第615話 陸空の軍隊

ベルフェゴール捜索開始から数分後、ライアー達と合流。それから更に数分後、ホルニッセの女兵士達に囲まれた。


『……僕の顔覚えてないかな。魔物使いだよ、国王に会いたい』


殺気立つ仲間達を制止し、同じく殺気立った兵士達も牽制する。決して楽ではない役割だ。


「侵犯に変わりはない! 不審な者は即刻首を撥ねよと女王は言っている、よって処刑は決定事項。大人しく首を差し出せ!」


『君達の女王は正式なこの国の統治者じゃないよね? 国を無視して君達独自のルールにのっとれば本物の国王から君達に処罰があるはずだよ』


「女王を愚弄するか!」

「首を……女王に肉を!」

「突撃指示を!」


ホルニッセ族の族長はかつての植物の国の女王。彼女自身は納得しているがその子供達は納得しておらず、現国王であるウェナトリアとの折り合いは悪い。植物の国唯一とも言える兵隊が王といがみ合っているなんて……相も変わらず面倒な国だ。


『ヘル、こんな会話に意味はないだろ? 虫の群れは焼き払うのが一番だ、火はあまり好きじゃないけど……キミが言うならお兄ちゃん頑張るよ?』


『大人しくしててってば。兵士は増えてきてるけど……これだけ固まれば他も来るから』


そんな僕の予想は当たり、木々の隙間を抜け黒い鎧兜をまとった集団がやって来た。


「……アーマイゼが何の用だ!」


「下がりなさいホルニッセ、侵入者への対応はアーマイゼの役目だとついこの間決めたばかりです」


「侵略者の対応はホルニッセの役目だ!」


「それらしい動きは見せておりません。見せましたら引き継ぎますので、お下がりください」


「……地べたを這いずることしか出来ない能無し共が」


「自己を持つような失格兵士の軍団が完璧な軍団であるアーマイゼに能無しなんて……少しは自分を客観視しては如何でしょう」


ホルニッセ族はこの国唯一の兵隊ではなかった。そうだ、アーマイゼが居た。彼女達には世話になった。軍隊的な動きには覚えがないが、彼女達もかなりの武力を持っているようだ、とはいえ僕達のうち一人で薙ぎ払える程度だろうけど。


『アーマイゼ……さん? 国王に会いたいんだけど』


「ウェナトリア国王は現在急務の真っ最中です」


ホルニッセの兵隊の代表らしき兵士と話しているアーマイゼの者と全く同じ顔をしているが、彼女の背後に立っていた別の少女が僕に返事をする。


『……急務?』


「詳細な説明はあなたには行えません」


『…………ベルフェゴールに助けを求められて来たんだ。ベルフェゴール、知ってるよね』


「国家機密です」


『ベルフェゴールの存在が、だろ? だからそのベルフェゴールに助けを求められて来たんだから、少しは融通きかせてもらえないかな?』


「そんな権限はありません」


ホルニッセのように血気盛んでないのはいいが、決められた通りにしか働かない彼女達もそれはそれで面倒だ。


『あぁもう鬱陶しい! こうしたったらええやろが!』


痺れを切らした酒呑が自分に槍を向けていたホルニッセの兵士の首根っこを掴んだ。槍を取り上げて捨て首に腕を巻き、盾にするようにして叫んだ。


『この嬢ちゃんの首折られたぁなかったら王さんとこまで案内せぇ!』


『ちょっ……酒呑!』


『頭領ちょっと大人し過ぎるわ、こんくらいがちょうどええねん』


『違う! ホルニッセとかアーマイゼに対して人質は──』


槍が突き刺さる、酒呑が捕まえた兵士の腹に。


『……っ!?』


貫通し、酒呑の脇腹にも。

ホルニッセは皆槍を構え、アーマイゼも皆剣を構えた。


「敵性集団と判断。ホルニッセ族、交戦を提言する。アーマイゼ族、女王の許可が下るまで警戒態勢を取れ」


『……最悪っ! 兄さん、その子治して! あと空間転移、この島ならどこでもいいからとにかく離れて!』


『神様として、兄として……ボクはキミの願いを叶え続けるよ!』


光に包まれ浮遊感が終わると似たような景色ながらも二つの兵隊が居ない場所に転移する。


『……すまん、頭領』


『…………気にしないで、最善の対応を教えてなかったり安易に歩き回った僕のせいだから──って顔色悪っ! 何、どうしたの? ぁ……まさか、毒?』


僅かに破れた服とその下の皮膚。微かな傷ではあるが体内に毒を入れるには十分な深さだ。


『兄さん、治して!』


『はいはい、二回も独断行動して二回とも悪い結果を呼んだバカでも弟の頼みなら治してあげるよ』


トゲのある言い方だ、近頃ライアーが兄に似てきた気がする。ライアーに聞こえるようにそんなことを呟くと、彼は頭を抱えてしゃがみ込んだ。彼の性格がだんだんと悪くなっている──と言うよりは兄が消えて兄を求める僕の気持ちを宿した魔力がライアーに供給され、兄という性質を持つ彼に影響が出ていると考えるべきか。つまりライアーに感じ悪さを覚えるのは自業自得だと。


『もう頭領はんの方が頭領らしいなぁ』


『なっ、なんやと茨木! 嘘やろ!?』


どうして兄を振り切れないのだろう。僕は兄に何を期待しているのだろう。求めて応えられたことなんて本質的には無いはずなのに、僕は何を渇望しているのだろう。仲間が大勢居るのにどうして寂しさを感じているのだろう。

何も分からない。


『頭領っ……! どないしよ、茨木が……』


『…………ぁ、ごめん。ぼーっとしてた、何? 茨木も怪我してた?』


『そういうんとちゃうねんけどそんくらいの一大事や。旦那様旦那様酒呑様酒呑様言うてた茨木が……茨木が……!』


酒呑は大慌てで何かを訴えているが、何を言いたいのかよく分からない。もう少し落ち着いてから話してもらおうとカルコスの方へ突き飛ばし、木を背に蹲るライアーの髪に手を沈めた。


『……とりあえずここがどこか、だよね。ウェナトリアさんに早く会って兵隊達下がらせてもらわないとだし、ベルフェゴール探さないと……それを兵隊達から逃げながら……あぁもう!』


ライアーの頭を撫でて慰めながら考え事をしていたが、面倒事が多過ぎてつい手に力が入ってクルクルと巻いた黒髪を数本引きちぎってしまった。


『痛っ』


『ご、ごめん兄さん……髪抜けた?』


指に絡んだくせっ毛は僕の手の中で土に戻った。気味悪さを覚えつつ手をズボンに擦り付け、心配そうに僕を見上げるアルの額を手の甲で撫でた。


『海に落ちないよう気を配ったから内陸部の方だとは思うよ、穴からもそう離れてないと思う』


『そっか、じゃああの人達が来るものそんなに後じゃ……ん?』


視線を感じて振り向くと木の影に何かが隠れたのが見えた。様子を見に行こうとしたら着いてきたアルをクリューソスに押し付け、ライアーを連れて木の影を覗くと手足を震わせた少女の姿があった。その背には閉じてはいるが黒い筋の入った透明の翅があり、亜種人類だと分かった。


『あ、虫』


『兄さんやめて! あの、ごめんね? ちょっと聞きたいんだけどここって──』


ひとまず危険はないと判断してライアーを押しのけ会話を試みるが、彼女は僕の話を聞かずに悲鳴を上げた。


『ごめんって! 何もしないから……』


少し前に襲撃があったばかりなのだ、人間の姿があっただけで恐ろしいのだろう。両手を上げて無害を主張しつつ距離を取るも、パニック状態に陥った彼女は走り回って木の根に躓いて転んだ。


『…………大丈夫?』


「こっ、ここ、来ないで! 私なんか売れない!」


『いや、そういうので来たんじゃないんだ。ただちょっと道を聞きたくて』


腰が抜けた隙に近寄ろうとすると彼女は腰に下げていたバッグから小さなナイフを取り出した。


『……刺して何もしなければ信用してくれる?』


痛覚は消せるし、あの程度のナイフの傷なら簡単に癒える。そう考えて両手を広げ、もう一歩踏み出すと彼女はナイフを自分の翅に突き立てた。


「ほ、ほら……翅、破れちゃったから……標本でも、奴隷でも……たっ、高くは売れない…………輸送費の方が高くつくんだからぁ! 赤字、赤字なの!」


『なっ……何してるの! 僕はそういうんじゃないんだって!』


「ぃやぁあっ! 来ないで来ないで来ないでぇっ! まだダメなの!? もう飛べないのにぃ!」


美しい黒と透明の翅がどんどんと破られていく。彼女に尋ねるのは諦め、足早に去ろう。ライアーに翅を治すよう言おうと視線を外すと、アルがクリューソスと共に木の影から覗いていたのに気付いた。


『……ヘル、無遠慮に近付くのは悪手だ』


『だよねー……』


「……ぁ、おっ、狼さん!」


僕の視線からアルに気が付いた少女はアルの翼の中に飛び込んだ。


「狼さんっ……助けて!」


見た目には僕よりアルの方が恐ろしいだろうに、どうして……少しショックを受けて呆然としていると頭に石がぶつけられた。

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