第328話 感情的な女
アルテミスは店の責任者から話を聞き終え、苛立った様子で城へ帰る道を歩いている。
僕は小走りでそれを追っている。
「ちょっと、速いですよ。もう少しゆっくり行きましょう」
「……アンタ、アイツとの話聞いてた?」
「き、聞いてましたよ……よく分からなかったけど」
聞いていなかったと答えれば何を言われるか……いや、何をされるか分からない。僕は聞いたけど理解出来なかった、と馬鹿をアピールした。
「はぁ……いい? あの店はこの国の御三家、エーデル家と繋がってたのよ。神具を盗んで風俗店に隠させてたの」
「はぁ……それで、これからエーデル家に?」
「そうよ。急いでるのはエーデル家に魔物の類が忍び込んでるみたいだから。エーデル家が品性の無い行為をしでかしたのもソイツのせいかもしれないのよね」
魔物なら僕の専門分野だ。久しぶりに力を使って活躍できるかもしれない。
『ふむ……ヘル、乗れ。貴方の足は遅い』
「アタシも乗せてよ、急ぎたいし」
急ぐのであれば二人ともアルに乗るべきだ、けれど僕以外の人がアルに乗るのは嫌だ。だが……急を要する、仕方ない。
僕はアルの背に乗ってアルテミスに手を差し出すが、アルは翼を動かし始めた。
「ちょっと! アタシまだ乗ってない!」
『誰が乗っていいと言った。貴様のような女は乗せたくない』
アルテミスの襟首を咥え、屋根に飛び乗り、助走をつけて飛び立った。
「んっの……アンタなんとかしなさいよ! アンタの飼い犬でしょ!?」
「あ、暴れたら落とされちゃいますから大人しくしてください……僕は引き上げられませんし、すぐ着きますから我慢してください」
僕は引き上げられるかどうか考えもせず断った。
アルテミスは首が閉まらないように服を掴んで、落とされないように体の力を抜いて、僕を罵倒する。
「こんな扱いされるくらいなら自分で走った方がマシ……あ! そこよ、そこの家! そこに降りなさい!」
アルはその家の屋根にアルテミスを降ろし、すぐ隣に着地する。
「っとと……ここがエーデル家よ。にぃ達は来てる?」
「さぁ……」
「とりあえず降りましょうか。オオカミ、アタシを降ろしなさい」
『…………勝手に飛び降りろ』
アルは僕の胴に尾を巻き付けて飛び降りる。
上からアルテミスの罵倒が降ってくるが、アルは何も気にしていない。
「……アル、ひょっとしてアルテミスさんのこと嫌い?」
『勘が鋭いな』
「な、なんで? 名前最初の二文字被ってるから?」
『違う』
「……ならなんで?」
『特に理由は無い、なんとなくだ。だが……そうだな、強いて言うなら「ああいう女が嫌いだから」だ』
全く意味が分からない。
ああいう女とは、気が強いとか口が悪いとかそういう意味だろうか。
僕は萎縮してしまうので男女関係なく口が悪い人や声が大きい人は苦手だけれど、アルに苦手な性格があったなんて初めて知った。
「覚えてなさい……この馬鹿犬!」
窓枠に足を掛け、レンガの隙間に指を引っ掛け、アルテミスは少しずつ降りてくる。
流石に四階の高さからは飛び降りられないらしい。当然か、神具使いとは言っても人間なのだから。
「大丈夫かな……ねぇアル、下で待ってあげようよ、落ちちゃうかもしれないし」
『嫌だ』
「…………そんなに嫌い?」
僕だけで行っても怪我人がアルテミスから僕に変わるだけだ。
なら見守るとしよう、僕は彼女の代わりに怪我をするほど彼女に尽くせない。
「……っ!? と、ぁ、危な…………よっ……と、よし、なんとか降りた……」
「アルテミスさん! 大丈夫でしたか?」
「ふざけてんのアンタ達!? アタシが気に入らないのかもしれないけど、今はそういう場合じゃないでしょ!?」
「アルに言ってください……」
「オオカミ! アンタ状況分かってんの!?」
アルテミスの金色の視線がアルを射抜く。
アルの黒い瞳にアルテミスが映る。
『鬱陶しい……』
「なっ……なんなの!? アンタちゃんと躾してんの!?」
アルテミスはまた僕に食ってかかる。
「躾なんて出来ませんよ……確かに今日は酷いと思います、多分本当にアルテミスさんが嫌いなんですよ」
「なんでよ!」
僕に聞かれても……と正直に伝えても、アルテミスはそれを誤魔化しと取ってしまうらしい。
僕を怒鳴りつけるアルテミスにアルはわざとらしくため息をつき──
『感情的な女は嫌いなんだ』
──と、吐き捨てる。
「な、なにコイツ……本気でムカつく」
「ま、まぁまぁ……」
感情的か、確かにアルテミスは感情が口調や表情に出やすい。だが行動は冷静なものだ。
感情的と言うなら「嫌い」の一言で対応を変えるアルの方だろう。
「と、とりあえず! 家に入れてもらわないと。ほら、玄関行きましょう」
これ以上口喧嘩に付き合いたくない、僕は少し早足で玄関に向かった。
「アンタ随分とアイツにベッタリね。犬だから忠誠心が強いだけって思ってたけど……違う、他にも理由がある。そうでしょ? アタシを嫌うのもその理由ね。違う?」
『……何が言いたい』
「アンタ、実はかなり嫉妬深いのね」
『ふっ、実はも何も……私はそれを隠したつもりは無い。ヘルに近づく者、特に女は気に入らん。それだけだ』
僕は大きな扉を見つけ、後方を歩いていた二人に手を振る。
「あったよー! アルテミスさんが行った方がいいよねー?」
「はいはい」
さっきまで急いでいたのに、アルテミスは何故かやる気なさげに手を振り返した。
『……可愛いだろう、ヘルは。可愛い可愛い私だけのご主人様だ。他の女にくれてやるものか』
「アタシは要らない、あんな子供趣味じゃないのよ。アタシはアイツの兄貴を紹介して欲しいのよ」
『ならいい。これからは普通に対応しよう、悪かったな』
アルはアルテミスに何かを言って、僕の元に走ってくる。
手のひらに額や頬を擦り付け、手首を甘く噛む。
「何話してたの?」
『あの女は貴方の兄を狙っているらしい』
「あぁ……言ってたね。まぁ、会う機会あったら言っておこうかな」
兄に再会出来る日は来るのだろうか。
来て欲しいな、もう一度会いたい。
来なければいい、もう二度と会いたくない。
相反する思いは今は必要ない。僕はその二つを抑え、扉を叩くアルテミスの後ろに姿勢を正して並んだ。
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