旅は道連れ、夏の百合、後部座席には後輩。

「死んだら責任取ってくださいね。せんぱい」


 世界一かわいげのない女がレンタカーの後部座席で顔面に大輪の愛想を咲かせて言った。

 二つ下の法学部の後輩に流し目を送る。

 免許を取ったばかりのペーペーのペーパードライバーのわたしを拉致し夏のバカンス一泊二日に連れ出した張本人だ。

 私立文系一浪おまけに留年リーチのわたしをとっ捕まえて、レポート地獄を越えて早々、浮かれた旅行なぞに連れ出しやがった。

 わたしは冷房のガンガンに効いた部屋で一日三食氷菓を貪りながらナメクジのように溶けていたかったというのに。

 海だの山だのバカンスだの、キラキラとした夏は時代遅れだというのに。


 今や夏は人死にが出る季節だった。

 アスファルトが燃えそうなほど輝いていた。外に一歩出れば死ぬと言われたって納得がいく。



 まあ、なにがなんだかわからぬままに連れてこられたまではいいとしよう。

 なんだかんだで夏に頭をやられたのはわたしも同じだ。同じでなければまんまと後輩に連れ出されるものか。

 百歩譲って、この旅が合意の上であるとしよう。しかしだ。


「なんでわたしがハンドルを握ってんだか」


 煙草代わりにココアシガレットを噛み砕き、不平不満を唱える。いくら失礼が服を着て歩いている後輩といえど流石に副流煙の毒を盛る気にはならない。


「だってあたし、免許持ってないですし」


 後輩はころころとあざとく楽しげに笑う。慇懃無礼とはきっとこの女のためにある言葉だ。


 溜息深く、ミラー越しに彼女の姿を見る。

 日焼け知らずの白い肌。ほんの少しだけ色を抜いた黒に近い艶やかな髪。ぱっちりと開かれたどこか小鳥めいた眼。

 ミラー越し、わたしの視線に勘付いて後輩は桜色の唇を悪戯っぽく引き上げた。


「今、見惚れてました?」

「別に」

「照れますね」

「私の答え、聞いてたか?」


 まったく、昭和めいた古くさいワンピースにカンカン帽が似合ってしまうのは広くこの世を探したっておまえぐらいだ。

 小生意気に済まして彼女は後部座席に行儀良く腰掛けている。


「てゆーかなんで後ろなの。助手席が空いてるでしょう」

「だってお隣だと、もしも事故が起こった時せんぱいの綺麗なお顔をあたしの汚いザクロ汁で汚してしまいますもの」


 しのびないったらありゃしません、となにひとつ忍ばずに言ってのける。

 歯の浮くような世辞と煮ても焼いても食えない皮肉。

 薄っぺらで靴底に張り付いたガムのようにうざったい年下の友人は夏バテなんぞ知らず、いつだってこんな調子だった。



 ──かつてのわたしは、どこか遠いところに行きたかった。

 誰も知らない土地に行って、誰も知らない自分になりたかった。

 そんな思いだけで選んだ大学に、よりにもよってこの後輩がいるのが偶然のはずがない。


 わたしは呻く。

 高校時代の記憶は全部、日記ごと焚き上げてしまった。

 この後輩との僅か一年の日常すらも例外ではなく、わたしの中に残るのは燃え滓と灰だけ。

 彼女だけが、その日々を変わらずに抱き続けている。


 ばかな女だ。

わたしはとっくに変わってる。酒の味も煙草の味も男の味も知っているし、運転免許だって手に入れた。

あの頃の、彼女が好きだった先輩はもうどこにもいない。


 なのに彼女はわたしなんかを追いかけて、こんなところまで来てしまった。

 わたしの腕を引く手を、どうして振り払えよう。



 刺す夏の日差し、うるさいクーラー、ボロいレンタカーの中、ハンドルを握るわたし、後部座席には後輩。

 人の気も知れず、露悪的な笑みを浮かべて彼女は言う。


「ねえせんぱい、あたしを死なせないでくださいね?」


 世界で一番かわいい後輩は座席から身を乗り出し、わたしの首元で囁いた。


 は、と鼻で笑う。


「心中覚悟の乗客以外はお断り」

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