第347話 手痛い出費
酒呑は「茨木を探せば?」という僕の提案に眉間に皺を寄せ、それから見せびらかすような深いため息をついた。
『自分が探したらええやん』
「君の友達だろ」
『せやからな、自分犬神憑きやろ? 探そうとしたら犬神が茨木持ってくるんや』
「……そうなの?」
カヤが居るであろう虚空に目を向ける。
騙されたと思って、と僕は自分を納得させ、茨木を探そうと立ち上がる。
すると、目の前に茨木が降ってきた。
「うわっ……凄い、誰でも連れてこれるんだ!」
『せやから犬神が流行っとるんや』
確かに犬神は便利な代物らしい。けれど作り方を考えると──
「…………流行らないで欲しいなぁ」
『そう言う思たわ。お優しいこっちゃ』
もしかして僕が山中から一瞬で宿に戻ってきたのはカヤのおかげなのか? あの時確かに僕は「宿に帰りたい」と思い、発言した。
『なんやねんな……せっかく探しとったったんに、帰ってきとったんか』
「あ、ごめんね茨木。大丈夫?」
『大丈夫とちゃうわ。山ん中歩いとったらいきなり首引っ掴まれて引きずり倒されて……』
「え? そ、そうなの? アルも?」
『一瞬だったがな。乱暴だった』
一瞬なのに引き摺られたと分かるのか。相変わらず魔物の感覚の鋭敏さが理解出来ない。
僕も引き摺られてここまで来たのかな。
「カヤ、居る?」
『イル、イ、ヰ、ィ……ル? 居ル。此処』
「ありがとうカヤ。食べたいものある?」
声のする方に手を伸ばすと顔らしきものに触れる。不可視というのは不便なものだ、見えている時もあったから可視化も出来るのだと思うのだが、ずっと可視化している気はないらしい。
『食ベ、ル、喰?』
「お肉でいい?」
『ニク? 惢箜……肉! 肉肉肉、ッ!』
「うんうん、好きなんだね」
やはりと言うべきか、カヤも肉好きらしい。アルと同じ食事でいいだろう。
『よう犬神とこみゅ……こみ? こにゅ? なんやあれ、なんやったっけ茨木』
『communication?』
『は?』
『ええ耳してはるなぁ。あの子も酒呑様も』
夕飯は宿の向かいのレストランに行こう、今は金に余裕がある。
そう決めて鬼達にも確認を取る。
『酒あるんやったらどこでもええわ』
「飲んでもいいけど借金だからね。絶対に返してよ」
『取り立てれるもんなら取り立ててみぃ』
『……酒呑様。この子今日から犬神憑きや忘れてはります?』
『…………しゃーないの。二升にしとくわ』
よく分からないが酒を減らす気になったらしい。こういう言い方は良くないかもしれないが、カヤは便利だ。
それにしても酒呑には飲まないという選択肢は浮かばないのだろうか。
それなりに繁盛しているレストラン。給仕は皆下級の悪魔だ、酒食の国らしさが出ていて結構な事だが、露出度の高い彼女達は目のやり場に困る。
『立派な角ねぇお兄さん』
『せやろ。姉ちゃん横座らへんの?』
『ん〜どうしようかなぁ。このお酒飲んでくれたら後で行くかも』
普通レストランの給仕は一席に一人ずつではないのか。一人に一人ずつ当てるのは多すぎやしないか。給料はちゃんと払えているのだろうか。
そんな僕の疑問と心配を他所に、彼女らは隣にピッタリと引っ付いて注文を取る。
『お兄さん何頼むの〜?』
『……ええ目してはるねぇ。うち、見ての通り手ぇあれへんねん。メニュー持ってぇな』
茨木に着いた少女はメニューを持たされ、アルに着いた少女は屈んでの接客を余儀なくされる。僅かな同情心を持ちながら、僕はいつも通り肉を生のまま出すよう交渉する。
『でもぉ〜衛生的にぃ〜……』
「食べるのアルだからさ。ね? お願い」
『う〜ん……聞いてみるねぇ〜』
大抵の国では「魔獣の分なら」と簡単に注文が通るのだが、ここは一筋縄ではいかないようだ。酒食の国なら魔物も多く住んでいると思うのだが……生で喰おうとする奴は居ないのか?
「カヤー? もうすぐだからね」
『スグ? 肉、喰ゥ?』
「うん、お肉だよ。もうすぐお肉食べられるからね」
『御主人様……御主人様、御主人様』
「僕のお肉じゃないからね?」
一度丸呑みされたからか、食肉として見られているのではという恐れが僅かながら存在する。
声のする方からしてアルの隣に居るのだとは思うが、背後で口を開けているのではと考えてしまう。
注文を終えてしばらく待つと料理が届く。混雑の割には早いと見ていいだろう。従業員が多いから、だろうか。
『肉! 生か? 生だな。よし』
『御主人様……肉、肉、肉肉肉。食ベ? 食』
「牛の肉だって言ってたと思うよ」
『ほう、牛か。産地は?』
「店員さんに聞いて」
酒食の国に牧場はあるのだろうか、近くに山があるからそこに作っていてもおかしくはないな。
『口当たり上々……ええ酒出すやないか。酒食っちゅーだけはあんなぁ』
「食事代も酒代も借金だからね!」
鬼達の為に支払った金が返金される日は来るのだろうか。いくらカヤが居ると言っても、そもそも鬼達が稼がなければ取り立てはできない。
『お兄さん、アーン』
『ん……次そっち』
『はぁい』
茨木は給仕に食べさせてもらっている。後で給仕の彼女には別に金を払っておこうか。
僕はいつも通りに香辛料を料理に振りかけ、アルに小言を言われつつ食事を終えた。
幸せな気分で宿に戻り、布団の中でぼうっと計算する。
ここから砂漠の国まで、そして砂漠の国から科学の国への渡航費。四人分がどれだけの金額になるか考えただけで頭が痛い。
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