第110話 人手不足

 第四師団本部の会議室。

 そこには俺とウキエさん、カシムさん、そしてシドとイリア、更にはその副官達が集まっていた。


「やはり、人員をもっとリントヘイムに送る必要があります。」


「魔物さえ狩り終えたならエスリーの砦までは安全ですから警邏隊だけでもなんとか…。」


「そもそもリントヘイムにそんな人数を受け入れられる施設があるのか?」


 ウキエさんの言葉に同調するシド。それに反論するのはカシムさんだ。

 この議題は1通の手紙からはじまった。


 内容はリントヘイムにいるランドルフからで、こちらに兵をもっと割いてほしいというものだった。

 三番隊もできて兵力は十分だとおもっての意見だろうが、残念ながら期待している兵力はない。


 しかしながら、ローレンス帝国からの支援者に移住希望の者達、更には周辺の砦再建を視野にいれると二番隊と警邏隊の一部だけでは人が足りないのは明白だ。

 工事兵だけならなんとかなる。

 というか、リントヘイムの太守になる予定のマルディ・イッヒ男爵が手配はしているが、彼らだけでいかせるわけにもいかない。最低限でもその護衛は必要だ。

 あわせてマルディ・イッヒ男爵からも商隊と工作兵、物資を大量に送りたいと申し出が来ている。

 また、魔物はもちろん、ローレンス帝国側のトッカスがいうにはコンファグ教国の動きが最近活発で、警戒した方がいいとのことだった。

 それもあって、ランドルフは一番隊をこちらに送ってほしいと希望してきた。


 どうやらローレンス帝国と、マルディ・イッヒ男爵は俺たちの予想をはるかに超えた速度でリントヘイムを復興するつもりらしい。


 そこで困ったのが兵力だ。

 今、結成したばかりの三番隊はゴブリンの事件でいきなり死者負傷者が多く、再編が必要な状態となっている。

 そうなると動かせるのは1番隊と警邏隊だけだが、警邏隊の希望者はすでにリントヘイムにいるため、残りは希望していないものばかりということになる。

 命令で無理やりいかせることはできるだろうが、指揮の問題もあるし、そもそも警邏隊に遠征させるのも本来の意味と違ってくる。


「やはり、一番隊をリントヘイムにしばらく常駐させ、警邏隊でエスリーの砦までをカバーしましょう。合わせて三番隊が形になったら機動力のある一番隊を戻すようにした方がいいかと思います。」


「エスリーの砦までの魔物狩りは?」


 ウキエさんの言葉に、俺は気になっていた内容を確認した。


「公募しての狩りは成功といっていいでしょう。ただ、定期的に公募して冒険者なりを雇うべきかもしれませんね。」


「そっちはまかしても?」


「はい、手配するようにします。」


 ウキエさんは力強くうなづいた。


「警邏隊の方は?」


 シドの方を見る。


「訓練兵もかなり形になってきていますし、最低限の力はあります。エスリーの砦までなら十分カバーできる人数がありますな。ただし、予備の軍がいなくなりますので、また募集する必要があるかと。さすがに来年を待ってはおれません。」


「すいません、三番隊もできればまた募集をかけたく。」


 シドに続いて、イリアも細々と手を挙げた。

 なんとなく、大人しくなっている気がする。

 別に彼女の采配で三番隊に再編の必要が出たとは思っていないのだが、彼女はかなり気にしている様子で、ここ数日やけに大人しい。

 あれは突発的な事故だ。住民に被害が出なかっただけでも優秀と言える。


 それにしても、わかってはいたが、やはり人手が足りない。


「兵の方は前に募集したばかりですよね?」


 ウキエさんの方を見る。


「募集自体はまた国の許可がいりますが、リントヘイムのことを考えれば可能でしょう。ただ…前回の募集から日がたっていないので、どれだけ希望者が残っているかは…。」


 俺もそう思う。少し前まで国軍の募集を行っていたので、募集に応募する気があるなら既に国軍に入っているだろう。

 もちろん、シドとイリアもわかっているようで困った顔をしている。


「俺もそう思うけど…許可はとっておこうか。少し宰相やヘイミング卿にも相談しよう。」


「そういえばこの後王城でしたよね?お願いします。」


 ウキエさんに言われて思い出した。

 そういえばこの後、リントヘイムの件で王城に行くんだった…。

 二度手間は嫌なので一緒に確認しようとメモ用紙に書いておく。


「な、なぁ…どれぐらいの期間になるんだ?そのリントヘイムは。」


 控えめにカシムさんが手を挙げてウキエさんに質問した。


「…どうでしょうか…数ヵ月から半年というところですかね?機動力のある部隊をあちらにずっと置いておくわけにもいかないので…。」


「は…半年。」


 たぶんカシムさんはローラ姉さんに会えなくなることを気にしてる。

 うん、そうだ。期間を聞いてショックを受けたように青ざめたし。

 でも、残念ながら今回ばかりは少し我慢してもらおう。


 この話し合いでは、とりあえず、エスリーの砦までの周辺状況の調査を即行うことが決まった。

 一番隊が行い、問題がなければシドがすぐにでもエスリーの砦までを警邏隊でカバーすることになった。

 数日中に1番隊が準備を整え、10日後ぐらいを目途に、マルディ・イッヒ男爵が指揮する部隊と一緒にリントヘイム入りをすることが決まった。


 その旨を返信し、ついでにローレンス帝国のアウラ側の予定を聞いておく。

 ダークエルフの件もあっていろいろと聞きたいことがあるからだ。


 問題は兵士の数…。

 どうにもならない気がする難題に悩むことになりそうだと、この時は思った。


 しかしそれは王城で徴兵の許可を得るために相談するとすぐに解決した。


「そういえば他の地域のスラムの方でも亞人を中心に第四師団のいる南部に移住できないかと問い合わせが上がってきてましたね。」


 そういったのはヘイミング卿だ。


「南区ほどではないにしてもどの地域にも亞人達の住む地域はありますからな。スラムほど酷くなくとも、扱いはたいして変わらない。そんな者たちが南区へ移動したがるのも道理ですな。しかしながらそう簡単に移住を認めてしまっては…。」


 しかし宰相が移住に関しては難色を示す。

 移住ぐらいと思うが、何か問題があるらしい。


「徴兵に応じる者だけという条件にしてはどうでしょう?本来区画の移動には役所の許可が必要としていますし、大規模な移動は制限していますが、仕事のための移動は何度かあったはずです。それに家族がついていくなら問題ないでしょう。土地を収める貴族も亞人達が移動するとなればむしろ喜ぶのでは?まだまだ亞人差別は根強いですし、残念ながら治安悪化の原因であることは確かですから…。」


 ヘイミング卿が宰相を納得させるように案を出してくれた。


「しかしそうなると、南区に受け入れる場所が必要になりますぞ。その場所をどうするのですか?それに土地もただではないし、場所にもよりますが亞人だけ移住を認めては軋みを生みますぞ。最悪、亞人達は追い出されると思い、人族は優遇だと感じるのでは?」


 宰相の疑問にヘイミング卿があっさり答えを提示する。


「土地ならあるじゃないですか、新しく作っている街が。今住んでいる場所を国が買い上げ、同額でリントヘイムの区画を売り渡せばいいのでは?」


「確かにそれなら金銭的な損はなく、第四師団が兵力を確保できますが…まだできてもいない街に移住したがるものなどいますかな?希望者が少なければ意味のない政策になりますぞ?」


 宰相の言葉に、ヘイミング卿がニヤリと笑った。


「おそらくですが、この条件なら希望するのはほとんどが亞人達でしょうね。人族は残念ながらリントヘイムに行くよりは現状維持を求めるでしょう。これなら特に亞人だけ移住を認める必要はなく、人種に制限をつけずにコントロールできます。多少は人族も移住するかもしれませんが、誤差範囲でしょうし。」


「…なるほど…。それならば悪くありませんな。」


 宰相が考え込む仕草をとった。


「更に、徴兵はリントヘイムに区画ができるまでは本人だけを第四師団の隊舎で受け入れ、訓練し、家族は現状維持。区画が出来次第家族を移住させ、その費用を国が持ってあげれば喜んで徴兵に応じるのではないですか?第四師団の給金は安くありませんし、リントヘイムの常駐部隊もできて一石二鳥でしょう。」


「移動費を国が?うーむ。」


「なに、物資と一緒に移動すれば食費程度でしょう。大した出費でもありますまい。」


「それもそうですな…。国王。」


 ここで初めて宰相とヘイミング卿が国王を見る。

 2人の意見がまとまったということだ。


 国王は俺を見て、大きくうなづいた。


「うむ、詳細は宰相、ヘイミング卿とシンサ卿で詰めるように。概ね先ほどヘイミング卿の言った案でいこう。他の領地持ち貴族への対応も考慮してほしい。」


「「「はっ!」」」


 という形でまとまった。

 なんというか、ヘイミング卿のおかげだ。

 彼には本当に大きな借りを作りっぱなしな気がする。

 …取り立てられる前になんとか返したいものだ。


 それから軽く今後の打ち合わせをして、ヘイミング卿の案を元に細かなところを後日詰めることになった。

 各領地持ち貴族への根回しは宰相の方からやってくれるらしい。

 ありがたい話だ。


 ウキエさんが過労死しないように、また補佐官の募集も同時にするべきだろうか。

 そういえば、兵站代表のヒムさんや、技術部代表のムヒリアヌスさんからも人員追加の依頼がかなり前から来ていた気がする…。


 今更だけど、兵力を拡大するということはそれだけ裏方の仕事も増えるということだ。

 兵站もそうだけど、技術部も魔具の数が足りなくてかなりのハードな生産スケジュールになってたはずだ。

 …こっちは第四師団の裁量である程度募集できるので追加するようにしよう。

 たしかうちの予算はかなりの黒字だったはず…帰ったらまずヒムさんに確認しないと。


 また文官も含めて大がかりな募集になりそうな予感がする。

 そういえば、文官側に亞人がいないのはなぜだろう?ちょっと不思議だ。





 半月後


「クレアー、あんた見た?なんでも三番隊、また募集してるらしいわよ?」


「三番隊?…あぁ。」


「あれ?あそこってついこないだも募集してなかったっけ?」


「ほら、確かあそこは前の防衛線でかなりの数の死傷者がでたらしいじゃない?そのせいだと思うけど…クレア、今回は訓練も終わってるから私達にも応募資格あるわよ?あんた警邏隊志望じゃないでしょ?」


「三番隊かぁ…。」


「お、クレアも警邏隊志望じゃなかったのか!俺は二番隊志望だから今回は関係ねぇや。」


「その応募はどうすればいい?」


「部隊長に言えばいいはずよ。この時間なら警邏隊の中継地にいるんじゃない?」


「おぉ!クレアが応募を決めた!いいよなぁ…でもよ、三番隊も試験あるんじゃねぇか?」


「あるでしょうね、けど一番隊や二番隊より可能性ありそうじゃない?」


「そりゃいえてる。俺なんて二番隊の試験、2回も落ちてるしな…ま、頑張れよ。…お前は受けないの?」


「私はパス。今のところ警邏隊志望でいいや。」


「じゃあ、私はちょっと中継地に行ってくる。」


「はいよ。」


「頑張ってこーい。」


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