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 全くもって忌ま忌ましい、睨まれたくらいで萎縮する程度の肝っ玉しか持ち合わせていないならわざわざこっちにまで来て喧嘩を売りに来るんじゃない。ああいう男を見ると、本当に同じ生き物なのかも疑わしくなってくる。どうせエリーゼの出鼻を挫いてやろうだとか、物見遊山の軽い気持ちで通りすがるのか……もしくは、安易な正義面をしたいから、彼女を利用しようとしているのか。何にせよこちらに突き刺さる視線も、時折無駄な勇気を出しては彼女に一言くれてやろうという輩も全て胸糞悪い。このまま誰かを殴り倒しそうな威圧感をぐっとこらえて、胸を張り身体を更に大きく見せようとしながらエリーゼとの間に割り込んで話せば皆分かりやすいように怖がって逃げていくのが面白いくらいだ。数人追い返せばもう皆まともに関わろうともしてこない、これから朝礼の時間だろうがしっかり着席することも出来ないのか。休校期間に一体あいつらは何も反省しなかったのだろうか。安っぽい正義面をしたところで何の得も無いと言うのに。

 リドミナ学園礼拝堂内部、円形に配置された座席の一番後ろで高い場所。そこで僕達二人は、通常の登校時間が訪れ続々と集まって着席していく生徒達の様子を最初から見下ろしていた。女王様との対面の後、エリーゼの過ごしていた教室を案内して貰ってから、本来よりずっと早い礼拝堂への立ち入りを許可されていた僕達はそのままそこを訪れたのだ。何事も行動は早ければいい、来る生徒を見下ろすのも楽しいとは思うが、些か性格が悪いだろうか。まあ、一番初めに座席を独占して座れば嫌でも目立つ、それに対して露骨に向いてくる視線を判断出来るのも利点だった。様々な話題でざわりと騒がしくなる礼拝堂内部、確か生徒全部で1300人はいたと思う。

 ……前に大雑把に侵入してきた経路だけは、いやにはっきり思い出せる。今見下ろす礼拝堂の中心部の祭壇、あそこで彼女は断罪され……あちらの入り口から僕が堂々と誘拐にやってきたのだ。僕達が始まったこの場所に、ついに戻ってきた。


「煩わしいの、ようやく来なくなりましたね」

「ここいらだけ貸し切り状態さね、悪くない」


 エリーゼは足を組み腕を広げて、礼拝堂の繋がった座席にもたれかかりリラックスしている様子だ。その真横で図体がでかい男が無言で威圧しながら近寄れば流石に怖かったのだろうか、それともエリーゼに今は下手に関わらない方がいいことに勘づいたのか、僕達の周辺だけ席がすかすかに空いている。過ごしやすいと言えば過ごしやすいが、ホラーな物でも見たかのように僕と視線があうとことごとく逸らされるのは何だか気になる。そこまで血走った目でじろじろと見てしまっただろうか、自覚はあるからしょうがないけれど。


「これだったら、本物のイイコチャンに絡まれる方が大きくマシですよ。喧嘩売り掛けてきたの、全員下心が透けて見えるでしょう」

「本物も本物でなかなか鬱陶しいぞ」


 いつもより少しだけ態度も存在も大きく見せようとしているのは、エリーゼよりも僕に目が向いて欲しいと言うのもある。……それ以外にも、ひとつだけ。

 背が伸びたかな、と最近思ってはいたがそれが本当のことだったと言うのも後押しをしているかもしれない。学園に彼女の護衛付き添いとして手続きを取る際、既往歴の聴取や問診なども受けねばならなかったのだ。その一貫で、気付いた小さな成長。ベッドが最近狭いように感じていたのも気のせいでは無く。最後にまともに自分の背丈や体重を測定したのはいつだったか……なかなか働くことに夢中だと、自分のそういったところは気にしないものだ。せいぜい、家畜に悪影響が出ないよう自分が病気にならないよう気を付けてはいたが、健康体そのもので育ってきたからか余計に自分の記録をしないことになったり。


 結論から言えば、少しだけ背丈が伸びた。


 17にしてまだ背が伸びていることに自分でも驚いたが、数年ぶりに世話になった癒術院での健康診断は僕自身の外側の変化もはっきりと刻んでくれていて。記憶の中で最後に雑な測定を家で行った頃の170センチ弱あった背丈は、ぴったり178センチにまでぐんと引き伸ばされていた。まるで成長期入りたての子供みたいだね、なんて癒術院の先生から言われて何だか気恥ずかしくなったくらいだ。こんなに大幅に変わるなんてこと、漫画の中でくらいしか無いだろうとさえ思えてくる。その日までずっと170センチだと思い込んだ感覚で話していたからか、周りの人間に対する捉え方も急いで変わったわけで。……つまりは、兄さん、180以上は楽々あって、僕より高いウィドーも180以上はあったと言うことになる。感覚のズレを修正すると、余計に周りの男性の凄さに気付いてくるもので。いや何、背丈が高い方が勝ちというルールは世界には無いのだけれど。やっぱり男なら憧れるだろう、背の高さと言うステータスには。

 ともかく。精神的な成長が僕自身にあるのかの自覚はまだ難しいが、はっきりと数値で出された物理的な成長を見るともっとしっかりせねば、この成長を活かさねばとより集中出来て気合いが入るわけだ。結果、眼前で見下してやればある程度の虫除け効力は発揮するようになった。悪役ムーヴ、なかなかに達成感がある。


「混じってますか、貴女を追い出そうとした奴等」

「いるな。だが、こちらを見ることにすら余裕が無いらしい、……相当兄様達に絞られたか脅されたか」

「自業自得ですね」


 驚いたことに、どうやら彼女の断罪に加担した親族の者達も登校していることはしているようだ。血の繋がりがあるからこそ、この場でも感覚的に把握出来るらしい。まあ再教育を担当した人物が人物だから、もう一度愚行をやらかそうとは思わないだろう。


「元婚約者は?」

「顔も名前も忘れてしまってな?ああ、リース家にはもういらぬ家だとは思うのだが」

「良かった。その分僕だけ覚えていて下さい」

「そうするとしよう。ここには覚える価値も無いのが山程いるからな、脳に容量を割きたくない」


 ……エリーゼは、一度切り落とした物を拾うことは無い。ことさら、自分を切り捨てた面々に対して彼女が態度を軟化させることもないだろうと思う。過度に難癖をつけることも無いだろう。興味の対象どころか、最早無関心の域に彼等を入れてしまっているからだ。

 つまり、今僕の言葉に頷いてくれていると言う態度だけでも奇跡である。それを重々承知しながら、僕も彼女が与えてくれた信頼に答えたいと思う。


「――静粛に」


 生徒も大多数が集まり、時間になったそのタイミング。胸ポケットに入れておいた懐中時計を僕が見た瞬間、聞こえた声。僕の隣にはエリーゼ以外に誰もいない筈なのに、真横で発せられたような声の近さに驚いた。その現象は僕のみならず、ざわついた生徒を見るに似たようなことが眼下でも全員に起こっているのだろう。


「静粛に。…これよりこの場の音全ては、ワタクシの管理下になります故。無駄な私語などは声を奪わせて頂きます」


 それはあまりに、聞き覚えのある声だった。言葉を出したことを合図に、礼拝堂の中へ続々と武装をした者達が入り込む。

 礼拝堂の中を囲むようにして見張る出で立ちの彼等は、知る人ぞ知る紋章をそれぞれの衣服に刻み込んでいて。誰かが「国王直属の護衛ギルドだ」と驚いているのが聞こえる。すぐさま生徒全員を凍らせるような緊張感が降り注いだ。

 見覚えもある容貌。僕に全く似ていないようで似ている人。僕と同じ、違う世界の記憶を持つウィドーが、その護衛の者達を差し置いて国王両陛下の隣に立ち……礼拝堂の祭壇へと彼等二人を案内している。

 ……王立リドミナ魔術学園に、今、この国の最高権力者が、メスを入れにわざわざここまで来ているのだ。大雑把なストーリーを知っているとは言え、あの国王二人と同じ空間にいる自覚をするだけで息が止まりそうで。ウィドーの後ろからしっかりと、カナリア女王をエスコートするベニアーロ王の姿が歩みを進めている。恐らく敢えて気配を抑えている様子で、礼拝堂の壇上へと上っていく。


「ベニアーロ・クラウリス様。カナリア様。国王両陛下のご登壇です。…………再度申し上げますが、不必要な会話はご遠慮願います」


 リドミナ史上、一番長い朝の礼拝が、始まる。

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