序-1 物語のはじまり A Side

第1話 VRネットの怪人

 怪人。

 そうとしか言い様の無い格好だった。

 黒いスーツにマント、シルクハット、金色の目と口だけのマスク。

 スーツの胸ポケットには赤い薔薇が指してある。

 もう外見が明らかに怪しい。

 どこの中二病が考えたというスタイルだ。

 現実世界なら通報もの。

 ここVRネットの世界であっても充分怪しい。

「ようこそ初めまして三崎聡君」

 その怪人は初対面のくせに俺の名前を知っていた。

「誰だお前」

 典型的な台詞だなと思いつつ。

 思わず俺は言ってしまう。

 多少やばかろうがVRネットの中。

 俺にダメージが来る事は無い。

 だから多少強気に出ても大丈夫だ。

 怪人はわざとらしくマントを振って。

 名乗りをあげる。

「私は花月朗かげろう。漢字説明はFlowerの花、Moonの月、朗は一朗二朗の名前の朗。つくりがおおざとでなく月の方だ。

 ネットワークの中に住み、ネットを熟知する存在」

 名前説明に妙にこだわっていやがる。

 しかも名前まで中二病っぽい。

「なぜその花月朗が俺の名前を知っている」

 フフン、という笑いが聞こえたような気がした。

「ネットには無数の情報が散らばっているのだよ。

 例えば誰かが撮った君が写っている写真。

 不用意な奴が鍵をかけ忘れた名簿。

 SNSの個人データ。

 そんな情報の断片から個人情報を組み上げるのは簡単。

 その気になれば誰だって出来る」

 言われてみればその通りだ。

 俺も実名のSNSアカウントを1つ持っている。

 ほとんど使っていないけれど。

「しかし俺のような面白みも無い高校生。

 個人情報を割っても何も面白い事は無いだろう。

 クレジットカード情報と結びついている訳でも無いしな」

 買い物する時は親父の名義で親父のカードを使う。

 それに面白みの無い高校生というのも事実だ。

 僕のデータに他人より有用なところなど無い。

「名前をさらすにしても有名人や人気者の方が面白いだろう。

 こんなぼっちの高校生に何の用だ」

 仮面のおかげで花月朗の表情は読めない。

 でも俺は奴が再びフフンと笑った気がした。

「簡単さ。私は協力者を探していたのだよ。

 私は現実世界に身体を持たない。ネットワークに接続された場所なら何処へでも行けるのだがね。そこで私をサポートしてくれる存在として君に目をつけた。自分がやっている事を理解出来る程度には頭が良くて、自称無気力で暇で時間がある君を」

 何か犯罪の片棒を担がせる気だろうか。

 それにしては怪しすぎて警戒されまくりそうな格好だが。

「ちなみに私が君にお願いするのは、多分犯罪だ」

 お、いきなり正直にそう言うか。

「ただその犯罪がより大きな犯罪を防ぎ大人数を救う事になる」

 理解した。

 そういう台詞を吐きがちな人種ならごまんといる。

「革命家か何かならお門違いだな。俺にそんな趣向は無い」

 花月朗はやれやれという感じに首を大きく振った。

「そんなものじゃ無いさ。私が好むのは日常の安寧だ。今日と同じような明日が来る。そんな幻想を守る事さ」

「何故自称ネットワーク上の存在がそんな事を気にする」

「こちらの世界の平和もそっちの世界にかかっているからだ」

 仮面なので表情は読めない。

 目と口が笑った状態で固定されているだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る