第369話 壊れた街と綺麗な元自宅
崩れた門を踏み越えて、僕達は魔法の国の跡地を進む。滅びた時……僕がこの国を去った時はまだ、家は原型を留めていた。それなのに今はもう建造物は影も形もない、風化するほどの時間は経っていないはずなのに。
「……ねぇ、ベルゼブブ。リンさんと酒呑と茨木をどこかに送ってよ」
『…………待てや頭領。そらどういう了見や』
「え? だって、君達は天使との問題に関係ないし……」
『天使ら来たんは俺のせいなんやろ?』
「でも……多分、それは方便だよ。本当の目的は多分僕……」
科学の国には陶器製の脆い天使とはいえ、数十数百の天使が来ていた。明らかに異常だ。魔物が暴れて数人を殺した、なんてよくありそうな事件でそんな数の天使が動くとは考えにくい。
『分かった、頭領が元凶やとするわ。せやけど、俺らに関係あらへんちゅーことにはなれへんやろ。なぁ、魔物の頭領。俺ぁ魔物や、頭領の問題に関係あらへんこたないやろ?』
「…………僕は、君達にとって、義肢を作る場所を紹介するだけの人じゃなかったの?」
『頭領や言うとるやろ』
「……茨木?」
『うちは酒呑様に従います。うちら鬼の頭領の酒呑様が頭領言わはるんやったら、あんたは頭領の中の頭領はんや』
慕われている? そんな馬鹿な。いくら魔物使いだと言っても、僕がリーダーとして認められる訳がない。だって僕は……僕は、出来損ないなんだから。
「……あの、感動的な場面で申し訳ないんだけど、俺は避難したい。いても役に立たないし」
『何言ってるんですか、只の人間は囮にも人質にもなります。貴方は残ってもらいますよ』
「えっ……」
「ベルゼブブ! やめてよ。リンさんはちゃんと送って。恩人なんだ」
「さ、流石ヘル君! 助かった……天使と悪魔の戦いに巻き込まれたら命がいくつあっても足りないよ」
「ごめんなさい。僕が生きてたらまた会いましょう、さようなら」
『…………人間は便利なのに。仕方ありません。砂漠の国でいいですよね?』
ベルゼブブは不満げだったが、僕の指示には従ってくれる。リンを国連と関わりが薄く、程々の文明がある国に送ってくれた。
僕はベルゼブブに礼を言って、サタンに天使との戦闘について尋ねた。
「いつ頃来るとか、どれくらい来るとか、勝てそうかとか分かります?」
『いや? 全く分からん。大天使が何人も来たら勝てん。こちらの戦力ははっきり言ってブブだけだ』
「……あなたや、酒呑達は」
『役に立たんだろうな』
『…………さっき天使倒したんは両方とも俺らやったよなぁ?』
『貴様等が本気の軍勢とやり合えるとは思えん』
瓦礫に腰をかけ、サタンは腕を組んで考え込む。どう戦うかについて考えているのだろうと察し、集中してもらう為に少し離れた。
『……サタンはああ言いましたが、貴方は強いと思いますよ。妖鬼の国で猛威を振るった邪神の申し子です。そもそも優れた魔物の一種である鬼族が役に立たないと言い切るなんて、はっきり言って馬鹿ですよ馬鹿』
『おぉ、こっちの王さんは分かってくれとるなぁ』
『でしょ? 妖特有の忌み、神特有の祟り、それに陰陽道にも明るいんでしょう? どんどん活用して頑張ってください。運が良ければ生き残れますから!』
『運が良ければ…………さよか』
ベルゼブブはサタンとは反対の論を唱え、鬼達を鼓舞している。僕に出来る事はなさそうなので、天使が来るまでの間辺りを見回る事にした。
瓦礫ばかりでも大通りは分かる。噴水の跡も見つけた。僕はそれらの場所から家を探した。
『……なぁ、ヘル。あれは私の見間違いでは無いよな?』
「…………うん、間違いなく、僕の家だよ」
遠目にも分かる。
僕は瓦礫の山の中に自宅を見つけた。僕が去った時よりも綺麗な状態で建っていた。
アルは僕の腕に尾を絡め、僅かに先導した。
「なんで建ってるんだろ。焼けてもないし……っていうか、他のとこはなんでこんなに崩れてるの? こんなに家壊れてなかったよね?」
『分からん。どうする? サタン様達の元に戻るか? 私はそうした方がいいと思う』
「…………まだ天使は来てないみたいだし、家の中だけでも調べよう」
空を見上げ、雲一つない晴天を確認し、アルの意見を否定する。アルが戻ろうと言ったのはこの場の不気味さからだとは思うが、僕はわざと天使についてだけを話した。
『…………気を付けろよ』
扉を開き、靴の汚れを落とす事もなく土足で踏み入る。狭い廊下は縦に並ぶしかなく、アルは不安そうだった。
「ここが、僕の部屋だったんだ」
『……ああ』
「い、行くよ。開けるよ」
僕が十数年を過ごした部屋は、あの日──魔法の国が滅びた日のまま、ではなかった。
あの日にはなかった本が散らばり、あの日にはなかった僕のものではない服が散らばり、見覚えのない魔法陣が壁や床や天井に描かれていた。
「……どうなってるの」
シーツは少し前まで誰かが寝ていたかのようにシワが出来ている。ベッドにも床にも机にも埃は積もっておらず、生活感が感じられた。
アルが枕や机の匂いを嗅いで異常を調べている間、僕は散らばった本を調べた。
「…………理想的な家族、優しくなる方法、キレやすい性格の治し方。なにこれ……何の本だよ」
『ヘル、少しいいか?』
「何?」
『……ここに居た者が分かった』
アルは屈んだ僕の頭の匂いを嗅ぎ、何かを理解した。
『貴方に良く似ていて、それに混じってあのスライムの匂いもした。ここに居たのは貴方の兄だ』
「……にいさまが?」
なんとなく分かっていた。この家に住んでいた過去があってまだ生きているのは兄と僕だけなのだから。直してまで住むのは執着がある証拠だ。何の関係もない第三者がこの家に執着するはずもない。けれど、兄が執着しているとは思えなかった、早々に出ていったのに、今更帰ってきて何をしているのか、想像も出来ない。
『それに……これは人の血の匂いだな。貴方の兄はここで人を喰ったりもしているようだ』
「…………そう。まぁ、してるだろうね」
兄はもう人間しか食べられない。家で食事を取るのは当たり前と言えば当たり前だ。
「……にいさまが帰ってきたら、やだな。もう出よっか」
そう言った瞬間、隣の部屋から物音がした。
「……っ、うそ、居たの? どうしよ、ねぇアルどうしよう」
『落ち着け、ヘル。私の傍に』
アルも気が付いていなかったらしい。僕はアルの背後に隠れ、開く扉を見つめた。
魔法陣が描かれた木製の扉は音もなく開く。
部屋に入ってきたのは死んだ魚のような目をした少年だった。黒い瞳の下には濃いクマがあり、白い肌には痣がいくつもあった。黒い髪は毛先から白く変色して、長い前髪は右眼を隠していた。
「………………僕?」
『……いや、違う。スライムだ。貴方の兄の分身のようなものだろう』
「……いや、僕だよ。鏡でよく見る。あの生気のない顔はどう見ても僕だよ! 髪白くなってるし! にいさまあんなに背低くないし!」
『見た目は変えられるだろう、スライムなんだから』
スライムだから、の意味はスライムの生態をよく知らない僕には分からない。
アルは目の前の僕には脅威を感じていないらしく、威嚇もしていない。兄の遠隔操作なのか、自立しているのかは見ただけでは分からない。
『おい、ヘルもどき。貴様会話は可能か?』
「ヘルもどきって……いいけどさ」
『……なぁに? 狼さん』
「喋った!」
どこか癪に障る声をしている。僕と同じなのか? 兄の声ではない、とにかく僕の嫌いな声だ。
『……エアオーベルング・ルーラーは何処に居る』
『にいさまなら出かけてるよ。にいさまに用事? 伝言くらいなら……』
『何時戻る』
『それは分かんない。ごめんね』
『何故出かけたんだ』
『それも……分かんない』
声だけでなく話し方も嫌いだ。はっきり声が出ていないし、遅いし、内容が無い。話しながら手をもごもごと動かしているのも気に入らない。見ていて腹が立つ。
「…………もういい、行こ。アル」
『いいのか?』
「にいさま戻ってくるかもだし、こいつ嫌いだ」
僕は僕を指差し、軽く睨んだ。それだけで僕は怯えて自分の肩を抱き締めた。
『……あまり虐めてやるな。同じ見た目なんだ』
「だから気持ち悪いんだよ」
『ご、ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい。鬱陶しくて、気分悪くしたよね、ごめんなさい……』
身を縮こまらせて、顔を腕で隠して、癪に障る声を高くして更に僕を苛立たせる。
僕はアルの尾を振りほどいて、僕に掴みかかった。
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