第九章 14

 悪い予感は的中した。


 異変を捉えたトムレディーが叫ぶ。



「緊急報告。微弱ではありますが、通信妨害を検知しました。場所は、フロリダ州のアパラチコーラ空軍基地。


 表向きは空軍基地となっていますが、実際は、地下に多数のミサイルサイロが隠されているミサイル基地となっています。


 ノヴェ・パカリーニャは、この基地に対して制圧作戦を実行するものと思われます。いえ、制圧作戦はすでに開始されていると判断すべきでしょう」



「基地の防衛力は?」



 ヴェガ分析官は陸軍出身ではあるが、基地の防衛能力に関しては専門外であり、アパラチコーラ空軍基地がどれほど持ちこたえられるのか分析できず、より高度な知識を有する同僚に訊ねた。


 トムレディーが速やかに説明する。



「防衛力は制圧手段によって変動しますので、一概には算出できません。制圧には、大きく分けて二つの手段があります。


 一つは、一般的な手段である外部からの制圧。


 もう一つは、内部からの制圧です。


 前者の場合は、敵の戦力が強大な場合でも充分な時間を稼ぐことが可能ですが、後者の場合は、相当に分が悪いと言えるでしょう。


 敵が内部に入り込んでいた場合、基地内の防衛設備はすでに無力化されている公算が大きく、兵士による建物内での近接防衛のみに頼ることになるでしょう。敵の制圧手段が、前者であることを祈るばかりです。


 コンテナ船の警備が不自然なほどに手薄だったのは、この作戦に動員されていたからだと思われます。すみません、私がもっと早く気づいていれば……」



 ヴェガは眉間に深い皺を寄せながらも同僚を慰め、指示を出した。



「気づいていたとしても、防ぐのは困難だったはずだ。今できる最善の対応に集中しろ」



「我々にできることは――、待ってください。たった今、新たな報告が入りました。現在、軍はアパラチコーラ空軍基地に偵察機を送っているようです。


 現地からの状況報告が入るまで、基地に関する情報を補足します。


 アパラチコーラ空軍基地は、第三次世界大戦後、ロシア連邦からの核攻撃によって大幅に弱体化したミサイル攻撃能力を速やかに補うために急造された新しいミサイル基地で、大陸間弾道核ミサイルの保有数と射出口の数は、全基地で最多となっています。


 つまり、世界最多です。ここが制圧された場合――、ああ、なんということなの。報告します。たった今、各所の基地で強力な通信妨害が発生しました。通信妨害範囲が瞬く間に拡大しており、非常に危険な状況に移行しつつあります」



 過去に経験したことがないほど不快な寒気を感じたヴェガ分析官は、背筋を正して懸命に動揺を払いながら、トムレディーに指示を出した。



「まずいぞ。核ミサイルによって、国が破壊される。妨害状況を常に報告しながら、解決策を出してくれ!」



「解決は困難です。国内の通信網が次々に遮断されています。


 CIAとNSAの電子班に所属するアンドロイド職員すらも対処できていないということは、恐らく電子的な妨害工作だけでなく、平行して、何らかの装置を用いた物理的妨害工作も実行している可能性があります。


 ……追加報告。CIAが各国政府に警告を発しようとしたようですが、失敗した模様です。世界各国との通信も、全て妨害されてしまいました。衛星も機能していません」



 トムレディーの状況報告を聞いたヴェガ分析官の口は開いたままになり、そこから、芯のない言葉が、ほろほろと漏れ出た。



「なんということだ。ノヴェ・パカリーニャの標的は合衆国ではなく、世界か?」



「どうやら、敵は周到な準備をしていたようです。国内の軍事基地にはテロ警報が伝わっていますが、他国はノヴェ・パカリーニャの動きを全く把握していないので、対応が後手に回るでしょう。我々には健闘を祈ることしかできません」



 言葉を切ったトムレディーは、立ち尽くす五人の新生ロシア人に向き直って言った。



「通信を妨害される前に、対迷彩技術の向上を図るための試作実験台となるロボット兵の派遣を要請しておいて助かりました。そろそろ、こちらに到着するはずです。あなた方は、その八体のロボット兵たちがき次第、改良を加えてください。そのロボット兵が、乗っ取られていない部隊を直接訪問して改良ソフトウェアを配布して回ります。三体だけ、ここに待機させておいてください」



 CIA職員のやりとりを聞いて状況を把握していた新生ロシア人の五名は、激しく動揺しながらも、それぞれの脳神経インプラントを同期させ、協力して対迷彩技術の新たなプログラム構築を開始した。


 状況を解決するには、戦闘行為に頼らざるを得ない。不本意ながらもそう考えた彼らは、自分たちの技術が人々の命運を決する可能性があることを強く意識し、課せられた使命と向き合いながら改良を急ぐ。




 マラートは作業をしながら、あらゆるルートで通信を試みているトムレディーに問う。



「どうして、こんな簡単に通信網が遮断され、基地が攻撃されてしまったんですか?」



「ロボット兵を大量生産し、それらを総動員しているのかもしれません。それと、ベロボーグ計画のために建造されたシェルターを隠すために進歩した擬装技術による成果でしょう。


 平和を享受して過ごしていた我々とは違い、彼らは戦争することを前提として生きてきました。戦闘に関連する技術は、我々よりも優れていると予測しておくべきです。


 我々は平和な世界で生き、彼らは恐怖と復讐心の中で生きてきました。戦争技術の進歩に差が出るのは、当然のことなのかもしれません」



 続いて、ソーフィアが疑問を口にした。



「乗っ取られているらしい基地を破壊して、無力化することはできないの?」



「アパラチコーラ空軍基地に限らず、アメリカ合衆国の軍事施設を相手に、核や質量兵器を撃ち込んで無力化を試みてはなりません。


 何故ならば、それらの攻撃がなされた場合、緊急事態と判断した基地の管理システムが核ミサイル発射シークエンスを短縮し、あらゆる規制プログラムを超越して発射可能段階へと進んでしまうからです。


 そうなった場合、基地を制圧したノヴェ・パカリーニャは発射規制プログラムの解除作業をする必要がなくなり、容易に核を撃てるようになってしまいます。


 そもそも、基地機能の中枢は地下にあるため、大量破壊兵器や地中貫通ミサイルを直撃させたとしても、そう簡単には破壊できません」



 妨害されていない通信ルートを模索していたトムレディーが、作業を放棄して言う。



「やはり、通信は不可能です。ここ十数年、ロシアンテロリストの活動が消極傾向にあったのは、この計画の下準備をしていたからだったのでしょう。


 周到に用意された作戦を挫くのは、困難を極めます。まずは情報を集約し、対応策を練る必要があります。


 私はこれより官邸に向かい、大統領と面談して指示を仰ぐとともに、事態に対処するための適切な進言をしなければなりません。


 全世界を対象とした大規模な通信妨害がされてしまった今、直接お会いするしかなくなってしまいました。道中の警察署などでヘリを確保し、すぐに役目を終えて戻ってきます。では、行って参ります。アラカン、みんなを頼みますよ」



「了解した。くれぐれも気をつけて」



 トムレディーはアラカンに警護を任せてから新生ロシア人たちに向き直り、強い意志を宿した視覚センサーで、アレクセイ達を順番に見つめながら言った。



「ノヴェ・パカリーニャは、あなた方と同じ環境で生まれ育ったロシア人です。彼らを相手にするには、ロシアの技術を熟知している人材が必要です。基地を手中に収めた彼らが施しているであろうプロテクトは、あなた方にしか解除できない可能性が高く、基地を奪還する際には同行してもらうことになるかもしれません。心の準備をしていてください」



 そう言うと、トムレディーは五人の返事も反応も待たずに隠れ家を出て、ノヴェ・パカリーニャのアジトから逃げてきた際に乗ってきた商用ワゴン車に乗り込み、不正操作によって自動運転機能を強制解除して、高速走行を開始した。


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