第363話 最新兵器
裂けて割れた腕が一度元に戻り、捻るような動きをして細長い金属の棒に変わる。その棒は刀のような形をしていた。
「荷電粒子砲なんて実用段階じゃなかったはずだけど? 加速器の小型化に手間取ってるはずだ、義手に搭載なんて……」
いつの間にか僕の背後に隠れていたリンがコソッと呟いた。
その小さな声の疑問に答えたのは、茨木の腕を作ったらしい者。
『それはhumanの話』
「君達はもう作ってたってことか。ところでさ、あれのエネルギーってどうなってるの? 補給は? 容量は? 最大出力での稼働時間は?」
『リアクター搭載』
「……はっ? え……マジで? 大丈夫なの?」
『安心安全』
あの武器が科学技術の結晶ならばこの中で最も詳しいのはリンだ。
リンが何を心配しているのかは知らないが、彼の不安を無視することは出来ない。
「あの……リンさん、あれに何か問題が?」
「いや、彼らが大丈夫だって言うんなら大丈夫だとは思うよ。遥か先を行ってるって感じだし。リアクターだってこの国では一般的な物だしね、義肢に積めるほどのサイズってのは聞いたことないけど」
「……なら、いいんですけど」
「でもさ、乱暴に扱ってリアクターに傷でも付いたらとんでもない事になるよ。高性能なら高性能なだけ危険だ」
『危険は無い』
「…………夢のエネルギー実現ってわけ? まぁ……あの兵器見せられたら信用出来る気もするけど」
リンは頭では納得しつつも、心が引っかかっているような、そんな様子だ。勘だとか、予感だとか、第六感だとか、そんなものだろうか。科学の国に生まれ育った彼はその類のものを根拠にはしたくないのだろう。
リンの様子を伺いつつ、義肢の危険性について考えていると、鬼達の方から歓声が上がる。
『すっげぇめっさ切れるやんこれ!』
『ええ、豆腐みたい……いえ、空気のようですね』
鬼達の頭には義肢の構造を考えてみようなんて発想はないのだろう。
「……あの剣は何?」
『震動』
「あー……え? 君達にしてはしょぼくない? もっとなんか……光線の塊の剣みたいな出してきたりしそうなのに」
『予算上の都合』
「うわ……」
あの刀は特に危険は無いようだ。僕はリンの服の裾を引き、説明を求める。震動、の一言で理解されては困る。
「超震動によって分子レベルでの崩壊を…………あー、分かんないよね。魔法の国出身とか言ってたっけ。まず分子って分か……らない、よね。うん」
知識がなくては詳しく説明されても分からない、と。つくづく自分が嫌になる。
「んー……砂のお城を机の上に作って、机揺らしたら壊れるでしょ? まぁそういうこと」
「よく分からないです」
『物質というのは砂の城のように小さな粒で出来ている。砂の城が崩れるように、震動によって粒はズレて壊れていく。それを部分的に行うのがあの刀。詳細は異なるが、貴方がアレを完璧に理解する必要はない』
アルは僕を尾で引き寄せ、僕の太腿に頭を擦り付けながらそう説明した。
「…………触れたものを砂にする力がある?」
『………………もうそれでいい』
「諦めたね? 今諦めたよね? 天下のアルギュロスともあろうものが諦めたよねぇ!」
ため息を吐いて俯いたアル、それに鬱陶しく話しかけて威嚇されるリン。
僕は説明を求めるべきでは無かったのだろうか。鬼達のように「よく分からないけど凄い」とはしゃぐべきだったのだろうか。
馬鹿になった方がいい時もある、その方が輪は乱れない。僕はアルに怯えて僕の背に隠れたリンを見て、そう思った。
『…………ん?』
ふっ、と笑顔を消し、酒呑は僕の背後の扉を睨む。
『どないしはったん?』
腕を元に戻し、袖を下ろし、茨木は酒呑の顔を覗き込む。だが、酒呑は扉を見つめたまま動かない。彼らしくもない真剣な表情に、僕は寒気を覚えた。
『下がれ茨木。あと……頭領、こっち来ぃ』
「え……うん」
説明を求めたかったが、それが出来る雰囲気ではない。僕は小走りで酒呑の後ろに移動した。
「えっ、何待って待って俺も俺も」
異様な雰囲気を感じ取り、リンは走って僕の後ろに隠れる。アルも扉を気にしつつ、僕の足元に腰を下ろした。
『鬼、何か感じるのか?』
アルは何も感じ取っていないらしい。
『いや……足音、人間の足音やけど。それだけやけど…………なんか、気持ち悪い』
『足音か。それなら私にも聞こえている。ハイヒールの重い音……太った女だな。歩幅と歩き方からして背は低い。それがどうかしたか?』
『不味そうや思いますけど』
足音なんて僕には聞こえない。振り返ってリンを見上げると、彼は首を横に振った。それから僕の肩をがっしりと掴み、身を低くした。
「……盾にしないでください」
「そっ、そんなつもりじゃないよ。何かあったら君連れて逃げようと……」
「…………その姿勢じゃ急に走れないでしょ」
庇ってくれたこともあるし、盾にされたとしても恩返しと納得は出来るけれど。考えが行動に表れ過ぎではないか。
『どうしはったんです酒呑様。人間なんやろ? 何をそんなに怖がる事があるん』
『黙れ。下がっとれ』
振り返りもせず吐き捨てる。
茨木は少し落ち込みつつも、袖を捲り上げ戦闘態勢をとった。
キィィ、と不快な音を立てて扉が開き、女が入ってくる。アルが言った通りの出で立ちだ。高いヒールの靴に、膝丈になってしまっているドレス。長い髪を揺らし、パンパンに膨らんだ手を顔の前で振った。
拍子抜け、と言うべきか。本当にただの人間だ。少し太っていてサイズの合わないドレスを着ているだけで、他に不審な点は見当たらない。
それはアルも茨木も同じなようで、不思議そうな顔を酒呑に向けた。だが、酒呑はそれに応えず両手を前に突き出して叫んだ。
『八の
その瞬間、僕の視界は白く染まった。
『目ぇ瞑って動くな!』
酒呑の怒号が聞こえる。言われなくても目を閉じたし、そのまま動く訳もない。
目を閉じても見える白い光、目の奥に感じる強い痛み、これでは魔物使いの力が使えない。
「ヘル君、居る? 大丈夫? 目は?」
「リンさん……? 大丈夫、ですけど、目は見えません。一体何が……」
「強い光を見たせいだ。大丈夫、すぐ回復する」
リンらしき人物は両手で僕の目を押さえる、大丈夫だと言ってもその手は離れない。
「俺も今見えてないけど、多分、あの光線銃だ。あいつらが撃ってきた」
そういえば、視界が光に包まれる直前、彼らが銃を拾い上げていた気がする。
僕の事を神の使い扱いしていたくせに、どういうつもりなのだろう。
『見える奴おらんのか!』
『探知機! 電波探知機積んでます!』
ガチャガチャと機械音が聞こえてくる。見が見えない今の状況では恐怖しかない。
『あれ……?』
『茨木! はよせぇ!』
『駄目です、真っ白で……』
「レーダーになんか頼れるわけないだろ! この工場は奴らの巣だ! チャフもジャックも思いのままだ!」
僕の目を押さえたまま、リンが叫ぶ。
『どうせぇ言うんや!』
「知らないよ! 科学技術じゃ勝ち目はないんだ、非科学的戦闘は君達の専売特許だろ! そっちでやれよ!」
『せやったらうちが……』
『あかん! 自分近付かななんも出来へんやろ! 飛び道具持っとる奴に殴りかかるアホがどこにおんねん!』
視界はいつ戻るだろう、それまでに結界が破られやしないだろうか、そんな不安が全員の中で大きく育ち、不和となって表に出る。
「……カヤ、カヤ居る? 敵の銃を全て壊して欲しいんだ。聞きたいことがあるから、全員は殺さないで」
ワン、と鳴き声が聞こえ、悪寒に鳥肌が立つ。カヤが敵に飛びかかっていく。
見えはしないが音で分かる。犬の牙で銃が壊せるのかどうかは不安だが、金属音は確かに聞こえる。
僕は目を開けたら全てが終わっていることを願い、両手を胸の前で組んだ。
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