第713話 仲間割れと乱戦

白い羽根の一つ一つを縁取る炎は赤く、羽ばたきで落ちるその羽根は周囲を焼いていく。あの炎を消すのは魔法でも難しく、実体を持つ者が触れれば一瞬で灰に変わる。長い赤髪をポニーテールにした女の姿をした天使は煙草を咥えたまま両手の人差し指と中指を伸ばして交差させ、十字を作る。


『……交錯する神の炎DOUBLE CROSS!』


『火……! 兄さん!』


『分かってる、そう何度も家を焼かれるボクじゃないって! 手伝えスライム!』


兄は今張ってある結界の上に更に結界を構築する。簡易的な平面の結界は数秒で燃え尽きるが、その数秒間に作られた立体の結界は炎を止める。溶かされつつはあるが、ライアーによる結界修復速度の方が早い。


『アレが外のか……ウッゼ』


向こうも今の技では結界を破れないと分かったようで、十字の炎を消し、地に降り立つ。炎を纏う剣を天に掲げて不敵な笑みを浮かべた。


『さーァお上さん、もっと寄越しな……ミカエル様の時みてェなんは嫌だろ? 出し惜しみしてんじゃねェ……』


薄く満遍なく空を漂っていた雲が彼女の真上だけ真円に消失する。そこから降り注ぐ太陽光は天への梯子のようにも見えた。


『……ヘル、君には見えないかもしんないけど、神力の供給が段違いに上がってる。次の攻撃は止められないかも……』


僕は透過出来るけれど、他の者はあの炎を食らえば一瞬で灰に帰す。ライアーに止められないなら僕にはどうしようもない。

どうするかを考えて、強くなっていく炎の輝きと熱波に焦燥感を募らせていると、熱さを消すような雨が降ってきた。痛いくらいに大きい雨粒が滝のように降り注ぎ、熱さがマシになる。


『……っざけてんじゃねェぞザフィエルゥゥウッ! ぶち殺すぞクソ野郎!』


あの炎の天使──ウリエルとか言ったか、ウリエルが雨を降らしたらしい天使に向けて怒声を放つ。


『今のうちに……フェル、ちょっと頼みがあるんだけど』


天使が仲間割れなんて起こすとは思えないけれど、とにかく時間は稼げた。


『え……で、でも、お兄ちゃん……アレは』


『にいさま、兄さん、同じの使えるよね? 三人でやって』


魔法を使える三人に作戦を話す。僕は彼らが滞りなく詠唱を行えるよう天使達の気を引く。


『他! 遠距離攻撃が出来るなら僕の援護。逃げる隠れるは各自で判断、ただし、アルかクラールかが死んだら多分君達は僕の八つ当たり食らうから……死にたくないならアルを狙わせないように誘導して。アル、僕をただの化け物にしたくないなら全力で避けて、必死に逃げてね、クラールのためにも』


兄とフェルは僕から見て左の物陰に、ライアーは右の物陰に隠れた。その後他の仲間達にも適当ながら指示を渡し、散開を告げる。各々僕から離れて物陰や高台に行ったが、アルだけは僕に近付いた。


『……ヘル、気を付けて』


胸に額を擦り寄せて、翼で僕を抱き締めるようにする。


『…………アル、終わったら結婚式でも挙げよっか』


『………………好きにしろ』


僕もアルを抱き締めていると、不意に頭を小突かれる。


「……早く逃げなきゃヤバいだろ」


アルの背に乗ったままのヴェーンだ。雰囲気を壊して──なんて言う気はない、むしろ手を離すタイミングを与えてくれて感謝したいくらいだ。


『クラールを落とせば貴様の命は無いと思え』


『分かった分かった、早く行こうぜ。じゃーな、魔物使い。死ぬなよ』


ヴェーンは緩ませたベストの中にクラールを入れ、ジャケットの上から片手で抱き締め、体を前に倒してアルの首に腕を回した。直後、アルが僕も数度しか味わったことのないであろう速度で走り出し、叫ぶことすら出来なかったヴェーンの情けなく短い声を残して視界から消えた。


『……死ねないんだよねー。小烏、しっかり掴まっててね』


翼を広げ、言い争う天使達の元に。肩に乗った小烏を髪で隠して慎重に彼らに近付く。


『お前はベルゼブブ追えっつったよなァ!? んっでこっち来てんだよクソがっ!』


『元々魔物使いは俺が仕留める予定だったろ! 自分勝手なのはお前の方だ!』


僕をどちらが殺すかで揉めている……? 手柄をたてたいのだろうか。僕を狙うつもりならどちらが来ても、どちらも来ても問題ない。透過すればいいだけだ。


『いいか……てめェは俺が仕留めるっ!』


二人の天使は言い争いに夢中で僕に気が付いていないように見えたが、それは僕を油断させるための策だったらしい。


『ウリエル! お前は予定通り他の魔物を狙え!』


『三下が俺に指図すんな堕とすぞド変態!』


手柄目的の争いの予想は当たっていたようだ。振るわれる剣も傘も互いにぶつかり合って鈍り、僕は透過せずとも全て避けられると確信した。念の為に透過は解かないし痛覚も消しておくけれど。


『邪っ……魔、なんだよォッ!』


ウリエルは炎をまとった剣の腹でザフィを殴り飛ばし、ザフィは建物を二、三壊してようやく止まった。その威力に感心する間もなく僕にその剣が振るわれる。しかし、刃は僕を傷付けることなくすり抜けた。


『魔物使いはよォ……人間じゃなきゃダメだっつー決まりがあんのよ。それを守らなかったてめェに安息はねェぞゴラァッ!』


『そんな決まり僕知らないし……君は僕より上見た方がいいよ』


当然ながらウリエルは敵である僕の言葉など無視し、真っ直ぐ僕だけを睨んで剣を振るう。二度目の斬撃が僕の体をすり抜けていったその時、彼女の脳天を骨の多い黒い傘が殴った。


『ザフィさん、でしたっけ』


希少鉱石の国であった時は良い人だと思えることも多かっただけに、彼まで僕を殺しに来たというのは、手柄のために仲間割れしてまで僕を殺そうとするというのは、そこそこのショックだ。


『魔物使い君……出来るだけ優しく、痛くないよう殺してやるから……俺と一緒に行こう』


『…………あなたもそういう天使でしたか。いい人だって言うのは……間違ってはなかったんですね』


この前に来たミカも似たようなことを言っていた。今この状況で僕を気遣って優しく殺そうだなんて、天使的な考え方ながらも聖人君子と言えるだろう。


『でも僕、魔性の王なので。天使とかいい人とか、そういうの全部敵で嫌いで倒さなきゃならない連中なんですよ』


ウリエルと違ってザフィには触れても大丈夫だ、触れただけでこちらに損傷を与えるような力は持っていない。首を掴むと彼は弱々しい抵抗と共にぎゅっと目を閉じた。痛くないように──なんてのは自分が痛がりだからだったりするのかななんて考えながら彼の首を掴んだ手に力を込め、握り潰して地面に投げつけた。

足下から向かってくる赤く燃える剣を爪先で止めれば、一瞬で足が炭化する。使えなくなった足をちぎり、透過を意識し、喋らなくとも激昴していると分かるウリエルから距離を取る。起き上がりつつあるザフィの隣でウリエルを見上げていると、彼女に数発の光弾が当てられた。


『虎っ……てめェ入界許可取り下げんぞ!』


光弾を撃ったのはクリューソスらしい、彼に気を取られる間もなく赤い矢が別方向から彼女を狙う。その矢を蒸発させれば茨木の義肢からだろう熱線が襲う。それでも損傷を与えられた様子がないというのは恐ろしい。


『魔物使い様、ご兄弟の準備が整ったそうです』


目の前を飛ぶ拳大の蝿……ベルゼブブの分身、気持ちの悪いそれに決行を伝えると兄弟達の元にも居るだろう蝿が伝言する。


『我等の神よ、無貌の神よ、愚鈍なる我等を穢らわしい神共から救い給え』


兄の声が聞こえると共に地面を走り出した光の線、それは一箇所から他方に向けて伸びて曲がって魔法陣を描いていく。


『悲嘆、混沌、狂気、恐怖、其れ等を用い、ボクの遊戯の為、全ての邪魔なモノを封じ込めよ』


ライアーの声は詠唱を少し変えて空中にまで魔法陣を伸ばした。


『対神性究極奥義……神封結界!』


最後に聞こえたのは必死になって裏返ってしまった癪に障る声──いや、可愛い弟の限界を超えた証。

ただの線だった半球状に描かれた魔法陣は閃光を放つと半透明の膜を張り、周囲一帯を覆うドームとなった。この結界が完成すると同時にウリエルは翼から炎を失い、僕の前に落ちてきた。

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