第40話 呪の影響


真っ暗な部屋、砂嵐のモニター。

もう何年も見飽きた光景。

今日こそはこの国の料理を食べようと思っていたが、ある用事を片付けるために『灰』に譲った。


真っ白な私はこの部屋に拒絶されたように浮き彫りになる。

真っ黒な『黒』はこの部屋に完璧に受け入れられている。


『ねぇ『黒』、少しいい?』


『灰』のいない静かな部屋。

砂嵐の音だけが響く会議室。


『呪いについて聞きたいの。貴方の口からは何も聞いていないけれど私には分かる、私は貴方だから。貴方はきっと呪いに詳しいわ』


返事はない。

『黒』の目は本に張り付いている。

だが本のページはずっと変わらない。


『私の事についても聞きたいわ、私はなんなの? どうして角が私にだけあるの? 私達は一体何なの? 人なの? 違うの?』


『鬼、または守護神、若しくは精霊、あるいは天使。そしてそのどれでもないもの』


『黒』の口から曖昧な返事ではないものが初めて飛び出した。

だがそれは意味のあるのかないのかすら分からないものだ。


『何よ、それ。ふざけないで真面目に答えて!』


『君は鬼、そして意志』


『……どういう意味よ』


『呪いは術者だけに解けるもの』


『黒』が立ち上がる、こんなのは初めてだ。

モニターの砂嵐が消える、真っ黒に塗り潰される。


『まだ自分でいたいのなら、この国は出た方がいい。君は感情なのだから、この国の呪いはよく効くだろう』


『この国の……呪い?』


真っ暗な部屋には何も無い。

ただ『黒』の声が響く。

上も下もなくぐるぐると回り出したように錯覚する。


『純真で馬鹿な子供には呪いは効かない』


『それ、『灰』の事?』


何も見えないはずなのに、『黒』の意地の悪い微笑みが見えた気がした。

扉が開く。

『灰』が帰るとモニターは砂嵐に戻り、『黒』もまた本を読み出した。






今日は宿から出る事にした。

外を見て回ろうと思ったのだ。

観光もあるが、それ以上に呪いについて調べたい。


「呪いとかってどこで調べたらいいのかな」


『ふむ、定番だが古書店か。この国の古い本は書物の国にも無いと言うしな』


「へぇ……でもそんなのパンフレットに載ってないよ」


薄っぺらなパンフレットを捲る。

載っているのは観光名所ばかりで、そんな古書店などどこにも無い。


『ならここに行こう』


「温泉? 好きだね。別にいいけどさ、後で古書店も探してよ」


アルは温泉の挿絵を尾で指す、山の中腹あたりにあるようだ。

ここからそう遠くもない、行ってみるのもいいだろう。

途中で何かを見つけるかもしれない。




山を登っていくと、人影が増えてきた。

その人波にならっていき、僕らは無事に温泉に辿り着いた。

思っていたよりも険しい道のりに僕は足はもう限界に近い。


「ちょっと山を登れば入れると思ってたのに、結構遠かったよ。なんだか疲れちゃった」


『まぁ、その分の価値はある』


宿のものとは違ってこの温泉は濁っている。

成分が濃い、と言うやつなのだろう。

僕の肩に顎を乗せて、蕩けた顔をするアル。

可愛らしく思いながら山からの風景を楽しむ。


ぼうっと下を眺めていると、黒蛇が僕の顔を這う。

アルは先程とまでは打って変わって不機嫌そうだ。


『景色ばかり眺めているな、もう少し私を見たらどうだ』


「どうしたのさ急に」


『貴方は最近私以外のものばかり見ている、貴方の一番近くに居るのは私だぞ、貴方を一番理解しているのも私だ』


「分かってるよ? 別に蔑ろになんてしてないじゃないか」


様子のおかしくなったアルを宥める為に頭を撫でる。

不思議に思うと同時に、妬いているかのようなアルを可愛らしくも思う。だが嫌な予感が拭いきれない。


『ウサギや雀を可愛いと言ったり、少しぶつかっただけの女を探し回ったり』


「アル……ちょっとおかしいよ? のぼせたの?」


『おかしい? おかしいのは貴方だろう、私は貴方だけを思っているというのに、貴方は違う』


いつの間にか体に巻きついていた黒蛇が、だんだんとその力を強くする。

アルの黒い瞳は微かに、だが確かに狂気を孕んでいる。


「アル……苦しいよ」


『そうか、ならもっと絞めようか? そうすれば私を見る気になるだろう』


明らかにおかしい。

いきなり何を言い出したんだ。

息苦しさに耐えながらこの国の呪いを思い出す、『嫉妬の呪』。

この異変は異変は呪いのせいではないのか。

アルは呪いへの耐性が低かったはず、それにこの言動は嫉妬しているようにも思える。

なら、どう言えばいい?


「何言ってるの、僕はずっとアルを見てるよ。君が一番大切な友人だって思ってる」


『友人……まぁ、信用してやる』


黒蛇は僕の体を離れ、アルは湯を上がった。

僕が必死に考えた台詞はお気に召したらしい。

翼や体を振り、水滴を飛ばしている。

僕もその後を追いかける。



体にはくっきりと鱗の跡がついていた。

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