第127話 森の死闘 下

 暗い森の中、エルフ側の砦を見張るダークエルフ達は地を割くような雄たけびを聞いて驚いた。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 お互いに顔を見合わせながら、なんだと首をかしげる。

 こんな夜に、気合の入った声。

 まるでこれから戦争を始めるぞというかのような士気の高さだ。


 だが、なぜ夜は守り側になるエルフの砦からあんな声が?

 というか、なぜこの状況であれほどの士気が保てる?


 目で合図された上官にあたるダークエルフは水晶を使って姫巫女に連絡するためにこの場を離れた。

 すると、再び今度はより大きな叫び声が聞こえた。


 もっと近くで様子を見た方がいいか?

 そう目で合図しあった瞬間だった。


 砦の中から、同じ鎧を身につけた戦士達がこちらに向けて走り迫ってきたのは。


「な、なに!?なぜこっちに!?」


「!?あれは一番槍!?どういうことだ!」


 驚きの声はすぐにかき消され、すぐ仲間に信号を送る。

 だが、砦に最も近い場所で斥候をしていた者達が覚えていたのはそこまでだった。

 ギリギリ仲間に知らせられた満足感と、なぜ相手側から襲い掛かられたのかという疑問。

 そして何より、ここで脱落する無念を感じながら彼らの意識は途切れた。





 戦いが始まり、ダークエルフの本隊ともいえる場所にはダークエルフだけでなくアラクネも数多く布陣していた。

 それとは別に奇襲用の部隊もいる。

 ダークエルフとアラクネは別段協力体制にあるものの、仲がいいわけではないので直接連携をとらず、それぞれの指揮官が情報を交換しながら指揮を取る形をとっていた。

 だが、それが災いずる。


 ダークエルフ側にいるハイエルフはまずアラクネの前衛部隊と奇襲部隊に風の加護をかけ、送り出し、先制攻撃の魔法を準備した。

 そして魔法の着弾時に、アラクネ達が突撃をかけるという、単純だが効果的な戦略をとるようていだった。


 だが、その予定は最初から狂う。


 まず、ダークエルフ達が放った広域遠距離攻撃魔法、ウィンドレイス。

 この魔法は風の矢を射る魔法、ウインドアローの上位、威力の高いウインドレイの更に上位魔法になる。

 ほとんど矢とは思えない速度で放たれるレーザーのような魔法だ。

 そして威力も人なら5人は貫通してもまだ衰えないほどの威力がある。


 だが、長い詠唱の末に放った必殺の一撃は、突撃してくる部隊を前に、あっさりとかき消えた。

 敵の勢いは変わらない。


 ダークエルフ達が唖然とする暇もなく、突撃しようとしていたアラクネ達も出鼻を挫かれた。

 だが、すでに魔法が放たれる前から突撃体制をとって相手に接近していたため、今更やめられず、そのまま突っ込む羽目になる。


 そのまま激突するならまだ五分と五分、予定は狂ったが分の悪い賭けではなかっただろう。

 しかし、敵との接触直後に、アラクネ達を風の刃が襲った。

 アレイフが大勢の敵を相手にする場合に好んで使う鼬風(いたちかぜ)の下位互換魔法、ウインドシザーズ。

 それほど大きな傷を与える魔法ではないが、広範囲に攻撃でき、相手と接触する直前にぶつけることで相手の意識を一瞬そらし、突撃を不利にする目的で過去に重宝された魔法だ。


 そしてその魔法をまともに受けたアラクネ達は、加護があるにも関わらず受けた傷に戸惑い、その一瞬のスキが覆せない差になった。


 前衛として突撃し、突破しきるはずのアラクネ達が、誰も突破できずに逆に粉砕される光景。

 ダークエルフ達はその後継を見てやっと我に返った。


 一度崩れるともう立て直しはできない。

 もともと指揮系統が異なる上に、仲良く共同で訓練していたわけでもなく、行き当たりばったりで合わせた連携など、一度崩れればもう後はどうにもできなかった。


「ひ、姫巫女様っ!魔法が…魔法が効きません!」


 残されたダークエルフ達は、水晶で現状を報告する伝令をしり目に、突撃してくる相手に向かって無駄かもしれないと思いながらも魔力を集め、再び詠唱の準備にはいった。





 戦いが始まってすぐ、本体中衛にいた部隊も前衛の状況を見て戦線を押し上げるべく、前衛の救援に向かっていた。

 前衛の水晶は既に割れたらしく、あれから連絡が取れていない。

 嫌な予感を持ちながらも、進んでいくと、前方で交戦している部隊を見つけた。

 といっても、戦っているのはアラクネ達でダークエルフの姿は見えない。


 援護で魔法を放ったが、すべてレジストされた。


「エルフ族が鎧を?なんだあの鎧は。」


「アラクネ達が押されている。どういうことだ?接近戦だぞ?」


「いや、あの鎧…まさかっ!」


 ダークエルフ達の中にも動揺が広がる中、突然左右からアラクネ達と戦っている者達と同じ鎧を来たダークエルフとエルフに襲われた。

 中衛の部隊の中には特にハイエルフが多く、魔法なしでもあっさりやられるほどやわではない。

 長く生きるということはそれだけ武道を修める時間も長いということだからだ。


 ダークエルフ達はすぐに体制を立て直し、迎撃しようとしたが、上手くいかず、伝令が手に持っていた水晶まで地面に転がった。

 伝令が魔法でやられたらしい。

 だが戦いの中での彼らの声はきちんと姫巫女にも届いていた。


「て、敵にもダークエルフが?…馬鹿な…あれは…おじい様?」


 1人のハイエルフが呆然としたように呟き、ニヤリと笑う相手に蹴り飛ばされていった。


「姫巫女様っ!敵に一番槍が…一番槍がいます!」


 水晶が機能していることに気づいたダークエルフが声を荒げるが、その声もすぐにかき消える。


「ひ、姫巫女様っ!お逃げ下さい!て、敵はっ!」


 何を見たのか、この声を最後に前衛を救援に向かったはずの中衛も全滅していく。

 そして、後衛として残っていた中にはアラクネ族はおらず、ダークエルフだけ。

 というのも、召喚や回復が主な役割だからだ。

 そんな部隊がダークエルフとアラクネの前衛と中衛をあっさりと壊滅させた部隊を止められるわけもなく、あっさりと本陣への道を作られる。


 そして、ゆっくりと歩く姫騎士に道を示すように左右に分かれて並ぶ同じ鎧の戦士達。

 鎧にはほとんど傷がなく、誰かがかけることもなく、彼らの誇らしげな顔を見ながら姫騎士は歩を進める。


 やがて、1つの天幕が見えてきて、姫騎士は口元を引き締めた。

 天幕から出てくる普通のアラクネとは明らかに違う個体と、そしてビクビクした様子ででてくるダークエルフのハイエルフを見つけたからだ。


 ゆっくりと近づいていくと、2人はこちらに気づいたのか、臨戦態勢をとったが、アラクネ側はあっさりあきらめたようで、構えを解いた。

 後ろのダークエルフは驚きに顔を染めている。


 見ると、2人とも武器すら持っていない。

 戦場にいるにもかかわらず、指揮するだけで自分は戦場に立つつもりもなかったのだろう。

 我が妹ながら情けない。


 近づくにつれ、彼女達の表情までよく見えるようになってきた。

 そして、私の妹は驚きの表情のまま、声を発する。


「お姉さま…。」


 その声には怯えが感じられた。

 私を見て怯えているということは、最低限、今の状況はきちんと理解できているのだろうか?とアイリーンは冷静に妹の感情を考える。

 アイリーンが目の前まで行くと、2人はこわばった顔のまま彼女の方を見つめていた。


「さて、もう戦える兵力はなく、大将は討たれる寸前。一応投降の意志があるか確認はしてあげるけど、どうする?」


 アイリーンの言葉に、2人はビクっと肩を怯えさせた。


「…私は、負けを認める。もし生き残りがいるなら私の命と引き換えに助けてほしい。」


 アラクネの方はあっさりとアイリーンに投降した。


「潔(いさぎよ)いのね。わかった。そっちは?」


 アイリーンに視線を向けられ、アリーシャは恐る恐る声を出した。


「ど…どうしてですか?どうしてお姉さまが…エルフ側に…どうして私達を?」


 その問いかけに、何を言っているの?と言わんばかりにため息を付きながらも答えるアイリーン。


「私は風の秘儀にて召喚されたにすぎない。主様がエルフ側にいる。それだけで十分だろう?」


 その言葉を聞いて、どこか安心したようにため息をつくアリーシャ。


「そ…そうですか。なるほど、あの女が帰ってきていましたか。それならお姉様がそちらにつくのも致し方ないこと。わらわ達の負けですね。大人しく負けを認め…。」


「別に、無理に従わされているわけじゃない。むしろ進んで召喚してもらったともいえる。」


 アリーシャの言葉に再び目を鋭くするアイリーン。

 予想外の姉の言葉に、アリーシャが目を丸くした。


「え?」


「もし私が生きていて、自由だったとしても同じ行動をとったと言っている。」


「それは…どういうことですか?」


「お前は私の…私達の最後を見ていたのではないのか?」


 アイリーンの後ろには、彼女に付き従う部隊がいつの間にか集まってきていた。

 皆の顔をアリーシャも知っている。最後まで姉と共に戦い、そして死んでいった者達だ。


「私達が何のために命を懸けたのか、知っていたのではなかったのか?」


「そ…それは…でもっ!」


「最後の王族たるお前に、後の世を託した私達が間違っていたというのか?」


「……。」


 アリーシャはうつむき黙り込む。


「失敗してもいい。間違いも犯すだろう。けれど、なぜこうなった?なぜ話をしなかった?なぜ溝を埋め、歩み寄ろうとしなかった?…お前にはそれができる十分な時間があったはずだ。なぜ思い通りにならない方を消す未来しか選べなかったのだ?私達が望んだ未来はこのようなものでは決してない。…これでは私達の死はなんだったのだと言わざる得ない。」


 アリーシャが膝をつく。


「……も、申し訳ありません…ね…ねぇさま。」


 すると、アイリーンが妹の前にしゃがみこみ、はじめて優しい声音で肩に手を置いた。


「…アリーシャ。ここまで戦いが長引いたのだ。被害も大きい。すでに溝は大きく。お前の代でそれを埋めることは不可能だろう…だが、次代に残すな。100年は無理でも200年、300年後にまた再びエルフ族の国を名乗れるよう、力を尽くすのだ。お前は…残されたハイエルフ達はそれをなさねばならない。ハイエルフであることを誇るのではなく、ハイエルフとしての義務を果たすのだ。


 アイリーンの手に、アリーシャが手を重ねる。


「…はい、必ずや。今度こそ。そのお役目をはたしてご覧にいれます。」


 アリーシャの目には涙が浮かんでいた。アイリーンはそんな妹を最後に優しく抱きしめる。


「…今度こそ、お前の番だ。」


「…はい、姉様。」


 いつのまにか周りには、砦にこもっていたはずのエルフ達が集まって事の成り行きを見ていた。

 アリーシャは立ち上がり、一度トトアの方を見ると、トトアがうなづくのを見て、堂々と宣言した。


「ダークエルフ及びアラクネは完全敗北を認める。全員捕虜となり、そちらの裁決に従おう。だがどうか、部下たちには温情を。彼らは私達に従ったに過ぎない。


 アリーシャの宣言に、エルフの中からルアが前に出る。


「そちらの降伏を認めます。拘束はしませんので、いったん武装解除の上、集まってください。その後、代表者による話し合いを要求します。アラクネの代表もご参加ください。また、援軍として参戦してくれたシュイン帝国の代表にも同席頂くので悪しからず。」


「了解した。心遣いに感謝する。」


「私達も降伏した身、わかってるわ。」


 ルアの要求をアリーシャとトトアは素直に受け取った。

 これにて、長く続いたエルフとダークエルフの戦争はいったん幕引きとなる。


「ずいぶんと遅いお出ましだな。主様。」


 アイリーンの声に全員が彼女の見ている方向を見る。


 ここにきてやっと今回全くといっていいほど出番のなかったシュイン帝国の一行が到着した。

 エルフ達より先に出たにも関わらず、奇襲部隊として潜んでいたアラクネ達に襲われたせいで、むしろ最後に到着するはめになっていた。


 しかもその姿はボロボロだ。

 大怪我こそしていないが、奇襲を受けた上に、たった7人で倍ちかい数を相手にするはめになった。

 リンはグリに肩を貸され、アレイフもユリウスに肩を借りている。

 イチとララは糸まみれで気持ち悪そうにしており、無傷に見えるのはクインだけだ。


「え。主様?」


 アリーシャが驚きの声を上げる。

 予想と違う結果に驚いた声だった。

 だが、すぐさまその答えはアイリーンから告げられた。


「ええ。彼が私を呼び出した精霊の使徒様よ。」


「…そう…代替わりしてたのね。」


 納得するアリーシャ。

 アイリーンが自らの主に自分の妹を紹介しようとしたところで、予想外の方向から大きな声がした。


「シリア!」


 その声と同時に、一瞬で移動したアラクネのトトアがユリウスを払いのけ、アレイフを抱きしめた。

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