即興短編集こもごも

さちはら一紗

恋と友情と相討ち覚悟の百合

「好きな人ができたんだ」


  帰り道。君は不意に立ち止まり、そんなことを言い出した。神妙な顔をして、今にも唇を噛みそうな暗い声で。

 

 その言葉を聞いた時、あたしは「ああ終わったな」と思ったのだ。だって君はそんなこと、あたしに言うはずがなかったから。


 唯一無二と信じるあたしの、あたしにとっての親友は、絶対で、聖域で、つまりなんというか、かしましい他の女子どもとは違うのだ。

 あいつらがそしてあたしが好むような、卑俗な恋バナなんてものとは一切無縁。凛と鈴の音を鳴らしてしゃなりと道の真ん中を、堂々と歩いて行くような女の子。

 それがあたしの、自慢の親友。それがいつもの君だった。


 青だった信号は点滅し、あっという間に赤へと変わってしまった。

 もう渡れない。来た道を引き返すこともできない。


 くるりと身体ごと向きなおる。真正面から君と対峙する。

 さてはてあたしはなんて言うべきか。

 ヤバイくらい完璧な君とは反対に、ヤバイくらいに平凡、っていうほどではなくなくない?みたいな半端に個性がとんがってしまったあたりが逆にいかにも平凡って感じのあたしは、うん。


「知ってる」


 そんな感じで素っ気なく、「実は私、宇宙人だったんだ」と打ち明けられた時みたいな白々しい答えを叩きつけた。ぶった切った。

 なんもかんもお見通しデスケド?みたいな澄まし顔がお得意な君はほんのちょっぴり面食らう。豆鉄砲を食らった白鳥だった。面食らっても優雅なあたりが君なんだけど。

 してやったりだぜ。したり顔。


「あたしと同じ人でしょ」


 君はバレてたかって感じの、冷蔵庫のプリンをこっそり食べちゃったのを追求されたときみたいな笑顔を作った。今にも舌を出しそうで、今にも肩を竦めそう。

 嘘うそウソくさいけど流石にあたしも君とは長い付き合いですので。

 そういうおためごかしみたいなあやふにゃ(注・あやふやでふにゃふにゃの意)な笑顔がホンモノってことくらいはわかっておりますので。のでので。


 わかってる。わかってたのだ。だって君はあたしの親友だもの。

 君が、君なんかが惚れる子なんてやっぱ『あいつ』しかいないじゃん?


 『あいつ』は顔にスポーツ少年ですって書いてるくせして実は囲碁が好きで、だけどオセロがあたしよりも弱くて、なんも考えていないようでめちゃくちゃ考えていてやっぱなんも考えてないって感じの、クラスで半端に浮き沈みする遊園地に行った三日後のヘリウム入り風船みたいな腑抜けた男の子で、割と結構不本意なことにあたしの好きな人で、あたしのことを全然好きなんかじゃない人。

 あたしよりも多分ハーゲンダッツの方が好きだと思う。あいつは。ドチクショウめ。


「さあどうする?」


 君は聞きました。


「さてどうしよう?」


 あたしは答えました。

 きっとあいつは、我が麗しき親友殿のこともちっとも好きなんかじゃないのだ。多分サーティワンの方が好き。


 つまりつまってつまらないことに、これは、ねえ、これは。

 あたしと君の問題なんだ。

 戦争なんだ。

 君は降りてきた。あたしの土俵に。天上から、低俗な恋心なんて青林檎をひっさげて。

 あたしの恋と君の恋が仲良く綺麗にショーケースの中、隣り合わせに飾られるなんて未来はありえない。

 宣戦布告は君からで、だからもう勝つか負けるか引き分けるしかなくって、君とあたしの不可侵で無味無臭で完璧な関係はあいつ一体の存在にくるくるにされて終わった。


「終わらせたくはないな」


 もう終わったけど。


「終わらせたくはないね」


 何も始まってないけど。


 ここから始められるとしたら、大団円なんて程遠いつまらない幕引きだけだ。

 

 だって、さあ!

 あたしはあいつの彼女になる君なんて、君はあいつの彼女になるあたしなんて、あたしは、君を差し置いてあいつの彼女になるあたしなんて──認められるわけないじゃんか!


「だから」


 この先は君とあたしの一騎打ち。望む結末は刺し違えの相討ち全滅。勝たず負けずの死屍累々。

 その先で。

 あいつに恋してしまったあたしと君は、なんでもなくて完璧な、ただのあたしと君に戻れる──そんな、いかにも都合のつかなさそうなパンドラの希望に賭けてみてもいいんじゃない?


 なーんて、あたしは白昼夢ゆめみてる。

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