0x0005 異世界での現実
グリーン・ヒルは国都であり、白を基調とした石造りの住宅や行政施設が建ち並んでいる。ついさっきまで牧場などが散見できたのに、急に別の世界に来たような錯覚を覚えた。
しっかり敷き詰められた石畳を歩く。東京と比べると背が高いビルがあるわけでもなく、空は広くて威圧感は感じない。
いくつか並んだ省庁の建物は堂々としており、豪壮な雰囲気を携えていた。どの時代でも建築家は偉大だなあ、と素直に思った。
行政施設の庭にある樹木は真っ直ぐに伸びていて威厳すら感じられる。
グリーン・ヒルに到着して郊外から歩いてきた通りでは、家の前はしなだれかかるように樹木が茂っており、家に伸びたツタの葉の緑もあって、幻想的な感じすらした。天候が曇りだったから、瓦は黒に近い色が多かったように思う。
僕は当然、キョロキョロしてしまうわけだ。
「変態、余りキョロキョロするなど……子どもではないでしょうに……」
「ウウイエアがそうなるのも無理はない。私だって、久々に来ると圧倒される。ジネヴラも私も田舎育ちだからな」
「ジネヴラさん、マルティナさん、魔法統制庁に行く前に、良かったらお召しものを用意させたいです……私の家に来ませんか……」
僕は入っていないんですね、デアドラさん。わかっていたけれど。
僕のお召しものは落ちてきたからかどうかわからないけれど、ボロボロだった。
綿シャツはシワだらけ。自堕落な生活臭がしてきそう。細めの黒ジーンズはまだマシとして、靴は手入れもしてなく傷だらけ。
ジネヴラは恐縮したように言った。
「そんな、デアドラ。魔法ギルド設立に投資までしてもらっているのに、もうこれ以上甘えるのはどうかなって」
「いいえ、ジネヴラさん……。ジネヴラさんはきっと立派な方になる方だと見込んでいるんです……。でも、外見や服装で判断する人って多いですし……」
確かにジネヴラもマルティナも村娘が着ている衣装しかもっていない。グリーン・ヒルについたら洗練された服が目に付き、二人の衣服は明らかに浮いていた。彼女達の着替えも一着しかないし、年頃の女の子だったら、もうちょっとおしゃれもしたいだろう。
「どうなんだろうね。見かけで人を判断するのって、私はそういうの嫌だなあ。マルティナはどう思う」
「ジネヴラ、デアドラの言うとおりにしておこう。貴族のデアドラが言うのだから、見かけは良くした方がいいのだろう。私達がこれから進もうとしている社会は、そういうのを気にしなくてはならない。そうなんだろう、デアドラ?」
「はい……。私も外見で人を判断するのはどうかと思います……でも、魔法ギルドを設立したら、否が応でも人との交流は増えてしまうので……」
「そっか。ありがとう、デアドラ。ああ、私、本当に幸せだなあ。こんなにデアドラが心配してくれて。いい仲間に恵まれて」
胸に手を当てて、彼女は自分の幸福を喜んでいた。浮かんだ笑みは柔らかく、それを見ている周りも嬉しくなるのか、和やかで暖かい空気が満たされた。
デアドラ > ジネヴラ = マルティナという関係には驚いた。どうやらデアドラはジネヴラのパトロンになるようだ。
で、僕はどうなるんですかね、デアドラsenpai。(senpai = ネットスラングで、(自分が気にかけているにも関わらず)自分のことを気にかけてくれない人)
距離感を感じていると、横合いから声をかけてくる男二人がいた。
「よお、マルティナ。戻ったのか? 今日もキレイじゃねえか」
声をかけた男は髪は黒くカールしていた。思わず鳩の巣を連想してしまった。彼はマルティナの身体をなめ回すように見て、ニヤけている。
確かにマルティナはセクシーすぎる。僕も常に視線のやり場に困ったいる。だけど、こうして露骨さを隠さずに見ている奴を客観視すると、下品だな、と思わざるをえない。
男の声をマルティナはすげなく無視をして、そのまま歩み去る。
「おいおい、久しぶりに会ったのにそりゃねえだろう?」
「黙れ、ラルカン。貴様はいつも馴れ馴れしくしてくるが、私はお前に興味ない」
「嫌われたもんだな、ラルカン」
そう言ってラルカンの隣にいた金髪の優男が笑った。
「うるせえよ、ファンバー。それよか、マルティナ。俺の所に嫁に来いよ。魔法ギルド設立って言ってるけど、女だけじゃ無理だって。夢見てんじゃねえよ。俺らDHAってギルド創立したし、入れてやらねえこともねえよ」
DHA? 何それ? ドコサヘキサエン酸のこと? 頭良くなるの? どう考えても無理そうですけど。
話の流れから察するにDHAって魔法ギルドの名前だろうけど、略語って、ややこしいんだよな。
「あのねえ、マルティナが嫌がってるじゃないの、ラルカン。あなたマルティナに嫌われているってわからないの?」
「黙れよ、
これには僕もムッとした。だが、一番ムッとしたのは、赤毛と言われたジネヴラだった。彼女はラルカンを平手打ちした。小気味良い音が石畳に響く。
「恥を知りなさい。往来で人を侮辱するなど、あってはならないことだわ」
騒動を聞きつけてか人が徐々に集まり始めて、ことの成り行きを見守っている。
頬をさすりラルカンは激情を隠そうともしない。
「お前、赤毛の癖に生意気いいやがって」
更に平手打ちをするジネヴラ。
人だかりから「おお」と歓声があがった。まあ、その歓声は僕が出したんだけれど。
ジネヴラさん、マジ格好良いッス。マジリスペクトッス。
「あなたは女のことを馬鹿にしている。私達、女は男のペットじゃない」
「手前、よくも恥をかかせてくれたな」
ラルカンがジネヴラに掴みかかろうと詰め寄った。ジネヴラの細い腕じゃどうにもならない。どうなるんだろう、ドキドキして眺めていたら、デアドラが大声で言った。
「ラルカン! ジネヴラさんから手を離しなさい!」
デアドラ、そんな声も出せたんだね。ちょっとビックリだ。いつも語尾が消えかけているから、まさか大声出せるとか思いもよらなかったよ。
だが、思いもよらなかったのは、それだけではなかった。
「そこの変態がお前の相手をするわ!」
デアドラが指を指している。どこを指してるんだろう? 延長線上に僕が居る。デアドラsenpai、誰を指さしているの?
うむ。ラルカンと目が合ってしまった。
「ハイ、ラルカン。元気にしてる?」
思わず口にしたのはその言葉だった。皆の視線が集まる中、自分で何を言っているのか、さっぱりわからない。
「何だ、お前? 見ねえ顔だな」
ラルカンは不審げ。そりゃそうだろう。初対面だし。
BBSでよく人を煽ったりしていたけれど、現実世界では物理的に大人しくしていた。格闘技なんて動画でしか見たことないし。
でもまあ、ここは異世界だし。その上、悪魔に魂売っちゃってて、何か特殊能力とかあるかもだし。スゴい技とか使えるかも。主人公っぽい必殺技みたいな。
根拠のない自信が沸いてきた。ラルカンを指さして、言い放ってやった。
「お前みたいな男が居るから、僕が迷惑してるんだ」
マルティナは名前を間違えて覚えたままだし、デアドラに至っては変態呼ばわりだ。それというのもお前のような奴がいるからだ。とまでは言えなかった。
何故なら、ラルカンに殴られたからだ。僕の意識が消えかけた。体は吹き飛んで、デアドラの足下に転がった。
「ちょっと、何やってるんですか、この変態……」
「てか、いきなり無茶言うなよ」
「でも、ジネヴラさんやマルティナさんが辱められて悔しくないんですか……」
「あー、何か腹立ってきた」
鼻血出てる。何なんだ、この状況。唇も切ったらしい。鉄の味が口の中に広がっている。
「そうでしょう。そうでしょう。では、変態に『祝福』の魔法をかけてあげます……」
つうか、腹立ってるのは、この状況で、それにはデアドラも含んでるんですけどね。
「祝福せよ、我の名はデアドラ。変態に力を与え給え」
魔法の範囲指定で『変態』ってどうなんだよ! 効力あるのかよ!
すると僕のPCに魔法メッセージが入ってきた。
何、これ? 『変態』って範囲指定で、僕に確定できちゃうの?
色々すごいな自然言語解釈エンジン。
メッセージを受け取り、それに対応する命令が実行される。
プロセスが起動し、ログが出力されている。なるほど、そういう風になっているのか。
とか、思っていると自然に気分が高揚してくるのを感じた。闘争心がかきたてられる。アドレナリンがドバドバ出てると思う。ドーパミンも同じくドバドバ出てるんじゃないかなあ。
僕は立ち上がった。鼻血を拭き取った手を振ると、血が道に飛沫となって染みを作った。舌でペロリと口周りの血を拭き取る。僕じゃない僕が出てきてる。
だが、
『祝福』って、ドラッグと大してかわらねえ。
つーか、これやたら好戦的になるドラッグだよね。
魔法でも何でもねえよ、これ。
絶対に依存症になってる奴いるだろ、この手の魔法?
でもまあ、これはこれでありかもな。
「いきなり暴力とか勘弁して欲しいな。あー、名前なんだっけ、ラルカンとか言ったよな」
首を押さえて、上から目線発言をする。自分で自分を格好良いと思ってしまった。気持ちいい。主人公になったような気分。上がり続けるテンション。
ラルカンに対して nmap。空いてる通信ポートを探す。何だ、お前は無印Win7かよ。何でもあり状態だぜ、
まあ、いいか。Metasolitを起動した。ちょっと遊んであげよう。
エキスプロイトってどんなもんか教えてやんよ。
エクスプロイトというのはシステム、アプリ、OSの脆弱性を利用して攻撃をすることだ。MetasploitはOSの脆弱性を発見し、攻撃するフレームワーク。
Metasploitが起動したのでsearch dcom。この辺りにいい感じの脆弱性があったはず。おやおや、スタックバッファオーバフローを起こす脆弱性があった。そうだよな。無印Win7ならそうなるよな。
ローカルホストに自分のIP、リモートホストにラルカンのIPをセット。ペイロードを作成しなきゃだが、この場合、『祝福』と反対のをぶち込んでやるのが良いだろう。
『祝福』の魔法メッセージ受信時に脳内物質を分泌させるレジスタに書き込みが行われている。なので、脳内物質分泌レジスタにコピーされる処理ビットを反転。そうなると否が応でもバッド・トリップ状態だ。殴られた訳だし、もうちょっとキツめにするか。反転させたビットと調整ビットの論理和をとる。
魔法のように見せかける方がよさそうだ。
盛 り 上 が っ て ま い り ま し た 。
周りも盛り上げる為に両手を天にかざし、それっぽい魔法を唱えてみた。
「天よりきたれ軍神の王。我が名はユウヤ。選ばれた者なり。我が眼前にいる哀れなる子羊に神罰を下せ。食らえ! エクスプロイト!」
長ったらしい魔法をダラダラ読み上げているけど、作成したペイロードを送るだけなんですけどね、実際は。これでラルカンは酷い恐慌状態に陥るはず。
スタックバッファオーバーフローというのは、そもそもメモリがあふれるっていうエラー。
本来ならオーバーフローしました。ってエラーが出てプログラムが終了。
だけど、意図的にオーバーフローを起こし、メモリサイズを調整しながら次の処理を実行する為のメモリアドレスを書き換えてしまう。書き換えるアドレスは自分の実行させたいコードを格納した場所。結果的にこちらの作ったコードを実行できちゃうわけ。
このオーバーフローを発生させ、実行アドレス指定し、実行されるコード一連をペイロードと言う。
よくOSやソフトのアップデートでスタックバッファオーバーフローの修正とかあると思う。悪意がある人は、このように意図しないコードを送ってきて実行させるから注意。アップデートはこまめにね。
「うぅ。お前、何をした」
ラルカンが呻いて、その場で崩れた。
何をしたって言われましても、ただの『祝福』の逆魔法ですけど。
見ているこっちが気の毒になるほど、ラルカンは怯えはじめた。顔色が悪くなるばかりじゃなく、膝を崩し丸まっている。一緒にいた金髪、ファンバーも何が起こったのかわからず、ラルカンに向かって大丈夫かと連呼していた。
僕のテンションは天井しらず。
「この魔法はな太古に禁忌として扱われたものなんだよ。お前の余命は残り三時間しかない。だが、許しを乞えば助けてやらんことはない。どうする、ラルカン」
超上から目線。かなりハイになっているのが、この発言からわかると思う。
話を盛りすぎ。素面に戻った時に黒歴史になるレベル。実は真っ赤な嘘。ラルカンは恐慌しているだけ。
「た、助けて下さい」
「僕に言うんじゃない。ジネヴラとマルティナに許しを請え」
「ジネヴラ、マルティナ。どうか許してくれ。お願いだ。俺を助けてくれ」
僕は悠然とジネヴラと、マルティナの方を向いた。
二人は呆気にとられた顔をしていたが、僕の顔を見ると、何も言わずに頷いた。
黙ってコクコクと頷く二人はちょっと可愛いかった。
「解除せよ、軍神の王。我が名はユウヤ。天上にある大いなる王、守護に感謝する」
で、先ほど送った恐慌状態をビット反転させたものを送る。
まあ、結果はいうまでもないよね。
ラルカンは回復し、ファンバーもよかったと言って抱きしめていた。
大騒ぎしすぎだろう、常識的に考えて。
かくして、ジネヴラの名誉は保たれ、マルティナは僕を相変わらず”ウウイエア”と呼ぶけど、僕のことを見直してくれた。デアドラは僕のことを”変態”から”ウーヤ”(言いにくいから仕方ないらしい)に変更してくれたみたい。
そうさ、結果はいうまでもない。
僕は刑務所にぶち込まれた。
呪いの類いの魔法は禁止なのだそうだ。
先に言えよな、
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