人質3人ゲットです。

「遅いな」

 はじめに呟いたのは、宮本智顕みやもと ちあきだった。

「まだ5分くらいじゃん?」

 そういう社静里やしろ しずりはいつもは遅刻の常習犯である。だらしなく脚を投げ出して座る静里に一瞥くれてから、智顕は隣に座るもう一人の連れを振り返る。

 最後の一人、前村桃子まえむら とうこは薄いピンクのカーディガンの袖を握り締めてこっそりと溜め息をついているところだったので、智顕の視線に気付いて慌てて顔を上げた。

「あ…あのアンケートの子に引っ掛かってるのかもね。私も、すごく時間かかっちゃったから」

 何となく思い付きで言ってみると、智顕が「ああ」と声を上げる。

「そのアンケートなら俺もやったぞ。確かに質問は多かったが大した事はなかったけどな」

「チアキちゃんは何事も速決だもんね~。因みにオレも受けてきたよ。テキトーに丸しちゃったからあんまり読んでないけど」

「お前は何事もいい加減過ぎるんだ」

「はいはい。うるさいな~」

 実直で真面目な智顕と不真面目でだらしのない静里は揃うと大体こうなる。桃子は内心ハラハラしながら喬士が早く来てくれないかと祈っていた。喬士は二人の緩衝材のようなものなのだ。

 とはいえ、この二人は性格の違いはあれど喧嘩にまでは発展しない。

 静里はいつものらりくらりとして冷めているし、智顕は熱血漢だが、喧嘩っ早いというわけではなかった。

「それにしてもあのコかわいかったよね。意外とタカシの好みなんじゃないかな~」

「えっ?」

 静里の言葉に反応してしまう桃子。向かいに座った静里はだらりと背もたれにもたれ掛かった体勢のままニヤリと意地の悪い笑顔を浮かべる。

「あれ~?トーコったら気になるの~?」

「べ、別に私は…」

「タカシだって男なんだから、そろそろカノジョくらい欲しいだろうね~?」

「うう…」

 静里は意地悪だ。いつもこうやって桃子をからかうのが彼の趣味のようだった。それなのに憎めないのは、彼の不思議なところだ。本当にずるい。

「やめろ社。前村もいちいち相手にするな。調子に乗せるだけだぞ」

 智顕に睨まれて静里が「へいへい」と肩を竦める。ずりずりと更に椅子に沈み込みながら「でもさ~」と静里は続ける。

「あのコがタカシの好みだってのは本当だよ?ハツコイの女の子があんな感じだったから」

 静里と喬士は幼馴染みだ。だからこの中で喬士の事に一番詳しいのは静里だった。桃子は出来れば本人のいない今の内に、その話をもっと詳しく聞きたかった。

 でもあまりつっこんで聞いてしまっては、またからかわれるかも知れない。

 俯いてどうしようか迷っていると、静里が此方を見ている事に気が付いた。

「気になる?」

 ニヤニヤと笑う静里に思わず赤面で返してしまい、また笑われる。

「わっかりやすいんだよな~トーコは」

 と、静里の電話が鳴った。

「黛か?」

「んにゃ。別のオトモダチ~」

「またか」

 鼻唄混じりにスマホをいじる静里を智顕が苦々しい表情で見つめる。静里は性格はいい加減だが見てくれがいいせいか、女友達が非常に多い。硬派な智顕はそれをあまりこころよく思っていなかった。

「自分だってモテるくせにさ~」

「誤魔化すな、俺の話はいい。お前、その女グセの悪さのせいで黛にも迷惑掛けてるだろう。いい加減にそろそろ真面目な交際をしたらどうだ」

「ダイジョーブ!オレ、タカシの事は一番ダイジにしてるからさ~」

「お前のが彼女達に誤解を招いてるんだぞ」

「だってわざとだもんよ。鬱陶しいのキライ」

 智顕と静里の会話を聞きながら、そういえば、と桃子は思い出していた。喬士は鈍感だし、静里は女友達こそ沢山いるが、その誰に対しても本気にならない。おまけに女の子の方が本気になると喬士にベッタリの振りをして相手にしなくなってしまうのだ。

 そのせいで喬士は女の子達から随分と目の敵にされていた気がする。喬士本人はその原因に気付いていない様子なのが更に気の毒である。

 お陰で密かに喬士に想いを寄せている桃子としては助かったのだけれど…とは流石に言えないが。

 喬士はまだ来ない。静里なら兎も角として、喬士が連絡もなしにこれ程遅れることは今までなかった。

 心配になってケータイをチラリと見る。掛かってくるとすれば静里か智顕にだろうけれど。

 こっそりとまた溜め息をつく。

 今日は久し振りに喬士に会えると思って楽しみにしていたから、何を着ていこうかなんて色々考えすぎてあまり寝ていなかった。

 まったく、一人で張り切って。バカみたい。

 このままでは想いを伝える事なんて一生出来ないかも知れない。いつまでも今みたいに集まれるとは限らないのだから。そんな事、考えたくもないけれど。


「失礼」

 落ち着いた声に顔を上げると、三十代と思しき背広姿の男性が立っていた。知らない男だ。

 眼鏡の奥の妙に鋭い視線に一瞬で体が固まる。

 怖い。

 直感的にそう思わせる。そんな男だった。

「何か?」

 桃子を背中に庇うように智顕が男性に対応する。

 その鼻先に、

 唐突に、拳銃が突き付けられた。

 事務的な口調で淡々と、彼は告げる。


「私と来ていただけますか?」

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