0x0006 ジャックポットでメダルが出ない件

 守衛から監獄を出て、面会室に行けと言われた。

 鍵を開けられる音がした後、鼓膜が千切れるような金属音。扉が開かれた。


 僕はクタクタ。手と足には鎖が付けられており、僕のやわい皮膚は擦りむけている。薄暗い監獄に長くいると、時間感覚がなくなる。

 昼なのか夜なのか。まあ、どっちでもいいけど。頭にかかっている蜘蛛の巣を取るのすら面倒だ。日頃から運動してないし、密室に閉じ込められるのって体にこたえる。


 気分は最悪。

 どれぐらい最悪かと言うと、”明日、月が地球に落ちてきて人類は全滅してしまう”というニュースを見ても、”いいね”をクリックしてしまうぐらい。


 無性に4chanの/b/板辺りで、クソみたいな写真貼り付けて、スレ立てしたい気分。タイトルはこうだ。「監獄はアウトドアに入るのかの議論スレ」

 ダメ人間gabagesと一緒に戯れたい。まあ、2スレ目でおはよう、とりあえず氏ね--スレ終了--gm gtfo /thread。となるだろうけど。


 面会室に来てくれたのは、ジネヴラ、マルティナ、デアドラとダーク・ブロンドの知らない女性。ジネヴラは僕の姿を見つけると嬉しそうに手を振った。マルティナは相変わらずの無表情だったけれど、以前とは違って、潰れたカエルを見るような冷えた視線ではなかった。

 デアドラは囚人姿の僕を見て、笑いを堪えているようだ。肩が小さく震えていた。

 誰のせいでこうなったと思ってるの、デアドラさん。


「ユウヤ、元気だった?」

「これが元気に見えるかい?」

 両手を挙げて手錠を見せる。この世界って冶金やきんが発達してないから恐ろしく重い。

「うーん。大変そう」


 僕の前にいる彼女たちは服を仕立ててもらったのだろうドレスを着ていた。随分と華麗になったものだ。長いスカートは上品な光を帯びていて良い生地を使っているんだろう。刺繍もかなり凝っているし、袖口にはフリルが縫い付けられていた。

 よく似合っていて、眩しいぐらい。やはり年頃の女子はおしゃれした方がいい。空気も華やぎを帯びた気がする。


「皆、服を新調したんだね。とても似合ってるよ」

「そうかな? おかしくない? 私、着慣れてないから。スカートとか踏んづけちゃいそう」

「大丈夫。とても素敵だよ。マルティナもデアドラも感じよくなったね。少なくとも僕の気分は晴れた。ここの所、ずっと暗闇だったから」

「そっか。光の魔法とか使えばいいのに」

「移民庁で移民ナンバー受け取った時、魔法使うなら、手続がいるとか言われたから、そのままなんだよね。それにしてもジネヴラは元気だね。良いことあった?」

「あっ、そだね。やっと面会できたから、ちょっと嬉しくなっちゃった」

「それは何より」

 思わず笑ってしまった。ジネヴラの真っ直ぐな反応は会話していて楽しい。監獄は暗くて、気が滅入っていたけれど、前向きな気分にはなれた。


「ウウイエア、この前は世話になったな」

「いやいや、大したことしてないよ。それにしてもマルティナも大変だね。この国の男って、ああいうのばかりなの?」

「そうだ。男どもはいつもああだ。正直、うんざりしている。ウウイエアは違うようだな。この前の一件でようやくわかった」

 マルティナは女性として魅力的。

 ジネヴラやデアドラも可愛いよ、確かに。

 ただ、マルティナの場合、雰囲気が違う。漂う色香は刺激的すぎて直視できない。

「僕の世界にもああいうのは居たけれど。ちょっとどうかと思うよ」

「男ってどうしてああなんだろうな?」

「うーん。人によると思うんだけどね」

 マルティナの目線が少し和らいだ気がする。でも、あんまり見つめられると妙な気分になる。

 かなり美人さんだし。妙な気分になる男が多いのもわからないでもない。


「ウーヤ、よくやりました……。ジネヴラさんとマルティナさんの名誉は守られました……。行いは良かったです……。でも、いきなり呪いとか、ないわー、と思います……」

 ないわー、ですか、デオドラさん。

 君は笑ってるけど、こちらはあんまり笑える気分じゃないからね。


 まあ、いいか。取りあえず皆からそこそこの信頼は得られたみたい。会話が以前と比べてスムーズだ。チクチクした警戒感は拭いさられていた。面会室の窓からは日の光が入ってきている。眩しくない程度で、目は痛くない。穏やかになってゆく自分を感じる。


「それにしても、ユウヤって魔法使えたのね? この前までは教えるのが大変だったのに。驚いたよ」

「そう、それ。ウウイエア、あれは何だったんだ? エクスプロイトの魔法とでも言えばいいのか? 文法も初めて聞くものだった。それに禁忌とされていた太古の魔法って本当なのか?」


 ああ、思い出しちゃったよ。あの時、かなりハイになっていたからなあ。

 ハッカーって結構、おたくgeekが多くてさ、僕もアニメとか見てた頃があったから。呪文っていうのか、あんな感じで魔法使ってたんだよな。

 あの頃の言動はあまり思い出したくない。


「それよりさ。ユウヤ、今回の件で弁護士ついてくれたから。紹介するね。彼女はセルジア。女性初の弁護士なの。私の自慢の友達」

 ダーク・ブロンドの彼女はインテリ系らしい。髪はショートでスッキリした印象。スレンダーで伸ばされた背は真っ直ぐだ。

 繰り返そう。彼女はスレンダーだ。色々な意味でスレンダー。


「よろしく、ミスター・ユーヤ、今回の件で弁護人をさせてもらうセルジアです。あなたのことはジネヴラから聞きました。ジネヴラとマルティナをかばい、二人の名誉まで守ってくれたようですね。二人に変わって礼を言います」

「初めまして、僕がユウヤです。あの、ちなみに、今回のって裁判になっちゃうんですか?」

 あれ、弁護士雇うのってお金いるよね。僕、文無しだよ? どうやって支払えばいいの?

 正直な話、僕はパニックになっていて、自分がどういう表情をしているのかわからない。


 僕の表情から察したらしくセルジアが言葉を続けた。

「弁護費用なら問題ありません。デアドラさんから出して頂くことになっています」

 なーんだ。デアドラへの返済はまた後で考えよう。

 騒いでいた心が落ち着いた。目の前の世界が広がった。僕は自由だ。立ち上がってそう叫びたくなった。


 あれ?

 見れば、他の三人が笑いをこらえていた。デアドラに至っては途中で我慢できなかったのか吹き出して、笑い始めた。

 何か笑えるような要素って、あったっけ?

「ウーヤ、あなたは本当に正直な人ですね…。顔に全部出てましたよ……」

「そうだぞ、ウウイエア。お前、子どもっぽいというか」

 ここでマルティナも耐えきれなかったのか吹き出した。

 えー、そうですか。そんなに表情出ちゃってますか。

 無表情を装うように意識するが、心とは別に顔は真っ赤になってゆく。耳たぶなんか暑いぐらいだ。だってさ、自分で制御できないことってあるじゃない。


 赤面してゆく僕を見て、ついにはジネヴラも笑い出した。

「ほんと、ユウヤってわかりやすい」

 ジネヴラの笑い声を受けて、セルジアは微笑んだ。

「どうやら、悪い人ではないようですね。安心しました」


 そりゃそうでしょ。

 あの事件での一連の行動は、緊張状態にドラッグぶち込まれた人間の正常な行動だと思うよ。そりゃあハイにもなるし、色々とあることないこと口走ったりするよ。呪いの魔法を使ったら監獄にぶち込まれるだなんて、そもそも知らないし。


「悪い人ではないつもりです」

「そうしたら、まずは実行した魔法の話をしてもらっていいですか? これは正直に話して頂きたいです。検察はそこを争点にするはずですから」

 

 うーん、考えているよりヤバそうな雰囲気。他人のPCをハックしましたとか言えないし。

「それにしても不思議です……。どうして魔法を習ったばかりなのに、あんな聞いたこともない魔法が使えるのか……」

「ああ、そうだった。ウウイエア、エクスプロイトってなんだ? 後、三時間後に死ぬとか言ってたな」


 僕の前にいる四人の眉がひそめられた。さっきまで四人とも笑っていたのに。

 正直に言った方がいいかも。

「三時間後に死ぬというのは嘘なんだよね」

「えっ」

「ほら、喧嘩の最中にデアドラが『祝福』の魔法かけたでしょ? あれを逆転させて実行させたんだよ。それだけ。余命三時間とか、全部嘘だから。実際は『祝福』の逆魔法を実行しただけなんだよ」


 今度は四人とも驚いた顔。

 なんだろう。スロットマシーンを見てるみたい。

 次も違う表情で揃えることができたら、ジャックポットとかなるのかな?


「待って、ユウヤ。『祝福』の逆魔法って、パブリック魔法じゃないでしょう? そもそも公開されてないし、聞いたこともないよ」

「うん、デアドラが僕に使った『祝福』を解析して、逆魔法はこうなるかなって感じで、やっちゃった」

「そしたら、あの魔法の詠唱は何だったの?」

「適当な言葉を並べただけなんだ。特に意味はなくて。ほら『祝福』でテンション上がってたから、つい口走ってしまったというか」

「えーと、ちょっと整理させてね、ユウヤ。あなた無詠唱で魔法使えるの?」

「そうなる、のかなあ」


 正確にいうとハッキングしただけだし。

 ただ、彼女たちのPCはナチュラルユーザーインターフェースNUIベースというのか、声でもって実行するインタフェースになっているのだろう。僕の場合はキャラクタユーザーインターフェースCUIベースだから、それでちょっと違うのかも。

 以前、マルティナにコマンドプロンプトから、”ipconfig /all”させた時って、終始無言だった。やはり、CUIベースの場合は無詠唱でいいんだろう。そうすると辻褄があう。

「ウウイエア、『祝福』を逆転して実行したと言ったよな。そういうことって可能なのか?」


 ひょっとして魔法に著作権とかあるのか! 

 オープンソースとかが当たり前の世界から来ちゃったからなあ。


「う、うん。確かにその魔法を逆転させて実行したけども。あれ? これって罪になっちゃうの?」

 四人は互いに目線を交わした。不安に胸が押しつぶされそう。僕の心はジェットコースターに乗せられたかのようだ。たった数分なのに、僕のテンションは忙しく、上がったり、下がったりを繰り返している。


「やっぱり、ユウヤって落ち人なんだ。しかもすごい方の」

「えっ、ミスター・ユーヤって落ち人なの?」

 ジネヴラの言葉に驚くセルジア。こともなげにマルティナが肯定した。

「そうだ。いきなり落ちてきてな。ナヨナヨしてたし、大した奴じゃないだろうと思ってたが、認識を改めた方がよさそうだ。逆魔法をあっさり実行できるとなると、相当な魔法士でないとできない」


 すると、デアドラが素早くセルジアの所に移動した。ついぞ見たこともない機敏さ。

「これは急いで専属契約を結ばなきゃですね。ヘッドハンティングされないよう契約で縛り上げないと」


 えっ、なにそれこわい。

 いつもは大人しいデアドラが雄弁だった。語尾もしっかり、視線が怖いぐらい真剣だった。

 デアドラが貴族ってやっぱり本当だったんだ。しかも、かなりやり手じゃないの?


「そうですね。公証役場に至急行くべきでしょう。ギルド設立はまだなので仮で専属契約を結ばせましょう。契約書を書く際には、契約不履行時の罰則事項が重要になりますね。彼は財産がないので、金銭的な罰則を設定するのがいいかもしれません」

「でも、セルジアさん。その場合、ヘッドハント側が建て替えて支払った場合、ウーヤを取られてしまいませんか?」

「良い意見です。そうしたら、競業避止義務きょうぎょうひしぎむ機密保持義務きみつほじぎむを契約書に盛り込みましょう。要点は、ヘッドハンティングされて、ミスター・ユーヤが何を発明しても、知的財産権侵害で訴えることができる状況を作るということです」

「なるほどね。ギルド設立の際にウーヤの雇用形態はどうすべき?」

「正ギルド員が妥当でしょう。昨年、施行されたギルド法改正に伴って、”成果主義賃金制度”が選択できます。正ギルド員で雇うのを前提として、ミスター・ユーヤに達成不可能な成果目標を設定します。そうすることで、ミスター・ユーヤがヘッドハンティングされたとしても、彼に対して、こちらは成果未達で契約不履行の裁判が起こせます」


 ブラック魔法ギルドの足音が聞こえる。僕は搾取さくしゅされてしまうのかもしれない。

 誰も二人を止めるようとしていない。

 ジネヴラとマルティナは楽しそうに話をしている。多分、世間話か何かだろう。彼女たちは自分で処理できない話と思ったらしく、華麗にスルー。

 結構、大切な話してると思うよ、二人とも!


 デアドラとセルジアが熱論を交わしている中、面会室の表側でノックの音がした。

「はい」

 ジネヴラは席を立って、ドアの方に向こうとするが、守衛がドアを開いた。ドアに槍をもって直立しているが、その顔は緊張で硬直していた。その様子からすると、大物が来たらしい。


 入ってきたのは二人。

 一人は東洋人に似ていた。透き通るような白い肌と強い視線が印象的だった。

 もう一人は白髪。長身で目は閉じられている。こちらは西洋人だが、ジネヴラ達とは出身地が違いそう。ノルディック系かな。少なくともスコッツスコットランド人じゃない。


 話し声は収まり、皆の表情は凍り付いた。

 僕の前に居る女性四人は突然の来訪者に驚いた顔をしている。

 また、表情揃ったね。

 ジャックポット。

 コインはどこから出てくるのだろう。なんて馬鹿な妄想をさえぎったのは、冷えた男の声だった。


「俺たちはDOGだ。俺はガシュヌア、彼はドラカン。面倒ごとを起こしてくれたようだな」

 俺たちは犬ですWe are DOG。こうですか? わかりません。

 dogsじゃないの、文法的には?


 黒髪の男はガシュヌアというらしい。名前からするとインド系? 彼の目があった瞬間、何もかも見透かされている感じが、頭の中を突き抜けた。

 何この人、目つき悪!


 少なくとも、油断をするべき相手じゃないのは確か。

「俺は耳が聞こえないので勝手進めさせてもらうぞ、ユウヤ。俺は自己紹介をしたが、お前も自己紹介をしたらどうだ? これでも目は見えているから、口の動きで何を言っているのかわかる」

「僕はドラカン。ユウヤ君。会えて嬉しいよ」


 てか、二人とも僕の名前既に知ってるし。正直、僕の自己紹介とかいらなくない?


 だけど、そんなことを言えそうもない雰囲気。二人の不遜ふそんな態度と圧倒的な存在感。まさに、ラスボスって感じ。悪の組織の幹部とか、こんな感じなんだと思う。


 こいつら一体何者なんだ?

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