0x0103 ホモ・レプロビの憂鬱

 ベットに横たわり、寝付けずに、何度も寝返りをうつ。

 シーツは麻。頬を触る感触がザラザラしてる。雨音が窓を叩く音が、部屋にこだまして、心の中のモヤモヤを更に大きくしている。


 セルジア・ルートとか、どう考えても、ろくな結果にならない気がしている。

 まあ、いいか。ちょっとセルジア・ルートをにシュミレートしてみよう。


 例えば、セルジアの誕生日イベントが発生したとする。

 彼女の誕生日なんか知ってる訳もなくて、知っていると仮定しよう。

 あっ、今度、ジネヴラの誕生日訊いとこう。


 場所は行政地区辺りがいいかもしれないね。あそこは割と巨大建築物が多いし、人通りも多くない。だから、話を切り出すには丁度いい。

 僕はセルジアに、プレゼントは何がいいかと訊く。

 そして、彼女はどう答えるんだろ。

「誕生日プレゼントは法人が欲しいな。手続は私が全部やるから、ユーヤは法務局に付いてきて。サインしてくれるだけでいいからね。オ、ネ、ガ、イ」


 うむ。何だろう。

 その法人は彼女の脱税スキームに使われそう。


 そうしたら、今度は初デートに誘うシーンを想定してみよう。

 場所としては、賑やかなミレー街になるんだろう。いわゆる市場が並んだ通りで、往来も多いけど、パンの焼けた香ばしい匂いがするんだよね。僕が好きな場所でもある。

 街の喧騒を浴びながら、オープンテラスなんかで、赤ワインを口にして、僕は初デートに誘っちゃったりする。セルジアはどう答えるだろう。

「今度のデート楽しみにしてるね。そうだ。今、財産分与で揉めているのよ。財産目録は電子化されちゃっているのよね。そこで相談なんだけど、故人の銀行残高をハッキングで移動させて、財産目録を変更してくれないかしら? 丁度いい感じの匿名組合があるの」


 うむむ。

 それ、間違いなく、私文書偽造罪、もしくは誘引私文書偽造罪だよね。おまけに僕は不正アクセス禁止法違反と、魔法使用詐欺罪。ついでに魔法損壊等業務妨害罪がもれなく僕に付いてくるじゃん。


 ならば、僕の誕生日イベントなんかどうだろう。

 もう過ぎちゃったけど、ちょっと早めの春先になるよね。

 セルジアのオフィスはフィモール街にある。あそこは小綺麗な街だし、植えられた木々も若葉の色が瑞々みずみずしく、ムードは出ると思う。通りに花壇とかあるもんな。

 時間は昼ぐらい。僕の誕生日前に、セルジアはどう訊いてくるだろうか?

「ユーヤの誕生日プレゼント何がいい? そうだ。前の裁判で休眠ギルドが手に入ったから、それがいいと思うの。ユーヤだって、欲しいよね。特例有限ギルドだから、役員任期の制限ないし、決算の公告義務もないのよ。マネロンには最適でしょう?」


 駄目だ。

 ここの刑法がどうなっているかしらない。刑が加算される可能性がある。

 となると、セルジアと一緒にいると、スペインであった懲役38万4912年(求刑)とか、イギリスであった懲役1035年+終身刑×35とか余裕で越えちゃいそうだよね。


 そういうたぐいのドキドキ要素は要らない。

 会う度に繰り返される、ビックリ箱みたいなドキドキは、ストレスフルというより、フルストレス。

 悪事の両棒を丸ごと担がされるのは、御免こうむりたい。

 

 問題なのは、僕の選択肢が絶対にないことだ。ルートは全てセルジアが決定。僕の選択肢はスルーされるに違いない。


 でも、冷静なって考えれば考えるほどオカシイ。

 確かにセルジアとは小さな同盟は結んだ。フィスト・バンプもした。

 オーケー。そこは認めよう。でも有罪ギルティではないよね。


 それにしても、互いに互いを危険人物と思っているはず。

 おまけにセルジアは自分のことをお姉さんbig sisって言っていた。彼女の中では上下関係があるはずだ。

 どう考えても、”ユーヤと私はこういう関係なの”っていう話に結びつかない。


 ジネヴラとマルティナとは、出かける前にコーディング・レビュー手前だった。

 ところが、途中でデアドラが入場して、僕はDOGの事務所に行くことになった。

 で、帰ってきたら煉獄の炎ですよ。

 僕の居ない、わずか数時間の間に、デアドラ屋敷で何があったの?


 何が何やら分からねえぜ、ミステリー。

 そして、ジネヴラ、セルジア、ヒステリー。

 どうしてこうなった、僕のヒストリー経歴

 YO-HO。

 ってラップしている場合じゃない。



*******



 一晩寝たら元に戻らないかなあと楽観的に思考えていたら、甘かった。

 食堂に行っても、朝食が用意されていなかった。

「おはようー」

 って、無理して笑顔作って、テーブルに声をかけても、皆ガン無視。


 ところで、コーディング・レビュー、どうする? って訊いてみても、

「セルジアの所に行きたいんでしょ?」

 とジネヴラに言い返された。

 素っ気もない返事に僕の心はボコりとヘコむ。

 僕の心が粘土だとしたら、金属バットで殴られた程度にヘコんだ。


 弁明をしようとしたら、今度は無言でマルティナににらまれた。

 女の子って、横の繋がり強いみたいだけど、Emmaは予想以上に結束力がありそう。

 鉄壁以上の構えで僕の入り込む隙間が見えない。

 僕の心は更にヘコむ。ヘコんだ粘土に追い打ちがかかる。

 ジネヴラよりはマシで木製バットでローラーかけたみたいな感じ。

 マルティナは几帳面な所があるから、均一な感じでローリングされそう。


 デアドラに至っては、

「このハギス、風味がよろしいですね……」

 無理に会話を差し込まれた。堅固な意思でもって全力のガン無視されると、心がくじける。

 なまじ、毎日同じ時間を過ごしていただけに、こうなると心臓にクルものがある。


 目の前に国境線が張られて、鉄条網でも引かれたかと思うほどに、心理的な距離感が遠い。


「じゃ、DHAの所に行ってくるよ。DOGに言われたから。じゃ、行ってきます」


 何にも返事帰ってこない。

 せめて、反応ぐらいはして下さい。食事の音が心に刺さるんです。

 まるで、僕の存在がないような。

 そんなのやめて。マジやめて。


 仕方ないので、僕はトボトボとDHAに向かうことにした。


 心理を表現するなら、脱穀だっこくされた気分。

 豊かな稲穂から種もみ全てを、抜き去れた稲。それが今の僕だ。

 僕の生活にあった、キラキラしたものは、全て取り除かれた。


 ジネヴラは、僕に対してヤキモチで怒っていると思いたい。

 あの夜のセルジアの会話が、どういう意図があったのかわからないけど。


 傍観者からしたら、ヤキモチ焼いてる女の子をカワイイと思うのかもしれない。

 だが、忘れてはいけないのは、ヤキモチを焼かれている方だ。

 マジヘコむ。



 正直、この世界での魔法網ネット環境のことを知って、ただでさえ気が重い。

 DHAに行くまで、フィモール街を抜けるんだけど、いつもは落ちついた街だなと思っていたけど、今日は閑散として寂しい街みたいに見える。

 DHAの帰り道に、セルジアに話してみようかな、と考えてみる。


 セルジアとジネヴラは仲が良いって思っていたから、ケンカするなんて思ってもなかった。

 というか、女の子でも、ああいうケンカするんだね。知らなかったよ。


 確かに二人とも、自己主張する時には、自己主張するってタイプ。

 だから、意見が食い違ったら、言い合いにもなるんだろうけど。あんな風になるとは夢にまで思ってもみなかった。


 気分が沈むと、足取りが重くなる。

 フィモール街は、他の街に比べて古い時代に造られたようだ。石畳の間隔も広く、石が出っ張ってるのが多くって、気をつけないと、つまづきそうになる。

 

 おろしたての靴で歩くのは気持ちいいはずなんだけど。

 気分がネガティブだと、考えることまで暗くなる。


 セル民族自治連盟について調べてわかったことを思い出してきた。


  現在、魔法網ネットを形成している根源サーバーと言われているものは、エルフの脳を使ったものだ。

 複数の根源サーバーがあることから、複数のエルフの脳が稼働していることになる。

 エルフが普通に生活していた時代はかなり過去の時代だと思われる。彼らの脳が、どういう状態で保存されてるのかわからないが、外科手術を施している可能性が高い。少なくとも、OMGが実践していたプロジェクトは凄惨なものだった。


 最終的に、彼らは魔法を捨てて、ロハス・クラブに隠遁いんとんしたんだろう。まあ、彼らは四次元、五次元への移動手段を持っていて、人間の知覚で認識できない所にいるのかも、だけど。


 エルフのこれまでのコードを見る限り、極限状態まで追い込まれていたのは理解できる。

 だが、同胞の脳を使用するって、どういう倫理感をしていたのか理解できない。


 ホモ・サンクトゥス聖なる人ホモ・サピエンス賢い人の違い、だけで済むのだろうか?


 ハーフエルフの存在があることから、人間と近しい遺伝子を持っているのには違いない。

 言い換えれば、交配可能な種族ということだ。

 加えて、『祝福』をはじめとする脳内物質分泌レジスタの配置、『骨折』、『火傷』、『麻酔』の存在。

 そこから考えると、エルフの身体構造は、人間と何も変わらない、と推測できる。


 だから、余計に当時の開発者は一体どういう心理状態だったのか気になる。

 コメントを見ている限り、ホモ・サンクトゥスであった開発者の苦悩は、ホモ・サピエンスのそれと、何の違いもない。


 他者を犠牲にしても、利便性を優先させたエルフ社会の闇の結果が、この魔法網ネットなのだとしたら、彼らは何を考えていたのだろうか。


 僕が危惧きぐしているのは、未来の人間社会。エルフの魔法を全て解明した後、人間はどういう行動をとるのか考えると不安しかない。

 エルフ以上の発展を人間が求めるのだとしたら、セル民族を代表とするハーフエルフは、間違いなく駆逐くちくされる。

 セル民族自治連盟。

 彼らはハーフエルフの脳を根源サーバーとして使用できるとかいう実験を繰り返してきた。それは、未来の人間社会のきざしでもある。


 僕はディアン・ケヒト通りで足を止めた。混沌こんとんとした人々の生活がそこにあった。

 露天の屋根は赤や青の天幕が張られ、金物や書籍、様々な鉱石が並べられた店舗がズラリと軒先狭しと並んでいる。

 売り子の声が飛びかい、近くでは値下げ交渉なのか、客が声を荒げていた。

 いくつも重ねられた声は、協和しない音の塊。僕は混沌こんとんを目の前にしている。


 居並ぶ建物の石組みは堅く、この町並みは数百年後も残り続ける。

 数百年後のこの世界。それはどういう世界になるのか想像できない。

 飛び交う声の温度が、急速に遠ざかったように思われた。

 数百年後、この場所に立つであろう未来人は、どのようなことを考えるのだろう?


 その時、僕は悟り独り言を呟いた。

「そうか。僕は落ち人ホモ・レプロビなんだ。ホモ・サピエンスとは違うのか」


 急に、僕は自分の存在に意味がある気がした。

 違う種族として、この世界にどう関わっていくかで、世界は変わるのかもしれない。


 あっ、ヤバい。

 そういや、DOGに空メール送るの忘れてた。

 今頃、ガシュヌアとかキレてるかもしれない。


 昨晩が急展開すぎて、本気で記憶から消し飛んでいた。

 デアドラから転送メールで、DOGのアドレスはわかる。


 とりあえず、本文に”忘れてましたwwXDXD”って入れとこう。

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