遊戯は神降の国でも企てられる
第188話 Dark
瓦礫の下から這い出たアルは魔物使いの力を取り戻したヘルの魔力を追っていた。
だが優れた魔法使いである彼の兄はその痕跡を消しており、探すのは困難を極める。
ここにいるのは間違いない、神降の国の中だとは絞れたが、そこからが難しい。
今しばらく待っていてくれと離れた主に遠吠えを送った。
アルが去った後の瓦礫の山、その下で拗ねる影が一つ。
「……結構協力してやったのに、あいつ俺を置いていきやがった。これだから肉食性は嫌いだ、単細胞馬鹿ばっかり」
鹿の獣人──ハートが瓦礫に押し潰されなかったのは、運が良かったからでも結界を張っていたからでもない。
「もう少しで死ぬところだったんだけど、もう少し早く来れなかったの?」
『まぁそう言わないでよ、ボクにも色々あるんだから』
「どうせろくでもないことだろ」
『ふふ……ははっ、信用ないなぁ。ボクはいつだってとっても楽しいことしてるのに』
瓦礫とハートの隙間に入り込み、数メートル四方の空間を作った子供がいた。
闇を現したような黒い巻き髪に、深淵を思わせる黒い瞳、それらに溶け込む浅黒い肌。
『黒』と行動を共にしていたあの子供だった。
『少し前までだって可愛い娘とちょっとした旅行をしてたんだよ?』
「知らないよ。聞いてない。そんなのどうでもいいから早く出してくれない?」
『ふっふふ、はは。相変わらずつれないね。少しくらい付き合ってくれたっていいのに』
「絶対嫌だね、お前なんかに貸す耳はないよ」
『最近まで一緒に暮らしてたのに随分な言い草じゃないか、傷つくよ……んふふっ』
「それは結構なことで」
ハートは子供の声から耳を背けるように瓦礫を登り出す。
あといくつかの破片を退かせば空が見えると分かったのだ。
「……なんでこんなガキ拾っちゃったかな」
ハートは過去を思い出し、後悔に襲われる。
魔獣が出る山道で蹲る子供を哀れに思い拾ってみればコレだ、良いことなんてするものじゃない。
まぁおかげで死なずに済んだ、この後縁を切れたならばもっと良い。まぁ、きっと無理だろうが。
『……有能そうな鹿っ子がいたから潜り込んだのに、退屈だったんだよね。野望とか恨みとかあれば面白かったのに……』
子供の方は子供の方でハートに目をつけたことを後悔していた。
適当な術を吹き込んで一波乱起こしてもらおうと思っていたのに、どれだけ強力な術を教えても使おうとしない。
全く面白くないターゲットだった。
その上預かり知らぬところで一波乱起こったと思えば、獣人の国を留守にしていた最中で帰ってくればもう終わっている。本当にタイミングが悪い。
『ま、いいか。そこまでの徒労でもなかったし』
「何が?」
『気にしないで、独り言。あははっ』
「……ああ、そう。本っ当に気持ち悪いな」
嫌悪に満ちた瞳を前髪で隠し、角で邪魔な瓦礫を砕く。
破片や砂埃が降ってくる不快に耐えられるのなら、すぐに脱出できるお勧めの方法だ。
「よっ……と。うわ、もう朝になってる。最悪」
『ところでさ鹿っ子ちゃん、君の村滅びたんだろ? 喰い潰されたよね、どこに帰る気?』
子供は青年が瓦礫の山を登っている間、ずっと下にいたはずだ。
だが今、ハートの目の前で子供は「前からここに居ましたよ」とでも言いたげに立っていた。
「何でここに……じゃなくて、その呼び方やめろよ気持ち悪い」
『あっははは、はは。別にいいだろ? 可愛いよ、鹿っ子ちゃん。いい愛称だと思うんだけど。それより質問に答えて欲しいなぁ』
「鹿鹿うるさい。どっか行けよ」
『ふふっ、住むところあげてもいいよ?』
「…………聞くだけ聞こうか、どうするかは別で」
『ボクのお家』
「自分で探す。もう二度顔見せるなよ」
『肉食性の村に行く気もないんだよね? じゃあボクのお家来た方がいいと思うけどなぁ。獣人なんて……人間は大好きだろ? まぁそれはそれで面白そうなもの見れるからボクはいいんだけどさ、鹿っ子ちゃんの復讐劇とかも見てみたいし』
獣人は神獣の末裔とされ、国連で保護されている種族である。
だが信仰心のない人間は獣人を珍しい商品として扱う。
国連加盟国ではない国なら尚更だ、寧ろ天使に庇護されているということで嫌悪の対象にもなる。
ハートもそれを分かっている、獣人の国のあの村以外で自分の安全が保証される場所などないと。
それは子供について行っても同じことだ、好事家に買われた方がマシかもしれない。
『あれ、無視? 無視は良くないなー、聞こえてないの? ねぇ鹿っ子ちゃん、鹿っ子ちゃん? うわ、本気の無視だよ。酷いなぁ。あははははは』
まぁそれもイイけど、と舌舐めずりをする。
『ふふ、しばらく暇だし、見守ってあげるよ。頼みがあるなら呼んでくれれば聞くからさ、じゃあね』
ゆら、と陽炎のように子供の姿が揺らぐ。
紫煙が大気に溶けるように、子供は影すら残さずに消えてしまった。
だが、ここから離れた訳ではない。
ハートは感じ取っていた、あの特有の気味の悪い雰囲気を、粘つく視線を、悪意に満ちた思考を。
対応できないものに構っている暇もない、ハートは不快感を振り払うように大股で歩き出した。
向かった先は神降の国、国連加盟国ではなく獣人が保護されない国。
獣人の象徴を剥き出しにしたまま外を歩く危険性を青年は知っている。
幸運なことに鹿の尾は短いため、気を張る必要はない。
耳もそう目立つものではない、見えてしまってもアクセサリーで通る可能性すらある。
問題は角だ。
誰でも分かることだろうが、鹿の角はとても目立つ。
いっそのこと切ってしまおうか、どうせすぐに生えてくる。
様々な思案をするも、決定打は見つからない。
帽子……いや、この角が入る帽子がどこにある。もう少し考えろ。
「やっぱり折る……嫌だな、それは嫌だ」
自ら誇りを捨てるような真似はしたくない。
だがハートは誇りに命をかけるような人間ではない。
悩みに悩んだ末、ハートは上着を破いた。
神術の模様を描いた布、少しくらいの目くらましにはなる。
適当な大きさに破き、ターバンのように頭に巻いた。
上着に描いた模様は防御用で、その効果は障壁と注意散漫の幇助。
少し変わった飾りくらいに認識されるはずだ、妙に耐性のある人間でなければ。
当然の事ながらパスポートを持っていないハートは正規の方法で神降の国に入ることは出来ない。
丁度というべきか城壁は崩れている。
そっと辺りを見回し、人目を確認する。
朝早くということもあり人通りはない、野次馬が集まる前に入ってしまうことにした。
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