第326話 可哀想で可愛いでしょ
アポロンは
「可愛いだろう?」
「結構きも…………可愛いですね」
「気持ち悪いのよね、それ。にぃは何か気に入って集めてるみたいだけど」
どうしてアルテミスは僕が言わないように気を使った事を言ってしまうのだろうか。習性かな、嫌な習性だ。
「可愛いなぁ、アルテミスは……女神だな」
「…………にぃどうしたの? ますますキモくなってない?」
「うーん、この国では精神病の有効な治療法まだ見つかってないから」
「他の国ならあんの? っていうかなんでにぃはアンタの死に目見に行っただけで錯乱して強制入院させられたのよ。アタシまだそれを聞いてないのよ」
ヘルメスが退院してから五日も経ってからパーティをしたのは、アポロンの退院を待っていたからだ。
その間にヘルメスは自主的に風俗店でパーティを毎夜開いていたけれど、「正式に王族になったんだから」とアルテミスに控えるよう言われていた。その時のヘルメスの顔ったら……
「いや、それはヘル君が」
「このひ弱っ子が何したのよ」
「ひ弱っ子? 僕のことですかそれ。ひ弱? え……ひ弱……」
「何よ文句あんの?」
アルテミスは振り返って僕を睨む。
「現実を突き付けないでください、傷つきます」
「…………この子が何したのよ」
アルテミスはしばらく僕に憐憫の視線を向け、ヘルメスに視線を戻し言葉を改めた。口は悪いが根はいい人だ。
「ヘル君の持ってた石からさ、何か変なの出てきて……それを見た人は全員強制入院だよ。俺はギリセーフ。看護師さんとかはまだ退院出来てないんだよね」
「石ぃ? 人を入院させる石ってなんなのよ」
「俺の病気とかも治してくれたんだよね」
「……何なのそれ、魔石?」
「俺は多分そうだと思ってるんだけど」
赤い線のような模様があるほぼ球体の黒い石。
飾り気のない黒い紐を通されたその石をアルテミスに渡す。
「これがその石? ふぅん……魔石にしちゃ貯めてる魔力の質がおかしいし…………きゃっ!?」
アルテミスは短い悲鳴を上げて石を投げる。
僕は投げられた石を受け止めつつ、大切な物だから丁寧に扱えと文句を言う。
「…………ごめん。ちょっと変なのが見えて」
「ヘル君もそんな感じのこと言ってたよね? なんか見えたって」
「あ……はい。ここじゃないどこか……気味の悪い風景が見えるんです」
「なんか化け物でも封印してんじゃないのその石。とっとと捨てた方がいいかもよ」
この石はライアーの形見だ。彼がこの世に存在したという唯一無二の証拠だ。
それを少し怪しいからと言って捨てるなんてできない。確かに恐ろしいモノは見えるが、ヘルメスの病気を治したのもこの石なのだ。そう悪いものでもない。
「オオカミちゃんはそういう嗅覚俺達より優れてるんじゃないの?」
『…………気味の悪い気配は感じる。だが、敵意は感じない。特にヘルにはな。ライアーという男の雰囲気に似ている』
「ライアー? 随分と嫌な名前ね。アンタと一緒で信用出来なさそう」
「俺は確かに嘘吐きで手癖が悪いけど、信用はしていいよ」
嘘吐きで手癖が悪い男に信用出来る部分などないだろう。
僕と同じ意見らしいアルテミスがヘルメスに怪訝な目を向け、それから僕に話しかける。
「ライアーって誰なのよ、アンタの知り合い?」
「……優しい方の兄さんだよ」
「アタシが希少鉱石の国で見たの……じゃないの?」
「あれは酷い方。にいさま」
「酷い方が兄様で優しい方が兄さん……ね。OK、で? 石はその兄さんに関係あるの?」
「……形見です。兄さんが死ぬ直前に、僕に渡してくれたんです」
死因は言わない方がいいだろう。
正直に全て話せば彼らからの信用が失われてしまう。
「え……し、死んだの? そ……そう、ごめん」
「気にしないでください、大丈夫ですから」
「アタシ、形見を投げたりしたのよね……ほんとごめん」
後悔に沈んだアルテミスに代わり、ヘルメスが僕に質問する。
「お兄さんは何か言ってた? この石について」
「……こんな物しかあげられなくてごめん、としか。石がどういうものなのかは分かりません」
「うーん……お兄さんが手に入れられたんだから、君にも近いんじゃないかな?」
「すいません、その……兄さんとは言いましたけど、本当の兄じゃなくて…………一緒にいたのも一週間と少しだけで、兄さんのことは何も分からないんです」
あなたのような兄ならよかった。
キミが弟だったら嬉しい。
そんな利害関係。
「……アンタ一週間ちょっとでそいつを兄さんって呼んでるわけぇ?」
俯いていたアルテミスが顔を上げる。
「はい……本当に、優しい人で…………僕、兄さんのこと大好きで……」
机の下で寝ていたアルが体を起こし、僕の膝に顎を乗せる。
「なのにっ……な、のに。僕、なんにも出来なくて…………何も、言えなくて……お礼とか、なんにも…………まだ、言ってないのに……なんにも伝えてないのにっ! もう、二度と……会えない。大好きなのに……兄さん、兄さんには、もう……」
「もういいよ、ヘル君。悪かったね、色々聞いて」
「そ、そうね。嫌ならもう話さなくていいのよ。お茶会はもうお開きにしましょ」
背を撫でられても頬を舐められても嗚咽が止まらなくて、抑えたいのに声も涙も溢れ続けた。
「……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
どうして殺してしまったんだろう。
理想の世界は楽しかったのに。
偽りの生活は輝いていたのに。
どうして殺してしまったんだろう。
理想の兄だったのに。
最高の愛を手に入れられたのに。
どうして……どうして、何故、僕はどうして彼を……信じられなかったんだろう。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい……っ!」
『ヘル、ヘル……もういい、もういいから』
「…………何がもういいの? もう忘れろって言うの!? 嫌だよ、だってライアーさんは僕のっ、僕の大事な兄さんで、僕が……ころ……し、て」
『忘れろとは言わない。ただ……もう考えなくていいんだ。過ぎた事を悔やんでもどうしようもない。貴方の後悔は次に生かす事も出来ない、ただただ自分を傷付けるだけだ』
「傷つけなきゃならないんだよ! 罰しなきゃ、ならないんだ、罵られなきゃならないんだよ! 僕は……僕は、そういう人間なんだ」
『……なぁヘル。貴方は…………本当に他人の事を思った事があるのか? 死者を偲ぶのは死者の為なのか?』
「…………何が言いたいの?」
『貴方はいつも自分の事ばかりだ』
自分の事ばかり? こんなにも人を思って泣いているのに、本当に他人を思った事が無い?
何を言っているんだ、アルは。
『貴方は今、何故泣いているんだ? 何の為に泣いているんだ?』
ライアーを殺してしまったから、ライアーの為に泣いている。
……違う。
自分を愛してくれる新しい兄を自分で殺してしまった僕が可哀想だから、可哀想な僕を慰めてもらう為に泣いている。
……何、それ。
「…………自分勝手だね。本当僕って……最低」
最低でしょ、可哀想でしょ、救いようがないでしょ、でもだからこそ愛してくれるんでしょ?
アルだけはそうなんでしょ?
いや、そうでなくてはならないんだ。アルは僕を愛し続けなければならない。
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