第112話 やっかいな拾い物

 森で妹といつものように山菜を取りに行った私は、動物達に荒らされてあまり収穫がなかったこともあり、奥へ奥へと進んでいった。

 妹は途中でもう帰ろうって言ったのに、私はまた明日山菜取りに行くのが嫌で、今日なるべくたくさん集めておきたかったから、どんどん森の奥に入っていった。

 籠にいっぱいになるぐらい集めればしばらく山菜取りにはいかなくていいはずだ。

 そしたら、家でのんびり本を読める。


 私は外の世界に興味を持っていた。

 里の外、この森の外の世界。私は本でしか知らない。

 それも最近やっと資料庫に入ることが許されたから、わかったことだ。

 この里がある森の外にも広大な土地、人族や魔族が暮らす国がある。

 それを一度この目で見ていたいと私は思っていた。

 無理なのはわかってる。だからせめて本を読み漁るのが私の最近の過ごし方だった。


 私達子供は里から無断で出ることをほとんど許されていない。

 勝手に出ると恐ろしい魔獣や、人族、ダークエルフに攫われると教えられている。

 出歩けるのはせいぜい歩きなれた里の近くの川か山、それ以外に行くには里の大人達が一緒じゃないといけなかった。

 もちろん、里の大人達も子供が行きたいといったとしても、自由に連れて行ってくれるわけじゃない。


 特に私の年代だと、そろそろ狩りや魔法の練習をしだすから、大人達といっしょに狩りにいったりすることも多い。

 でも私は巫女の家系だった。だから普通の子のように弓矢の練習や魔法の練習はしていない。

 残念ながら巫女としての役割が優先されるけど、それは精霊の声をきけるようになってからと決まっている。

 私はまだ精霊の声を聴くことができていない。


 だから毎日家の手伝いをするだけ、妹と一緒に来ていた山菜撮りもその一つだ。


「おねぇちゃん。そろそろ帰ろうよぉ。」


 妹が泣きそうな顔をしてる。

 確かにだいぶ里から離れてしまった。暗い森の中、妹が不安になるのも当然か。

 というか、大人達にばれたら怒られそうだ。


「そうね、だいぶ集まったし、そろそろ戻りましょうか。」


 その時だった。ガサガサと音がして、足音が近づいてきたのは。


 魔物!?


 すぐに逃げるべきなのに、私達は身を寄せ合って震えることしかできなかった。


「おいおい、エルフじゃねーか。」


「な、言った通りだろ?たまにこの辺で見かけるんだよ。きっと近くに里があるんだぜ。」


「ちっ、まだガキか…楽しめねぇな。」


 ぞろぞろと薄汚い格好の男達が私達を囲むように出てきた。

 人族だ…。


「こっち!」


 私は妹の手を引っ張って逃げ出した。囲まれる前に里の方に!

 けれど目の前に他の人間が現れる。


「おっと、こっちももう行き止まりだぜ?」


「エルフっていってもガキだぜ?どうするんだ?」


「馬鹿だな、これぐらいがいいって変態もいるんだよ。それに育つまで飼えばいいじゃねぇか。」


「2匹いるし、1匹は俺ら専用ってことにしてもいいんじゃねぇか?」


「馬鹿野郎、エルフだぞ?売っぱらえば当分遊んでくらせるぜ?」


 人族は私の手をつかみ、妹も捕まえようとする。

 私は大声で助けを呼ぼうとしたけど、声を出そうとしたところを殴られた。


「おねぇちゃん!」


「叫ぼうとするんじゃねぇ…声出したら殴るぞ?いいな?」


 私達は何もできないまま、人族に捕まった。

 泣き出す私達に、ナイフを見せて、静かにしろという人族の男達。

 怖くて声がでなくて、震える足を必死に動かして、男たちについていく。


 お父さん、お母さん。


 私や妹の思いはむなしく、森を抜けるとそこには更にたくさんの人族の男がいた。


 初めて見る外の景色。

 けれど私は感動よりも不安でいっぱいだった。

 あんなに夢見た外の世界が、今は恐ろしく絶望的な世界にしか見えない。


 私達は馬車の荷台に乗せられた。

 よく見ると荷台は牢屋みたいになってて、仕切りがある。私達は妹と二人で一番奥に入れられた。

 この牢屋には他にも人間の女性がいた。

 ボロボロの服装でうずくまっている。

 臭いもこもっていて酷い。


 けれど、何もいえなくて、私達はただ小さく二人で抱き合って震えていた。


 馬車がゴトゴトと進み、たまに止まってはカチカチのパンと水を与えられた。

 怖くても、震えていてもお腹は減る。

 私と妹はたった1つずつのパンをかじって数日を過ごした。

 馬車の中だと昼か夜かすらもわからず、たまに様子を見に、私達を捕まえた人族の男が入ってくるときチラっと外が見えて初めて今が昼か夜かわかる。

 もう何度の夜だろう。


 夜になると人族の女性はつれていかれ、明け方に、ボロボロになって、酷い臭いをさせながら戻ってくる。

 昼に出ていった人族の女性は戻ってこない人が多かった。

 私達に話しかける人はいない。

 人族の男がパンと水を持ってきて、ただ食べろというだけ。

 私達ももう何も言わない。最初大きな声で泣きわめいたら殴られた。

 それからもう何も言えなくなった。


「おねぇちゃん…私達どうなるの?」


 妹の声に私は答えることができなかった。

 ただ、震える妹を抱きしめるだけ。


「お父さん、お母さん。」


 妹は静かに泣いていた。

 私には何もできなかった。


 数日たつと、やけに馬車が揺れる。

 ゴトゴトと小さな揺れじゃなく、何度もガタン!ゴトン!と。

 そのたびに私達は不安になり、妹は私に抱き着いた。


 馬車が酷く揺れるようになった次の日。

 夜に大きな物音が聞こえてきた。

 叫ぶ音、何かを倒す大きな音、そして金属音。


 何が起こったのかわからないが、しばらくして静かになったと思ったら、また馬車の荷台を人族の男が覗き込んだ。

 知らない男だ。

 その人族は牢にとらわれた私達を見ると、大声で誰かを呼びに行った。


 しばらくして、また知らない人族が来て、私達に向かって出るように言ってくる。

 私以外の女性は我先にと降りて行ったけど、私達は最後まで震えていた。

 再度促されて、やっといわれた通りに外へ出る。


 私達は数日ぶりにこの牢になった荷馬車から降りた。

 足元がフラフラする。

 妹も私と抱き合いながら、出てきたから、2人して馬車から降りてすぐに座り込んでしまった。

 周りを見渡すと、人族の死体がたくさんあった。

 あの顔は私を殴った人族の男だ。

 他にも見覚えのある顔が、今は死体となって転がっていた。

 初めて見る死体に、私と妹の震えは大きくなる。


 すると、身体を真っ赤に染めた人族の大男がこっちにまっすぐ歩いてきた。


 私と妹は強く抱き合って震えた。

 身体を真っ赤に染めて、私が見た人族の中でひときわ大きく、大きな剣を背にしている姿は恐ろしかった。


「大丈夫かい?お嬢ちゃんたち。」


 たぶん、この人族は笑ったんだろう。

 けれどまるで、獲物を前に舌なめずりしているように私達には見えた。


「ひっ!」


 怖くて声がでない。

 そんな私達を見て、人族の男は急にうろたえだした。


「え、あれ?いや、言葉がわからねぇか?俺はカシム、お前らを助けたことになるんだが…。」


 震える私達に後ろから別の人族の女性が近づいてきた。


「大丈夫よ。貴方達を保護するわ。そんなに震えないで。」


 そういうと人族の女性は笑顔を見せてくれた。

 私達はこの時、やっと助かったのだと理解した。

 私達より少し背が高いぐらいの大人というには小さな人族の女性は、私達を守るように人族の大男の前に立って宣言する。


「近づかないでください。怖がっているじゃないですか。ここは私が責任をもって保護します。」


「え…チル?俺は別にそんなつもりじゃ…。」


「その図体に、血まみれの格好でよく言いますね!とにかく、怖がっているのであっちいってください。そして私の許可なく近づかないように!」


 そういって人族の女性はシッシッと人族の大男を追い払ってくれた。

 離れたところで、他の人族の男に肩をたたかれ慰められているのが印象的だった。

 あんなに大きいのに、今はその肩を小さく落としているように見えた。


「貴方達をさらった悪い奴らは私達が退治したから…とりあえず一緒に行きましょう。怪我はないみたいだけど貴方達のことを聞かせてほしいの。」


 優しい笑みを浮かべながら私達に立つように促す人族の女性。


「あ、あの。私達…里に!」


 帰りたい!

 そういおうとして気づいた。

 ここはどこ?

 私達は何日馬車で移動した?里はどこにある?


 私達は本当に帰れる?


 不安に押しつぶされそうな私と妹の頭を優しく撫でるように、その女性は笑顔を向けてくれる。


「大丈夫。必ず貴方達の里?まで届けてあげるから。今はついてきて。どこから来たのか教えてもらえないと送っていってあげられないし。」


 私達はこの女性の言葉を信じることにした。

 今逃げ出しても、どうせ帰れる保証なんてない。


 それなら、この優しそうな女性についていく方がいいように思えた。





 リントヘイムでの情報収集や打ち合わせを終え、エスリーの砦に戻ると、ちょうど一番隊が周辺の調査に来ていた。

 通過していくつもりだったが、用があるそうで呼び止められたので、砦の中に入る。

 この砦もすっかり城壁が修復され、過去に見た砦そのものに復活していた。

 砦の脇には巨大な慰霊碑が立っている。

 その慰霊碑に礼をしてから砦の中にはいった。


 砦の中の部屋に案内されると、カシムさんが肩を落として座り込んでいた。

 近くにブッチさんもいる。


「呼ばれたので来たんですが…用とは?」


「ああ、すまない団長。実はここに来る前に賊を見つけたんだ。それで報告しとこうと思ってな。」


 うつむくカシムさんの代わりにブッチさんが要件を教えてくれた。

 にしても、カシムさんの様子はただ事じゃない…。


「あの、まさか死傷者が?」


 恐る恐る聞くと、ブッチさんが違うと答えてくれた。


「軽傷者数名だったかな。賊は捕えずに全員殺したんだ。抵抗が酷かったからな。そんで、後になってわかったんだが、捕まってる女達がいてな。事情を聞いてみるとどうもキナくせぇ、奴隷売買に関わってるみてぇだし、調べる必要があると思ってよ。


「…そうですか。ご苦労様でした。確かに調べる必要がありそうですね。それはわかりましたが…あの、死傷者がいないならなぜカシムさんは?」


「あぁ…なんていうか。」


 言いにくそうなブッチさん。

 あ、もしかして…。


「まさかローラ姉さんに会えないからとか?」


「…いや、それもあるかもしれないが、さすがにここまでじゃない。実は、保護した子達の中にな、エルフの子供がいたんだ。」


「エルフ!?」


「ああ、それでな…今はチルが面倒見てくれてるんだが、その、なんていうか、第一印象が悪いせいか、隊長を怖がっててな…それで…。」


 …まさか落ち込んでいるのはエルフの子供達に怖がられてるから!?

 ウソだろう?という意味を込めてカシムさんを見ると、カシムさんはいつもの元気な様子ではなく、静かに語りだした。


「俺は、にこやかに話しかけたんだ。お菓子も持って行ったこともある。なのになぜ俺を見て泣く?姉の方も俺をみてチルの後ろに隠れるし…そもそもブッチだって似たようなもんじゃねぇか。他のやつはなんともないのに、なんで俺だけ…。」


 …カシムさんの意外と繊細な部分を見てしまった気がした。


「ってわけで、悪いがしばらくそっとしておいてやってほしい。団長には悪いけど、保護した奴らを連れて戻ってほしいんだ。俺達はこれから森の調査があるし、保護した女達もそうだが、エルフの嬢ちゃん達もちゃんと里に帰してやりてぇ。チルは護衛ってことでそっちにつけるから。」


 ブッチさんにわかっている範囲で事情を聴いたところ、一昨日保護してから、人族の女性には大体の事情を聴くことができたらしい。

 全員、冒険者で盗賊に捕まっていたそうだ。

 人数は4人だが、他にもいたそうで、中にはすでに奴隷として売られた子もいるそうだ。一応ブッチさんの指示で、賊の持ち物などは回収済みらしい。

 賊について詳しく調べなおす必要がありそうだが、これはいったん本部に戻ってからにしよう。

 精神的に参っている者もいるのでとりあえず第四師団で保護することになりそうだ。


 そしてエルフについて、2人ともまだ子供で姉妹らしい。

 チルさんになついているようで、目立った怪我などはなく、元気だそうだ。

 ただ、故郷の里がどこなのかわからず。というか現在地がどこかわからず困っているのが現状で、とりあえず一緒に第四師団本部に連れて行って、故郷の里を探してやりたいとのこと。

 第二師団長が確かエルフの協力者がいるといっていたから、もしかするとあっさりわかるかもしれない。

 どちらにしても、本部に連れ帰る必要があるけど。

 すぐに出発でも大丈夫だということで、とりあえずエルフの少女達に会ってみようということになった。


 ララとは違って完全なエルフ。

 どんな感じなんだろう?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る