさあ、異世界に来てさあ。
いい思いができるかもとか期待してたんだよね。マジな話。
出会い頭に女の子三人もいるわけじゃない。期待するなっていう方が無理だよ。
グリーン・ヒルに到着して、いきなり監獄ぶち込まれて、こうじゃないって思った。
で、DOGが登場。この後、ブレークダンス並みに踊らされる。この過程でようやく気付いた。
あっ、僕は主人公じゃないんだ、って。
中世とか舐めて考えちゃ駄目。
生活してる人は、必死に生きているわけ。権謀術数、何でもアリな状態。
そんな中に入っていって、ホイホイ、問題解決できるわけがない。
ドン、ドン、ドン、ドン。
で、結果的に、この現状。
考えてみてよ。舞台の上で立ってる樫の木。
どういう気持ちか、わかる?
目の前でさ。アーサー王、ランスロット、トリスタンとか出てきて、わあわあ熱演してるわけだよ。剣とか持っちゃってさ。それはもう楽しそうに、殺したり、殺されたりするの。
寝取り、寝取られ、したりしてるのよ。
そして、愉快に物語は進行してるわけさ。目の前で。
それをジッと黙って見てる。
樫の木ジッと見てる。
ドン、ドン、ドン、ドン、ドン。
セルジア・ルートとか誰得なの?
ねえ、ちょっと!
しかも、ジネヴラなんか口聞いてくんないしさ。
ジネヴラがさ。「じゃ、これからは違ってくるね。今できる精一杯を頑張ろう」って言ってくれた時なんかさ。感動しましたよ。
心臓ドキンって感じだよ。余りの鼓動の激しさに、肋骨突き破って心臓が露出するレベルだよ。
胸の内にある澱みも浄化されたさ。浄化の激しさに僕の境界線が無くなって、世界と融合しちゃうレベルだよ。
で、その数時間後に、「ユウヤ、最低! もう、顔も見たくない!」でしょ?
やってらんねえ。
ふざけるなと言いたい。僕はオモチャじぇねえ。
理不尽スギだろ?
あああ、何かムカつく、超ムカつく!
ドカッ!
おお、ドアを蹴破ってしまった。
ポッカリ開いた扉の向こう側。照明の部屋には誰もいない。
でも、机の向こう側で、何やら物音がする。
どういう理由かわからないけど、机の下に隠れたラルカンが出てきた。
ラルカン居たんだ、とは思った。
でも、普通にノックすれば良かったのに、僕じゃない僕が出てきて、ドアを蹴破ってしまった。今の状況を理解したくない。
床の上にDHAの玄関ドア、僕の影が落ちている。取っ手が暴力反対と言わんばかりに輝いている。今回は僕が加害者だ。言い訳することも出来ない。
やらかした感で冷や汗が出ててきて、僕は直立したまま手を振って挨拶をした。
「ハイ、ラルカン。元気にしてる?」
「ユウヤ? 何、言ってんだ、お前。さっきドア蹴ってたのってお前なの?」
「……そうです」
ゴソゴソとラルカンは机の下から這い出てくる。
一体、こいつ何やってたんだろ?
ラルカンは立ち上がり、僕の姿を確認した後に、床に横たわったドアを見た。
彼の視線はそこから離れない。僕は逃げ出したい気持ちで一杯になった。
「お、お前、何してくれてんの?」
「そだね。何してるんだろうね」
足下に転がっているドアには、僕の足跡が幾つも刻まれ、その身体を横たえていた。
その残骸を見ていると、不条理カーストの最底辺は僕じゃなかったことを理解した。
*******
「考えられねえよ、ユウヤ。普通に生活しててさ、ドアとか蹴破ったりするか? ねえよ。普通にねえよ」
「ちょっと調子にのりすぎました。今では反省しています。ごめんなさい」
「ごめんなさいで済む問題じゃねえ! お前は何か? ドアに恨みでもあるのかよ。親をドアに殺されでもしたのかよ? あっ、
「こんなもんでいいか? てか、マジごめん。今回だけは謝っても謝りきれねえわ。どうかしてた。もののついでだけど、DOGがお前の進捗を確認しろって言われてさ。それで来たんだけど。どう、ネジは締まったかな?」
「まあ、こんなもんでいいか。つか、蹴られて壊れるドアってのもアレだよな。もっとシッカリしたものにしとくべきだった」
今日はファンバーは居ない。彼が居ると、雰囲気が悪くなる。
ファンバーの独占欲からなんだろうけど。妙にトゲトゲしくなる。だから、僕としてはファンバーが居ない方が助かる。
「てか、どうして机に下に隠れたりしてたんだよ。それじゃ、ノックしても意味ねえじゃん」
「まあ、ちょっと。椅子に座れよ。汚えけど」
「じゃ、遠慮無く」
椅子に積み上げられた書類を手にして、置き場所を探していたら、ラルカンはここに置けとばかりに、机を指さした。
散らかった机の上。乱雑に積み上げられた書類を見ていると、片付け衝動に駆られる。
こういうの見ると精神的に落ち着かなくなるんだよな。
話をしてても上の空になっちゃたりする。
椅子に座ったら、地味に筋肉が悲鳴を上げた。
蹴破ったドアを固定する為に、支えてたからだろう。微妙に身体がダルい。
首とか肩とかの潤滑油に重油を入れときましたって感じ。
運動してないもんな、ここ最近。
「つか、ラルカン、どうして机の下に隠れてりしてたんだよ?」
筋肉をほぐしながら、ラルカンと喋っていると意外にリラックスしてきた。
Emmaは真面目な女子ばかりだから、下品な言葉使えない。
やっぱり同性で話せる奴って貴重だよな、と改めて思う。
「いや、暗殺者でも来たかたと思ってよ」
「何、それ?」
「セル民族自治連盟ヤバいわ。侵入するのは成功したんだけどよ。出てくる資料がとんでもなくてよ。ちょっとちょっとちょっとって感じ」
そういうことか。
ハーフエルフの脳を使った実験だなんて、正気じゃ考えられないわ、確かに。
そりゃ、あんな勢いでドア蹴ってたら、勘違いもするかもしれない。
実際にドアを蹴っていた僕は正常な精神状態じゃなかった。
「僕も最初見たとき、血の気が引いたわ。もうな。マジかって感じだったよ」
「だろ? そりゃ、セル民族もキレるわ」
「あっ、やっぱラルカンもそう思った?」
「そりゃ、そうだろ。ハーフエルフっつても、生きてるわけだからな。無理にとっ捕まえて、実験所送りとか、有り得ねえよ」
「だよな。セル民族ってどんな連中か知らないけどさ」
「俺はセル民族と接触ないから何も知らねえけど。イングランド人よりマシだろ? てか、DOGって何か言ってた?」
「いや、進捗を聞いてこいって言われた。ラルカンが手こずっていたら、変われって。それと何だったかな? ええと、人員把握、施設の早期撤収、プロジェクト隠蔽化だったっけ? そんなこと言ってた」
「ああ、人員把握と施設の場所はわかった。でも、これ激ヤバ案件だぜ」(※2)
顔色を失っているラルカン。両手を上げたり下げたり忙しいこと、この上ない。
「だよな。てか、人員と施設の拠点はDOGに送ったのかよ?」
「あっ、まだだった」
「えー、昨日DOGの執務室行ったんだけど、ガシュヌアの雰囲気も相当ヤバかった。こっちはこっちで、激ヤバだよ。悪いこと言わないから早めにメールを送信しとけって。アイツ、キレたらちょっとヤバそう」
まあ、ガシュヌアがキレそうだったのは、主に僕が原因なんだけど。
早く帰れオーラ全開だったし。
「マジで? ガシュヌア、俺にキレてんの? いやさ、拾ったファイル見て、ついビビッちまって、本気で忘れてたわ。ちょっと待ってくれ」
そういって、ラルカンは目を閉じて、自分の魔法領域へと意識を移した。
この意識を移した時の行動への現れ方は、人によって異なる。
ラルカンは目を
けど、ジネヴラやマルティナは、目を開けたままでも操作できるし、会話してることもある。
僕はどうかと言われると、目は開いたままでも操作はできる。
慣れた手順やツールを使用したり、簡単に設定を読み上げる分には、ある程度の会話はできる。けど、濃密な会話となると、意識を現実に戻さないとできない。
人や作業によって差が出てくるみたい。
この魔法領域というのはとても不思議で、メールなども蓄積されてゆく。
エルフがどういう技術を使っているのか不明だけど、
映像記憶保持者は一瞬だけしか見ていなくとも、詳細に覚えることができる。
洗礼を受けた時点で、これが使用できるようになっているとしか考えられない。でなければ記憶を保持することはできないはずだ。
「ふう、送り終わったぜ、ユウヤ」
「そうか。残ってるのは、施設の早期撤収、プロジェクト隠蔽化か。ってどうすんだろ? ラルカン、お前何か言われてる?」
「いーや。言われてねえ」
僕は自分の意識を魔法領域に移した。メールを確認しても何もない。
「ラルカン。僕にメールが届いてねえ。CCで僕にも入れろよな」
「えっ、いいのか? 機密事項なんだろ?」
「いや、手こずってたらラルカンと代われって言われてたし問題ねえだろ」
「だったら、メールアドレス教えろよ。そもそも、お前のアドレス知らねえから」
「あっ、そうか。悪い、悪い。そういや教えてなかったわ」
僕はラルカンにメールアドレスを教え、しばらくしてからラルカンからメールが送られてきた。
目を
今日は玄関を壊してしまってるし、これ以上、彼に理不尽なことを押しつけることなんて出来ない。
不条理カーストのせいで、僕から理不尽な仕打ちを受けているラルカン。
そう考えたら、何かこみ上げてくるものがある。
何だろう。この優しい気持ち。
決めた。ラルカンは杉の木だ。
春先になると花粉散らして、周りは迷惑するけど、基本的に悪い奴じゃない。
今日からラルカンを杉の木として接することにしよう。
樫の木と杉の木は仲良く共存できるはず。
「で、ユウヤ。マルティナのメールアドレスってあるんだろ? 俺に教えてくれ」
そう来たか。
マズい。これは別の意味で劇ヤバ案件だ。
どうしよう。昨晩、ドラカンから変な情報ぶっ込まれたから、自分がどう動けばいいのかわからない。
ドラカンの話だと、ガシュヌアの元恋人がマルティナに似てるとか言われてる。
僕はそれに乗っかって、いい雰囲気作ろうとしていた。そうなれば、全員がハッピーエンドになるかと思ってた。
ぶっちゃけ、ラルカンのこと忘れてた。
ファンバーといい関係になるんだと、勝手に決めつけ、傍観を決め込んでいた。
そうか、そういう事なのか。
ここに来て僕は宇宙の真理を発見した。
僕達、
草食系ではない。
肉食系、草食系とはカテゴリーが根本的に異なる。植物系は周りから存在すら忘れられ、結果的に理不尽な思いをする羽目になる。
ラルカンは決して悪い奴じゃない。
それは理解しているつもりだ。
同じ植物系の立場から言わせてもらうと、植物系はやらかす可能性が非常に高い。
僕の今までの実績を振り返って見る。
疑いようがない。
さて、そういった前提に立って、ラルカンにマルティナのメールアドレスを教えたら、どうなるかシミュレートしてみよう。
絶対に、ラルカンはマルティナにメールを送る。
一通だけならいいけど、こいつスパムレベルでメールを送りつけることだろう。なまじ技術力あるだけに、一日千通ぐらいとか、平気でやらかしそう。
杉の木は春先になると、花粉をまき散らし、人々に花粉症などの被害を及ぼすことも少なくない。
ラルカンにマルティナのメールアドレスを教えると、事態は悪化するはずだ。
そして、現在の僕とマルティナの関係は、かなり悪い状態。
ここでラルカンからスパムメールが送られると、状況は更に悪化する。
やっぱ、今の状況を教えてやろう。
「いや、実は昨日、ドラカンから、ガシュヌアの話を聞いてさ」
「えっ、お前、何言ってんの?」
……これが後の悲劇というか、喜劇というか、とんでも事案を生むことになろうとは、思いつきもしなかった。
<Addtional Message>
※2 以下はコンテスト用に短縮されており、後に追記します。
0x001C:変更後:ユウヤはDHAを訪問し、ラルカンにハッキングのノウハウを教えます。
文字数制限でカットしました。
</Addtional Message>
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