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「皆、休むことなく来て貰えたようで嬉しい限りだ。少々の時間とはなるが、新学期が始まる前に私から事のあらましを説明させて貰おうと思う」


 護衛に見守られる彼は、礼拝堂の中心に立ち。ぐるりと生徒を見渡しながら、そう一言呟いた。特殊な魔法ですぐ側から聞こえる王の声に、居眠り等出来る度胸がある者はここにはいないだろう。王がわざわざ時間を割いてまでその身で来られた、と言うことの異例さ、深刻さをこの空気伝いに肌で感じることがこれ程までに申し訳なく恐ろしいとさえ思うのだ。

 ベニアーロ・クラウリス。カナリア王国、現国王。十七歳と言う異例の若さで玉座を守る彼は、その身体ひとつに国の重さを背負ってもまだ軽いと豪語することが出来る規格外の才能を持て余すことなく、淡々と努力を重ねることも一切苦だと思わぬ出来すぎた存在だ。絵に描いたような天才、創造の話ですら容易く上回ることの出来る秀才、神に創られた物そのもの、果ては審判者だの死神だのと異名ひとつとっても溢れる程の、有り得ない存在。

 その名を冠する国王を表す為に要する言葉は、少年の快活さ、青年の利発さ、男としての艶やかさ。それに女神の悪戯。それら全てを掛け合わせて生まれた彼の存在は、魔性と例えられ持て囃されることがある横で魔そのもの…青年の容貌をした死神として恐れられることもあるほどだ。若くして何故そのような異名まで付けられ、平穏の裏にある国の負の側面を一手に引き受けようとされるのか。それは、全て彼女の為だと彼は言う。カナリア女王の手足となって動くこと、それこそが役目だと語ることもある。


「……ここにいる全校生徒諸君、突然の休校期間に心当たりもある者もそうでない者もいるであろう。そうとも、王家直々に学園を休ませることなど生きていてあまり経験することも無いだろうな。まずは、心労を重ねさせてしまったことを侘びさせて頂こう。学期末の休暇期間も変更となり、大きく予定が狂った者も少なくは無いとは考える。純粋にそう言った迷惑を被った者の為にも、嘘偽り無くこれからの言葉を出そう」


 礼拝堂、祭壇の上。ベニアーロ王がすぐに言葉を出しはじめて、生徒側の緊張も余計に高まる。ただ、王の眼前であると言うことと…私語をすれば声を消されてしまうこともあり、体をかたくしながら王の言葉を一言一句聞き逃さぬ姿勢を作るのみであった。

 実際、先程この特殊な魔法に驚いて声をあげようとした生徒が声を消され、口を動かしても呼吸をしている音ですら何もかも奪われてしまったのを見た。音を操る術と言う、肉眼では決して見えない範疇のものを能力として落とし込む高度な魔法に、僕自身も驚いた。この魔法の使用者、ウィドーも相当に稀少な者らしい。別の世界の記憶を持つ者二人して珍しい魔法を使えるとは、よりいっそう僕の情けなさが目立つ。こんなに広範囲、しかも多人数相手に魔法を発動していると言うのにここからかろうじて見えるウィドーの様子と来たら、疲れている素振りすら全く見受けられないのだから。僕よりも長く世界を見て、僕より長く鍛練してきただろう苦労が伺える。

 そして、その苦労を…今傍に仕えるあの二人の為だけに全て望んで引き受けたということも。


「既に勘付いている者もいると思うが。此度の異例の休校は、この学園の腐敗した体制が原因である。決して、誰か一人の責任と言うわけでは無く……積もり積もった物を清算する時が来たと言うだけだ」


 最上級生に至ってはベニアーロ王と同年代である、同じ年齢でありながら国を背負い過酷な働きを見せる彼に何を感じるのだろうか。息をのみ今を見守る皆は、果たして王の姿に、言葉に、何を見ているのか。

 強すぎる故の見たことも無い程の個性色は、例えるならベンタブラック。王の黒色は光をも飲み込む為か全ての光を反射すらしない。その瞳に、その髪色に、光が通う軌跡の一寸ですら存在しない。全ての色の才能を取り込んだような、美しくも禍々しき色。

 ハイライトの一切無い双眸はどこに焦点をあわせているのかさえ把握出来ず、その髪色も、黒で統一された衣装も全てが全て光による影響を受けていないからか彼だけ同じ場所にいるとはとても思えない様子になっていて。現実にいながらにして、幻想のような人達だ。眩い光で全てを飲み込む女王とは反対に、闇によって全てを包む王。実際にこんなに近くで拝める時が来るだなんて、前世の人が知ったら卒倒することだろう。いや僕も相当に驚いている。


「前置きを流すことは時間の無駄だ、夢を壊すようで悪いが、君達の学園は以前のように眩い象徴では無くなっている。具体的に挙げればキリが無い、汚職、隠蔽が主ではあるが…………我々は敢えてそれを静観していた。せざるを得なかったと言うべきか。学園一つだけ守る前に、我らには国を守るという絶対的な義務がある。故に、意見を募った後に自浄作用が働くかどうか見極める期間を設けたのだ。……私は知らぬが、この学園が設立された頃から数代変わるまで、生徒も教師も優秀だと聞いていたのでな。先代王達がそこまで言葉を出すのなら、と。一度手を入れることを止め、試しに見守った。結果、この学園には泥がはびこる事態となった」


 自覚のある者こそ、この言葉を刻めと言わんばかりに。王の言葉は幾重にも刺さる。


「一例を挙げよう。成績を売買した教師、それを自ら望んだ生徒。金の力で不当にギルドへの就職を斡旋させようと教師へ迫った生徒、多額の賄賂を受け取っている教師や経費を大幅に誤魔化して上にそのまま上げた者もいる。生徒同士の暴力行為が起きたことも耳に新しい。――王としてでは無く、個人としての私怨を口から出すことを許してほしいが、私としてはこの礼拝堂をあろうことか断罪の場に使う等と言うこともあったと聞いて、私に対して喧嘩を売っているのかとさえ思いもしたぞ。最上の警備をしていると言うに、不法侵入者も存在したとも。そしてそれら全部、学園からの報告は”一切”無し。あろうことか自分達は隠蔽に走り、善意で以って対応した者の功績に乗るだけの、対応とも言えない結果である。王立の名に対する感情など、既に地に落ちたものと証明してくれた。故に、これからの管理権限は私達国王二人が持つものとする。理事長、学園長という座は双方廃止、その二つに当たる管理者を私とカナリアが行わせて貰う」


 学園の、大きな改革。その瞬間に、僕も当事者として立ち会うことが出来るなんて。

 …明らかに僕、エリーゼ、ヒイロあたりにピンポイントに食い込む一例に。王の名が届く場所でどれだけの不敬をしたか勝手に自覚していろとでも言われているようだ。初代カナリア女王の聖像が在るこの場所で、断罪騒ぎなど確かに敬意の一切も感じられない。その騒動を更にややこしくした戦犯も僕である。初めて会えた時から本当に女王が恐ろしいとは思いはしていたが、今考えると初めに女王の方から歩み寄って来て下さって本当に良かったと思う。今の空間を味わえば誰だって、女王よりも王と対峙する方が嫌だと泣き出すに違いない。

 私に喧嘩を売っているのか?と問うような言葉を出した瞬間の王は、カナリア女王と同じく優しい微笑みを携えていはしたのだが。この場面でそれをそのまま、優しさとして受け取ることは出来ない。


「そしてしばらくの間……リドミナ学園の名は悪く映るだろうことも言っておこう。交流ある学園相手どころでは無い、この学園改革については報道機関を使い国内で大々的に取り上げるつもりである。目的は内部浄化が完了したことの表明、新たに揃えた教師陣の顔の売り出しも兼ねてはいるが……そのような状態の学園を野放しにした期間があったという戒めを目に見える形で残すものとする。君達に与える試練とでも言っておこうか。実のところ、君達生徒全員の伸びしろに私は期待していてね。このくらいの悪名がついたところで、真に未来を生きようとするのならその程度のハンデどうということもあるまい。既にそういった悪行の前科がある者には、書面も送付の上で使者から直接の警告も出されたことだろう。貴族であろうが平民であろうが、鞭も飴も平等の量を与えねばというのがこの学園に通う以上決めた方針でね」


 顔を白黒させる生徒もいれば、何でそういった奴らの為に巻き込まれなければならないんだと顔を赤くする者までいる。しかし、今出た言葉が温情以外に何だと言うのだろうか。退学もさせず、しかし個々人の罪の記録は把握済み。後ろめたい部分を握られた者の心中は計り知れない。

 他人の目など気にせずにそれでも努力を続けることが出来る者のみ残れと。これはある意味、王自身による生徒の選抜でもあるのでは無いだろうか。


「王立の名に相応しい志を持った生徒となれるかどうか、これからを楽しみにしている。そう、私はここにいる皆全員に期待しているのだ。酷な仕打ちと思うかもしれないが、それだけは真実である。これからの学園の繁栄は、今の君達の努力にかかっていると言っても過言では無い。私はともかくカナリアの顔にこれ以上泥を塗るようなことがあれば――…何、冗談だよ。王たる者、笑える冗談も言えねばならないからな。では皆、心の中で笑って終わるとしようか」


 王よ。すいません笑えない冗談です。いや貴方から見たら冗談でしょうけれど。恐ろしいです。

 経緯の説明は以上だ、と。彼が祭壇の上で、今度は年相応の笑顔を見せる。次いで、「これから新たな教師陣の紹介にうつるとしよう」と、明るい声色になって。


「カタストロフ!そろそろ出て来ても良いぞ!」

≪…もう、皆待ちくたびれちゃったわよ、ベニアーロくん≫


 そう、どこかへ呼びかけたと思ったと同時。それに呼応するように誰かの返事が上から響き、礼拝堂の高い天井に亀裂が走る。正確には、天井に近い空間に亀裂が走った、だ。

 ……まるで、映画のワンシーンを見ているかのような。そんな光景がすぐに広がる。大きく裂けた上空の地点を中心に、更に巨大な魔法陣が幾つか円状に展開されていく。いつの間にウィドーの魔法が解かれたのか、既に声を出せるようになっていた人間は何だ何だとその様子を見て口を大きくあけて驚いていた。 


「ふふん!作家たるもの、やることなすことに反応はほしいですからね!さあさ、皆々様!湿っぽい話はここまで!ここから先は、僕達教師陣が貴方達若人へのエールを送ると致しましょう!……リドミナ学園オンリーの特別魔術、たーんと楽しんでいって下さいまし!」


 展開されたそれぞれの魔法陣から閃光と共に現れたのは――長い首を持つ、幻獣と呼ばれる竜種の姿。

 そして、花と共に、嵐のようにベニアーロの真横に現れた存在。その姿を瞳に映した途端、僕の心に複雑に入り混じった感情が生まれる。


「まずはこの特別臨時講師、ロジー・”カタストロフ”・レイヴルによる幻獣召喚の大サービスをご照覧あれ!!」


 そして、その一言で。僕もついに大声を出して驚いてしまった。知っている人物。僕が、誰より読んだ、あの作品群を作った存在。……それ以外にも走った稲妻のような感覚に、覚えがある。これは、これは、僕がウィドーと初めて出会った時のあの感覚に酷似している。まさか、そんな。


 見知った名を持つ者が出た場で、竜種達の頭に乗った別の教師が祭壇に優雅に降り立つ中。僕自身の物語に、激動が走ったことを強引に察せられたのであった。

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