きらきら、きらきら。ステンドグラス越しに差し込む光をそこで浴びるのは、一人の可憐な少女だった。まるで太陽から直に櫛を入れて梳いて貰ったかのように、暗い場所でもその色を全く失わない明るさの髪色が特徴的で。それは、星屑を髪飾りに使ったかのよう、光の角度によっては天使の輪がうっすらとかかる様相を見れば誰しもが彼女を尊い存在だと確信するであろう。

 金色。それは、彼女を彼女たらしめる要素のひとつである。この金色を金として正しく認識するのであれば、今まで誰もが見てきた金色は全てくすんで見えるに違いない。それ程までに彼女の色は素晴らしいのだ、まるで、絵画や空想の世界からそのまま現世に抜け出て留まってくれたと言われても信じられる程には。


「かわいい子、はぐれてこんなところにいたのね」


 カナリア王国、王城内、礼拝堂。

 ステンドグラスから差し込む太陽からの恵みを一身に受けるその存在は、説教台の端で動かずに黙る一羽の金糸雀に囁いてその指を伸ばした。まだ生まれたばかりで毛の色も違う、小さな雛。警戒心も強いであろうその雛が、少女が指を近付けるだけでその先端に嘴を一度付けて、小さすぎて容易く折れてしまいそうな足を一生懸命に上げて彼女の手のひらの中へと誘われた。ようやく安心したとばかりに、彼女の手に自らの頭を擦り付けている。まあ、と彼女が微笑ましそうにその雛を両手で掬うように抱くと、丁度礼拝堂へと続く扉が音を立てて動く。


「……おや、この清廉な気と香りは……。本日の一般開放のお時間はまだ早いですよ、カナリア様」

「ごきげんよう、フレデリカ神父。ごめんなさい、私の家族が迷子になっていたみたいなの」


 神父服に身を包んだ者。フレデリカ、と呼ばれた神父は実に中性的な容姿をしていた。少女と比較した際の長身痩躯以外に声色という判断要素が無ければとても性別が分からなかっただろう。瑠璃色の頭髪は腰まで伸び、その両目は閉じられている。優しさが服を着て歩いているような男性だ。同じ空間にいる者を視線で判断せず、おおよそ一般の感覚とは遠いもので周囲を視ていることから、彼の瞳に見るための力は無いと分かるだろう。かたく閉じられているとばかり思い込んでいたその両目が時折瞬きをすれば、目の中は白一色のみで塗り潰されていた。

 歩き慣れた場所なのだろう、その目に視力は宿っていないと言うのに足に迷いは無く。一人の少女が雛を抱く説教台の元まで苦もなく近付いていく。…神父と少女の決して交わることの無いだろう視線、それも当然だ。何故なら、今の今まで少女自身も眠るように両目を閉じながら行動していたのだから。


「私の家族の、新しい子よ。きっと、広すぎた場所だからどこへ行けばいいのかわからなくなったのね。小さい小さい雛鳥がここにいるの」

「おや、それは。貴方に見つけられて本当に幸福な子です。……金糸雀は、貴方自身を見守る眷属でもありますからね」

「ふふ。素敵でしょう。ひとり迷子になったとみんなから聞いたの、ね、フレデリカ神父。丁度いいわ。一人でいると彼に心配をかけてしまうから、この子を探すのにあなたも協力して頂いたことにしてもよろしいかしら?」


 いいことを思い付いたわ、と年相応に幼い笑顔と声色で柔らかくねだる少女の様相に。神父は苦笑しつつ、いいですよと少女の手を取った。


「でも、とっくにご存じかと思いますよ。あのお二人が、貴方を本当の意味で一人でいさせるとは思いませんから」

「ええ、私も、そう思うわ。……ああ、神父。私、いけない子だわ。……愛されている、と知るのが、とても嬉しいの。だから、時々一人になってしまうと、それを思い知るのが嬉しいの」


 瞳を閉じたままで。しかし少女と神父はその足取りに一切の迷いも無く優雅に歩いていく。少女の姿は、まるで、子供のようでいて母のようであり。女神そのものと言えるような慈愛の笑みを自然と浮かべていた。


 ×   ×   ×


 彼女の近くにいると後光が常に照っているようだ、フレデリカは幼い頃より光を奪われた目でありながら確かにその存在感の大きさを感じている。光も色も分からない身である己にでさえこのように思わせるのであるから、彼女の姿を直に目に映すことの出来る若き王とその側近には、彼女はまさに現実に存在する女神として見えるのだろうか。


「ありがとう、フレデリカ神父。私のカナリアがすまなかったね、仕事の邪魔をしてしまったようだ。ゆっくりと続きに戻ってほしい」

「いいえ。むしろ私達信仰の者にとって、カナリア様と直に話すことは値が付けられない程大きい価値ですから。お気になさらず、ベニアーロ様」


 礼拝堂から出てすぐに、敢えてわかりやすく足音を立てて歩いてくる存在に気付いたフレデリカは。見えないながらも分かる、可愛らしい嫉妬の感情を足音の持ち主から感じて、少女と組んだ手をゆるりと離して。そうして、彼女だけを迎えに現れた王と和やかに言葉を交わしていた。


「カナリア。行こうか」

「ええ、ベニアーロ。わざわざありがとう」


 彼女の気配がしっかりと、王の隣に移動したことを感じ取り、フレデリカは深く一礼をした後に礼拝堂へ再度足を踏み入れる。遠くに離れていった、二人分の足音を作り出すあの若い夫婦には他人が心配する隙間などありはしないと、数度目の確信をして。今日の仕事へと戻っていった。



 ーーカナリア。

 そう呼ばれていた、初代女王と同じ名を冠するあの少女こそ…今現在の王国を夫婦で統治しているカナリア女王である。齢16という幼さでありながらも、盲目のフレデリカに対して威光を刻み付けるには十分のものを持っていて。そんな彼女の目にとまり伴侶となった規格外の若き王こそが、今カナリアの隣に立つ青年、ベニアーロ・クラウリスと言う名の彼である。

 少女のかたちをした女神と例えられることの多いカナリアと、少年のかたちをした死神として恐れられているベニアーロ。王国民ならば誰しもが憧れる優秀さを持ち、この王国に伝わる愛の伝承と重ねあわせられ、彼らは美しい愛そのものだと讃えられることがほとんどだ。このたったふたつの身体に、カナリア王国は守護されていると言っても過言では無い。若すぎる故に二人して重圧を感じることもあるだろう、彼等が今よりもっと幼い頃から城中の礼拝堂でも仕事を承っていたフレデリカは、優秀すぎるが故に子供らしい生活を全く送ったことがない彼らの一部始終を伝い聞いたことがある。外交問題、政務、民から寄せられる言葉や現在の法の見直しなど、とても幼い子にやらせるようなもので無い高度な問題でさえ、彼らは的確に答えを出せるのだ。そして実際に問題の全てを解決し、この時代の中で誰よりも王国をより良い形に出来ると認められた者。だからこそ、その特異な異常性を「救い」と謳われ、彼ら二人はそうしてこの王国の統治者になった。


「ねえ、ベニアーロ。目を閉じるのって、いいことね。神父の言う通り、見えない物でも見えて来そうな感じがするわ」

「……君なぁ、神父は長年の生活からしっかりと動作出来るのであって。気紛れでそう言った真似をすることは危ないよ」

「あら。やっぱりあなたが好きよ、ベニアーロ。何千もの視界がある私に、たったふたつ目を閉じただけでも危ないなんて心配してくれるのはあなただけだもの」

「君を愛しているから当然のことだろう」


 瞬きの後にようやくしっかりと目を開いた金色の女神。美しい世界をまるごと閉じ込めたかのように輝く金色の瞳に見つめられても心臓が止まらないでいられる男は、眩い光の色全てを逃さずに吸収出来る、その女神の伴侶だけだ。

 黒よりも黒く、光ですら欠片も反射しない程の色を持つその王が。ただ、伴侶が別の男と手を組んでいたことに嫉妬したことを恥ずかしく思うと言う、いつぶりかに見かけた年相応の青少年らしさ。それに気付く彼女の想いも含めて、あまりに愛らしい場面だろう。


「……雛ひとりを探すだけのこと。僕や、ウィドーに頼まなかった理由は、あるのかい」

「ごめんなさい。……ひとりはぐれたこの子が、あの子に見えたの。今日に、お山へ連れられた……お友達のあの子に。だから、重ねちゃったのかもしれないわ」


 全てのことが分かっていても、天秤役の女王では今すぐに駆けつけられないから、せめて。

 身分の差って、こういう時に辛いわね、と。愛くるしい雛にすり、と頬をつけながら言う彼女に。暇が出来たら会いに行けばいいと、彼は言う。国よりも民よりも、君の願いを優先すると、それが当然だと言い切ったベニアーロに。


「好きよ、ベニアーロ。やっぱり、私しか見てくれない時のあなたが、一番好きかも」


 ……物語に例えるならば、少しだけ外に位置するこの場面。

 王立魔術学園リドミナにて、ノア・マヒーザという青年がその愛欲から起こした学園内での悪女攫い事件は、本人の預り知らぬところでこのように、凄まじく大きな存在を動かしていたと知ることになるのは、更に後のことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る