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 大きく礼拝堂内の宙に展開された魔法陣は、全てで九つ。実体の無い空気に刺繍でもするかのようにあまりに細かく繊細な文字列が刻まれていて。それに呼応するように、同じ数の竜の首がその魔法陣を介して空間へと現れる。その頭上に、新しい教師と思われる人間達を幾人ずつ乗せて、……空間が震える程の鳴き声を僕達の耳にまで届けてきた。色も形も全く同じ姿の竜の首だけが、まるで僕達全員を魔法陣を通して覗きこもうとしたような姿勢だ。

 こんなにも近くで、これほどの珍しい召喚獣を見たことは無い。鼓膜にまで響く鳴き声は、大体の人間がその手で耳を塞ぐのも当然で。まるで人為的に起こした地震のように、建物さえも揺れているように感じる。

 スケールが違いすぎる。竜種だなんてこんなの、図鑑でしか僕は見たことも無いのに。……それを意図も容易く、皆に魅せる為だけに魔法を使っているのが有名作家と言うことも驚愕と混乱を大きくさせている要因である。


「さあ!今だけここは一時の夢、儚くも煌めく幻想のサーカス!掴みの挨拶とお思い下さいな!」


 ロジー。

 そう名乗った青年がその手に持つ傘を振ると。その動きにあわせ、礼拝堂の座席から壁の間の距離が一気に伸びる。まるで地面を引き伸ばして繋げたかのような魔法を、無詠唱でさらりと使いこなした点がやけに目につく。

 広がった場所、床を割りながら生えてきたのは信じられないことに様々な種類の花達だ。本来咲きもしない場所から力強く、生えているのだ。床の素材を壊しながら成長して美しい花を次々と咲かせていく光景は、まさしく奇跡と名をつけたショーと呼ぶのが相応しいだろう。


「僕の幻獣達の魅力を知って頂くには、ここの中は少し狭すぎますからね」


 手癖であるのか、傘をステッキのようにくるりと回して手に取り、ここを自分だけの舞台として礼拝堂を使いやすくした彼の姿。ゴシック調の衣装もさることながら、その顔もその色も確かに僕の愛読書群…昔から好きだった小説家、ロジーの著作物の全てに載せられていた写真と同じもの。けれど、著者近影でも写ったことの無い身体の部位には、明らかに異形と取れる種族の特徴があった。

 ……頭部から生えた羊のような角。腰の位置から生えた、対になる蝙蝠のような大きい黒翼。その下の位置に嫌でも見えるのは爬虫類のような、……いや、竜のような、尾。獣人や亜人は僕も目にしたことはあるが、一定の場所以外は出歩かなかったことが多かったからかそれでも数える程だ。それを除いても、あそこまで「混ざっている」と言うのが一目で分かるくらいの種族は珍しい。


 ――さあ、皆出ておいで!


 彼の呼びかけに答えるように、多重展開がそこかしこで成される魔法陣の形や大きさはまちまちで。そこから溢れ出てくるように召還されるのは、見たことも無い幻獣達。伝承や創作上の物とばかり思い込まれていたもの達も中にはいるだろう、憶測でしか言えないのは、本当に見た事が無い類のもの達まで多く在るからだ。

 パレード。今の現実は、正しくお祭り騒ぎである。生きる幻獣博物館と言うのが相応しい。……前世の知識とこちらの知識を総動員しても、かろうじて知りえる範囲であれば、一角獣、ニンフ、いや待ってケルベロスとかも普通にいるし、何か慣れた手つきで女生徒ナンパしてる妖精類もいないか、あれ。

 数えている暇どころか、これらを説明するには目も口も驚く程足りない。人間であることを悔いるのも当然というレベルだ。幻獣のみならず、聖獣、恐らくは魔神と呼ばれる粋の者も。小手調べと言わんばかりに代わる代わる、有り得ない程の稀少な存在を召喚しては彼らを戻していく。巨大な存在は身体の一部だけ召喚されているようだが、心臓に悪いのもちらほら見かける。…白くて長くてでかい吸盤を持った触手なんて、クラーケン以外に心当たりが無いのだが。

 最初こそ、驚きが強く叫ぶ生徒達であったが。目の前に見える壮大な能力に、そしてその高等な術式と無詠唱で軽々とこれ程までのことをこなして見せる様子に言葉を飲んでいく。人間、本当に力が違いすぎる存在を目にすれば自然に声を失うと言うのも分かることだ。能力の凄まじさをようやく受け入れられた者達から、順にあの青年が何者かと言うことにようやく視点を変えられる。王に呼ばれた名前、彼自身が名乗った名前、そこからはじき出された結果に更に意外性を感じるのだ。


「ロジー、って…え?ほ、本物!?こんな魔法使える人だったの!?」

「さ、サイン!後でサイン貰いたいっ…!」


 ロジー・レイヴル。彼は十七年前このカナリア国内に、世界屈指の黒魔術大国ラースリリアから亡命・移住してきた小説家だ。著書に載せるのは名前とそれだけの略歴、著者近影でも全身も映ったことは無い、不思議な魅力を持つ存在。僕の本棚をどんどん埋めるのも、彼の書籍ばかり。カナリア王国から今も作品を発信している芸術家とも言えるそんな存在が、……ここの、講師に?

 有り得ない、なんてことはこの世界では有り得ない。地球の感覚から抜け出せず魔法もろくに使えなかった頃から、自分に対して言い聞かせてきたことだ。いつだって魔法は自分の中の固定観念を壊していく。

 抜けそうになった腰がなんとか普通に戻って。いや、このお披露目の目的が前座としてのアピールだと言うのはなんとなく分かるが。竜種どころか更にレアリティが高すぎる種族達を見れるとは思わないだろう、高等召喚士を除けば研究職くらいしかお目にかかれない幻の域の存在なんだぞ。ぶっちゃけ、今目の前に起こってる光景だけで数百万…数千万以上金が取れる程の価値がある。何かもう、何も怖くなくなってくるな、こういう景色を見ると。人間相手に色々考えていた自分がちっぽけに見えてきそうだ。


《ノア。聞こえますか。この騒がしさに紛れているうちに、一言だけ。――彼は、ロジーは、ワタクシ達と間違いなく”同類”です。それも、桁違いの》

「…!」


 貴方も感じたでしょう、ワタクシ達が会った時と同じ感覚を。


 ウィドーのそんな声が、僕だけに届く。それに返事をすることは、今のこの場では叶わない。畜生、なんたってこんな、僕にだけ情報量が多すぎる事実が襲い掛かってくるのだろうか。ウィドーの爆弾発言でも、今は僕は心を揺らすわけにはいかないのだ。今の僕の目的は、エリーゼの盾になるということで、それが最優先事項なのだから…逆に言えば、衝撃がどんなに大きかろうが驚きすぎてそちらに精神を割いてはならない。

 僕の心を鍛える機会とばかりに、あまりに多すぎる混乱の種が内側に埋められていく感覚がする。隣のエリーゼをちらりと見やれば、同じく唖然としていた時間もあったようだが、すぐに冷静さを取り戻していたようで。履き違えちゃならない、そもそも学園に来たのもエリーゼの為。これからもエリーゼの為に努めるのみ。だからこそ、それ以外のことに現を抜かしてはならない。


 ――例え、地球育ちの前世持ちが、実はもう一人いたなんてことを告げられたとしても!


 メンタル強度確認の試用試験か何かなのだろうか。ウィドーがいたからもう一人追加、なんてそうそうあるわけじゃなし。そもそも僕自身、何故地球に住んでいたこの世界を知る者が揃ってここに転生したのかその理由の切れ端にすら辿り着けていないと言うのに!ああ、神からの仕打ちがひどい。

 

「それでは、ここいらで皆はお暇致しましょうか!皆々様、僕の可愛い仲間達に、お別れを!」


 振り上げた傘と共に、一斉に消えゆく召喚獣。床を割って咲いた花々も、変化させられた礼拝堂の内部も、全てが全て急速に戻っていく。時間を巻き戻したかのように、完璧に元通りになった場所。

 …礼拝堂の壇上では、ロジーが深く礼を行い。その横にいる、攻略対象が幾人も混じった教師陣達に向けて、紹介するように手を差し出した。


「…改めまして。僕はロジー・カタストロフ・レイヴル。このミドルネームを晒すのも、全身を身内以外に見せるのも、この国に来てからは十年以上ぶりです。ご存知頂けている方々に、そしてそうでない方々にも、これからこちらの学園でお世話になる機会がある身としてご挨拶させて頂きます。…僕は作家活動をしております故、常勤ではなく臨時講師として、暇がある時に稀少魔法の講義を行わせて頂く大役を担っております。我が友、我が王、ベニアーロ・クラウリス陛下。……ベニアーロくん、のお誘いがあったからこそ今日の日にも顔を出させて頂きました。これから生まれ変わる学園の手助けに、少しでもなれたら幸いに思います!」


 詳しいことはまた後ほど、まずは一緒に就かれる先生方に、バトンを渡すと致しましょう。

 そう言って、話す権利を譲り渡した彼はにこにこと微笑んでいた。…僕の精神がどっと疲弊したのも、知らない顔で。


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