第392話 石打ち刑
昨晩は夜の帳が下りていて集落の様子はよく分からなかったが、明るくなって改めて見ると、悪条件が多そうな地にしては活気がある集落だと分かる。
そんな村の中心付近、壊れた石像の隣に十六夜は居た。
「おはようございます、待ってましたよー! さぁ早速行きましょう! ウサちゃん達も待ち切れなくて喧嘩を三回してしまいました!」
『あー鬱陶しい本当嫌い。君もうちょっと声の音量調節出来ないの?』
コンパスのような魔法陣を消して、兄は心底うんざりとした様子で十六夜を睨む。
「ご、ごめんなさい……お兄さん……」
『君にお兄さんとか呼ばれたくない』
「ひぇぇ……すいません」
「に、にいさま。それくらいに……ごめんね? 十六夜さん、にいさまには悪気しかないと思うけど……大目に見て欲しいな」
兄を宥め、十六夜を慰める。それによって兄は余計に機嫌を悪くしたが、十六夜は元気を取り戻した。
「では! 私の作戦をご説明します! 皆様よく聞くように!」
十六夜の大声に兄は大きな舌打ちをする。
「うぅ……き、聞いてくださいませぇ……」
『仕方ないね、手短にどうぞ』
これはこれで良い関係ではないだろうか。僕はそんな考えを最後に思考を止める。
「まず、悪魔の子はハーフであり、魔性の力を完全に発揮しない限りは人間と見分けがつきません!」
『通報した奴に聞けば?』
「結論を先に出さないでください!」
『は?』
「ご、ごめんなさい……と、とと、とにかく! 周りの人に聞いて悪魔の子の居場所を探さねばなりません、隠れている可能性が高いですしね。ということでチーム分けをしたいのです!」
ばぁーん! という擬音を叫び、十六夜は人数分の木の棒を見せる。
「このうち三本に色を塗っておきました。色があった人となかった人に分かれましょう!」
十六夜の「いっせーので引きましょう」を聞きながら、兄は木の棒を一本奪い取った。
『色付き』
「ル、ルールを……うぅ、もういいです。皆様引いてください……」
色が付いている部分は十六夜が握っており、見た目にはどちらか分からない。
『……ヘル、それじゃない。そっちのを取って』
「へ? どれ?」
『これか?』
「トールさん色付きですね! あ、私も引かなきゃ……わ! 色付きでした! ということは……ヘルさんフェルさんはもう引かなくていいですよ!」
十六夜は木の棒を投げ捨て、トールの手と兄の手を握って飛び跳ねる。
『…………やり直しを要求する』
「ダメですよお兄さん、そんな暇ありません!」
『これやってる暇はあったのに? あとお兄さんって呼ばないでくれる? あとさ、戦闘力に差があり過ぎ、ヘルとフェルの方がそいつと会ったら……』
「大人のくせに文句言わないでください!」
『子供なら大人に従いなよ』
面倒臭い事になりそうだ。そう感じた僕はこっそりとその場を離れた。フェルに声をかけることも目をやることも無かったが、フェルは僕と同時に僕と同じ方向に歩き出した。
「気が合うね」
『そりゃあね』
角を曲がって一息つき、悪魔の子の手がかりを探す作戦を立てる。
『優しそうな人に声をかける』
「緊張しないように交互に話す」
『優しそうな人はどうやって判断するの?』
「さぁ……?」
住民達の視線を感じる。こんな小さな集落では全員の顔が分かっているだろうし、旅行者が来るような場所でもない。その上双子だ、髪も派手。
不安で仕方ない、早速アルが恋しくなってきた。フェルも同じ気持ちのようで、僕達はどちらともなく手を繋いでぽてぽてと歩き出した。
『あの人暇そう……話してくれるかな』
「分かんない。行ってきてよ」
フェルの肩を軽く押す。
『お兄ちゃんでしょ? 君が行きなよ』
フェルは後ろに回り、僕を自分の前に押し出す。
「弟なら言うこと聞いてよ。君が行ってよ」
『お兄ちゃんのくせに弟いじめないでよ』
僕は振り返り、フェルと向かい合う。
「僕はいじめてないよ。君こそ弟ならお兄ちゃんいじめないで」
『いじめてないよ。君がワガママ言ってるだけだろ』
話を聞けそうな人を見つけても、遠目に喧嘩を始めるばかり。やはり兄の言うことは正しい、僕達二人では聞き込みすら出来ない。
「……坊や達、どうしたの?」
道の端で言い争いを加熱させていると、果物の入った籠を持った女性が話しかけてきた。好機だ、向こうから来てくれた。
『あー……な、なんでもないです』
「なんでもなくないだろ!」
せっかくの機会をフェルは逃がそうとする。
「ダメよ、喧嘩しちゃ。仲良くね」
「え……ぁ、いや、喧嘩とかじゃ……」
『助けてお姉さーん、お兄ちゃんが虐めるー』
「フェル!? やめてよそういうの!」
フェルも僕も自分に話しかけられていない時ならハッキリ声を出したりふざけたり出来る。僕という人間は、全く情けない。
「坊や達、双子? よく似てるわね」
『ぁ……はい、そうです』
「あなたは弟なのね」
『はい……』
「あなたはお兄ちゃん」
「はい……」
全く同じ声を出して、同じ角度で俯いた。見た目どころか仕草も同じな僕達が面白いのか、女性はくすくすと笑っている。
「お兄ちゃん、弟をいじめちゃダメよ」
「いじめてません……」
「弟くん、お兄ちゃんを困らせちゃダメよ」
『面白いから……』
「あらあら、いけない子ね」
フェルの発言には物申したかったが、彼女の手前そうもいかない。
「坊や達、どこから来たの?」
『えっ……と、ここの下の、城下町から……』
「そうなの。長旅ご苦労さま、ね」
フェルは息を吐くように嘘を吐く。僕にもそういう所はあっただろうか? とにかく、このままフェルが悪魔の子について聞き出してくれるのなら僕の役目は無い。
「貴方達だけで来たの?」
『いえ、もう一人兄が居て』
「三兄弟なの? そのお兄さんははぐれちゃったの?」
どうやら彼女は僕達のことを迷子だと思っているようだ。道に迷ってその責任を押し付けあっているように見えたのだろう。
「お兄さん探すの手伝って……きゃっ!」
俯いていた僕の足元に小石が転がる。顔を上げれば、彼女の眉の上あたりから血が流れていた。
「やったやった当ててやったー! きゃははははっ!」
道の向こうから笑い声。子供が石を投げたらしい。
「魔女が怒ったー! 逃げろー! あはははは!」
その子供は走って逃げ、角を曲がって見えなくなった。
「大丈夫ですか、お姉さん。血が……手当しないと」
「…………大丈夫よ。いい子ね」
住民達の視線を感じる。それも先程までの好奇とはまるで違う、卑しいものを。
「……こ、こっち行きましょ」
僕は彼女の手を引いて、家の隙間を抜けて人気のない川のほとりに出た。比較的綺麗な岩の上に彼女を座らせる。
「酷いですね……」
「あのくらいの子は、こういういたずら好きなのよ」
「いたずらって……怪我してるのに」
「大したことないわ」
傷から流れた血は頬を通って服にまでそのシミを広げている、大怪我とは言えないまでも大したことがないとも言えない傷だ。
「ありがとうね、坊や達。心配してくれて嬉しいわ」
「……あ、そうだ。フェル、治せない?」
『あー……治癒かぁ、そんなに得意じゃないけど……』
フェルは杖を振り、その先端で地面に魔法陣を描いていく。彼女は困惑した様子でその様子を眺めている。
『万物の母よ、千の仔を孕みし我等が女神よ、我の訴えに応えたまえ……』
「じっとしててくださいね、すぐ治りますから」
魔法陣が宿した輝きは杖を伝い、フェルの手に宿る。その手を傷に翳すと、傷はどんどんと塞がっていく。
『……我等が地母神により、汝の傷は癒えたり』
「…………終わった? フェル」
光は彼女に吸い込まれるように消えていき、頬や服に垂れた血も跡形もなく消えていった。
『ふー……疲れた。終わったよ』
「これは…………坊や、魔術師なの?」
『魔術じゃないですけど、そんなところです』
「……凄いわね、ありがとう坊や達」
「いえ、大したことじゃありませんよ」
『やったの僕なんだけど? 結構疲れたんだけど』
僕は労力を払わず、彼女には恩を売れた。これで話を聞きやすくなった。
「それで……僕達、少し聞きたいことがあるんですけど」
この好機を無駄には出来ない。
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