第62話 涙はくしゃみのせいだから

 ちょっと間が空く。

 そして。

「それでも、私はこのプログラムを送るよ。聡専用状態のVR覚醒ソフト」

 スマホでダウンロード表示が出る。

 裏画面で詳細を見てみる。

『覚醒ソフト・三崎聡専用』

 ボタンが2つ並んでいる。

  ○ インストール

  ○ ダウンロードをキャンセル

 私はキャンセルのボタンを押せない。

 視界がぼやける。

「聡との約束があるから、今日のお昼過ぎまでは待ってあげて欲しいの。でもお昼を過ぎても私や聡から連絡が無い場合は。そのプログラムをインストールして。すべき事は全部そのプログラムの中に書いておいたから」

「私は了解していない」

 せめてもの抵抗。

「でも私にはわかるよ。いざという時、メイはちゃんと全部やってくれるって」

 そう。

 きっとそうだろう。

 内心と全く関係なくそつない行動でこっちの三崎君を起こすのだろう。

 私は昔から優等生だった。

 周りの期待を裏切らない。

 いかにも委員長らしい委員長。

 冷静で、頼られる存在。

 それだけ、それっぽっちの存在。

 私という中身は無くても同じ。

「それでもね、最後に話を出来たのがメイでよかったと思っている。学校と違う場所で、お互い本音に近い事を言い合えたのはメイだけだったから。

 高校であの状態の聡に声をかけてくれたのはメイだったから。

 メイだったら聡を任せてもいいと思えるから。

 これから私は最後まで本気を出して防衛戦に出る。私の使える全資源リソースを使って。だから通信はこれで終わり。

 それじゃメイ、そっちの三浦君をよろしくね」

「知佳!」

 音声通話が切れた。

 残されたのはダウンロードが終了してインストールを待っているプログラム。

 あとはパソコン画面上の戦況表示。

 少しでも他に情報は無いか。

 スマホの画面を切り替えてニュースを呼び出す。

 反応が悪い。

 なかなか画面が切り替わらない。

 もうネット空間に影響が出ているのだろう。

 手持ちのラジオをONにする。

 良くわからない音楽を流しているか意味の無いバラエティをやっているだけ。

 ならばと部屋を出てリビングへ行きテレビをつける。

 再放送ドラマとか良くわからないお笑いとかばかり。

 ただ3局程、字幕で小さく表示が出ていた。

『大規模なサイバー攻撃が発生した模様です。詳細は入り次第お伝えします』

 役に立たない!

 仕方ないから自分の部屋に戻る。

 パソコン画面は状況がさらに悪化したことを告げている。

 息が詰まりそうだ。

 部屋の窓を2箇所とも開ける。

 外の空気の冷たさにちょっと一息。

 もう外は明るいし空も青い。

 なのに、何故。

 せめて少しでも気分を落ち着けようとして。

 深呼吸に失敗してくしゃみと涙が出た。

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