第128話 戦いの後で
一方的な抱擁、それも絶世の美女からとなると、何よりまず驚きと恥ずかしさ、動けなくなる理由としては十分だった。
敵意は全く感じない。それどころか、優しく、けれど二度と離さないといわんばかりの力強い抱擁は数分間も続いた…ように感じた。
真っ白な肌に長い白髪。顔は見えないけど、とても美人だったと思う。
人族にはまずいないような美形で、薄い服装のせいか、女性らしい膨らみも身体に感じてしまう。
なにより、とてもいい匂いがする。
されるがままぼーっとしているが、その女性…下半身が真っ黒な蜘蛛であるアラクネクイーンのトトアさんは「シリア!」っと何度もつぶやいている。
たぶん人違いだろう。知り合いにそういう名前の人はいない。
本来なら跳ねのけるべきなんだけど、魔力枯渇でボロボロの身体に力が入らず、今はトトアさんにされるがままだ。
決して、なんとなく落ち着くからでは…ない。
「こ、こら!主様に何をする!離せっ!」
「どくの!」
この声はユリウスとララ?
ユリウスはトトアさんを羽交い絞めにするように離し、ララは俺とトトアさんの間に立ちはだかった。
気のせいか、その背は小さいながらにたくましく見えた。
って、違う。訂正しないと。
「あの…私はアレイフといいます。その…シリアさん?ではないので、人違いかと…。」
俺の言葉を聞いて、トトアさんはその美しい顔を歪ませ、ユリウスを押しのけて再び俺に近づいてきた。
「そんなわけない!どうみてもシリアだ!何をいってる?シリアだろう?匂いだって!」
「まて、トトアよ。シリアなら人族、あれからもう20年以上たっておる。そちらの御仁は若すぎるだろう…。」
トトアさんを止めるように、アリーシャさんがトトアさんを手で制し、説明してくれた。
どうやら俺が20年以上前に出会ったシリアという人に似ているらしい。
「シ…シリア…シリアじゃないのか?そんな…そのままだっていうのに…。」
トトアさんの目からは涙が流れていた。
やっぱり他のアラクネ達とちがって目の数が人族と一緒だ。
瞳の色とかは違うけど。
「にしても、確かに似ておるな…それに姉様を召喚できるということは…お主、親は?」
アリーシャさんも俺の顔をマジマジとみている。
そんなに俺はシリアという人に似ているのだろうか?
「親はいません。孤児ですので。」
「孤児…お主についておる精霊は何か言っておらんかったか?精霊はお主が生まれ落ちたときから共にいるはず。親のこともしっておるはずだが?」
その言葉にフィーを見るが、目をそらされただけだった。
何も話すつもりはないということらしい。
「ええ、聞いてみましたが、教えてくれませんでした。」
「そうか…精霊がなにもいわないのであれば、可能性の話になるが…お主の父親はシリアかもしれん。」
その言葉は、俺にとって衝撃的だった。
そんなにそのシリアという人は俺に似ているのだろうか?
「それに…お主が使徒ということを考えれば、母親もおそらくは…。」
「アリーシャ、その辺にしておけ。」
アリーシャさんをアイリーンが止める。
たぶん、アイリーンはフィー側だから事情を知っていて俺に伝えていない。
何か事情があるんだろう。
けれど、正直生みの親のことはあまり気になってはいなかった。
特に会いたいとも思っていない。
俺には育ての親とたくさんの兄弟がいたから寂しくもなかったし。
「そうだ!スリサリ!スリサリは?」
「姉様、私達の部下たちは?」
トトアさんが誰かの名前を呼び、アリーシャさんがアイリーンに確認する。
「お前達の部下か?私達が相手にした相手ならほとんど死んでいない。気絶してるか怪我をして動けないぐらいだ。」
「良かった…・」
「すまない…集まる前に手当てしてもらえないだろうか?もちろん武装解除させるし、敵対行動は絶対にさせない。」
ほっとするトトアさんに、エルフ族のルアさんに部下のことを確認するアリーシャさん。
そういえば、気になったことがある。
「あの…トトアさんってアラクネクイーンって種族ですよね?もしかして同種の方が他にもいますか?」
「同種?あぁ…私の娘、スリサリがそうよ。」
「……。」
まずい。
「スリサリと…戦場であったのですか?」
どうしよう。アイリーンが全員無事だといった矢先に…。
「主様…では、あれが…。」
クインが寄ってきて俺の耳元でささやいた。
それに俺はうなづく。
「スリサリになにかあったの?」
俺達の態度に気づいたのか、トトアさんが、焦ったように俺に近づいてきた。
「落ち着いて聞いてください。」
まずは落ち着かせよう。
一応、戦争していたんだから、仕方ないことだってある。
「実は…ここに来る途中にアラクネの部隊に襲われまして…その部隊の先頭に、トトアさんによく似た風貌の方がいました…。」
「!?」
その言葉で、トトアさんは表情が硬くなった。
そりゃそうか。アイリーンが自分たちが戦った相手は大丈夫といったが、自分の娘が別の相手、つまり俺達と戦っていたんだから。
「その…激しい交戦の結果、その部隊の人たちは…全員かなりの怪我を負っているかと…。特にその…スリサリさん?は…。」
「大丈夫。戦争だったのだから理解しているわ。スリサリはどうなったの?生きているの?」
一度目を閉じたトトアさんは何かを覚悟したかのように静かに俺を見つめて続きを促してきた。
「いえ、生きてはいるはずですが、魔法で深手を…足を何本も失っておられるかと。」
その言葉を聞いて、トトアさんが深いため息を付いた。
「そう…でも生きているなら大丈夫。足の数本ぐらい大したことはないし、すぐに生えてくる。戦争だったのだ、気にしないでほしい。」
そういうと、トトアさんも残った兵達を先に集めて治療していいかルアさんに聞いていた。
会談がはじまるまでまだしばらくかかりそうだ。
「では、主殿、私はそろそろ時間だ。アリーシャ、しっかりやりなさいよ?」
「そんな!姉様!?」
アイリーンは突然、軽い感じで別れを告げると、アリーシャさんの焦った様子も無視してそのまま消えていった。アルトリウスと違って、なんか気軽な感じだったけど、これでよかったんだろうか?
しばらくアイリーンの消えたところをジッと見ていたアリーシャさんだが、その後、力強く次の一歩を踏み出した。
馬車からぼーっと前にそびえたつ塔のような巨大な建物を見ていると、一緒の馬車に乗っていたシュルが話しかけてきた。
「何ぼーっと見てるの?いくら西側っていってもそんなに街並みなんて変わらないでしょう?」
「確かに。」
トルンも同意する。
「いや、あの塔?みたいな建物をね。」
私が答えると、シュルとトルンが私と同じように塔みたいな建物を見た。
「あぁ、あれね。そういえば、西側ってけっこう大きな施設が多いわね。」
「けど、あれでしょ?私達の目的地。」
トルンが当然のように私に応えた。
「え、そうなの?」
「あそこに行くのかぁ」
シュルは私と同じように知らなかったらしい。
「それよりさ、今回って3年と2年の成績優秀者ばっかり集められてるんでしょう?私達のグループけっこうすごくない?」
「確かに、2年は上位10名だけだったはず。ルメットはともかく、グレインが滑り込んだのは意外。」
「いえてる。」
トルンのいったことに私も同意して一緒に笑った。
今回私達は、南部の王立学園、2年の上位10名の一員として、王立学園設立に関連する式典に参加する。場所は西部で行われ、東西南北の王立学園の3年上位10名、2年上位10名が参加、合計で80名が参加する式典で、国の上層部の人たちも来るらしい。
この式典に参加するということは、将来の内申に大きくかかわり、出るだけでメリットがある。
まぁ、休みが潰れるのはちょっと痛いけど…。
そう、この式典は王立学園が休日の日に朝の早くから馬車で移動という結構ハードなスケジュールなのだ。
「にしても、お二人は残念じゃないの?」
シュルが私とトルンにニヤニヤしながら聞いてきた。
「ん?なにが?」
意味のわからない私と、
「ん、すっごく不満。」
というトルン。
一体なんのことだろう?
首をかしげていると、シュルが笑みを濃くした。
「だってぇ~南部の護衛は第四師団でしょう?思い人がいなくて残念ですねーお二人さん。」
「ちょっと!それってどういう!」
シュルの言葉に嫌でもアレイフの顔がよぎった。
トルンはうんうんと深くうなづいていたけど、私は違うといいたい!シュルにいわれるまで残念だなんておもってなかった。
今回、東西南北の王立学園から西部の式典会場まで、各師団が護衛してくれる。第四師団は三番隊の人達が護衛としてついてきている。
といっても、帝都の中なのでそんなに危険があるわけでもなく、形式的なものらしい。
私達の護衛も、イリアさんを含め数名だけの小規模なもの。
三番隊隊長になったイリアさんが指揮をとってるけど、副官といってたトルンのお姉さんは来ていない。
形式的なものなので、それほど本格的な部隊を連れてきているわけじゃないんだろう。
「それにしても、イリアさんかっこよくなかった?」
「確かに、すごくかっこよかった。」
シュルに私も同意する。
私達を迎えに来たイリアさんの部隊はきっちりと装備が揃っていて、かっこよかった。
もともと少しとはいえ面識があったから余計に仕事をしているイリアさんが別人のように見えた。
けど…。
「でも、軍属狙いの人は皆、第二師団志望でしょ?もしくは第三師団。」
シュルの言う通り、一番人気があるのはきらびやかな第二師団で、次は安定の第三師団。危険が多い第一師団と最近できたばかりにもかかわらず、戦ってばかりの第四師団は人気がない。
「私は第四師団志望。」
トルンが力強いまなざしをシュルに向けた。
「クインさんが、他の師団にいったら?」
だけど、シュルの一言に、
「ついていく。」
あっさり裏切るトルン。
「イレーゼには悪いけどさ、私も第四師団はどうかと思うわ。けっこう大変よ?なんでも南部の方で魔国と交易しようって昔の都市を復興しようとしてるって話じゃない?なんか一番不安な部隊だよ。」
「いや、私に悪いって…そういわれても…。」
実際私も、第四師団が一番不安定というか不安な師団だと思う。
最初のころは魔物退治や何やらで盛り上がってたけど、最近だと幹部と呼ばれる人達はあまり表にでてこないし、他の師団と違って主催するイベントなんかもない。
そもそもほとんど南部の何とかって街に行ってて、帝都にはほとんどいないっていう話だ。
「あれ?」
「ん?」
「どうしたの?」
話をしている中でふと、馬車から外を見ると、目的地である塔のような建物がだいぶ近づいていることに気づいた。
だけど、私が驚いたのはそこじゃない。その建物の最上階、アーチになった屋根のところに、誰か人が立っていたからだ。
遠目だけど、アレイフが着るような黒いローブを着ているように見える。
「ねぇ、あそこに…あれ?」
2人にも見てもらおうと思い、振り返って1度視界から外すと、そこにはもう誰もいなかった。
「なに?どうしたの?」
「屋根がどうかした?」
「いや…えと、見間違いかな?あそこに人がいたような…。」
私の言葉に、2人は笑い出す。
「あんなところに人がいるわけないじゃない。危なすぎるよ。」
「あの建物は地下2階、地上5階の建物。あんな高いところ、掃除の人でも登らない。そもそも危ないし。」
2人のいうことは最もだ。
私の見間違い?
そして、釈然としないまま、私達の馬車は目的地敷地の門をくぐった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます