第八章 手と手を

第八章 1


僭越せんえつながら、記者を代表して会見を取り仕切らせていただきます、世界公益通信社のキャロライン・モレッティと申します。まず始めに、今は亡きロシア連邦の地下シェルターで誕生し、地上へと帰還した新生ロシア人の皆様より、自己紹介をお願いいたします」



 ブロンドの若い女性記者に促された第一世代の六人は、ロシア連邦で用いられていた、姓、名、父称の表記順ではなく、世界で一般的となっている、名、父称、姓という表記順に倣って自己紹介をした。地上に進出した時のために、両親と共に学んできた英語で。



「こんにちは、オリガ・ティップトゥエヴナ=ガブドゥラフマノヴナ・ミハーイロワです。こうして皆様と会えたことを、とても嬉しく思っています」


「ソーフィア・ティップトゥエヴナ=ヤーコヴレヴナ・ヴォルコンスカヤです。映画を観るのが好きで、特に冒険物語を気に入っています」


「ニコライ・ティップトゥヴィチ=エフィモヴィチ・コルマコフです。なるべく丁寧に、皆さんの質問に答えられればと思っています」


「マラート・ティップトゥヴィチ=セルゲーエヴィチ・オドエフスキーです。絵を描くのが好きなので、これから本物の絵画を鑑賞してみたいと思っています」


「アレクセイ・ティップトゥヴィチ=イヴァノヴィチ・チェルネンコです。好きなものは、そうですね、ここにいる家族と過ごすことで、なんでも一緒に楽しめます。これから、皆様と豊かな友好関係を築きたいと願っています」


「エカテリーナ・ティップトゥエヴナ=ニコライエヴナ・チュリコワです。最近、やっと緊張せずに話せるようになってきました。好きなものは、植物と動物です。地上にあるもののほとんどが好きです」


「そして僕は、この六人の父さんと母さんをモデルにして造られた、アンドロイドのアトヴァーガだよ」




 新生ロシア人の六名とアンドロイドは、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市にある国際連合本部ビルの会見場で、長机を前にして七つの椅子に並んで座り、各国の報道陣と向き合って記者会見を行っていた。


 広々とした会見場の壁に張り巡らされている金属レールを使って縦横無尽に電磁浮遊する報道カメラが、花の蜜を狙うハチドリに似た挙動で音もなく飛んでは静止するのを繰り返しながら、壇上の席についている新生ロシア人の六名と一体を撮影する。


 ソーフィアは恥ずかしそうに首を掻き、その流れで短い髪をで整えながら、近づいてきたカメラに向かってはにかんだ笑顔を見せた。


 それとは対照的に、マラートは俯いて、横に撫で付けた髪をさらりと前に垂れさせて、顔を隠す。


 第一世代が着ている正装用の軍服は一昔前の様式なので、とある記者は、彼らはまるで、第三次世界大戦前の時代から時間旅行をしてきたかのようだと、記事に載せる画像の注釈部分に書き添えた。




 ベラルーシのビデプスクにあるテレビ局のカメラの前で正体を明かしてから六日の間に、彼らを取り巻く環境は激変した。


 滅亡したはずのロシアの地下深くで機械の子として生まれ育ったという彼らの告白を聞いたディレクターは、当然ながら疑ってかかったが、彼らが持ち込んだ成長記録映像と、地上進出時に記録していた車内と車外の記録映像を観て、本物の可能性があると判断し、支局長に報告した。


 舞い込んだ極上の取材対象の出現は、首都ミンスクにある本社へと伝えられ、すぐに本社でのインタビュー映像撮影の予定が組まれた。


 新生ロシア人の六名と一体は密入国者であるため、最悪の場合、ベラルーシの国家権力に拘束される恐れがあった。


 テレビ局員は移動を躊躇ったが、新生ロシア人の六名と一体は迷彩装甲車があるので安全だと言い残して、案内なしでミンスクにある局の本社に向かい、そこで大掛かりなインタビュー映像を撮影した。


 遺伝子検査をするなどして信憑性を認められた彼らは、報道番組に出演して素性を明らかにした。


 さらに、第一世代が旅立つ際にエレーナが手渡したビデオレターの内容も紹介され、十歳年下の第二世代が存在することも広く知られるようになった。


 その番組は、ベラルーシに留まらず世界中の人々の目に触れ、注目を集めた。


 世界の人々は、地下で産まれ、地下で生活しなければならないという状況を生んだ第三次世界大戦のことを改めて学び、彼らの境遇を憐れんだが、それは知的水準の高い者に限られた現象で、ほとんどの者は、存在しないはずの純粋なロシア人が存在し、しかも機械に育てられたという驚くべき事実に強烈な好奇心を抱き、新生ロシア人を珍獣のように持てはやした。


 その結果、世界平和を謳う国際連合も注目し、大規模な会見が開かれるに至ったのだった。




 オリガは左手でワンレンスグの長髪を耳にかけ、息を大きく吸い込み、慎重に言葉を紡ぎ始めた。


「何よりも優先して、皆さんにお伝えしたいことがあります。私たちはロシアの大地の奥底で生まれ、世界と繋がるために地上に出てきた、ただの人間です。ロシア連邦の亡霊ではありません」


 その一言で、好奇心と興奮に沸き立っていた会場の空気が、一瞬にして引き締まった。


 オリガは少し間を置いてから、話を再開した。



「私たちが復讐をしに来たと誤解してしまわれた方々が大勢いらっしゃると知り、私たちは大変驚きました。ご心配なさっている皆様、それは誤解です。私たちは復讐などしません。戦争は万人の敵です。私たちは、ただの人間同士です。対立する理由のない友人同士なのです。復讐などという愚かな行為をするために、地上に出たのではありません」



 沈黙。



 この会見は、彼らの人となりを知るために開かれたもので、政治的な立場については、そのあとに掘り進める予定だった。


 会見の方向性が早くも政治に偏り始めたのを問題視した記者たちは、質問内容を修正し始めた。


 アジア系の男性が先陣を切って挙手し、質問機会を得た。


 会場のホログラム機器が、その男性がアメリカの通信社に所属していることを表示して伝える。



「慣れ親しんだ地下施設を離れ、地上に出た時の気分はどうでしたか?」



「素敵な体験でした。私たちは世界と繋がりたかったんです。平和を感じながら、本物の空を見上げてみたかったんです。子供の頃から夢見ていました。初めて外に出たときは、高すぎる空に恐怖を覚えたりもしましたが、今は最高の気分を味わっています。本物の太陽、本物の風、本物の月、本物の星。本当に美しいです。我々の両親が作ってくれた大型ディスプレイに映し出される擬似風景も美しかったのですが、本物には勝てませんね」



 続いて、フランスに本社を置くニュースサイトの女性記者が質問する。


「地下ロシア製のアンドロイド、アトヴァーガさんについて質問させてください。アトヴァーガとは、ロシア語で勇気という意味ですね。どのような経緯で名づけられたのですか?」


「国境を越えるために旅立つ私たちに、最も必要なもの。それは勇気でした」


 オリガがそう説明すると、アトヴァーガが軽く挙手して発言した。


「自分で言うのも変だけど、人類史上最高の命名だと思うよ。ここまで来るには、実際に僕の力が必要だったんだからね。僕は大活躍したんだよ!」


 その子供のような語り口に、記者たちは思わず笑い声をこぼした。


 手ごたえを感じたオリガは、友好関係を堅固なものとするため、アトヴァーガの詳細を話すことにした。


「彼は、私たちにとっては子供のような存在です。見た目はさほど変わりませんが、作ったのは私たちですからね。特に、このニコライが一番可愛がってるんですよ」


 唐突に話を振られたニコライだったが、彼は動揺することなく滑らかに発言する。


「オレは全体の設計を担当しただけで、特に可愛がっているというわけでは……。こいつは父に比べて言語性能が低いですし、突拍子もない行動をしますし、まあ、憎めない奴だとは思ってますが」


「このとおり、彼はアトヴァーガを溺愛しているんですよ」


 オリガの言葉に、また記者たちが笑った。会見という名の外交は、今のところ順調だ。

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