案内して

紀之介

好みのタイプ。

「あなた…道に迷ってる?」


 黄昏て、薄暗い安威山。


 生い茂った木々から散った葉や雑草に覆われ、半ば消えかけた獣道。


 立ち尽くしていた背中に、私は声を掛けた。


 振り返った顔は、好みのタイプ。


 ニヤけかける顔を、引き締める。


「麓に行きたい?」


 うなずく眼鏡男子。


 すかさず、腕を伸ばし手を繋ぐ。


「案内してあげる」


 手を引かれて、男の子も歩き始める。


「私、こまや。あなたは?」


「て、哲弥」


「ひとりで来たの?」


「いや、叔父達と」


「何でそんな軽装で、山歩きなんかするかな」


「ハイキングコースを歩くだけって、事だったので…」


 殊更仰々しく、私は言った。


「そんな服装で夜明かししたら、冬じゃなくても凍え死んじゃうだからね。」


「─」


「だから私は…命の恩人って事♡」


----------


 麓の建物の明かりが見える所で、私は繋いでいた手を ほどく。


「この1本道を下れば、無事に 下山出来るから」


「あ、ありがとう。。。」


「はい、行った行った!」


 道の先と私を交互に見る哲弥の背中を、軽く叩いた。


「ただ…これだけは、約束して」


「?」


「今日の事は、誰にも言わない事」


「どうして?」


「私が、ヒトじゃないから」


「…は?!」


「決まりなの」


「も、もし…約束を破ったら?」


「─ 死んでもらうから。」


----------


「今日って…11日だっけ」


 ベンチの隣で呟いた哲弥の顔を、私は覗き込む。


「用事でも思い出した?」


「先月の昨日の事を、思い出しただけ」


「何が有ったの?」


「山での、初 遭難記念日」


「…え!?」


 私は声を上ずらせた。


「ま、またぁ…大げさにぃ」


「助けてもらえなかったら、悪くすると凍え死?」


「そ、そうなんだぁ…」


「宇江山で、なんだけどね」


「─ は?」


「背の低くくて…ショートヘアの ぽっちゃりさんな女の子に、助けてもらった」


 反射的に私は、哲弥が掛けていた眼鏡を取り上げる。


「命の恩人の姿も ちゃんと見えないポンコツに、こんなものは不要!」


「─ いきなり、何?」


「私の何処が、ぽっちゃりなの?!」


「…」


「髪だって短くないし、背だって哲弥より高いでしょ!」


 語気を荒げて、私は食って掛かった。


「あんたが助けられた場所は安威山で、日付は先月の昨日じゃない!!」


「─ 僕は、何も言ってないから。」


 我に返った私は、自分が しでかした事に気が付く。


「ひっ?!」


「バラしたのは、こ・ま・や だからね。」


----------


「…いつから、気が付いてたの?」


 私から取り返した眼鏡を、哲弥は掛け直す。


「こまや が転校してきた初日から」


「な、何でぇ!?」


「名前も変えず、同じ顔のままで現れて、何で ばれないと思うかな」


「よ、妖力で、気が付かれない筈なのにぃ…」


「─ 効いてなかったみたいだね」


 脱力する私の肩を、哲弥は引き寄せた。


「参考に訊きたいんだけど」


「…」


「何で、話したら駄目な訳?」


「き、決まりだから。」


「で…守らないと、どうなるの?」


 哲弥の問い掛けに、私は困惑する。


「そ、それはぁ…」


「こまやは…僕を殺したいんだ」


「そ、そんな筈ないでしょ?!」


 唇を噛む私に、哲弥が微笑む。


「─ じゃあ、そう言う物騒な決まりは…な・し」


「え…!?」


「ね?」


 顔を覗き込まれ、大きく頷く私。


 何故なら哲弥の事が、もう取り返しが付かないくらいに 好きになっていたから♡

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案内して 紀之介 @otnknsk

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