第129話 式典に迫る魔の手

 大きな敷地の庭、というかグランドのような場所に集められた私達を点呼する第四師団の三番隊隊長、イリアさん。

 周りには数十名の第四師団の兵士が固めている。第四師団には珍しく揃った装備を付けている。

 1番隊や2番隊は皆、装備がバラバラなのに、3番隊は揃えてるみたいだ。


「これで全員?じゃあ、これから式典について説明するから、きちんと頭にいれておくように。くれぐれも問題を起こさないように気を付けてもらいます。」


 そういって説明を始めるイリアさんの前に整列しているのは南部地域の王立学園で成績優秀者と認められた3年生と2年生。私も一応成績上位ということでこの場所に招集された。


 この式典はシュイン帝国の設立記念を祝う式典の1つで、毎年行われている10日間の設立記念を祝う行事の一番最初に行われるものだ。

 参加者は次世代を担う者の代表として王立学園の者が選ばれる。

 国王や継承権上位の王族、貴族などは出席せず、あくまで次世代の若者がメインで行われる式典らしい。

 私も初めての式典に少し緊張してるけど、設立記念自体には参加していた。3日目から始まる商店街のセールや無料で子供に配られるお菓子がとても楽しみだったのを覚えてる。


 王立学園の学生達も説明を聞きながら、その顔に隠しきれない緊張を張り付けていた。

 中には親交があるミラ先輩や、ツユハ先輩もいるはずだ。


 始まりの式典といっても、国軍の四師団が勢揃いしていて、師団長とはいかないものの、各師団の幹部が最低1人は参加している。基本的には午前、午後の行事以外の昼食時やレクリエーション時などは自由に親交を深めることができ、場合によっては各師団の人達の目にとまることもある。

 3年にとって将来の就職口として国軍の幹部候補を目指すなら顔を売っておきたいと思うのも無理のないことだと思う。


「なぁ、あっち見てみろよ、第二師団だぜ。黄金の鎧なんてすげぇよな。第三師団は鉄の鎧と比べると差がすごいな…。」


「こら、ルメット、ちゃんと聞きなさい。」


「あっちには第一師団がいるぞ?真っ黒な鎧の方がかっこよくねぇか?」


「ほらグレインも。」


 キョロキョロ周りを見渡すルメットに、注意するシュル。

 同じようにグレインを注意した私もため息をついた。


「第四師団の鎧の方がきれい。真っ白。クイン様も白が好きだといってた。」


 本当に国軍志望かどうかで、ここにいる学生のテンションに大きな開きがある。

 ルメットやグレインは国軍志望で、私やシュルは違う。

 トルンは1人だけ方向性が違うので、無視した。


「こら、お前ら。ちっとは礼儀良くしな。」


 見かねたのか、兵士の一人が私達に注意してきた。

 ちょっと声が大きかったらしい。


「す、すいません!」


 私が謝ると、兵士の方は顎に手を当て、私達を見てニヤッと笑った。


「まぁ、はしゃぐのもわかるけどな。第一師団や第二師団なんてめったにお目にかかれねぇし。なぁ?」


「そりゃそーだ。俺らとは違うからなぁ。もう身にまとう雰囲気からしてな。」


 隣にいた兵士も同じようにニカっと笑う。

 2人ともなんていうか、あまり国軍らいくない。1人は長髪で無精ひげが目立つ見た目に、ひょろっとしたチャラそうな人。もう一人はどっちかというと荷運びが似合いそうな筋肉隆々の人だった。


「おっさん、わかってるじゃねぇか。」


「…おっさんって…俺らまだ20代だぜ?まぁ王立学園の生徒なら俺らみたいなチンピラじゃなく、あっち目指さねーとな。」


「そりゃそうだ。エリートなんだからよ。」


 グレインの発言にショックを受けたような2人はそれでも、ニカっと笑っていた。


「ちょっと、グレイン!」


「すいません。失礼なことを…。」


 私が注意して、シュルが謝る。

 グレインがきょとんとしているが、十分失礼なことを言ってるのに、自覚がないから困ったものだ。


「いやいや、気にすんなって。俺らは自分らのことわかってるし、今の自分に満足してんだからよ。」


「っと、おい、注意する立場が話し込んでるとまた…。」


「おい、いい加減にしろ!隊長が話しているのに私語をしすぎだっ!」


 更に後ろから来た女性の兵士が私達と話していた兵士をしかりつけた。

 私達と年齢もそれほど変わらない気がするけど、リンとした雰囲気の女性兵士は眉を吊り上げて怒っていた。


「悪い悪い…そんな怒んなよ、嬢ちゃん。」


「そうだぜ、めでたい式典なんだからそんなイライラしなくたって…。」


「だったらきちんと自分の仕事をしたらどうだ!」


 更に怒り出す女性兵士、真面目な彼女を説得するかのように、まぁまぁっとなだめる2人。


「そもそもお前たちは普段から!」


「そこ、いい加減にしなさい。そんなに騒ぎたいなら今すぐ隊舎に戻っていいのですよ?」


 離れたところから急にかかった声に、3人の兵士はビクっと肩を震わせ、直立の姿勢を取って声の方を振り向いた。

 つられて私達も振り向くと、不機嫌そうな顔をしたイリアさんがこちらを、いや、兵士3人を見ていた。


「も、申し訳ありませんでしたっ!」


 女性兵士の謝罪に合わせて2人の男性兵士も頭を下げる。

 それを見たイリアさんは小さくため息をついた。


「次はありません。遊びではないのですよ?」


「「「はい!」」」


 3人の兵士から視線を外したイリアさんが、私達学生に向けて語り掛ける。


「さて、私の説明は以上です。式典とはいえ、これは東西南北の王立学園の生徒が集まっています。南部の恥をさらすような行動は間違っても取らないように注意してください。」


 それだけいうとイリアさんは私達を引率して式典の行われる建物に入っていく。

 後ろから続く私達と、護衛の第四師団の兵士達。


 式典は2階の大講堂とよばれる施設で行われるらしい。

 2階と3階をまとめた巨大なホールで、司祭が儀式を行い、また国設立の物語を傍聴したり、今年あった有名な出来事が語られる。

 今回でいうと、第四師団が行った業績についてだった。

 魔物に奪われた大きな街を取り返し、今まで未知だった国との交渉を行うという成果が華々しく語られていた。北部で一部反乱が起きているのは有名だが、それも第二師団の介入ですぐに治まるとのことだ。

 まぁ、本当にあぶないならこんな式典してる場合じゃないと思うので、私もそこは不安に思っていない。


 式典にはトリッシュ殿下や国の大臣が数名、来賓として参加していた。こういう式典などにはよく顔を出されるので、王族の中ではまだ身近な存在だけど、もちろん気軽にいつでも話せるような相手じゃない。

 年に1度あるかないかのことなので、周りの子たちは興奮気味だった。

 ルメットなんて、きれいだとつい口に出してシュルに頬をつねられていた。

 確かに、トリッシュ殿下は純白のドレスを着ていて、とてもきれいだ。


 午前の式典がつつがなく終わり、午後の式典の最後。

 順に4階の設置された献花代に、献花をして今日の式典は終わりとなる。


 ちょうど東西南北の師団の数字と同じ順に、4階に上がって献花し、そのまま建物を出て、最後に献花するトリッシュ殿下が出るのを全員で待つというのが式典の最後だった。


 だけど、ちょうど次に献花するのが私達だという頃になってそれは起こった。

 北区と西区の生徒が全員外に出ていて、東区の生徒が半分以上外に出たタイミングで、急に大講堂の部隊の上に、黒いローブをまとった男が現れた。


「さて、そろそろこの茶番にも飽きてきた。平和に堕落したシュイン帝国の諸君、偉大なる先人が、この国を元の緊張感ある軍事国家に生まれ変わらせてやろうぞ。」


 急に現れた男に、ホールの中が一瞬で緊張に包まれた。


「誰だ!貴様はっ!」


「一体どこから…動くなっ!」


「囲えっ!取り押さえる!」


 だが、ホールの中には第四師団だけでなく、各師団がほぼ全員そろっている。

 引率のため、生徒達と外にでたもの以外は全員このホールにいる。

 いち早く剣を抜き、包囲したのは第一師団だった。


「生徒たちと来賓は後ろにっ!」


 そして、次に動いたのは第四師団。

 私達やトリッシュ殿下などの来賓を背にかばうように展開し、剣に手をかける。


 第二師団と第三師団は、しばらくしてから第一師団の外側を囲うように展開した。


「うむ、その黒い鎧の者達と、白い鎧の者達は動きがなかなかだ。悪趣味な金の鎧は見掛け倒しで、鉄の鎧の者達は練度が足らんな。隊長だけが頑張っていても仕方ない。」


「ぐ、愚弄する気かっ!」


 黄金の鎧を着た第二師団の隊長が第一師団の間を抜けるように剣を抜いて歩を進めた。


「ふむ…まぁ挽回のチャンスはあるぞ?」


 そういうと黒いローブの男の周りにいくつも魔法陣が浮かび上がる。


「地の底より再びその怨嗟の声を届かせよ。恨みある者達よ。我が魔力によって仮そめの生を得てその思いを果たせ。カース・チェーン・レギオンズ!」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…。


 黒いローブの男の言葉が終わるのと同時に、この塔のような建物が突然揺れだし、全員が立っていられないぐらいの地震に、膝をつくもの、転ぶものが出る。

 私も膝をついて、揺れに耐えるのに必死だった。


 そしてこの揺れる中…下の階から何かビシリビシリと音が聞こえ、数分間その地鳴りが続き、地鳴りが収まると黒いローブの男は忽然と姿を消していた。


「ど、どこに行った!」


「探せっ!逃げ切れるわけがない!」


 下へ続く階段と上を続く階段へと走っていく黄金の鎧を着た兵士達。

 そして下に走っていった兵士達が、顔を真っ青にして戻ってくるのと、外から悲鳴のような声が聞こえたのはほとんど同時だった。


「ま、魔物が!1階にアンデット系の魔物がいる!」


「なんだと!?」


「我らで1階の様子と可能であれば安全確保を行う!」


 真っ先に隊列を組み、そう声を上げたのは黒い鎧を着た第一師団の人達だった。

 隊長らしき人は、ホール内を見渡し、声を張り上げた。


「第四師団!生徒達と来賓を任せた!あとの師団で階上の安全確認を!」


「承りました。全員、こちらに集まってください!慌てずに、私達がいる限り、何も危険はありません。」


 イリアさんが声を上げ、私達残された生徒と、来賓を上下階段から一番遠い場所に誘導する。

 それを見た第一師団の隊長さんは部下に指示を出しながら階段を降りていった。


「我らは階上を!生徒達が上にもいるはずだ。」


「お願いします。」


 イリアさんに向かって第三師団の隊長らしき人が声をかけ、急いで階段を上がっていく。


「お、俺達も護衛を…そうだ、来賓は我らが守ろう。」


 第二師団の人達が第四師団と同じように特に来賓側に集まり、隊列を組む。

 けれど、学生の私達から見ても、狼狽しているのは間違いなかった。

 よっぽどイリアさんの方が落ち着いていて、頼りになる。


 しばらくすると階下から戦うような音が金属音が聞こえてきた、

 …戦っているんだろう。

 実践…すぐそばで魔物と戦っている人がいる。

 私達もそれなりに訓練はしてきたし、この中には私達と同じようなに魔物狩りをしている人も多いだろう。

 けど、今は装備も何も持っていない上に、何が起こったのかすらよくわからない状況だ。

 不安はぬぐえない。


 師団の人たちがいるから大丈夫。そう言い聞かせながらも、私は幼馴染の顔を思い出していた。

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聖人君子が堕ちるまで 澤田とるふ @torufu

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