第409話 昔話に花を咲かせ
アルは僕をリビングのソファに置いてどこかへ行ってしまった、空き部屋を見回るだとかそんな事を言っていたと思う。兄もフェルも鬼達も模様替えに執心して、それに着いてトールも居ない。
僕の隣にはグロルに戻ったアザゼルと、何かを貪っているベルゼブブが居る。
「……おーさま。ここ、こわい」
「大丈夫だよ。ここは今のところこの世で一番安全な場所だから」
アザゼルの影響かグロルは本性を感じ取れる力がある。魔性ばかりで恐ろしいのだろう。
『嘘くさい……んでふよ。ろーひぇなはひはあのらへんひなんれふから……』
「食べながら喋らないで」
『ひふれい…………んっく。どーせ中身はあの堕天使なんですから、放っておいていいと思いますけどね。それにしてもこのケーキ美味しいです、アシュメダイのペットが生意気な……』
硬い岩か何かを齧るような音が聞こえているが食べているのはケーキなのか。文化の違いかな、魔法の国のケーキは特段柔らかい。兄が機嫌のいい時はよく床で食べさせられた。
「おーさま。おかーさんは? まだおやすみしてるの?」
「あ……えっと、うん。まだ……」
葬儀は一応行ったし、死んだという説明もした。けれど彼女は上手く受け入れられていない。
「いつおきるの? ぐろる、おかーさんにだっこしてほしいの」
「…………その、グロルちゃんのことは僕が預かることになったんだ。お母さんは、しばらく……会えないかな。分かってくれる? いい子にしてたら……きっと、また、会えるから……ね?」
いつになるかは分からないがアザゼルが力を取り戻せばこの幼い人格は消えてしまう。それなら、しばらく会えないと言っておいた方が扱いやすい。僕は子供の扱いが苦手なのだ。
『いい性格してますよね、ヘルシャフト様も』
「……えっと、どっちの意味?」
『いい性格にいい性格以外の意味なんてありませんよ?』
頭を撫でているうちにグロルはこてんと横に倒れる。僕の太腿を枕に、小さな寝息を立て始める。
『泣き疲れて寝たって感じですね』
「うん……ぁ、あのさ、聞きたいことあったんだけど」
『私に答えられて私の機嫌が良ければ、何でも答えますよ』
仮とはいえ使い魔のくせに僕の言うことはあまり聞かない。まぁ、彼女のような強い悪魔が僕に危害を加えないというのはそれだけで奇跡に近い。協力してくれているのならそれはとてもありがたい事だ。
「……僕、前にも右眼が無くなった事があってさ、その時は一緒に魔物使いの力も無くなって…………アルが僕を見つけられなくなったんだけど、今回は……どうなの?」
ベルゼブブは傷跡を舐めて美味しいと言ったし、グロルは変わらず僕を王と呼んでいる。あの時とは違う、そんな直感があった。
『濃度は変わりませんね、流石に外に漏れ出る分は減ってますけど。もう染み付いたってことじゃないですか? 両眼ともに魔眼になっていたんでしょう、全身を奔る血も魔物使いの魔力に満ち溢れている……えぇ、とても、美味しそうです』
「そ、そっか……この状態で力は使えるのかな。やっぱり眼がないとダメ?」
『どうでしょうね、私も全部理解している訳では無いので。魔眼の役目は対象の認識と魔力の増幅。使えるは使えると思いますけど、持続性も操れる魔物の強さも低くなると思います』
力の発動には眼と声が必要だった。眼を失って力は弱まったようだが、その直前の経験のおかげで汎用性は高まったように思える。眼を戻せば僕も戦力になれるだろうか。
「…………じゃあ、さ。これからどうすればいいかな」
『ふむ。貴方様の夢、魔物を統べて世界に平和を取り戻すという夢を叶えるのなら、これまで通り便利屋が妥当でしょう。その中であの鬼達のような強力な者を引き抜き、貴方様の軍団に加える──といったところでしょうね』
「……軍団って、そんな」
『魔物と人間を共存させるなら天使は敵になります。貴方様は天使との共存も願っていましたっけ? 私は無理だと思いますが、まぁ魔物と仲を深める天使も居るには居ますから、ですが魔物と見れば刃を向けるような天使が多いのも事実。身を守る為には戦力が必要ですよ。強くなればなるほどにね』
話が大きくなってきたような──僕はただ魔物使いとしての役割を果たしたいだけなのに。自分の存在意義を掴んでおきたいだけなのに。
軍団なんて、そんな物騒なもの本当に必要なのだろうか。
「……あと、大事な約束があるんだけど……」
『××××様のことですね?』
ベルゼブブは誰かの名を言った。けれど、僕にはザーッという豪雨にも似た音に掻き消されて聞こえなかった。
「うん。『黒』の本当の名前取り返さなきゃいけないんだ」
『今言ったんですけどね。文字で書いても……っと、今見えないんでしたっけ。眼が戻ったら試しましょう、無駄だと思いますけど』
「……ナイ君を締め上げて聞き出すのが一番だけど、締め上げても意味なさそうだしなぁ……」
『死んでも笑ってますからねぇ』
ふと思い出すのを待つ暇なんてないし、前世の記憶がひょんな事で戻るなんて有り得ない。これはナイが仕組んだゲームなのだ、どこかに抜け道があるはず、その抜け道を探さなければ。
「……ねぇ、君が知ってる『黒』のこと教えてよ。能力とか、そういうの。天使なんだったら司ってるものもあるよね? っていうか天使の言う「司る」ってなんなの?」
『創造神は全知全能、あらゆる性質を持ち属性の頂点に立つものです。ですが一人で箱庭の面倒を見るのはダルいので、その神力を一つずつの性質に分けて天使に供給してる訳ですよ』
「……神力とか、性質とかって何?」
『そこからですか? 教科書買ってきた方がいいかもしれませんね』
魔法の国では創造神について全く教えられていなかった。学校に通っていたとしても今と同じ結果が待っていただろう。
『神力は基本的に自然の力……地脈なんかですね、それと人間の信仰心から生まれるものです。創造神の場合はその自然も人間も創ったので、自給自足って感じですね。神性はその信仰心を神力に変えて自分を強化できるもののことです。強力な神性はそれだけ信仰されているってことですよ。まぁ悪魔でも人間に信仰されれば力を得ることが出来ますが、捕食や契約より効率悪い上に信仰対象となると天使に目を付けられるので、自発的にやる奴はそう居ないです』
……つまり、ナイも誰かに信仰されていると? あれだけの力だ、国一つ二つでは無いだろう。あんな神を……そんな馬鹿な。
『最近あの外来種さん弱ってるでしょ? 前に会った時は顔を合わせるだけで神経磨り減ってましたが最近は普通に話せます。異界の神ですからね、こっちでは信仰されてません。あの人は雷の性質を持っているので、この世界でも何とかなってるってだけですよ』
「……雷の性質? って関係あるの?」
『雷怖いでしょ? 近場に落ちたら飛び上がるでしょ? 自然神は自然への畏怖から生まれ、自然の制御装置として働きます。外来種さんもその雷への畏怖をコソッと借りてるんですよ』
「…………こっちの世界の雷の神様は?」
『創造神は我関せず。他の神々も創造神が居るから表には出てきません。因縁付けられたりの心配は今のところ必要ありませんよ』
「……話さらに逸らすけどさ、ナイ君って誰が信仰してるの?」
『神性の力の源は地脈や信仰だけに限りませんし……貴方様の故郷は信仰してたじゃないですか。それに、流石の私も外の連中には詳しくありません』
ベルゼブブやサタンはトールやナイの事を外来種と呼んでいる。異界の存在と言うのなら僕達から見れば悪魔もそうなのだが……まぁ、人界との魔界の距離とアスガルドとの魔界の距離の差、あたりが原因だろう。山を越えるのと海を越えるのの差、と解釈しておこう。
「………………で、『黒』は何を司ってるんだっけ?」
『自由意志、ですよ。変ですよねぇ? 天使は自由意志を芽生えさせたら堕天する存在です。なのに自由意志を司る天使が居る……彼女、きな臭いですよね、ホント』
「『黒』は鬼とか精霊とかも言ってたけど……」
『自由意志を司らせる以上、決まりに乗っ取れば即堕天しますよね? だから他の……魔性も混ぜて、神の決まりすらも完全には効かない存在にしたんですよ。私は失敗だと思いますね、彼女色々とやらかしてますから』
確かに、僕と関わったりナイに名を奪われたり、天使には相応しくない行動が多い。
『……ま、私は好きでしたよ』
「…………でした?」
『ええ、貴方様の……前世、一万年前の魔物使い。彼と婚約して、指輪を待って…………笑顔のあの方に彼の死体を届けたのは私です』
科学の国で『黒』に聞いた話では前世の僕は結婚指輪を買いに行って死んだらしい。今の僕の状況からすれば、悪魔を率いていたのならどうして一人で行ったのかと問い詰めたいが……やはり、それは彼のこだわりだったのだろう。どうしても自分だけで恋人への贈り物を手に入れたかったのだろう。その結果贈り物は恋人に届かず、悲しませて、存在を揺らがせて…………僕は前世からどうしようもない奴だ。
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