第126話 森の死闘 中

 辺りが暗くなり、エルフ達が戦いの準備を終え、砦での防衛線の準備をしている中で、俺は一人、ルアさんやハハルさんを中心とした長や戦士長の注目が集まる中、魔力を練る。


 少し前までは風の秘儀を使うのもままならなかったが、アウラに失敗した儀式の後遺症を治してもらい、それからグングン魔力が伸びた。

 今では余裕をもってこの秘儀を使える。


 魔力を練っていくと、周りから驚くような視線が集まってくるのを感じた。

 感覚が敏感になっているのか、視線や周りの人たちの状況が目を閉じていてもわかる。

 その敏感になった感性はフィーの近くから俺に向かって叫び続けている声も届けてきた。


 私を出せ!

 それは私の役目だ!


 ああ、わかってる。だから出てきてもらおう。


「平和な世のため、自らの使命を全うした気高き英霊よ!我が声を聞き、再びその姿を顕現せん!我は呼ぶ。汝が名を…。」


 急激に身体から魔力が失われる。半分?いや、それほどじゃない。

 アルトリウスを呼んだ時よりずっとましだ。


 目の前にいくつも魔法陣が形成され、足元にもまた魔法陣がいくつも展開しては消えていく。


「森林の軍神、最後の姫騎士、アイリーン!」


 俺の言霊にのって、魔力が収束し、目の前に一人の女性が現れる。

 ずっと、私を出せ!と思念を送り続けてきたフィーのかつての戦友。


「やっと呼ばれた…まったく、先代の時代から言い続けてやっとだ。」


 いきなり悪態をつくその声は少し低い。

 砂埃が晴れ、そこにいたのは1人のエルフ。

 いや…褐色の肌に紫がかった長い髪をたなびかせたダークエルフだった。

 その背丈は俺と同じぐらい。

 女性の平均より少し高いぐらいだろうか、白を基調とした鎧を身に着けており、腰に剣を、背には槍だろうか?武器を背負っている。

 金色の双眸が周りを見渡し、俺に目線を止めると、気のせいか少し視線が柔らかくなった気がした。


「さて、主殿よ。やっと私を呼んでくれたな。事情はわかっている。馬鹿に仕置きをすればいいのだろう?」


「…え、ああ、うん。そうなんだけど…仕置き?」


 予想より柔らかい話し方に驚いたけど、よかった。普通に話せる相手で…。

 正直、ずっと伝わってきてた思念は怒りに満ちていたから少し心配だったけど、フィーがいうように冷静な人みたいだ。


「うむ、見かけより魔力があるみたいだな。それだけ残っていれば大丈夫だろう。


「?」


 どういう意味だろう?

 俺に魔力が残っているかどうか、何の関係が?


「ダークエルフ?」


 遠巻きに見ていたエルフ達から驚きの声と共に殺気が向けられる。


 しまった…。彼女はどう見てもダークエルフだ。

 はたから見れば俺は今、敵をこんな真ん中に召喚したように見える。


「これはどういうことだ!!」


「そうだ!ダークエルフを…。いや…あの鎧…まさか…。」


 どう説明しようか頭をひねっていると、エルフ達が何やらざわざわと騒ぎ出した。

 視線はダークエルフの姫騎士、アイリーンを見ている。


「今…アイリーンといわなかったか?」


「馬鹿な…しかし、あの鎧は…。」


「…英霊召喚…まさかアイリーン様を?」


 …アイリーンの名前を知っている?

 え、様付け?


 遠巻きに見ているエルフの中から、ルアさんが進み出て、俺ではなくアイリーンに向かって跪いた。


「姫騎士様…我らは貴方の妹君を敵としているのですが、それでも戦ってくれますか?」


 それを見たアイリーンが応える。


「立ってくれ。私は主に呼ばれた風の記憶…本物の残滓にすぎん。だが、我が身内の不始末…必ず私がつけよう。……苦労をかけて申し訳なかった。」


 その言葉に、他のエルフ達も殺気を向けるのをやめた。


「えっと、これは?」


「今ダークエルフを率いている姫巫女のアリーシャは、そこの姫騎士様の妹君なのです。エルフの国最後の王朝、その血族にあたります。そして、姫騎士様はエルフとダークエルフが仲違いする前、エルフ族を救った英雄です。」


 …そういえば、夢で見た気がする。

 その時はまだ幼かったアイリーンの妹が今のダークエルフの首領?


「…そのエルフの王朝が滅びたのは?」


「もう500年以上前でしょうか、我々エルフには生き残りはいませんが、ダークエルフ側のハイエルフには当時を知る者も数多くいるはずです。」


 ハイエルフってそんなに長生きなの!?


「さて、主殿。」


「ん?」


「先陣及び、戦いを任せてもらいたい。主殿はゆるりと後からついてくるといい。そこにいる護衛達がいれば私が傍にいなくとも安全であろ?」


 そういってアイリーンはさっきから注意深く様子をうかがっていたクイン達を見た。


「いや、いくらなんでも1人では…。」


「主殿が他のエルフ達に提案してくれたのだろう?ということは私の力を信じたということではないのか?」


 そういうとアイリーンは砦の外の方へと歩き出した。

 エルフ達からも戸惑う雰囲気が伝わってくる。

 幾ら伝説の英雄でも、1人でできることなんてたかが知れてる。


「え、いや、だけどさすがに1人では…。」


 そういうとアイリーンは歩みを止めて、こちらを振り返り、フッと笑った。


「何を言っている?私は一人ではない。それに…おそらく主殿は自分も身も守れなくなるほど疲弊することになるぞ?」


「え、それはどういう…。」


 そこまで言うと、俺はガクっと膝をついた。

 アイリーンを呼んだ時と同等…いや、それ以上の喪失感。

 恐ろしい量の魔力が自分から抜けていったのが分かる。


 俺は魔法を唱えてない。なら誰が?


「来たれ…我が戦友よ。我らは必要とされている。我と共に再び戦場に舞い戻ろう!」


 混乱する俺をよそに、アイリーンの声を合図とするように彼女の眼前に、何人もの戦士が姿を現した。

 これは…アルトリウスを呼んだ時にも後から感じた喪失感…あの時は数人程度だったけど、今回は違う、10や20じゃない…なんだこの人数…。

 身体からほとんどの魔力を奪われた。

 そんな俺を見て、アイリーンは初めてみせる意地悪そうな笑みを浮かべる。


「そうか、主殿は知らないのか?我々英霊は主殿とパスがつながっていてな。魔力を自由に引き出せるのだ。」


 そんな話聞いてないぞ!

 フィーを見ると、いっけね!みたいな顔をしてどこかに飛んでいった。

 …逃げやがった。


「ちょっときつかったか?だが、主殿は戦う必要はないんだ、ゆっくり歩いてくてくれればいい。エルフ達!お前達もだ、我らの後をゆっくりとついてくればいい。」


 エルフ達がざわめき、信じられないものを見る目でアイリーンを見ている。

 そりゃそうだ…。いきなり目の前に同じ鎧を身に着けた軍隊が現れたら驚くだろう。

 それに、エルフとダークエルフが混じった混合部隊らしい。

 アイリーンと似た鎧を身に着け、旨のところにお揃いのマークがついている。

 かつてのエルフの国の紋章か何かだろうか。


「さて、主殿、動けるようになったらついてきてくれ。ダークエルフ共の本陣でまっておるぞ。」


 動けるように?今でも魔力の大半は失ったけどまだ動きが鈍るほどじゃない。

 長時間は無理でも戦えるぐらいの魔力は残っている。

 疑問を挟む余地もなく、アイリーンが整列する兵士達の前に声を張り上げた。


「誇り高きエルフ王国の戦士達よ!かつての我らが同胞達はどうやら間違った道に迷い込んでいるらしい。我らが望んだ平和とは真逆の道だ!本来なら死した我らは歯を食いしばって見ているしかない!だが今ここで!なんの因果か、間違いを正す機会が与えられた!私と共に、奴らを正しい道に矯正してやろうではないかっ!」


「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 地響きのような声を上げて、エルフの戦士達が声を上げる。


「さぁ、見せてやろう。エルフ王国の…エルフとダークエルフ、エルフとハイエルフが手を取り合った我らの軍がどれだけ強大かっ!今ここに、姫騎士の名において、大号令を発令する。…敵を、粉砕し我が妹までの道筋を作れ!」


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 アイリーンのセリフの後に、エルフの戦士達が声を上げる。

 だが、俺はそれどころじゃない。

 駄目押しと言わんばかりの魔力をまたごっそり持っていかれた。

 もうウインドアロー1本すら撃てるか怪しい。

 …いや、魔力は枯渇、体力の方まで手を付けられた感覚がある。


 ふらついたところを、いつの間にか横に来ていたララが支えてくれた。

 だが、身長差があるため、このままだとララもろとも倒れこんでしまうというところで、逆からユリウスが助け起こしてくれた。


「大丈夫ですか?主様。」


「あ…あぁ…いや、ちょっとまずい…魔力回復薬をとってくれるか?」


「はい、持ってくるので座っていてください。」


 ユリウスとララに助けられながら腰を下ろす。

 我ながら情けない…、


「ララもありがとう。」


「ん。」


 薬を取りに行ったユリウスを見ながらララにお礼を言うと、ララも隣に腰を下ろした。

 そんな俺たちを見て、また悪い笑みを浮かべるアイリーン。


 意外と愉快な性格らしい。


 俺の魔力を奪ったのはまたしても彼女なのだろう。

 彼女の眼前で陣形を組みなおす戦士達の身体には風の加護が見える。

 全体強化魔法。それも俺が使う強化魔法、風の福音以上の力を感じる。

 俺の残り少ない魔力だけでどうやってあれだけの効果を…。


「さぁ…いつも通り、見せてもらおうか。一番槍、アルバラス!」


「お任せください!さぁ、我に続けっ!我が一番槍の名を奪い取ってみよ!!」


 大柄なエルフの戦士は声高々にアイリーンに応え、周りを鼓舞しながら砦を飛び出していった。

 それに続くように、彼の部隊だろうか?数十人が一緒に出ていき、それに続く形で他の部隊も砦を出ていった。

 後に残されたアイリーンもまた、その歩を進め、背から取ったランスを右手に掲げ、しかしながらまるで散歩をするかのような足取りで歩き出した。

 ゆっくりと砦を出ていく姿がは、すでに勝利を確信しているようにすら見えた。


「主様、これを…。」


「ああ、ありがとう。」


 ユリウスから受け取った魔力回復薬を腕に打ち込み、呼吸を整える。

 正直、魔力は全然足りない。

 だけど、魔力回復薬の連続使用は禁止されているし、ララやクインの目があるから無茶はできない。

 いざというときのために、予備のものを取ってきてもらったので、俺が持ってる回復薬はまだ2つある。


 何かあったときに魔力がないと何もできないからなぁ…。


 とりあえず、動ける程度には回復したので、クイン達に指示を出した。


「これからアイリーンを追って森を行く。クイン、ユリウス、ララは護衛を頼む…魔力が残り少ない

 …。イチはアイリーンの後を教えてくれ、リンとグリはイチのサポートと護衛を。」


 全員が返事したところで、行動を開始しようとしたところで、ルアさんから声がかかった。


「あの…我々は…。」


「…予定通り、先陣はこちらがきりました。後詰をお願いします。アイリーンもああいっていることですから、安全を確保しながら来てください。」


「…わ、わかりました。どうぞよろしくお願いします。」


 アイリーンが呼び出した兵士達に圧倒されたのか、周りのエルフ達の様子が少しおかしい。

 高揚もないが、悲壮感もないからいいことなのだろうか?


 あとで聞いた話によると、アイリーンを召喚したことではなく、俺の魔力を使ってアイリーンが呼び出した戦士達を見て驚いていたらしい。

 彼女の部隊はエルフやダークエルフが一緒になっているだけでなく、どうやらハイエルフだけではなく普通のエルフも混じっていたそうだ。俺には見た目でわからなかったがルアさん達はどこで見分けているのか。

 更に、これまでの戦いで自分たちを苦しめ続けた戦士の姿まであったという。

 ダークエルフ側のハイエルフが呼んでいたらしいのだが、そんな屈強な戦士が当然のようにこちらに付いたことで、あっけにとられていたのだといっていた。。


 普通で考えれば防戦になるはずが、攻めることになったエルフ族。

 こうして、森の死闘は一方的な幕開けとなった。

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