第726話 丸い時の決まりごと

霊体が劣化していても肉体に影響が出ない限りは苦痛はないようで、治癒魔法をかけていればドッペル達はいつも通りに過ごせる。今も僕の手に絡んで歌っている。


『…………ヘル、決めて。残り時間楽しませるか、無理矢理延命するか』


『……寿命を伸ばす』


『延命する?』


『違う。元気なまま、ずっと生きていられるように……寿命を伸ばす』


この子達の死が間近に迫っているのは僕の責任なのだから、僕が何とかしなければ。それでなくても僕の娘達だ、子供を救うのは親の責務であるべきだ。


『何をやるんだ? ヘル、私も何でもやるぞ』


『寿命を伸ばす方法はいくらでもあるよね? 人間の夢なんだよ、不老不死ってのは。ねぇ兄さん?』


『そうかもしれないけど、霊体が崩れかけてちゃ……』


『霊体が劣化するなら不老不死なんてありえない。霊体と肉体の状態を保ててこその不老不死だろ?』


霊体が劣化するなら通常は剥き出しの霊体である天使や悪魔が何万年も生きていられる理由は何だ? 霊体とは魔力、もしくは神力による魂のコーティングだ。情報を持つエネルギー体のことなのだ。だから魔力を喰らい続ければ悪魔は不死身で、神力を供給され続ける天使も不死身。

僕はこれまでに得た知識を組み合わせて霊体に寿命など存在しないと唱えてみせた。


『……確かに、そうだ。魔力さえあれば魔物は不死身……肉体の老化や損傷を再生出来ない魔獣には寿命はあるが、再生能力を持つ魔物は半不老不死だ! 貴方の血を呑んでいる子供達の霊体が劣化するはずがない!』


『…………兄さん、どういうこと?』


寿命だと聞かされて気が動転していたアルも落ち着いて考えれば分かったようで、自身の知識でライアーの発言の矛盾をついた。


『……寿命って、嘘?』


ライアーはバツが悪そうな顔をしてアルに視線をやり、それから僕を見つめて俯いた。


『どうして……? どうしてそんな嘘ついたの!?』


『嘘ってわけじゃない! 寿命は寿命なんだ、霊体が劣化してるのも本当! 霊体は魔力によって修復され続けるものだよ、食べた物が血肉になっていくのと同じように、霊体にも魔力を主とした代謝がある……それで、キミの子供達は……その…………障害があるんだよ』


先程血を吐いたばかりのドッペル達もクラールも今は元気だ、アルの尾にじゃれついて遊んでいる。


『……たまに居るんだ。取り込んだ魔力で自分の霊体の修復ができない子。消化吸収ができない……って言えば分かる?』


消化吸収ができない……僕が改造する以前のセネカのことか? それなら僕が治せる。

僕はライアーに自身の記憶を覗くよう言って、子供達とセネカの症状が同じなのか確認してもらった。


『…………違う、ね。それは淫魔特有のものだよ、拒食症に近いね。彼……彼女? は魔力を直接流し込む形での補給は可能だったはずだ、だからキミが改造出来たんだろ? 霊体に異常はなくて、肉体と上手くリンク出来ていなかっただけだから、肉体を一度壊して作り直すっていう荒業が出来たんだ。分かる……かな』


『……子供達のは僕には治せないの? 霊体が魔力なら僕にどうにかできるはずだよね?』


『そりゃ理論上はね。でも、霊体をいじくって作り直したら、それはもうキミの子供じゃない。えっと……あぁ、いい例えがあった。ボクはキミが出会って兄弟になりたいと願ったライアーさんじゃないだろ? そういうことさ』


ライアーは水中都市で出会ったライアーとは性格からして違う。同じなのは見た目と名前だけ、しかも見た目に関してはナイの顕現に同じ者が大勢居る。名前なんて僕が勝手に呼んでいるだけだ。


『キミの魔力を流し込んで組み替えた時点でそれは違うものになる、魂にまで影響が及ぶかもしれない、下手を打てば生まれ変わりにすら会えなくなるよ。記憶も人格も、今ここに居るキミの子供達という存在は消滅して、それっぽいものがそれっぽい行動を取るだけだ。それで満足ならすればいいけど』


『満足なわけない! 僕が殺しちゃうってこと……だよね、その死体で人形作るようなもの……そんなの、ダメだよ……』


『……キミは霊体に関する知識が浅いし、多分その人形すら上手く作れなくてぐっちゃぐちゃになるだろうし、やめた方が懸命だよ』


ライアーはたまに軽薄で冷酷な一面を見せる。言い方が悪いだけで僕を想ってくれていると言えばそうなのだけれど、どうにも引っかかる態度が多い。


『アルみたいに賢者の石を使ったら……』


『永久機関を組み込んだところでそのエネルギーを使う機能に障害があるんだから無駄だよ』


『……人魚の血の呪いは?』


『アレは時空に存在を焼き付けてあるだけで、そのものを保つものじゃない。情報が時空に焼き付くからそれを元に再生し続けることで不老不死に見せることはできるけれど、エネルギーを使えないキミの子供達は再生ができないからこっちも無駄だね』


『本当に、手は……ないの?』


『…………分からない。ボクが本物のニャルラトホテプなら今以上の絶望と引き換えに奇跡を与えられたかもしれないけど、ボクには知識も力も足りない』


本物に頼れと? あの邪神に願えと? 今以上の不幸が僕にだけ与えられる苦痛ならいいけれど、きっと違う。あの邪神に願って無限の命を子供達に与えたところで無限に苦しむのがオチだ。


『…………霊体はどこで作られるの?』


『天界、だと思うけど……』


『じゃあ、生まれる前に行けばいい? 生まれる前に霊体をちゃんと作らせればいいんだよね? アイツらが手抜きしたから悪いんだよね?』


影に手を浸し、持ち上げて開く。僕の手に乗った銀の鍵を見てライアーは目を見開く。


『待って……ダメ、この間のは別存在との融合で記憶の反芻として処理したから何とかなっただろうけど、それはただの時間遡行だ。時間を遡っちゃいけない、それは禁忌なんだよ!』


時間を遡って何が悪いかも論理的に説明出来ないで、時間を遡っても無駄という理由も言えないで、僕が止まる訳がない。

銀の鍵さえあれば過去に戻って何度でもやり直せる。チャンスは無限に作れる。力を借りる邪神はナイではないからきっと大丈夫。僕だけが苦労して最良の結果を家族が得られるのなら、それより良いことはない。


『……ご機嫌よう、魔物使い』


『こんにちは、ウムルさん』


ライアーの話を聞かずに再びこの空間にやって来た。また門を超えて、今度は──えぇと、クラールも寿命が短いらしいから──


『クラールが産まれる前、魂が宿る前だから、えっと』


『性交渉前をお勧めします』


『…………ハッキリ言うなぁ。でも、うん、そうだよね……』


魂が宿るのはいつなのか、それは聞いていなかった。胎児として少し育った後なのか受精した瞬間なのか精子なのか……まぁ、詳しいタイミングは僕には関係ない。


『じゃあ、門に……』


『魔物使い、少し』


急ぎたいところだが時間を超えるのだから特に急ぐ意味もない。僕は少し苛立ちながらも彼を見つめた。


『結果は分かっています。聞きますか?』


僕が今からやろうとしている行為の合否か。一応聞いておこう。


『うん、お願い』


『三人目までは子供のうちに必ず死にます』


『……だから、それを回避しに』


『無理です。決定事項、いえ、もう起こったことです』


『…………だから! 今から天界に殴り込んであの子達の魂を普通に送り出せばいいんでしょ?』


ヴェールを被った人型、その首らしき部分がかくんと横に倒れる。


『起こったことなのです。三人目までは子供のうちに死にます、四人目以降は皆大人になれますから、ご安心を』


彼の見た未来では僕は三人も子供を死なせておいてまだ作ったのか。いや、彼のこの言葉を聞いて安心して四人目を? こんがらがってきた、今から僕がやろうとしていることは無駄なのか? そうやって諦めた結果が彼の言ったことなのか?


『魔物使い、時は丸いものです。尖った時などこの宇宙には存在しません。魔物使いが天界へ行き子供になる魂に接触したとしても、霊体の障害を無いことにするなんて不可能なのです。決定事項ですから、必ず起こります。使者の説明は不十分でしたから、勘違いするのも無理はありませんが、霊体の異常は元々決まっていたのです。それは神や天使ではなくこの丸い時空に定められたことです』


『…………意味、分かんないよ。君が言うこと! いつもいつもっ……意味分かんない! 決まってるって何、ドッペルとハルプは産まれた、最初は僕は顔も見れずに知らない間に死んじゃってたんだ! でも、ここで門を超えて、産まれられたんだ!』


『魔物使い、貴方の行動は副王にとって予想外にはならない』


『何でだよっ! 何で! 何でっ……あの子達は何もしてない。まだ何も出来てない! 何にも出来ない、する時間がない! そんなの、ないだろ……そんなのっ……酷い、じゃないか』


ふっ、と体が軽くなる。浮いている──いや、違う、落ちている。そう理解した瞬間に僕は海に落ちた。薔薇の香りが漂う海だ。


『私はただの案内人ですから、あくまでも邪神でありますから、救うような真似は致しません。ただ、到達者の管理をするだけです』


海が終わり、一歩踏み出せばもう過去に向かう。けれど僕は踏み出せずにいた。無駄だと知ってしまった行為をやるには僕の子供達の事実は重過ぎた。


『ここを超えたなら、魔物使い、子供達に魂の記憶として貴方が刻まれます。その場合、生まれ変わった時に子供達は貴方を見つけます』


『…………何百年後でしょ?』


『嫌なんですか? 超えなければ今回はただ死ぬだけですし、次回も会えないまま死に別れますが』


『……決まってるんじゃないの』


『ええ、貴方の次の行動はもう知っていますから』


分かった上でそうしなかった場合の情報を与えているのか。いや、その情報を与えなければ僕はその選択肢を踏まないのか。

あぁ、もう、嫌だ。時間だ寿命だと、そんな煩わしいものは要らない。僕はただ家族が居れば、幸せに出来れば、それだけを願っているのにどうしてこんな回りくどい真似をしなければならないんだ。


『………………行ってきます。無駄かもしれないけど、寿命伸ばすのも頑張ってみる』


『ええ、行ってらっしゃい。そして成長なさい、新たなる支配者』


踏み出して、真っ白い光に包まれる。

僕は何故かここが天界なのだと直感していた。

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