第461話 暗殺未遂
ヘルメスはスープの表面にスプーンを浸し、持ち上げて観察し、また浸した。
「……何してるんですか?」
「んー……銀食器だからさ、毒とかだったら反応するかなって思ったんだけど……何もないね」
「毒? 毒だって? おいアレス、この料理は誰に作らせたんだ」
「私はアポロンです! 料理を作っているのはいつものシェフですよ、あなた直属のね」
ヘルメスが毒という言葉をハッキリ口に出した事により、アポロン達がにわかに騒ぎ始める。
「……お兄様、お父様、騒がないで。真偽も分からないうちに他の方々に聞こえたらどうするの」
「そ、そうだな、すまない」
「…………しっかりした美人だなぁ」
「父上! アルテミスはあなたの娘です!」
毒入りかどうかの騒ぎは収まるが、王の女好きによって別の騒ぎが起こる。
「ねぇにいさま、ベルゼブブに聞いてよ、毒見えるのかって」
『食べ物関連なら勘が働くとしか言ってないよ。それにね、毒入りかどうか確かめるのにはもっといい方法がある。貸して、グラデーション頭』
「ひでぇあだ名。何すんの、ボブお兄さん」
兄はヘルメスから器を受け取り、スプーンを返し、スープを一気に飲み干した。
「ちょっ……毒入りかもしんないって言ってんのに何飲んでんの!?」
『…………毒入りじゃないね』
空になった器を返し、口を拭きながらそう言った。
僕は毒入りではなかったこと、そして兄が無事だったことに安堵のため息を吐く。
しかし、安堵はまだ早かった。兄は突然自分の胸にナイフを突き立てた。
『呪い入りだ』
そう呟いてナイフを胃のあたりまで下ろし、捨てる。裂けた服と皮膚と肉の隙間に手を突っ込み、黒い蛇のようなモノを引きずり出した。
『浄化……はい、あげる』
酒呑が作り出すモノにも似た蛇は魔法陣に消滅させられ、残った小さな石片はアポロンに渡された。
「な、何やってんのよこのバカ! 早く止血しないと……え?」
一連の流れを兄の背後で見ていたアルテミスが兄の前に周り、胸元を掴み──ぽかんと口を開ける。
『服も直したから心配しないでよ、借り物壊さないって』
「……治癒も使えるのね? もう……驚かせないで…………くっ、くださいよ、エア様ったらぁ」
引き攣った笑みを作り、アルテミスは猫なで声に戻る。
少々人間らしくない行動だったが兄は人間だった頃からあれくらいは平気でやるので問題ない。魔法が使えると知れているから多少の不可思議には目を瞑ってもらえるはずだ、触手だとかを生やさなければ。
「……何だ、これは」
アポロンは兄に渡された欠片を観察し、呟いた。
「んー? 呪いの殻か? よく出来てるな、多分砂漠の国産だ。噛み砕くか胃で溶かすかしないと呪いが発動しないからなかなか気付けないんだよ」
砂漠の国はかつて呪術が盛んだったと聞いた──僕はちょうど真後ろの机にいたナイの首根っこを掴み、乱暴に引っ張った。
「お兄さんなんて油断させておいてこれ……? 善良な君なんて居ないんだね、やっぱり殺す」
『えっ、な、何?』
ナイは戸惑った演技をしている。好機ではあるが、装飾が邪魔で上手く首を絞められない、ナイフかフォークなら殺せるか?
『やめなよヘル。今回は関係ない……そいつは何もしてないよ、今回はね』
「えっ……ぁ、そ、そうなの? ごめん……」
『冤罪死刑は酷いよ』
「ひっ、日頃の行いが悪過ぎるんだよ!」
『逆ギレしたよ! ボク悪い邪神じゃないもん!』
ナイはばたばたと腕を振り回して僕に体当たりを仕掛ける……恐ろしい程に何ともない、やはりこの個体は善良なのだろうか。
「…………ホテプ? 大丈夫かい?」
騒ぎに眉間に皺を寄せた砂漠の国の王がナイにそっと声をかける。
『ん? 平気平気。この子友達でさ、ちょっとじゃれてただけ』
「それにしては……」
『気にしないでよパパー、何ともないって。仲良いよ、ね、ヘル君』
不本意ながら国同士の関係悪化を避ける為にはナイの嘘に乗るしかない。僕は軽く屈んでナイの肩に手を置き「ナカヨシ」と繰り返した。
『感情が籠らないにも程がない? ボクはキミのために言ってあげてるんだけど?』
「……ナカヨシ、です」
『キミそういうとこだよね! そういうとこだよ! そーゆーとこ!』
そういう所と繰り返されても何が言いたいのか分からない。僕は適当に相槌を打って姿勢を戻した。
「……なぁ、この呪いに見覚えはないか?」
「…………知りませんな」
王の追求に王は目を逸らす──王族が多くてややこしいな、この会は。
砂漠の国の王は冠の飾りをシャラシャラと鳴らして知らないと首を振る、どうにも怪しいが嘘を確かめる術はない。
「まぁ、俺を殺してどうなる……と思うが」
「父上が死んだら大変ですよ、手続きや儀式が面倒ですし……」
「悲しいと言わないところ、流石俺の息子だな」
嘘を確かめる──か、いい方法を思い付いたかもしれない。ナイは王の愛人だと言っていた、そして今彼は僕の腕の中に居る。僕は後ろ手に机の上を漁ってナイフを手に取り、ナイの首にあてがった。
『……キミ、何か行動が派手になってきてない?』
「王様、本当のこと言ってくださいよ。ステーキ用って言ってもこのくらいの子なら楽に殺せますよ」
『ボクの話聞かないねぇー。ボク何もしてないのに……泣いちゃうにゃん』
「ホテプっ! わ、わしはただそれを放り込めと言われただけで──」
「誰に?」
飛び出しそうになる王を牽制するようにナイフを寝かせる。
「それは、その……」
言い淀む王の腕を王妃が掴む、それ以上話すなと言いたげな瞳で。
「この子の薄ーい肌、切っちゃいますよ」
『ねぇ、キミ本当にヘル君?』
「……さっきからうるさい、黙っててよ」
ステーキを切る時のように持っていたナイフを刺す為の握り方に持ち替える。
「天使だっ! そう……天使、白い羽を生やした、長い白髪の天使……目が真っ黒で、気味が悪くて……」
「……君のところは太陽神崇拝じゃなかったのかい?」
「今時創造神以外を信仰していたら正義の国に滅ぼされちまうんだよっ!」
王は語気を強め、声を裏返して叫ぶ。
「……もういいだろう!? ホテプを返してくれっ……!」
随分と好いているな。よくコレを好きになれる……まぁ僕にも覚えはあるけれど。
「ねぇヘル君? その子関係無いし早く離してあげなよ、君らしくもない」
僕らしく、か。僕は魔物使い、魔性の王──それらしくと言うなら冷酷になるべきだろう。
「……その天使が今どこに居るかとかは」
「知らないよ!」
「…………どうするんです? 父上」
「国交断絶しかなかろうなぁ。まぁ、俺はなんでもいいが……アレスはどうしたい?」
アポロンはいつになったら名前を正確に覚えてもらえるのだろう。ここまで来ると不憫だ。
「……まぁ、とりあえず牢にでも入れておけ、取調べは後。今は晩餐会を成功させなければ……ですよね? 父上」
アポロンは使用人に扮した兵士を呼び寄せ、王と王妃を連れて行くよう言った。動機はまだハッキリとは分からない、天使からの──正義の国からの圧力となればそちらとも諍いが起こる。
信じる神や国というのは面倒なものだ。
「…………すまなかったと思っている、反省もする……だから、だからっ! ホテプを離してくれ!」
「……好かれてるね、君」
『ねぇー、本当さぁー、キミ急になんなの? そんな酷い子だった? にゃにゃっと泣いちゃう』
「…………死ねばいいのに」
結局、王はナイの解放を見ることなく部屋を後にした。兵士達が給仕やメイドなどに化けていたおかげで、砂漠の国の王と王妃は体調を悪くされた──との国王の言い訳は一応通った。不信感は目に見えて分かるけれど。
『あ、やっと離してくれた。なんなのさもう』
「………………後で向こうの海に行かない?」
『イミタシオン跡地? やだよ、殺す気だろ』
今のところ彼から直接の害は無いし、善良な個体という可能性は捨てきれない。けれどやはり殺意は消えてくれない。
『……ねぇねぇ、イイこと教えてあげようか? お、に、ぃ、さん』
「……っ! な……何?」
『合成魔獣は最高の遺伝子を持ってるけど、それは絶妙なバランスの上で成り立つもので、交配には向かないんだよ。人工物から生殖機能は取り外されてると思うけど、魔物使いの身勝手な魔力を流し込めば身体の構造なんて容易く変わるし』
「……えっと?」
『色々気を付けなよって言いたいの。孕ませたいなんて思ってたら血や肉を喰わせるだけでもできちゃうから。いやぁ魔物使いって凄いね!』
ナイが与えてくる知識はどれも最低なもので、下手を打てば気が狂いかねない代物だが、何故かこのナイは意味が分からない情報を投げてくるだけだ。
『彼女と何もないならいいんだけどね』
「……意味分かんないんだけど」
『預言者としての忠告さ』
説明を求めても意味の無い言葉が帰ってくるだけ。
理解するのを諦めてナイを解放し、長らく曲げていた腰を伸ばし、隅の椅子で晩餐会が終わる時を待った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます