第32話 妄想による襲来


ドン、ドン、と不規則に何かが打ち込まれる音。

多くの人々が大図書館の地下に避難するのとは反対に、僕とアルは外に出た。

壊れた街、そこら中に出来た赤い水たまり。

それは魔法の国を思い出させ、先程までの強気を萎ませる。

だが、あの時とは全く違う事。


今この国を襲っているのは魔物ではない。

美しい純白の羽、光り輝く光臨。

あの神聖な雰囲気。

間違いない。



アレは天使だ。



「何で、天使が!」


『分からん、だが……どうする? 私では勝算は無いぞ』


薄紫のふわりとした髪の天使は、自らの周囲に魔法陣に似たものを浮かべている。

そこから鋭い何かが打ち出され、それが街と人を破壊していた。

紫の輝く瞳には確かな正義が宿っている。


もう一人の赤髪の天使は、興味なさげに飛んでいる。

時折に欠伸をしては、薄紫の天使に叩かれている。

そしてその度に、薄紫の天使とは比べ物にならない威力の光線を放った。


『まだこちらには気がついていない、一先ず逃げよう』


「……でも、でもっ……アル」


人が死んでいる。

何もしていないのに。


『んっ? カマちゃん、あそこにマモノー』


合成魔獣キマイラだな、あんな上級なモノが居るとは……やはりこの国は滅ぼすべきだ。神に敵対するモノは全て消し去る!』


『カマちゃんの妄想だと思うなー、確かにこの国の本には神様批判もあるけどさぁ。そもそも今どき魔獣が居るからって信仰薄いとは言えないしぃ、最近の魔獣はもうペットでしょー?』


『甘い事を言うなシャム! 早く撃て! 神の強き太陽の力を示せ!』


『へいへいっと、うるさいなぁ』


シャムと呼ばれた赤髪の天使が僕に向かって両手をかざす。

掌に光が集まり、彼女の腕が微かに震えだした。

太陽のような眩しさに思わず目を伏せる。

腹に巻きつく黒蛇を感じながら、僕は強く目を瞑る。

アルは僕を連れて飛び退く、先程まで居た場所には強力な熱で溶かされたような跡が出来ていた。


『おっと、避けられちった』


『狙いが甘いのだ! 予備動作も長い!』


薄紫の天使がシャムを押し退け、自らの正面に無数の魔法陣のようなものを現した。

そこから大量の針が僕らに降り注ぐ。


『チッ、受けるか』


アルに引き倒される。

僕を翼で包み込み、全ての針をその身に受ける。


「アル!」


『平気だ、数だけだな』


僕の上に覆いかぶさっなアルは不敵な笑みを浮かべる。

そして天使達に向かって挑発を始めた。


『そんなものか! 天使とやら!』


『カマちゃんカマちゃん、効いてないよ?』


『吠えておけ狼、負け犬の遠吠えとやらをな!』


目の前に降り立つ二人の天使に震え上がる。

アルは僕を体の下に庇い、唸り声をあげる。


『ふん……このカマエルの針を食らって立つような魔物はおらん』


『カマちゃんカッコイー! けどそれ言うと耐えるコ出てきそう!』


『煩いぞシャム!』


アルの呼吸が荒くなり、僕の上に崩れ落ちる。

翼と尾は弱々しく萎えた。

だが、天使達への睨みと唸り声による威嚇をやめはしない。


『ほぅ……いい根性だ。だがま、もう持たんだろ。楽になれ』


アルの眼前に大きな針が生成される。

僕は咄嗟にその間に割り込む、アルを抱き締め、庇う。


「やめてよ! 何も、してないじゃないか」


『人間か……ふむ、言い分を聞こうか』


予想に反して針は消えた、それは僕が人間だからなのか?

僕を見下すカマエルに震える声で反論する。


「僕達、何もしてない。あなた達に攻撃されるような事はしてない! 街の人達だってそうだよ……どうして、こんな真似するんだよ!」


『神に反抗するものを消し去るのが我が使命だ』


「反抗なんてしてない! する気もない!」


『よくそんな口が聞けたものだ、魔性のモノを庇っておいて』


「アルは善い魔物だ! お前らの方が、よっぽど!」


そこまで言ったところでカマエルは僕の首を掴んで持ち上げた。


『貴様……何を言おうとした? 我等は忠実なる神の下僕、侮辱は許さん。

……少し、痛い目を見てもらおうか。シャム! その狼を痛めつけろ』


『えー……めんどくさっ、さっさと殺しゃいいじゃん』


シャムはそう言いつつも、アルに近づいていく。


「やめろ! やめろよ! アルに触るな!」


『黙って見ていろ人間、お前の大事なペットの最期だぞ?』


下卑た笑い声をあげるカマエル。

シャムはゆっくりとアルに触れる、撫でるような手つきだ。

だが、アルは悲痛な叫び声をあげる。

肉の焼けるような音と匂いが漂い始めた。


『ごめんねーマモノー、あたしは一撃で消す派なんだけど、カマちゃんうるさいからねー』


「やめて、やめてよ! 離せ!」


『ふん……神に敵対するとこうなる、残り少ない寿命を悔い改めるのに使えよ』


ぐっ、と首を掴む腕の力が強くなる。

アルの声が小さくなってきた、僕もこのまま死ぬのだろうか。


『ハハハハッ、情けないなぁ!』


高笑いが響く。

シャムに体当たりを仕掛ける赤銅色の獅子。


『わわっと…おお、増えた!』


数メートル飛ばされたにも関わらず、シャムには何のダメージもない。

カルコスはアルを庇うように翼を広げた。


『返してもらおうか? それは我の餌だ』


『断る』


「……ダメっ、避けて!」


無数の毒針がカルコスを穿つが、その傷は即座に癒えた。


『ハハハハッ、効かんなぁ! 生憎と我には毒や呪いの類は効かんのだ、戦闘能力は高くはないが……耐久性は三体の中で最も高い。銅色だと舐めてくれるな』


『面倒な……シャム、』


『りょーかーい!』


シャムの両手に光が集まる、それを見たカルコスの顔はみるみる険しくなる。

あの光線は熱による純粋な破壊だ。

流石にあの威力は耐えられないだろう。


『チッ……まぁいい、この犬っころぐらいは遺してやれる、喜べよガキ』


アルの前で体を丸める。

翼を折り畳んだそれはカルコスにとって最上の防御体勢だ。

アルの傷はもう殆ど癒えている、アルの瞼が開いたその時、光線が放たれた。


だが、その光線が魔獣達に当たることは無かった。

七色の炎がそれを打ち消したのだ。


『遅れて悪いねぇ、ヘルシャフト君。すぐ片付けるから待っててねぇ』


『マルコシアス!? 何故貴様がここに居る! 見たかシャム! やはりこの国は神に敵対するモノだ!』


僕を投げ捨て、カマエルはマルコシアスに掴みかかる。

発射する毒針は七色の炎に焼かれ、石となって地に落ちる。


「……ったぁ」


『ヘル、ヘル……無事か』


「アル! 大丈夫? 怪我は?」


『もう平気だ、済まないな』


「アル……あぁ、良かった。僕、君が死んじゃうんじゃないかって」


『貴方を置いて死にはしないさ』


アルを抱き締め、撫でる。

その体にはもう傷はない。


『……我を除け者しよって、駄犬が』


そんな呟きが聞こえた気がしたが、僕らは何も気にせずに互いの無事を喜びあった。

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