第323話 病状は
僕は兜の力をどこまで引き出せているのだろうか。ミナミと同じように視覚だけを誤魔化しているのだろうか。
僕は今アルに乗っている。他人が僕達を見たらアルだけが見えるのだろうか。
自分では確認のしようがない。
「オルトロスは……着いてきてるね。アルのことは見えてるのかな?」
『兜を被っているのは貴方だからな』
「……この兜返す前にさ、ヘルさんの様子見てみたいんだけど……いい?」
このまま兜を返して国を出る、というのも愛想がない。
面会時間はとっくに終わっているが、この兜があれば問題ない。アルとオルトロスを病院の前に待たせて一人で忍び込むのだ。
「…………夜の病院かぁ」
『何かあったら呼べ、すぐに行く』
「うぅん……昼にしようかな。ヘルさんも寝てるだろうし」
『赤毛の男に見つかったら面倒だ、今のうちに済ませろ』
鍵のかかった扉をこじ開け、僕を突き飛ばす。アルは時々乱暴だ。
非常灯の光だけを頼りにヘルメスの病室を探す。
確か三階だったはずだ……階段を登ろうとした時、慌ただしい足音が聞こえ、僕は階段の手すり横の死角に隠れた。
足音は病院職員のものだったらしい、急患でも出たのだろう。
職員が階段を駆け上がり、その音が聞こえなくなるのを待って僕も階段を上る。
消毒液の匂い、薬の匂い、その独特で人工的な匂いは僕の心を落ち着かせない。
二つ目の踊り場に辿り着くとまた足音が聞こえた。どこに隠れようかと迷っていると、予想以上に早く訪れた足音の主に光を向けられた。
「……誰かいるの?」
真正面から灯を向けているのに、その人は僕を見つけられていないようだった。
そして僕は兜の存在を思い出す、さっきも隠れる必要はなかったのだ。
「…………誰もいない? 変ね、いた気がしたんだけど……」
カツンカツンと音を立てながらその人が下りてくる。
すれ違う直前にその人がアルテミスだと気が付いた。
彼女はこんな時間に何をしに来たのだろう。それを聞くわけにもいかず、僕は無言で見送った。
僕も灯を持ってくればよかった、兜で灯まで隠せるかは分からないが、非常灯と月明かりだけでは歩くのが精一杯だ。
ヘルメスの部屋は確か階段から右に向かって……三つ目、いや四つ目?
三階に辿り着いてからも問題が多い、だがその問題はすぐに解決した。
階段から右に向かって四番目の部屋、その部屋だけがまだ明るかった。
人がいる。
慌ただしい物音、男女入り乱れた焦った声。その二つの音に不安を煽られる。
「……臓器……を…………から……を!」
「御家族に……は」
「……っき…………たような」
この兜の力を完璧に引き出せていなくても、多少音を立てても、今の彼らなら気が付かないだろう。
僕はそう考えて少し大胆に動いた。
その結果、開け放たれた扉を抜け職員達の間を抜け、ヘルメスの顔を見ることが出来た。
「多臓器不全だと言ってるだろう! 対応出来る者は!?」
「今呼びましたが、まだ……!」
「彼は旅行者のようで、連絡先が分かりません!」
ヘルメスの肌には赤や黒の湿疹が大量に現れていた。もはや湿疹と呼べるのかすら分からない、爛れたような皮膚。
僕は病気には詳しくない、だがヘルメスの病は彼が言っていたほど軽くないとだけは分かる。
「……ヘルさん、ヘルさん? 聞こえますか、ヘルさん」
比較的湿疹が少ない額に触れ、彼の耳元で囁く。
職員達に見つかったら僕への対処でヘルメスの治療が遅れてしまう。今見つかる訳にはいかない。けれど僕はヘルメスの口から容態を聞きたかった。
「ヘルさん…………大丈夫なんですよね? ヘルさん、死んじゃいませんよね?」
ヘルメスはゆっくりと目を開き、僕の方を見た。だがその目は僕を捉えてはいない。兜を脱いでしまいたかったが、じっと堪えてヘルメスの手を握った。
「……ヘル君かな? 兜、取り返してくれたんだね、ありがと。王様に僕の協力者だって言えば、報酬貰えるから……にぃも王様には逆らえないからさ」
「そんなことどうだっていいんです、ヘルさんは大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ、大丈夫……言ったでしょ、すぐに治るって」
「だったら、どうしてこんなに人が来てるんですか? 臓器がなんとかって……臓器って体の中の大事なやつの事ですよね? 本当に大丈夫なんですか? 嘘つかないで教えてくださいよ……」
ヘルメスは僕がどこにいるのか正確には分かっていない。だが声でなんとなくは分かっているらしく、バツの悪そうな顔をして僕がいない方に目線を逸らした。
「…………俺にも分かんないんだよねー。俺は正当所持者の神具使い、神力が宿ってるから普通の人間よりは丈夫だ。けど、この病気は神具によるものだし……どーなるかなぁ」
「……そ、そうだ。お兄さん呼んできます。病気にしたんだから治せますよね?」
「病気は呪いじゃないんだよ……無理無理。ありがとね、色々考えてくれて。色んなことに巻き込んじゃったお詫びと、色んな手伝いしてくれたお礼を込めて、ヘルメスの羽飾りを君にあげる」
「いりませんよ……! そんなの、そんなのっ……」
そんな遺言みたいなこと言わないで。
形見みたいに渡さないで。
何も要らないから早く元気になってよ。
「はは……そんな、泣きそうな声出さないでよ。俺が死んだらってもしもの話…………まだ、どうか分かんないからさ」
「……死んじゃいませんよね?」
「どうかなぁ……退院したらまた会いに行くからさ、今日はもう帰りなよ。もう遅いから、帰ってゆっくり寝なよ」
どうして帰したがるの? 死に顔を見せたくないから? 本当は自分が死ぬって分かっているから?
「どいてくれ! 私は彼の兄だ、話させてくれ!」
息を切らした男の大声が聞こえて振り向くと、その男に突き飛ばされた職員にぶつかった。
職員は何にぶつかったのかと不思議そうに手を泳がせたが、素早く部屋の隅に逃げた僕は見つからずに済んだ。
「王子じゃないですか!」
「弟? 弟って……王子に弟は……」
「妹さんなら先程いらしてましたけど……」
「それは……気にしないでくれ。それより弟は、どうなんだ?」
「え、えぇと……私共も最善を尽くさせていただきますが、それでも」
「御託はいい、早く言え」
「…………日の出まで持つかどうか」
「そ……う、か。分かった、ありがとう…………私はここに居ても?」
「あ、えぇと……感染症ですので、しっかりと対策をしていただければ」
赤いグラデーションの髪の男……アポロンは用意された丸椅子に座り、ヘルメスの手を握った。
お前がやったくせに、なんて喚いたら見つかって追い出されてしまう。僕は感染症だと思い出したこともあって口を手で押さえた。
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