第113話 保護したエルフ

 案内され、扉を開けた先には、エスリーの砦唯一の小さな庭があり、木の幹のところにチルさんと少女が2人腰掛けていた。

 仲良くチルさんを挟んで何か話している。


 こちらに気づいたのはチルさんが1番早く、片手をあげて挨拶してくれる。

 案内してくれた警邏隊の男性は帰っていき、俺は左右にクインとユリウスを従える形で近づいていった。


 近づくにつれて、2人の少女はチルさんの手をつかみ、1人はあからさまにチルさんの後ろに隠れた。


「こんにちわ。その2人が?」


「ええ、こっちがアアル、私の後ろに隠れてるのがルルアっていうらしい。2人は姉妹なんだって。」


 チルさんに向かって話しかけると、アアルという少女は俺をジッと見つめ、ルルアという少女もチルさんに隠れながらこちらを凝視していた。


「はじめまして、シュイン帝国のアレイフ・シンサといいます。そこにいるチルさんと一緒に2人を故郷の森に送り届ける者です。どうぞよろしく。」


 にこやかに話しかけたつもりだが、2人のエルフは警戒しているかのようにこちらをうかがっているだけだった。しかも気のせいは目線は俺というよりは後ろの2人に向いているような…。


「ほら。」


 チルさんに促されて、まずは姉のアアルが前にでる。

 身長は俺より低い、けれど見た目年齢は俺より少し若いぐらいだろうか?薄緑の髪にスレンダーな体躯。

 成人はしていなさそうだ。


「ノノルの森、巫女の血筋、アアル。」


 …じっと、静かな時が流れる。


「あ、えっと、つぎはルルアね。」


 チルさんが、背に隠れる妹の方を前にだした。

 てっきりアアルの言葉にも続きがあるかとおもったけど、どうやらあれで終わりだったらしい、短文なところにララとの共通点を感じる。エルフの血なんだろうか?


「…ルルア。」


 妹はもっと酷かった。

 見た目はアアルと同じ髪の色に、顔立ちも似てるけど、年齢は10歳に満たないぐらいで、まだまだ子供という印象だ。恥ずかしそうにというよりは怖がっているように見える。人見知りなんだろうか?


「えっと。この子たち、ララみたいにあまり話すのが得意じゃないみたいで、悪気はないんだ。」


 チルさんが2人をフォローした。

 けれど、2人は明らかにチルさんになついているように見える。


「一応、すぐに出発したいので、2人と一緒にチルさんも準備を。」


「あ、そういえば私も一緒なんだね。よかった。もうここで分かれたら気になって気になって。」


 面倒見がいいところはあいかわらずみたいだ。

 チルさんが荷物を取りに行こうとすると、2人も一緒に行こうとする。

 困った顔のチルさんに馬車の準備があることと、場所を伝えて用意が出来次第来てくれるように伝えた。


「あのような幼い少女を攫ったのですか…酷いものです。」


 クインが3人を見送りながらつぶやく。


「わざわざこちら(南部)に来たということはルートが南部にある可能性があるな…やっぱり調べる必要がありそうだ。手がかり探しにイチを同行させたいんだけれど。」


「ヤツは鼻がききますからね。手配しておきます。」


 そういうと、クインは下がっていく。

 1番隊の面々とイチに伝えに行くためだろう。





 初めて見たチルさんの上司という青年。

 とてもそうは見えないけど、私達を森まで送ってくれる偉い人だという。

 チルさんが隊長と呼ぶ人みたいに大きくはないけど、私よりは背が高く、私達の里にいた同年代の男の子よりは少し年上…お兄さんぐらいに見えた。

 やわらかい笑みに、チルさんの態度を見て安心したけど、私は後ろにいる2人の獣人に驚いた。


 狼人族だ。


 おとぎ話で聞いたことがある。

 人族のような見た目だけど、怒ると毛深くなり、爪や牙が伸びるらしい。

 小さい頃、悪いことをすると、狼人族が食べにくるぞ!とか、早く寝ないと狼人族がさらいに来るって脅かされたっけ。

 さすがにそんなことないってわかってるけど、2人の目が険しくて、ついついチルさんの手を強く掴んでしまった。

 チルさんの方を見ると、つい先日まで私のように脅されていた妹は警戒して隠れてしまっている。

 …仕方ない。


 とりあえず、まずは助けてもらったお礼を。それに送ってくれるというのだから深い感謝を示さなくてはいけない。

 私達を攫ったのも人族だけど、この人達は悪い人には見えない。

 それに、放りだされてもこまるから、友好に接しておいた方がいいに決まってる。

 えっと、まずは『助けて下さり、ありがとうございます。』からかな?


 …え?


 その時、私の目の前を何かが横切った。

 はっきりと見えたわけじゃない。けれど、確かに何か…手のひらサイズの何かが横切った。

 しばらく目を凝らしてみていると、やっぱりチラっと何かが見える。

 何かはハッキリとわからないけど、確かに何かがいる。


 というかあの青年の頭からいま飛び出なかった!?

 何かを飼っている?

 そのわりには誰も何も言わない。チルさんも特に何も…見えてない?

 私にだけ見えているの?

 そう思って妹の方を見ると、妹は青年の方じゃなくてその後ろの狼人族の方を見ている。

 気づいているのか、見えていないのか。

 …ほら、また何かが青年の周りをグルグルと飛んでる。


 青年本人はもちろん、他の人達が何もいわないから聞きづらいし…というか彼らには何も見えていないかもしれない。仮に私にだけ…そう私にだけ見えているのだとしたら、アレはなんだろう?


「ほら。」


 そこで私の背を軽く叩くチルさんに声をかけられて、相手が名乗っていたことにはっとなる。

 私の番だ。


「ノノルの森、巫女の血筋、アアル。」


 とっさのことで最低限のことしかいえなかった。

 それでもルルアよりはまし。

 ルルアは完全に狼人族を怖がってしまっている。


 あの青年の周りにいるアレはなんなだろう。今は見えない。けれどさっきは確かに何かがいた。誰も何も言わないから聞きそびれてしまったけど、あとで妹には聞いてみよう。もしかすると妹には見えていたのかもしれないし。


 とりあえず、私は後ろ髪をひかれながらもチルさんについていった。





 馬車で第四師団本部に移動して、ウキエさんに現状を報告した。

 合わせて第二師団長に状況を伝え、協力を仰いだ。

 返事は色よいもので、さっそく伝手を探してくれるらしい。とりあえずいったん今日にでも会いに来てほしいといわれている。


 エルフの少女2人とチルさんはしばらく俺の屋敷に泊まることになった。

 さすがに数日は情報集めに必要なので、チルさんを護衛としてのんびりしてもらうことにした。


 一応地図を見てもらったが、やはり地図から自分たちの故郷は特定できなかった。

 まぁ…シュイン帝国の地図では森の入口あたりしか書かれていないし、わかるとも思えなかったが。

 第二師団長お抱えのエルフの人たちが彼女達の言う、ノノルの森を知っていることを祈ろう。



 彼女達が俺の屋敷に滞在して三日目の朝、アアルとルルア、ララとレアが一緒に食事をしているのを見かけた。

 なんとなく、エルフとハーフエルフには確執がありそうな気がしてたけど、そんなことはないらしい。

 特に問題なく打ち解けているように見えた。

 こうやってみると、ララの方が年下に見えるが、ララでも実年齢は俺より上。

 ということは自動的にアアルとルルアは俺より年上なんじゃないだろうか?女性に年齢を聞くのはといわれていたけど、とても気になる。


 こちらに気づいたララが俺を呼び、一緒に食事をすることになった。

 これまでも何度か一緒になったことはあるが、気になることがもう一つある。

 アアルとっルルアがジッと俺の方、俺の顔ではなく周りをジッと見つめていることがたまにあるんだ。

 なんなんだろう?

 何か見えるんだろうか?視線を追いかけてもそこにはフィーぐらいで他には何もない。

 まさかフィーが見えている?

 …とも思ったけど、ずっと目で追っているわけでもないし、フィーがたまに上げる奇声、「見せちまったぜ…私のギアセカンド!」とか、「間違っていたのは私じゃない、世界の方だ!」には反応していない。

 ちなみに前者は小鳥に向かって、後者はよそ見していて壁に激突したときなんかに言っている。

 昔、意味を聞いたけど、顔を真っ赤にして、「そういうのは見て見ぬふりをするのが大人というもんなんだぞ!」といわれたので、以降聞けていない。意味は謎のまま…。

 と、脱線した。


 何か見えているのか聞いてみたいけど、フィーのことをあまり話すのは本人に止められている。

 特にアアルとルルアはエルフだ。

 風の精霊であるフィーの存在を考えると、ややこしいことになっても困るかららしい。


 まぁ、最近はよく話すようになってきたし、もしフィーが見えているなら聞いてくるだろう。


「アレイフ、それとって。」


 ルルアに言われた香辛料をとってやる。


「ありがと。」


「どういたしまして。」


 ルルアを見ていると、孤児院時代のことをついつい思い出してしまう。


「こら!アレイフ様でしょう。呼び捨てにして!…すいません。」


 アアルがルルアを怒るが、ルルアは無視。俺のほうに頭を下げたので、気にしないように笑顔を向けた。


「レイ様!今日は時間ある?」


「あぁ…今日はこれを食べたら西部に行かないといけないんだ、だからすぐに出るよ。」


「そっかぁ…。」


 レアが残念そうにうつむくが、すぐに顔を上げてにこっとした。


「アアルやルルアの森!わかりそうなの!?」


 その言葉にアアルとルルア、そしてララも俺を注目した。


「いや、まだだけど、とりあえず流れのエルフがいるらしいからそっちに会えるよう手配してもらおうと思って。準備できたら2人には一緒に来てもらうことになるよ。」


「流れ?」


 ララが疑問を挟む。


「なんでも、里を捨てて旅をしているエルフらしい。捨てたといっても追い出されたわけじゃなく、定期的にいろんな里を回って、情報交換したり、物を売ったり、この国では冒険者みたいなことも請け負っているらしい。第二師団のいる西部はそういった者ががよく来るらしくて、第二師団自体もかかわりがあるから伝手で知ってそうな人を探してもらってるんだ。で、今日は最初の報告がある日だから、見つかってればいいけど…。」


「レイ様!私、エルフの里に行ってみたい!」


「私も見てみたいの。」


 レアとララが目を輝かせてる。


「ん…あまり友好的じゃないってきいてるけど、どうなんだろう?」


 俺自身、エルフと人族の関係はあまりよく知らない。

 今は不可侵状態みたいなだけで貿易などはしていないと聞いている。

 無言で、アアルとルルアの方を見ると、2人とも困ったように苦笑いした。

 2人の話を聞いた限り、あまり里の外に出たことはなく、そのあたりのこともよく知らないらしい。


「2人とは友達ですし、友達に会いに行くのはおかしいことじゃないですよね!」


「私もいってみたいの。両親のどっちかの故郷なの。」


「とりあえず、2人を送り届けて、友好関係が築けてからなら…。」


「楽しみです!」


「楽しみなの!」


 …友好関係が築ければいいけど。という言葉を声に出すことはできなかった。

 少なくともあちらから見たら大事な一族を攫ったのも人族。

 いい印象は持たれていないだろう…。無事送り届けても、感謝されるどころか、攻撃されそうな気がする。

 けれど、2人の笑顔を見ていると、とてもそんなことを口にはできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る