第444話 材料譲渡

アルが合わないとなると誰が一番合うのだろうか。兄やフェルはやめておいた方がいい、光よりも魔力を優先して捉える瞳はダメだ。ベルゼブブも怪しい、蝿の複眼が僕に合うとは思えない。鬼達はどうだろう、魔力視はあるだろうけど僕より視力は良さそうだ。


「ま、犬の視界はどうでもいいとしてだ。どーすんだよお前、誰の借りるんだ?」


『魔力視が合わないなら貴様か堕天使が妥当だろう』


「意地でも犬の生態を認めねぇなお前」


『私がヘルと違う景色を見ている訳が無い』


相当違ったとは言わない方がいいだろうか。僕の元々の目よりもぼやけて見えていた気がするが、アルは僕より視力が低いのか? いつもの振る舞いからして全ての感覚が僕より優れていると思っていたけれど。


「……俺かぁ? ずっと隣付いとくとか嫌だぜ面倒くせぇ」


「…………ヴェーンさん、ちょっと」


「なんだ?」


ヴェーンを傍に呼び付け、アルの頭を押さえて耳を塞ぐ。アルは不機嫌そうに唸り声を上げたが、僕は心を鬼にしてヴェーンに耳打ちした。


「引き受けた。じゃ、地下室来いよ」


「うん。アル、ちょっとここで待ってて」


『……何故だ、貴方が行くなら私も行く』


手を離してアルに待つよう伝えるも、アルは僕に身体を擦り付け、甘えながら嫌がった。


「お願い、アル。待ってて」


『…………我儘を言えと言ったのは貴方だ。貴方の傍に居たい、私の願いはそれだけなんだ。叶えてくれないのか?』


悲しそうにくぅんと鳴かれては二つ返事を聞かせたくなる。僕はそんな気持ちを抑え込み、首を横に振った。


『ヘルぅ……嫌だ、嫌だ、行かないで……』


ヴェーンに手を引かれ、立ち上がる。アルは僕の腕に尾を絡め、身体を進行方向にねじ込む。


「しつこいよ、アル。少しだけだから待っててよ、お酒でも飲んでて。ほら、酒呑が話付き合うって」


『俺何も言ってへんぞ』


アルは何度も悲しそうな鳴き声を僕に聞かせる。僕がこれに弱いと分かっているのだろうか。


『嫌だ、ヘル……どうして。ずっと傍に置いてくれると、言ったのに……』


「待っててね。すぐ戻るからさ」


アルはようやく諦め、恨み言を吐きながらその場に座り込む。廊下を歩く僕の背中にその声がぶつけられた。


「お前の部屋にあるんだな?」


「うん、寄ってって」


「……全部俺の部屋なんだよなー」


「…………な、なんかごめんね」


地下室に行く前に僕の部屋に寄り、麻袋を持って階段を下りた。ヴェーンの仕事場だという部屋に着き、彼の視界を借りる。


「うん、普通に見える……けど、何か僕が浮き上がって見えるような気がする……これが魔力視?」


「いや、俺は魔力見えねぇ。見えてたらあの蝿とかとまともに話せてねぇよ。それは多分血が美味そうな奴を見分ける吸血鬼の特性だ、俺はそれも薄いけど、お前めちゃくちゃ美味そうだからな」


美味そうと言われてもあまり嬉しくない。僕は曖昧な返事をして、ヴェーンが向かう机に持ってきた麻袋を乗せた。


「……うぉ、これはすげぇ。上等だな」


その中身は銀色に輝く毛だ。


「ちょっと前アル換毛期でさ。人形の国に居た時に捨てるふりしてこっそり集めてたんだ」


「…………めちゃくちゃ良品質だぞこれ」


ヴェーンは毛を指に絡め、それを虫眼鏡で見る。

僕は彼の横に立っているから、本来僕が見るであろう景色とのズレが少なく、彼も激しく動かない為に先程のような酔いはなかった。


「まぁ、洗って乾かして……すぐには使えねぇぞ」


「いいよ別に」


「……何回も湯に浸して洗剤で洗って……結構な手間なんだぜ?」


「どれくらい欲しい?」


僕は服を引っ張って首筋を見せる。視界がゆっくりと回り、僕を真ん中に映す。病的なまでに色の白い肌の下を通る血管まで見えた気がした。


「これで髪留め作って欲しいんだって?」


「うん、最近髪伸びてきててさ……アルのアクセ作るついででいいから。完成いつになってもいいよ」


「デザインどうするよ。つっても一色だからな、形だけか」


「んー……任せる」


ヴェーンは視線を戻し、アルの毛を袋に詰め直す。立ち上がって部屋に並んでいた棚を探る。ピアスやイヤリング、ネックレス、それに使うらしい金具が収納されている中からヘアピンを取り出した。


「基礎これでいいか? 大きさは……ん、良さそうだな」


飾りのない黒いヘアピンは僕の前髪を留めた。僕の目が見えていれば視界が広がったと喜ぶところだろう。


「それにこの毛で飾り付けんだな。分かった」


ヘアピンを外し、麻袋の横に置く。ヴェーンは次にアクセサリーの材料らしい物が入った箱を床に並べた。


「で、本題。狼のアクセだな。どれ使うよ」


「……アルが付けられそうなのってネックレスくらいじゃない?」


「だな。ピアスとかは?」


「戦ってる時にそれ引っ張られたら……って考えたら無しかな」


アクセサリーだけがちぎれるならまだしも、アルの皮ごとちぎれてしまったら本末転倒だ。


「どういうのにしたいんだ?」


「……宝石、とか。シンプルなデザインの方がアルは好きそう」


「宝石ね……何色?」


「んー……アルは身体が銀色で羽と尻尾が黒いから、大体の色合うよね」


赤か、青か、黄か、緑か。原色の方が良いだろうか。アルは赤が見えにくいそうだから、赤はやめておくか。

こうやって考えている間が一番楽しいのだろう。


「ま、今度仕入れた時間に見せるから、そんとき決めな」


「うん、ありがと」


「鎖はどうする?」


「毛に引っかかったら痛いだろうから……引っかからないやつ、ない?」


「なら紐だな」


ヴェーンは後ろ手に箱を引き出す。中身は色とりどりの紐だ。


「何本か編んでもいいぜ」


「じゃあそうして。これと……これで」


僕は金と黒の紐を選んだ。他人の視界で自分の手を動かすのは案外難しい。僕とヴェーンは今向かい合っているから、思っている方向と逆になるのだ。


「宝石以外に飾りは?」


「んー……要らないかなぁ。あんまりあっても……アレじゃん」


「重いしな。じゃ、次はテーマ。狼さんの趣味だ。クールかキュートかビューティか。少女趣味だったりすんのか?」


「……意外とおとぎ話っぽいの好きだと思うよ」


「ま、デザインは何個か案出すから、そん中からまた決めてくれ」


分かったと返事をするとヴェーンは床に並べた箱を片付け始める。視界が激しく揺れるのを感じ、僕は目をギュッと閉じて共有を切った。


「あとさ、結婚指輪欲しいんだけど」


「犬の指の形知ってるか?」


「あ、いや、アルじゃなくて。その子は人間じゃないけど形は人間と一緒だから、人間用の」


「……お前結構やることやってるな。ガキだと思って舐めてたぜ」


何か勘違いしている気がするが、まぁいいだろう。


「結婚指輪なら店行った方がいいぜ。俺指輪はあんま作んねぇし、宝石のカットはやってねぇし」


「店、紹介して?」


「おー……サイズ分かってんのか?」


「あっ……と、とりあえず店は教えて。サイズ確認したら買うから」


『黒』の指のサイズか。何度か手を繋いだから感覚では分かるけれど、それでは受け付けてくれないだろう。また会った時に渡す──と決めたけれど、そのまた次になりそうだ。格好悪い。


「じゃ、戻るか。ところでよ、お前、その腕のって角飾りだよな?」


「あ、うん。メルに貰ったんだ」


「女か? そいつに指輪渡すのか?」


「え? いや、違うけど」


「…………お前やべぇな」


明らかに勘違いしているが、まぁいいだろう。

しかしメルに貰ったこの角飾りもかなり傷や凹みがある、ぶつけたりが多いのだから仕方ないけれど。肌身離さず──という訳でもないが、外して置いておける場合にない戦闘の時は大抵身に付けている。


「……なぁ、お前ぶっちゃけ何人女いんの?」


「え? いや、僕が浮気しまくってるみたいな言い方やめてよ。いないって。結婚指輪渡すのは『黒』だけ」


「…………狼は? メルってやつは?」


「えっ……と、アルは家族。メルは友達」


「…………酒食の国は多夫多妻制だからな……!」


ぽんぽんと肩を叩かれる。

浮気者だと言われるのは癪だし、メルについては完全に誤解だ。けれど『黒』とアルについては言い訳のしようもない。アルは狼だから──と自分の中だけなら言えるけれど、それは魔物達には通用しない理論らしい。

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