第327話 相似
アルテミスとヘルメスは茶会の片付けやアポロンとオルトロスの世話で僕達の会話は聞いていない。
なら、丁度いい。開き直ってやろう。
「僕は最低な人間だ。自分の事しか考えられないクズだ。でも……だから何?」
『……ヘル?』
「自分勝手だから……何? うん、悪いよ? 僕は最低だ。だったら何? アルはどう思うの?」
『私は……』
「好きだよね? アルは僕のこと好きだよね? ねぇ、好きだろ?」
息を深く吸って、吐いて、また吸って、右眼に力を込める。
「 好 き っ て 言 え 」
『……好きだ、ヘル』
「…………ふふ、うん。それでいいよアル。僕もアルが大好き。だから……僕が自分勝手だとかどうとか気にしないで? アルは僕を愛してればいいんだよ、僕を慰めてればいいの。僕に優しくしてくれるだけでいいんだ、楽だろ?」
僕の思考を分析するな。
僕の醜悪な狙いを察するな。
僕に従順に尽くし続けろ。
「大好きだよ、アル」
『ああ、私も……ヘル、貴方には私が必要だ。貴方を愛せるのは私だけだ。貴方に尽くせるのは私だけだ。私は永遠に貴方の傍に』
あぁ、そうだ。アルはそうやって僕が言って欲しい言葉だけを並べていればいい。
「……ありがとう、アル」
僕はアルの頭を抱きしめて、翼の付け根を揉むように背を撫でた。
今更になって少しずつ兄の思考が理解出来るようになってきた、兄の思考に近づいてきた。
このままいけば僕はきっと兄と同じような人間になる。それは嫌だ。
だからどうか、そんな人間になる前に死んでしまいたい。アルの翼に包まれて、アルに頬を舐められながら、甘やかな死を迎えたい。
僕は理想の最期の時を思い描き、愛撫を続けた。
王城、三階。アポロンの自室にて。
僕達は一体何故兜を紛失したのかについて話し合った。
「最後に貸したのは誰なのよ」
「もう夕方だ……ぷりますが始まる……」
「にぃ、あのアニメはもう十年以上前に終わったんだよ。再放送もリメイクもない」
退行しているのだろうか? 少なくとも記憶の混濁は見られる。ヘルメスに宥められて大人しくなるということは、仲違いする前まで記憶が戻っているのだろうか。それとも、病院で仲直りしたと認識しているのだろうか。
「今回にぃは頼りにならないのね。そうだ、あの馬鹿親父には確認したの?」
「それがね、とぉは覚えてないって」
「どいっつもこいっっつも……神具の扱いが雑過ぎんのよ! 国の土台なのよ!?」
僕もそう思う、と頷いて同意する。
神具を盗もうとした者に死に至らしめる病を引き起こす矢を放つくせに、誰に貸したのか把握していないなんて意味が分からない。息子は優秀だけれど父親は──ということなのか。
「で、最終的に兜は新人風俗嬢が持ってたぁ!? ふざけてんの!?」
「僕に言わないでください」
『ヘルは真実を話しているだけだ』
「確かにアンタに言っても仕方ないけど……でもね! 言いたくなるのよ! なんで無理矢理聞き出さなかったの!?」
自分を人質にした、と言ってもいいのだろうか。
好きな男の命よりも大事な情報をどうやって聞き出せばいいのか、僕には分からない。
『時間がかかるからな、それよりも兜を届けるべきだとヘルは判断した』
「ヘル君がいなけりゃ俺死んでたしね」
『あの女も大した情報は持っておるまい。店の責任者や貴様等の知り合いに聞き込みをした方が真実に辿り着くのは容易だと思うぞ』
「ま、それもそうね。でもムカつく……狼に諭されるなんて」
「オオカミちゃん……くん…………オオカミさんは普通の獣じゃないんだから変なプライドは捨てなよ」
アルは人間、少なくとも僕よりはずっと賢い。科学の国で生まれたからか機械の操作も出来るし、僕なら字に酔ってしまうような本も読める。何百年も生きているから経験だって豊富だ。
「聞き込みねぇ……店にはアタシが行く。アンタを風俗店に行かせたら財布軽くするまで帰ってこないでしょ」
「俺って信用無いんだな。ま、いいや。じゃあ俺は知り合いか……大丈夫かな、俺ずっと追放されてたんだけど」
「にぃ連れて行きなさい、ハイリッヒの看板くらいにはなるでしょ」
アポロンはぬいぐるみを置いて、皮の上着を着込む。キッと目付きを変えた彼は先程までと同じ人物とは思えない。
「さっすが、外面の良さは国一番ね」
「なぁ、やっぱりメズ連れて行っていいか?」
「…………絶っっ対に喋らせないように」
「ねぇの言うことは絶対ってね。了解」
錯乱して強制入院、とは聞いたが詳しい病状は聞いていない。やはり退行なのだろうか?
「アンタはアタシと行くのよ」
「店にですか? でも、僕、ミナミ……兜を持ってた人には会いたくなくて」
「なんでアタシがアンタに気ぃ使わなくちゃなんないのよ。いいから来なさい」
少しくらい気を使って欲しい。僕は兜を取り返しヘルメスの命を救ったのだ、それなりの扱いはして欲しい。
……なんて。そんな要求はアポロンやヘルメスにならともかくアルテミスには通らないだろう。
ヘルメスはアポロンを連れてハイリッヒ家と親交がある家々を巡り、僕はアルテミスに連れられミナミが勤めていた店へ行く。ミナミに会いませんように、と願いながら。
「失礼しまーす!」
アルテミスはそう言いながら扉を蹴り開ける。
「ハイリッヒ家長女、アルテミスよ。全員その場を動かないこと、アタシの質問に正直に答えること、この二点を守リなさい。守らなかったら即死よ? いい?」
アルテミスの手に銀色の光が宿り、それが細長く伸び弓の形へ変わる。実体化した弓は店の照明を反射してキラキラと輝いた。
「アルテミスさん、乱暴ですよ」
それでも王族か、と続けようか迷って、結局やめた。気が強い人は恐い。
「黙りなさい。これがアタシのやり方、アンタがアタシより効率的な方法でアタシより多く情報を集められるって言うならそっちに変えてあげてもいいけど?」
「……アルに脅させるとか」
魔物なら「教えろ」と言えば済む。だが彼らは人間だ、なら僕に出来る事はない。
「アンタも大概ね」
『……ヘル、私はそんなに怖い顔をしているのか?』
「ううん、アルは可愛いよ」
機嫌を取る為にアルの頭を撫でながら、責任者を探しているらしいアルテミスの後を追う。
まだ開店していなかったのは幸運だ、客が居たらさらに手間が増えていただろう。
僕はミナミが居るかどうかばかりが気になって、責任者を見つけてアルテミスが情報を引き出しているのを全く聞いていなかった。
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